43.事案「不審者。犬と寝る隣領領主と帯剣男性」
「いいかアレク。ルーキッド様は忙しいんだ。いくら昨日が火曜日でも、お前が俺の事で語りたくて仕方がなくても時と場所と相手は選べ。な?」
「ごめんさすカイ「やかましい!」えーっ……」
水曜日の夜、ランデルの飯屋。
カイはテーブル席に陣取り、アレクに説教をかましていた。
今朝のあまりの有様に呆れたシスティが、カイに説教しておけとアレクを押しつけたのだ。
システィはカイから分割シャル馬車を借りてビルヒルトに帰宅。
カイルとカイトとアレク抜きの家族団らんだ。
そしてソフィアはルーキッドに良く言って聞かせますからと謝罪し深く頭を下げ、バルナゥの首を掴んで領館を引きずり出て行った。
さすがは祝福を受けた竜の妻。圧倒的体格の違いもへっちゃらだ。
今頃バルナゥを竜峰ヴィラージュで折檻している事だろう。
ぶっちぎり世界最強なのに情けない超情けない竜である。
そしてカイの妻達も分割シャル馬車で家に帰った。
今日はお前ら、説教だ。
と、飯屋で意気込むカイである。
「シャル、そしてエヴァ姉。ルーキッド様の事も少しは思いやってあげてくれ」
『ごめんなさーい』
カイの言葉にアレクの隣に座る分割シャルが枝葉を下げる。
さすがはシャル。超素直。
「……人の事言えるわふん?」
「うっ……」
しかしその隣に座るエヴァはカイの言葉に辛辣だ。
エヴァはランデルの頼れる番犬。ランデルでのカイの言動を全て知っているのだ。
「いつもルーキッドにまるっとぶん投げてるからこういう時に説得力を失うわふん。ルーキッドの事を少しは思いやるわふんよ?」
「い、今はそれは置いといて「そういうぶん投げをするからダメわふん」あうっ……す、すみません」
エヴァ姉強い超強い。
「この際だからカイのやらかしをとことん追求してあげるわふん。ランデルの頼れる番犬の追求は厳しいわふんよ」
「申し訳ございません!」
相手がランデルの全てを知るエヴァ姉では分が悪すぎる。
すぐさま土下座のカイである。
「で、でも執務室でさすカイはやめてさしあげろ。今日のルーキッド様の眠そうな顔をエヴァ姉も見ただろ。俺も反省するからそっちも反省してくれよ」
「それはその通りわふんね。さすカイし過ぎたわふん」「ごめんカイ」『ごめんなさーい』
「俺もこれから気をつけるよ」
犬、領主、樹木、カイ。
テーブルの皆がぺこり謝る。
何とも奇妙なテーブルに他の客はギョッとしたがここはランデル。
この程度でビビッていては何もできない。
すぐに皆の意識は自分の酒とご飯に戻り、食事と酒盛りに没頭した。
「はいはい。反省はその位にしておいて、お飲みになりますよね領主様?」
「その呼び方はやめてよおかみさん」
「あはは、ごめんよアレク。はい、樽」
カイ達が頭を上げれば飯屋のおかみさんが酒の小樽を持ってくる。
アレクは受け取った小樽をテーブルの真ん中にどどんと置き、貰ったコップに酒を注いだ。
「お互い忙しくてなかなかこんな席は無いからね。今日はとことん飲もうよカイ」「ま、そうだな。エヴァ姉は何が欲しい?」「肉わふん」
『僕もお酒のんでいい?』「酔っ払うと怖いから水で我慢して」『はぁい』
エヴァの肉を注文し、シャルのコップに水を注ぐ。
世界樹が酔っ払うかは知らないが、こんな所で酔っ払ったら後が怖い。
来週にでもアトランチスの不毛地帯で飲ませてみよう……
カイはそんな事を思いながらコップを持ち、アレクとシャルのコップに当てた。
コツン。
「乾杯」「かんぱーい!」『かんぱーい』「わふんっ」
カイもアレクも一気に飲み干し、互いのコップを再び満たす。
おかみさんが料理を運んでくれば楽しい酒盛りの始まりだ。
「いやー、さすカイ」「やめれ」「この肉もさすカイ」「だからやめれ」
酒を飲み、注ぎ、食べ、騒ぎ、笑い、また飲み、笑う。
二人はとことん酒を飲む。
「明日は二日酔い確実だー」「あー、俺が回復魔法かけてやるよー」「さすカイー」「やめれー」
「二人ともへべれけわふんね」『わぁい』
テーブルの上でアレクとカイはぐでんぐでん。
すっかり出来上がった二人に呆れるエヴァとシャルだ。
