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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
4.飢えた、エルフが、やってくる
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4-4 聖女、オルトランデル教会で道を得る

 そして次の日。


「えー、ミルト婆さんに頼まれました青銅級冒険者のカイ・ウェルスです」

「……おはようございます」


 やはりと言うか、当然と言うか。

 教会の扉を叩いた案内人はカイであった。


 こんな事だろうと思いました……


 と、ソフィアは予想通りの展開にため息をつく。

 薬草といい、使用期限といい、賞味期限といいランデルの濃い部分をことごとく持っている男だからだ。オルトランデルにも詳しいだろうと思っていたら案の定だった。


「オルトランデルを見せたい人が居ると聞いたんですがソフィアさんでしたか」

「よろしくお願いします」

「あそこは現在エルフ警戒区域なので青銅級で向かうのは許可されていないのですが勇者級の同伴なら問題無いですね。では冒険予定をギルドに提出したら出発しましょう」

「……はぁ」


 ご飯でエルフに守られた男が何を言う。


 先日エルフに殺されたソフィアはそう返しそうになったがすんでの所で押しとどまる。

 壁に耳あり障子に目あり、王様の耳はロバの耳なのだ。

 町を出てしばらく街道を歩き、途中で森に入り朽ちた街道跡を二人で進む。

 カイがソフィアに言った。


「ここら辺は猪や狼もいますからあまり気を抜かないでくださいね」

「はい。ちなみに一番危険な生物というのは……」

「えう!」「キノコいかが」「カイ様! そして師匠! おはようございます!」

「……こいつらです」


 ご飯を待っていたのだろう、ミリーナが大樹の陰から現れた。

 続いてルーとメリッサがカイの元に駆けてくる。


「師匠! 今日もよろしくお願いします!」

「……むやみやたらと心を読むのはやめてくださいね?」

「ええっ!」


 メリッサは先日回復のいろはを教えてくださいませと土下座されて今はソフィアの弟子である。人間の回復魔法はマナが少ないための苦肉の策と説明したがカイ様のためと結局押し切られてしまった。

 困ったものである。


 しかしさすが森の人エルフ。神出鬼没だ。

 呆れたソフィアの隣ではカイが手持ちの食料を三人の頭に当てている。

 これをしないとすぐに食べられなくなるらしい。

 面倒な呪いですねと思うソフィアだ。


「「「ところでご飯はまだですか」」」

「まだだよ」


 エルフと一通りの会話をした後、カイがソフィアに言う。


「エルフより危険なのは大竜バルナゥになりますが、ずいぶん奥になります」

「竜、ですか」

「親切な竜ですよ」

「面識あるんですか!」

「俺にミスリルを押し付けて来るありがた迷惑な竜です。先日のコップも元々はバルナゥの持ち物なんですよ」「えう」

「ま、まさかベルティアとも面識があったりは……」

「さすがにそこまでは……あー、でもバルナゥが言うには『在る』そうですよ」

「……」


 存在を疑問視されている竜皇ベルティアの存在をあっさり話すカイにソフィアは絶句する。

 歴史に名を刻む大発見だと言うのにエヴァンジェリンより塩対応。


 ありえない、この人ありえないわ……


 ソフィアはピクピクと頬を震わせながら必死に心を落ち着かせる。

 息を深く吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 深呼吸を繰り返しながらソフィアは森の街道跡を歩き、やがてオルトランデルの大門へとたどり着いた。


