33.道の駅テイクアウトエルトラネ
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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エルトラネの里
交易の活発なエルネやボルクとは違い、今も人の侵入を許さない里である。
里に住むのはハーの族のハイエルフ。
草系なんでもどんと来いのエルフ達だ。
彼らも野菜や穀物の取引はしているが、それらはエルネ近くで栽培されたもの。
エルトラネはオルトランデルからやや遠く、近くに行って栽培した方が収穫も運搬も楽なのだ。
峠ひとつあるだけで、面倒臭さはえらく違う。
さらにエルトラネの里は街道を外れて山中を進んだずっと奥。
とてもとても面倒臭い場所なのだ。
「フランソワーズ、ベアトリーチェ。休んでいいぞー」
「お疲れえう」「む。よくがんばった」「あとはシャル馬車に任せなさいな」
「「「ぶぎょーっ」」」
『あらあら』『わぁい』
ひひーん、ぶるるっ……
そんな中を、カイ一家はシャル馬車に乗って進んでいた。
山道を進むシャル馬車は根でしゅぱたと進んでいる。
街道を外れれば本性全開。
カイの愛馬も持ち上げ気ままに進むシャルである。
街道から離れて整備もロクにされていない道は足で歩けばおよそ一日。
しかし小さな馬車がやっとの道も変形伸縮自由自在なシャル馬車ならクネクネ変形しながら十分程度。空を駆ければもっと楽だ。
「アルハン、ダリオ。もうすぐ着くぞ」
「相変わらず便利な馬車ですなぁ」「全くです」
同乗するのはトニーダーク商会のアルハンにフィーフォールド商会のダリオ。
カイが一度エルトラネの道の駅を見ておきたいとアルハンに言ったところ、私もそろそろ様子を見に行こうと思っておりましたと同道を申し出て来たのだ。
ダリオの方は魔道具が良い値で売れたお礼をしたいらしい。
高額で売れた魔道具は仲介手数料だけでもウハウハ。
エルトラネの皆様に食事を奢らせてくださいと、シャル馬車に乗り込んだ。
カイとしては断る理由は全くない。
良からぬ事を考えていても顔のある樹が防ぐだろう。
オーパーツてんこもりのエルトラネの里は防備もしっかりなので安心だ。
「馬いらずで高速、限界知らずの積載量に狭い道でもくねくね進む。カイ様、この馬車を我が商会にお譲りになる気はございませんか?」
「やめとけアルハン。こう見えて荷台はシャルの腹の中。シャルは何でも食うからな?」
『アルハンは、食べていいの?』「だめ」
「「あわわ……」」
許可を出せばすぐにでも食べそうなシャルに、アルハンとダリオが震え上がる。
そうだよな。
ここ、こいつの腹の中なんだよなぁ……
シャルの気分ひとつでカイも一口ぱくりんこ。
間違っても食べないでくれよと心で祈るカイである。
「しかしアルハン、こんな場所で働く者がよく見つかったな」
「はっはっは。そこは大商会ですからな」
「……」
しれっと答えるアルハンに心で涙のカイである。
こんな場所で働く人は本当に不憫だなぁ……
そんな事を思いながら山道を進むと、道の駅が姿を現した。
「着いたぞ」
「ご飯えう!」「む。ここは並んでない」「ご飯が食べられますわ!」
「「「ぶーぎょっ」」」
『あらあら』『わぁい』
ミリーナ、ルー、メリッサにマリーナが飛び降り道の駅へと駆けていく。
エルネでは長蛇の列で入れなかった道の駅もエルトラネでは不思議と閑古鳥。
カイ一行は待つことなく、やつれた店員に席へと案内された。
こんな何も無い場所でピーなエルフ相手に客商売。
店員もやつれるってもんである。
席に着いてしばらくすれば、美味しそうな料理が湯気と共にやってくる。
「うまいえう!」「む。美味まったく美味」「美味しいですわ……ぷるっぽ」
「「「ぶぎょーっ」」」
『美味しいですねぇ』『わぁい!』
「さすがは大商会」「全くですね」
「料理人を厳選した甲斐がありました。それと君、店長をここへ」
カイ一家とダリオの素直な賞賛にアルハンはにんまり笑って頭を下げ、店長を呼び出した。
「店長、何か問題はあるかね?」
「アルハン様、その……夜中にエルフが店の回りで奇怪に叫び踊るのです」
「実害は?」「うるさくて眠れません」「なるほど。特別手当と耳栓を支給いたしましょう」「はい……」
さすが大商会。
絶対にここから逃がさんという威圧が半端無い。
悲壮な顔でうつむく店長があまりに不憫だったので、カイが助け船を出す。
「あー、あれはご飯ありがとうって言ってるだけですから」
「そうなんですか?」
「そんなもんです。慣れれば可愛いものですよ」
「カ、カイ様……ぷるるっぱ」
カイの可愛いという言葉に喜ぶピーメリッサだ。
「エルトラネは昼も夜も活発なので、夜番を作るべきですね」
「なるほど、さすがはカイ様。さっそく手配しましょう」
夜番、カイの助け船に乗ってやってくる。
しれっと犠牲者を増やすカイである。
そして皆が食事を終えた頃、エルトラネからエルフがやってきた。
「テイクアウト出来てますー?」「出来てますよー」
カイの言葉でやや元気になった店員が厨房に入り、金属の箱を山ほど持ってくる。
「あんなもの、備品にありましたかな?」
『『「「「「……」」」」』』
あれ、心の芋煮鍋だよな。心の芋煮鍋えう。むむむ心の芋煮鍋。ですわ。あらあら。わぁい……
首を傾げるアルハンの隣、心で会話するカイ一家だ。
エルフ勇者の標準装備。聖剣『心の芋煮鍋』。
一つあれば人間社会で無双できる超鍋。
そんな危険なものを店の者に渡すなよ!