「アレクー、そろそろ借金返せー」「やだよぅ。僕の借金は墓まで守り抜くんだー。」「えぇい、みっともないぞ領主」「セコいぞあったかご飯の人さすカイ」「やめれー」
机に突っ伏しながらカイとアレクは会話する。
ぐでんぐでんでも二人の宴は続いているのだ。
「カイー」「なんだー」「僕はカイの期待に応えたかなぁ」「はぁ?」
「僕が平民になった時にカイが僕に言ったんじゃないかー。俺の代わりに人の力になってくれってー」「あー、言ったわ確かに言ったわー」
もうずいぶん昔の話。
カイがアレクをランデルから送り出した時の話だ。
カイは酔っ払いながらも姿勢を正し、アレクに深く頭を下げる。
ゴンッ……カイの頭がテーブルを叩いた。
「すまん。あれは口実だ」「あー、やっぱりかー」「伸び悩む俺と違ってお前はどんどん強くなっていったからな。儲からない仕事に付き合わせたくなかったんだよ」「なるほどー」
食中毒で狼の群れと戦った際に突き抜けたアレクはどんどん実力を伸ばし、伸び悩むカイとの間には明らかな実力差が出来ていた。
それでもアレクはカイにべったりで、カイにとっては実力以上、アレクにとっては実力未満というどちらにとっても良くない仕事を請け負っていたのだ。
「あー……すまん。やっぱ違うわ」「えーっ」
カイは当時を思い出し、いいや違うなと首を振る。
そしてもう一度テーブルを頭で叩いた。
「弱い自分が情けなかったからだ。すまん」
先を行く者について行けないのは辛く、情けないものだ。
当時のカイにとって、アレクは眩しすぎたのだ。
「許すよーカイなら許すよー」
しかしアレクはさすカイだ。
どこまで行ってもさすカイだ。
謝るカイを許さない選択肢はアレクにはないのだ。
「許すよーっ」「ありがとう」「だから奴隷にしてよー」「嫌だよ」「じゃあ借金は返さなくていいよねー」「……すまん」「さすカイーっ」「ありがとうー」「さすカイーっ」「やめれー」……
心地よい酒の酔いが二人を包む。
二人は今も昔も仲良し。離れていてもとても仲良し。
「おやすみアレク-」「おやすみカイー」
そして酔っ払って眠っても仲良しなのだ。
……そして、朝。
「エヴァ姉あったけー」「わーあったかいよエヴァ」
「起きるわふん。カイ、アレク、起きるわふん」
エヴァの声でカイとアレクが目を覚ます。
「あれ?」「おかみさんの店で酔い潰れたと思ったんだけど……」
『あー、起きたーっ』
見ればランデルの大通りだ。
「運んでる途中で二人共抱きついて来るからここで寝たわふん」『気持ちよさそうだったから見守ってたー』「「ごめーん」」
そんな寝転ぶ二人に声を掛ける者がいる。
「そうですね。本当にごめんなさいですね二人とも」
「「へ?」」
聖樹教司祭ミルト・フランシス。
ミルト婆さんだ。
「天下の往来で何をしているのですかあなた方は」
エヴァに両側から抱きつくカイとアレク。
カイ、エヴァ、アレク
嬲。
まさにこの文字がふさわしい並びと有様である。
そして寝ている二人の前で仁王立ちなミルトの瞳が超怖い。
思わず正座なカイとアレク。
そして始まる説教だ。
「情けない。本当に情けない。話を聞いて来てみれば天下の往来で嬲。嬲ですかあなた方は。アレク、貴方は領主でしょう。こんな所で雑魚寝なんて情けないったらありゃしません」
「すみません」
ミルトの説教は奴隷の頃から変わらない。
素直に頭を下げるアレクだ。
「二人とも妻も子もいる身なのにこんな所で浮気ですか? エヴァは犬とはいえ女、そしてあなた方二人は男なのですよカイ、そしてアレク」
まったくもってその通り。
まあ、ミリーナもルーもメリッサも、エヴァ姉なら納得してくれそうだけど……
と、考えるカイだがミルトは回復魔法使い。
あっさり心を読んで説教だ。
「そういう問題ではありません! あなた方の男気の問題なのです!」
「その通りです! 本当にすみません!」「すみません!」
ミルトの怒りに土下座の二人。
怒られても二人は仲良し。
どこまで行っても仲良しであった。
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