「ここがオルトランデルです」

「……大きい」

「はい。地域の中心都市でしたから。最盛期は王都と張り合うほどだったんですよ」


 カイが説明しながらオルトランデルの門を潜る。

 かなりの幅を持つ大通りがソフィアを出迎える。

 今は木々で石畳がうねり返っているが当時の往来は相当のものだっただろう。王都と張り合っていたというカイの言葉も頷ける立派な通りだった。


 そのまままっすぐ……木々が邪魔で蛇行を余儀なくされるのだが……通りを進むと、崩れた壁と門が一行の前に立ちはだかる。

 周囲に枯れた堀がめぐる。

 カイが言った。


「ここからが城の区画です」


 跳ね橋は朽ちてすでに無い。

 カイは枯れた堀を降り、生えた木々をうまく利用して堀を昇って城の区画に足を踏み入れる。

 そして投げられたロープをソフィアは手にして堀を昇る。

 ミリーナは風で、ルーは水で、メリッサは身体強化で堀を越えていた。


「頼めば風で運んだえう」

「うまく土下座しないと着地に失敗しそうで嫌なんだよ」

「飛びながら土下座もできないようではエルネでは生きていけないえうよ」

「知るか」


 皆が渡った所で少し休み、回復をかけた食料で簡単に食事をとる。

 そしてソフィアは城の区画に足を踏み入れた。


「ここも、深い森の底なのですね」

「ええ。そのあたりはミリーナの里が詳しいのですが……ぶっちゃけ犯人だし」

「芋煮が悪いえう!」

「迷惑」「まったくですわ」「異界が顕現するまでやめないピーエルフに言われたくないえう」「あれはあったかご飯が……!」「まったく迷惑」


 森はとても深く、人の作ったあらゆる物を崩してこの場に君臨する。

 カイの導きのままソフィアは歩き、昇り、降り……やがて目的の地にたどり着いた。


「あ……」


 ソフィアは息を呑む。

 鮮やかな緑に輝く、荘厳で美しき廃墟がそこに在った。

 カイが言う。


「オルトランデル教会です」


 教会前の広場に立ち、ソフィアは教会を見上げた。

 天を覆う森の緑はそこには無い。

 重厚な石材をふんだんに使った教会は森に沈んでなお森を拒み、崩れながらもその威容を陽光に輝かせている。

 しかし木々は石に絡まり、隙間に潜り込んで各所に緑を茂らせている。

 人の手を離れた教会はやがて潜り込んだ木々に崩され、完全に森に沈むのだろう。

 百余年の時を経ても、そこに至る道の途中なのだ。


「いつ崩れるかわかりませんから、気をつけて下さいね」

「はい」


 ソフィアはゆっくりと教会への道を歩く。

 カイはソフィアに道を譲り、すぐに手を伸ばせる位置に下がった。

 先頭に立ったソフィアは崩れた門を潜り、かつて数多の信徒が祈りを捧げていたであろう聖堂へと足を進めていく。


 彼女を木々の信徒が出迎えた。


 王都の教会と比較しても遜色無いであろう、立派な聖堂の石床は長い年月で押し広げられ、隙間から緑が芽吹いて天に伸びている。


 石の隙間の間隔で伸びる緑は人が聖樹に拝するが如く、ソフィアの動きに揺れる緑は聖樹に祈りを捧げるが如く……


 ソフィアは懐から世界樹の枝の包みを取り出し、聖堂の奥に配された講壇へと進んだ。

 包んだ布を開き、枝を手にして掲げる。


 ザワリ……緑がゆらめく。


 そして世界樹の枝が、マナに輝く。

 声が響いた。


『今こそ、実りを喜ぶ時ぞ!』

「ああ!」


 ソフィアの口から感嘆の言葉が漏れた。


 掲げた世界樹の枝は輝き、緑の信徒は揺らめきながら天へとその身を伸ばしていく。

 石床が軋み、ひび割れ、木々に揉まれて動いていく。

 隙間が広がるほどに緑の信徒は太く逞しい姿に変わり、未だ残る天井へと次々と頭をぶつけていく。

 一本、二本、三本……次々にぶつかる緑の信徒に人の作った天は軋み、歪み始めた。

 教会という枷を緑が破ろうとしているのだ。


「逃げます!」


 カイが叫び、ソフィアの手を掴んで駆け出した。

 天の歪みは次第に大きくなり、やがて大きな石が地を揺らす。 

 ソフィアとカイは太く逞しい緑の信徒の間を縫って、出口に向かい駆けていく。


 人が造りし天を緑の信徒が崩していく。

 無数の信徒に押し上げられた天は限界を超えて歪み、そして崩れた均衡は天を一気に地に堕とした。


 ずずん……鳴動がソフィアとカイを震わせる。

 出口を抜けたソフィアは振り向き、光景に思わず足を止めた。


 荘厳な教会が緑に歪み、崩れ、埋もれていく……


 緑が人を駆逐していくその姿にソフィアは涙し、彼女の手の中で輝く世界樹の枝に祈りを捧げた。

 今まさにソフィアはミルトの言葉を理解し、そして受け入れたのだ。


 聖樹様と人の進む道は、違うという事を……


「今日こそ、今日こそはあったかご飯えうよ!」