所有者が呼べば走って戻る魔力刻印を入れてます!
カイが心で叫べば心で答えるエルトラネ。
以心伝心。赤裸々なのも便利なものである。
そして相変わらずの超技術。走る鍋とか超怖い。
「代金は……」
「それは私が払いましょう。魔道具が良い値で売れたお礼です」
「ただご飯だ!」「「「ひゃっほい!」」」
懐から金を取り出すダリオにエルトラネのエルフは万歳三唱。
そしてカイの回りに群がるエルトラネだ。
「カイ様だー」「カイ様だー」「カイ様、今日は行商ですか?」
「いや。ここの様子見だ。商品は持ってきてないしな」
「「「それは残念、しょんぼり」」」
「まあ、今度また来るよ」
「「「ひゃっほい!」」」
がっかりしたり喜んだり、相変わらず表現が豊かなエルトラネだ。
「そういえば、エルトラネはここで料理は食べないんだな」
「いつもテイクアウトですよ」「ご先祖様が食べたいって駄々こねるから」「なーっ」
「あいつら食べるのかよ!」
土台に刻まれたエルトラネのご先祖様、食事も難なくこなすらしい。
たとえこの世を去っても食への執着半端無い。
どんだけだよエルトラネ。
「カイ様も一度いらしてくださいよ」「そうそう。そして芋煮作ってください」
「今日はアルハンとダリオと一緒だから。こんな所でまた置き去りとか可哀想だろ?」
「それではゲストという事でお二方を特別に、そう特別にご招待いたします」
「いいのかよ!」
「「……」」
しかしエルトラネの招待に、アルハンとダリオは顔を見合わせ首を振る。
「いえ……」「やめておきます」
「なんで?」
首を傾げるカイに二人は笑う。
「ここで中を見れば必ず不相応な欲に囚われる事でしょう。また先日のような事があってはたまりませんからなぁ」
「この程度が今はちょうど良いのです」
商売とは焦らぬもの。
そしてしっかり掴むもの。
商売相手の全てを知る必要はない。いらぬ欲は身を滅ぼすのだ。
「じゃあカイ様だけテイクアウトで」
「いや、行かないから」
しかしエルトラネ、諦めが悪い。
「ちなみにカイ様は面倒臭がってすぐ逃げるので丁重に捕らえろと樹に教えておきました」「機能変更可能とか、昔のエルフは頭いい」「さすがご先祖様だねっ!」
「「「顔のある樹よやっちまえ!」」」
「んがあっ!」
しゅるるるる……
道の駅まで伸びてきた、顔のある樹の枝葉に捕まるカイである。
「カイ様ようこそエルトラネへ。ご先祖様がお待ちです」「ついでに芋煮も食べたいと言っております」「ぜひぜひ相手をお願いします」
『ぽまーる』
「ぽまーるじゃねえぇえええ!」
顔のある樹が丁重にカイを奥へとぶん投げる。
「カイえうーっ!」「む。芋煮ならルーにおまかせ」「カイ様すみません。エルトラネがすみません」
「「「ぶぎょーっ」」」
『あらあら』『わぁい』
そしてカイを追って森に消えるカイ一家。
アルハン、ダリオは道の駅に置き去りだ。
「……私達はどうしましょうか」「今日はここに泊まりですかな?」
転んでもただでは起きないのが商人。
アルハンはダリオに笑うのだ。
「ダリオ殿、宿泊料金はしっかり頂きますぞ」
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