34.ボルクは里ごと移動する
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『カイー』「なんだシャル?」『ボルクの里、無いよー?』「はあ?」
空を駆けるシャルの言葉にカイは素っ頓狂な声を上げ、眼下の森を見下ろした。
確かに無い……生活感が、まるで無い。
見えるのは巨大キノコの森ばかり。
いつもなら焼き菓子の煙たなびくボルクの里が、今日はひとすじの煙すら見当たらない。
誰もいないのだ。
「えーっ……」『無いでしょ?』
「無いえう!」「むむむ?」「ありませんわ。本当にありませんわ」
カイ一家は慌てて周囲を見回し、雲の隙間に煙たなびく地を発見した。
「……またか」
「えう」「さすが」「ふんぬっ」
『わぁい』
ボルクの里が、里ごと移動している……道の駅に。
あいつら、本当に半端無いなぁ。
カイはそんな事を思いながら、シャルに頼んで道の駅に向かってもらう。
近付くほどにはっきりする煙は、やはりボルクの焼く焼き菓子のもの。
カイ一行は甘い香りを嗅ぎながら道の駅へと着地した。
「ここもエルネと同じかよ」
「エルネは里全ては移動してないえう」「むふん。さすがはボルク。一歩先行く最先端」「その思い切り素晴らしいですわ」
「いやぁ、少しは里に愛着持ってくれよ……」
里全てが移動している分、エルネよりもひどい。
あの巨大キノコはいいのか?
誰のキノコか見抜いた者と結ばれると幸せになるんじゃなかったのか?
と、カイが唸っていると道の駅から現れるボルク長老。
「おや、カイ殿。よくここがおわかりになりましたな」
「……いや、ちゃんと迷ったよ」
ボルクの里が焼き菓子を焼いてなければ今も探していたかもしれない。
遠目に煙が見えたから、すぐに引っ越し先がわかったのだ。
「ささ、どうぞ長老の館へ」「いや……これ道の駅だろ」「今は私の家でもある。開店と共に一番乗り。うむ素晴らしい素晴らしい」「すげぇよ、お前ら本当にすげぇよ……」「誉めるほどの事ではない」「誉めてねぇよ!」
ボルク長老、まさかの道の駅長期滞在者だ。
お食事処のために宿泊施設に長期滞在。
さすがはエルフ、アホである。
そして周囲を見れば馬車の前で煮炊きを行う人間達。
エルネ道の駅と全く同じ有様だ。
アルハンに文句を言ったので今は適正価格になっている。
長老が住んでいなければ彼らもちゃんと泊まれるはずだ。
まあアルハンの事だからサービスの質も下げているだろうが、野宿よりはマシだろう。
「お前ら、彼らをちゃんと休ませてやれ……」「このキノコで元気になる!」「道の駅に住むなと言ってるんだよわかれ!」「そんなご無体な!」「ご無体なのはお前だよ!」
あぶないキノコを言葉で制し、頭を抱えるカイである。
「むむむ、しかし食事処はボルクの皆で手一杯。今でも我が一家以外は二日に一度」「そのうち追放されるぞ長老。そして少しは人間に譲ってやれ」「ではボルクで宿泊施設を作る」「絶対に道の駅は手放さないんだな」「食は失敗焼き菓子と水と酒」「……ペネレイくらいは付けてやれ。あと安くしてやれよ?」「む。では皆の者かかれい!」「「「むふん!」」」
建築を始めるボルクの皆。
お食事処を譲る位ならホテルを作る。
この根性、本当に半端無い。
カイは大きくため息をつき、長老と共に道の駅げふんげふん長老の館へと歩き始めた。
「ボルクはこんな調子なのに、エルネはよく里ごと引っ越さなかったな」
「長老が料理店をやってるからえう」「む。引っ越しで行列が短くなってみんな幸せ」「自炊の腕を上げるより手っ取り早いですものね。パチモンも嫌がりませんし」
妻達の言葉にカイもなるほど納得。
エルネは長老の店があったから里全てが移動しなかったという訳だ。
さすがは長老、ただのヒゲジジイではない。
「ん? ボルクが二日に一度ならエルトラネは四日に一度くらいになるのか? ご先祖様の分もあるし」
「エルトラネはこっそり魔道具使ってるに違いないえう」「む。エルトラネはそういう所抜かりない」「すみません。エルトラネですみません」
マオの心のエルフ店以上に自動化しているのだろう。
店員は知っててアルハンに黙っているという訳だ。
アルハンもしたたかだが厳選された店員もなかなかしたたか。
逃げられないなら楽をしようと懸命だ。
まあ、うまく回っているならそれもアリかと納得するカイである。
「ここのご飯も美味いえう!」「むむむ。これを毎日一番乗りとか長老超贅沢」「贅沢ですわ。とても贅沢ですわ……ぷるるっぱ」
「むふん」「いや長老、本当に下剋上には注意しろよ?」
舌鼓を打つ妻達に自慢げな長老。そしてヒヤヒヤなカイ。
アルハンに言ってここも料理人を増やしてもらおう……刃傷沙汰になる前に。
と、心に決めるカイである。
そして後日。
「カイ様。ボルクの里で運営している宿泊施設の酒と失敗焼き菓子を、商品として取り扱わせていただけませんか? 料理人をさらに増員いたしますので」
「やめてやれ。ボルクの奴らに横取りされるだけだから……」
さすがはアルハン。
ボルクの里で提供される酒と失敗焼き菓子で儲けを目論むのである。
このままでは人足と御者の食事がペネレイだけになってしまうと、カイは止めるのであった。
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