「ご飯にキノコ、キノコといえば鍋、ぐつぐつ煮込む」

「わ、わたくし待てる女ですからご飯くらい……めぬーらっぴぷーっ!」

「お前は食えよ!」


 ソフィアはカイが昔使っていたという隠れ家の一つで皆と夜を明かし、次の日一人でランデルに戻った。

 本当は一緒に戻る予定だったのだが、駄々をこねた三人組エルフがカイを森へと拉致って行ったのだ。

 ソフィアは冒険者ギルドに行き、カイが狩りをして帰る予定に変えたとギルドに伝え、ランデル教会へと戻った。


 扉を開くと、礼拝堂でミルトが待っていた。


「おかえりなさい、聖女ソフィア」

「ミルト司祭、ただいま戻りました」

「それで、どうでしたか?」


 ミルトの問いにソフィアは懐から世界樹の枝の包みを取り出し、丁寧に布を開き掲げた。


「おぉ……!」


 マナの輝きが未だ残るそれにミルトは跪き、祈りを捧げる。

 彼女の声は喜びに震えていた。


「このような喜びに満ちた聖樹様を見るのは初めてです」

「私もです。オルトランデル教会は昨日、聖樹様の手で緑に沈められました」

「そうですか……やはり私の考えは間違っていませんでした」

「はい。人と聖樹様は進む道が違います。いずれ違える道ならば違える前に人は自ら立たねばならない。それがミルト司祭……いえ、ミルトさんのお考えなのですね」


 ソフィアはミルトの呼び方を改め、ランデルの町の皆と同じように呼ぶ事にした。

 これは侮蔑ではない。ミルトに対する敬意だ。

 彼女は聖樹教の皆のずっと先を歩いているのだ。聖樹様を頼りに権勢を誇る中央の位階など子供扱いに等しい。

 皆がミルトを司祭の位階で呼ばないのは聖樹教とは関係無い彼女自身に対する敬意の表れ。

 ミルトはこのランデルで聖樹様に頼らず、自らの足で立ったのだ。

 ミルトが言う。


「このランデルは私が自らを得た地であり、いずれ自らを埋める地でございます。清らかな地で私は眠りたいと思います」

「では私はそれまで教会が崩れないよう、念入りに手入れをさせて頂きます」

「まあ、あと二十年は大丈夫かと思いますけどね」

「五十年くらい頑張ってみては?」

「そんな、エルフじゃあるまいし」


 二人は笑い、一緒に夕食を作って食べ、そして酒を酌み交わした。

 ソフィアはミルトの悪戦苦闘に笑い、ミルトはソフィアの異界の戦いに震える。

 二人の道の違いは二人の人生に新鮮な驚きを与え、二人の人生の糧となり豊かなものへと変えていく。

 道を違えている事は素晴らしい事でもあるのだ。

 素晴らしき方々との人生の交差に感謝を。

 ソフィアは聖樹様に祈りを捧げ、眠りについた。


 そろそろ雨が来そうですから屋根の修理を早めにしましょう……


 そんな事を考えながら。




「さて、やりますか」


 次の日。

 朝の祈りを終えたソフィアは屋根の修理にとりかかった。

 自らに身体強化をかけ、わずかな突起を足がかりに垂直な壁をひょいひょいと登っていく。

 オルトランデルではカイのロープを使ったが、この程度の屋根に登る事など勇者級冒険者にとっては朝飯前だ。

 軽く屋根に上ったソフィアに下から感嘆の声が上がる。


 わふんっ。


「うわ、ソフィアさんすげえっ」

「あら、カイさんにエヴァンジェリン」


 ひょいと屋根から首を出すと、カイとエヴァンジェリンがソフィアを見上げていた。

 飼い主から許可を取ったカイが散歩で連れてきたらしい。


 朝の奉仕を始めたばかりなのに困ったものですね……


 ソフィアは軽く微笑み外壁の補修に予定を変えて教会の外壁をするすると降りていく。勇者級云々以下略。

 先日癒やされたからだろう、エヴァンジェリンはソフィアの回りをくるくる回り、ふんふんと匂いを嗅いで舐める。

 彼女の親愛の表れであった。


 わふんっ、わふんっ。


「ちょっ、くすぐったいっです。今は修繕の最中ですから大人しくしててください」


 わふんっ。


「おお、嬉しいか友よ。良かったなぁ」


 ここまで連れてきたカイは置いてきぼりだ。

 しかしカイはイジける事なくエヴァンジェリンの新たな友達を我が事のように喜んだ。

 それがカイ・ウェルスという人間なのである。


 わふんっ。


 かくして、ランデル教会は一匹の信徒を獲得した。

 彼女は朝早くに現れる。

 そして教会が開くのを扉の前でお座りして待ち、開くとすぐに礼拝堂の特等席に寝そべるのだ。


 今日もランデル教会では、敬虔な犬が眠りを捧げている……


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世界樹エルフ
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