37.ノルンは頼れるピンチヒッター
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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「領主! 我らを騙したな!」
ビルヒルト道の駅。
領主に直談判したエルフ達が二週間、待ちに待った道の駅は……失敗した。
もう、超絶大失敗である。
店舗は作れないので料理人だけ即席で作ろうとしたシスティが戦利品カイセブンティーンに料理を仕込んで百近くもある里に派遣したところ、分割しすぎて鍋も持てないもやしっ子になってしまったのだ。
「こんな鍋も持てない奴に料理なんて出来る訳ねえ!」
「またビルヒルトで直談判だ!」
「うぉおおおおー道の駅!」
おぉおおおおみちのえきみちのえきみちのえきみちのえき……
ビルヒルト動乱再び。
しかし、そこは転んでもただでは起きないシスティ。
マオに泣きついてまともな料理人を一人紹介してもらい、バルナゥに頼んで領都ビルヒルトの城門前に届けてもらった。
そしてシスティは、エルフを土下座で迎えたのだ。
「大変申し訳ございません。このたびの開店失敗のお詫びに心のエルフ店、マオの二番弟子の料理をご堪能下さい」
「「「心のエルフ店!」」」
おぉおおおおおおめしめしめしめし……
それだけで動乱鎮まるエルフである。
心のエルフ店のネームバリュー超すごい。
心のエルフ店はエルフの魂の料理店。
ほとんどのエルフが家を建てるならこの店の間取りと心に決める店なのだ。
システィの作戦勝ちである。
まあ、カイセブンティーンはマオの三番弟子だけどね。
システィは心で呟き、マオの二番弟子をエルフの皆に紹介した。
そんな訳で今、屋根もない仮設道の駅の厨房を飛び回るのは一人の幼女。
台に乗った幼女が厨房を切り盛りしているのだ。
彼女はハーの族、メリダの里のノルン・ルージュ。
心のエルフ店の店主マオの二番弟子。
心のエルフ店アトランチス店を開店するために修行中の幼女エルフだ。
システィは幼い彼女……といっても三十路越えだが……に、ビルヒルトの命運を託したのだ。
「おねえちゃーんっ! 三番出来たーっ!」「はーい。四番、八番、十番の注文ねーっ」「ええーっ、疲れたよぉーっ」「回復回復ーっ」「うわぁーん!」
ノルンの姉、アリーゼはウェイトレス。
普段は竜牛カウガールの彼女も妹のピンチに緊急参戦。
注文、配膳、精算と大車輪の活躍だ。
たがしかし、いくら姉が手伝っていても一品出すと三品注文が入ってくる有様ではどうしようもない。
ちっちゃな体に厨房は大きく、鍋をかき混ぜるのも一苦労。
エルフのパワーがあっても身長がないと手間が無駄にかかるのだ。
だから料理、遅れに遅れる。
しかしそこはさすが幼女。周囲のエルフも見守り感半端無い。
「嬢ちゃんがんばれ!」「俺のご飯は任せたぜ!」「おおっと危ない! 慌てるな嬢ちゃん。ゆっくりだ。ゆっくりでいいから、な?」
「「「がんばーれー」」」
「そんな事より手伝ってよぉーっ!」
「「「いやぁ、俺ら料理わからんし」」」
大人エルフ、使えない。
洗い物や片付けは手伝ってくれたが足りないのは料理人。圧倒的に足りない。
そして姉アリーゼも周囲のエルフと同レベル。
竜牛カウガールを志す彼女は竜牛肉生産に全てを捧げているのだ。
せめて、このひとが役に立ってくれれば……
と、ノルンは脇でうずくまる戦利品を見てため息をつく。
カイセブンティーンである。
「ふふ、ふふふ……ニセモノ、パチモンだってさ……」
涙目でブツブツ呟く戦利品カイみっともない超みっともない。
様子見に心のエルフ店に現れたカイ一家に料理を振る舞ったところ、容赦無いダメ出しの嵐に心がぐっさり傷ついた。
カイより上手なのに妻達のダメ出し半端無い。
戦利品カイとてカイ。妻達の言葉には傷つくのだ。
そんな意気消沈半端無いカイに怒鳴るアリーゼだ。
「あんた! 今のままじゃ役に立たないんだからとっとと合体しなさい!」
「……こっちに向かってるよ」
怒号にカイセブンティーンが呟く。
