32.道の駅、いきなり発展する
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
お盆のお供にぜひどうぞ。
よろしくお願いいたします。
「外食するえう!」
エルネの里、カイ宅。
始まりは、やっぱりミリーナの言葉だった。
「エルネ道の駅が今近所で評判えう! カイ、行くえう食べるえう!」「む。私も気になっていた」「そうですわ。近所の奥様も美味しかったと言ってましたわ」「「「ぶぎょーっ」」」
『あらあら』『わぁい』
……広場にぽつんと一軒家なカイ宅の近所ってどこだ?
という野暮な事を聞いてはいけない。
食料蔵の隣にあって里の皆が芋煮をせびるカイ宅は、里の皆がご近所様のようなものなのだ。
「まあ、一度くらい行ってみるのもいいかな」
「えう!」「む!」「ふんぬっ!」
「「「ぶぎょーっ!」」」
『あらあら』『わぁい!』
シャル馬車や異界を使うカイには全く縁のないエルネ道の駅であったが、一度くらいは様子を見に行くのもいいだろう。
と、カイ一家は朝食を終え、家事を一通りこなすとシャル馬車に乗り込んだ。
愛馬たちはスピー牧場でのんびり草食みタイムだから置いていく。
エルフの領域での移動ならシャル馬車だけで十分だ。
『エルネ道の駅に行くんだねー』「そうだ」『わぁい!』
しゅぱたたた……
シャルが元気に駆けていく。
「なんか嬉しそうだなシャル」『あそこは木が沢山食べられるからー』「……そうなのか?」『うん。ついたよーっ』「はやっ」
道の駅で木が食べられるって何だ?
と、カイが思っている間にシャルは道の駅に到着した。
シャル馬車速い超速い。
「あれ?」
「えう?」「む?」「はい?」
「「「ぶぎょっ?」」」
『あらあら?』
シャル馬車から降りると首を傾げる皆である。
エルネの里とオルトランデルの中間あたりに作られた道の駅は、森のど真ん中にぽつんと作られた旅の休息場所のはず。
そのはずなのだが……
「なんで製材所?」
「家えう!」「畑!」「牧場ですわ!」
「「「ぶーぎょっ」」」
『あらあら』『うわぁい』
ぶもー……
カイ一家の叫びに牛が鳴く。
道の駅を囲むように家が建ち、道に沿うように建てられた製材所が材木と木材をこんもりと山のように積み上げ、それをさらに囲むように畑と牧場が作られているのだ。
さながら小さな里である。
ふと見れば話題の道の駅にはすでに長蛇の列。
全てエルフだ。
「やっぱ道の駅だよな」「道の駅最高」「食事は道の駅。ナイス」「それにしても最近列が長くなったよなー」「俺、今家建ててるぜ」「お前もか」「俺も」
「おい……」
道の駅のご飯欲しさに家を建てるエルネのエルフ……
産業が里を作るのはわかるがお食事処が里を作るのか?
お食事処が仕事場を作るのか?
そんな事ないだろ逆だろ普通は。
と、並ぶエルフの会話に頭を抱えるカイである。
「すでに長蛇の列えう!」「むむむこれは待てない超待てない」「待っていたら日が暮れてしまいますわ!」
「そうだなぁ。せっかくだからオルトランデルで何か食べて帰ろうか」
「えう」「む」「はい」
「「「ぶぎょっ」」」
『あらあら』
カイ達は早々に食べる事を諦めシャル馬車に戻ると、馬車の脇でたき火をする者達がいる。
材木などを運搬する人間の人足と御者だ。
「道の駅は使わないんですか?」
カイの言葉に皆が笑う。
「あの列見ただろ。いちいち待てんよ」「あいつら程食事に執着する暇もないしな」「安全に休めるだけでも十分ってもんさ」「野宿なんていつものことだし」「あと、食事も宿泊もちょっと高いよなー」
「「「それそれ」」」
わはははは……
携帯食料を煮込みながら、皆がまた笑う。
本来想定していた客が地元民に駆逐される様に、心で涙のカイである。
まあちょっと高いらしいから使わないのも仕方ない。
オルトランデルに行くついでにアルハンに伝えてやろう。
と、カイがシャルを停めた場所に行くと……シャルがいない。
「あれ?」
「いないえうね」「シャルお出かけ中」「ここに停めましたよね?」
「「「ぶぎょーっ?」」」
『あらあら?』
「なんだ兄ちゃん。馬車に車止めしてなかったのかよ」「危ねぇなぁ」「離れる時は気をつけろよ」
いやいやそういう問題じゃない。
と、左右を見回しシャルを探すカイに教えてくれたのは、朝なのに酒を飲んですっかり出来上がった人足だ。
「おー、兄ちゃんの馬車なら向こうの方に歩いていったぞ」「バカ、馬車が歩くかよ」「これだから酔っ払いは」
いえ、うちの馬車は歩きます。
カイはありがとうと頭を下げて、教えてくれた方向へと向かえばそこは製材所。
『ぎゅうぁあぁーんっ』
木材を轟音を立てて製材するのはシャルである。
「何してるんだシャル?」『食べてるー』
最近製材所に興味津々だと思ったらこれか……
と、納得するカイである。
製材する際に発生する樹木の不要な部分を食べているのだ。
通常は伐採した後乾燥やら何やら一定期間放置が必要な木材も、シャルが食べれば関係ない。何でもマナに変えられるシャルは特定の物質だけを食べるなんて器用な事も出来るのだ。
「すごいえう」「む。乾燥と同時に製材とは、できる」「さすがですわ」
「「「ぶぎょーっ!」」」
『あらあら』『えへーっ』
寸法ぴったり、組み立て時の合わせ加工もしっかり対応。
図面を見せれば何でも製材。
自動製材樹シャルである。
こんな便利なものを知ったら働くのがバカらしくならんかなぁ……
と、思ったカイだがいずれ世界樹はエルフが育てる事になる。
大食らいなのだからこんな食わせ方をする時もあるだろう。
なら、このくらいはしてもらっても良いだろう。
世界樹はエルフの里の一員なのだから。
「カイ、オルトランデルでご飯えう!」「む。ご飯。外食ご飯」「そうですわね。ここでの食事はまたの機会にいたしましょう」
「「「ぶぎょっ」」」
『あらあら』
「そうだな。行くぞシャル」
『はぁーい』
畑では移住したエルフが作物を収穫し、牧場では牛がのんびり草を食む。
そして家では洗濯物がはためいている。
里とはこんな風に広がり、発展していくものなのだ……
……いや、エルフだけだわこんなの。
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