「でも、エルフの里はどこも距離があり過ぎでな……走り疲れて全員グロッキー状態なんだよ。今、シャルに助けてって泣きついた」「厄介事ばかり引き起こすわねあんたは……」「それはカイ本人に言ってくれ」
というか、鍋が持てないほど分割するのがアホ過ぎる。
「うわぁああーん!」
「「「嬢ちゃん頑張れ!」」」
しかしそこのままではノルンにピーが生まれそうな勢いだ。
ここは何としてもカイセブンティーンに料理をして貰わねばならない。
妻達に叩かれてへこたれていてはノルンの精神が危ないのだ。
アリーゼが再び怒鳴る。
「あんた、これからの戦利品人生ずっとカイのコピーでいるつもり? 個性よ! 考える頭があるなら個性を持つの!」「個性……」「そう! 料理上手は個性! あのはた迷惑な輝き男の枠をあんたの個性でぶち壊すのよ!」「そうか……個性か。オンリーワンか……」「そうよ!」
アリーゼの怒号にカイセブンティーンはゆらりと立ち上がる。
『わぁいお待たせーっ。カイを集めてきたよーっ』
「「「お前ら、合体だ!」」」「「「おう!」」」
カイセブンティーン、集・合・合・体。
そして鍋をむんずと掴み、猛然と料理を開始した。
「なんだお前、ちゃんと料理できるじゃんか」
「すまない。分割しすぎた」
「なんだよ。道の駅の数を減らせば大丈夫だったのか。言ってくれれば俺らも譲ったのに」「なんだお前の里譲るのか」「やだよ」「お前の里が譲れよ」
「「「なんだと!」」」
「へい四番、八番お待ち!」「十番もできたよーっ」
「「「早い!」」」
料理人が増えれば作れる料理も増えていく。
カイセブンティーンは集まりながら適度に合体。厨房を埋めていく。
「美味い!」「美味すぎる!」「そしておかわり!」
道の駅にあふれるエルフの歓声。
アリーゼも配膳と片付けにてんてこまいだ。
カイセブンティーンとノルンは殺到したエルフをマオ直伝の料理でさばき切り、第二次ビルヒルト動乱は大盛況のうちに幕を閉じたのである。
「すまないなノルン。そして助かった」
「姉弟子です」「姉弟子!」「えへっ」
深く頭を下げるカイセブンティーンにノルンもちょっぴり上機嫌。
そしてシスティは里全てに道の駅を置く計画を改め、里を巡る道の駅を作る事にした。
移動道の駅、シャルの誕生だ。
道の駅が移動するって何なのよ?
と、思ったシスティだが重要なのは食事処。
名前を変えるとエルフがうるさいのでシスティはまるっとスルーした。
「よし、行くぞ相棒」『わぁい!』
カイセブンティーンはシャルと共にエルフの里をめぐり、個性を磨くのだ。
そして……
「これは美味しいえう!」「むむむ美味。素直に賞賛」「美味ですわ。本当に素晴らしいですわ!」
「うん。もう俺とは比較にならんな」
「ありがとうごさいます」
そして中途半端な美味さの時はダメ出し半端無かった妻達も、あからさまな差が出来れば別個の評価を下してくれる。
よっしゃあっ!
と、妻達の賞賛に心でガッツポーズのカイセブンティーンである。
カイセブンティーンはカイの戦利品という枠を外れ、一人のカイセブンティーンとして認められたのだ。
そしてこの個性は、システィが世界に広げる戦利品カイ諜報ネットワークでも存分にその力を発揮した。
「こいつ……あったかご飯の人じゃないか?」「いや、あったかご飯の人は料理が適当だったはず」「どこの情報だよそれ」「トニーダーク商会だ」「適当なのにあったかご飯の人なのか?」「相手がエルフだから仕方ない」「エルフの味覚はさっぱりわからん」「とにかく、この料理は適当とはほど遠いから違うだろ。美味いし」「あったかご飯の人がありふれたよく見る顔らしいからって、警戒し過ぎだぞお前」「それもそうだな」
はっちゃけで全てを覆すあったかご飯の人は、王侯貴族上流階級の恐怖の対象。
カイセブンティーンの行く先々で、彼らはこんな会話の後にカイセブンティーンに笑うのだ。
「すまない、人違いだ。美味い料理を頼むぞ」
「ありがとうございます」
欺瞞成功。
そして諜報開始。
ついでに迷惑な情報を流す人間も見つかった。美味な料理様々だ。
「アルハンの野郎、後で折檻だな」
カイセブンティーンはシスティに告げ口した。
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