29.ノーコン枠外、周囲を巻き込み天罰を下す
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
お盆のお供にぜひどうぞ。
よろしくお願いいたします。
「なぜだ……」「なぜ、こんな事に……」
ランデル領主ルーキッドから追い出されたその日の夕方。
アルハン達はこんもりと荷物の積まれた馬車に揺られ、ビルヒルト領へと続く街道を進んでいた。
オルトランデルに戻れば異界のオーク達がアルハンらの荷物を馬車に積んで待っており、オルトランデルに入る事すら許されずに追い出されたのだ。
怪奇都市ランデルが時折見せる謎の伝達力。
分割するシャルに戦利品カイ、時にはイグドラが祝福経由で伝える情報にタイムラグはほとんど無い。
アルハンらが領館から追い出された頃には情報はオルトランデルに伝わり、異界のオーク達をえうえう動かしていたのだ。
我らがお前を望みの魔道具にしてやろうか? ん?
異界のオーク達が吐いた言葉を思い出し、アルハンらは体を震わせる。
「これが、枠外からの跳ね返りか……」
アルハンは呟く。
普段はあまり見ないオーク達に囲まれるのはまさに恐怖。
異界の者は世界の枠外。
アルハンを殺して願えば戦利品の出来上がりだ。
アルハンらの護衛はあくまで人間相手。
護衛はアルハンらを守りはしたが、異界の屈強な戦士の前では頼りない。
アルハンらは悲鳴を上げながらオーク居並ぶオルトランデルから逃げたのだ。
この事は、生きている限り決して忘れないであろう。
しかし……喉元過ぎれば熱さ忘れる。
いくつかの峠を越えてビルヒルト領に入る頃には、恐怖よりも怒りが勝るようになっていた。
「ランデルめ。我らトニーダーク商会をコケにした事、後悔させてやる……!」
立ち直ったアルハンは馬車からランデルを睨み、いまいましげに呟く。
そして、見てしまうのだ。
馬車を目指し空を駆ける巨大な竜を。
「大竜、バルナゥ……」
そう、大竜バルナゥだ。
ルーキッドの執務室で金貨を磨いておおーふと叫んでいるでかい犬だ。
そのでかい犬がアルハンらの乗る馬車を目指して飛んで来るのだ。
一体、何の用だ……?
訝しげに見るアルハンの視線の先、バルナゥが口元を輝かせた。
「うわあっ!」
ぶり返す恐怖にアルハンは叫ぶ。
初めて見るが嫌でも分かる。
バルナゥがブレスを放とうとしているのだ。
「我らに引導を渡す気だ!」「死人に口なしという事か!」「ルーキッドめ!」
バルナゥの口からブレスが放たれる。
あまりに眩い輝きに、アルハンらはもうダメだと呆然とブレスを見つめた。
しかし、ブレスは馬車のはるか上を通り過ぎる。
そして、轟音。
我に返ったアルハンらが振り返れば空に砕けた岩が舞う。
「隕石!」
ブレスが狙ったのは馬車ではない。
天から堕ちてきた隕石だ。
ブレスから遅れる事およそ十秒、馬車の横をバルナゥが飛び過ぎていく。
すれ違い様にアルハンはバルナゥのマナに燃える瞳を見る。
当たり前だがバルナゥは怒っていた。
『あれへの害意は全てその身に跳ね返ると言ったのに……本当に面倒な事をしてくれたな』
「バルナゥ様……い、今の隕石は、一体?」
『知らぬ方が幸せだぞ?』
くわっ……バルナゥが口を大きく開き、吐いたブレスで続く隕石を砕く。
飛礫飛び散る空の上、隕石は天から次々堕ちて来る。
天を彩る輝く軌跡は全天をくまなく走り、数えられぬ程だ。
あまりの数にバルナゥが叫んだ。
『クソ大木! 少しは働かんか!』
バルナゥがブレスを放つも圧倒的に数が足りない。
そこに助っ人が現れた。
「バルナゥ!」
シャル馬車を駆るカイだ。
イグドラから助けを求められ、空を駆けてきたのだ。
『カイ、あれ食べていいよね?』
「いいぞ食え。しこたま食え!」
『シャル馬車ーっ、分割ぅ、いただきまーす!』
しゅぱたたぴょーんっ、ぱぱぱぱっ、ずごごごごごん!
根で駆けるシャル馬車が高く飛び、分割し、隕石を食らう。
見事に隕石を食らい尽くしたシャル馬車は合体し、華麗に街道に着地した。
『おお、助かったぞ我が子よ!』『もう、かーちゃんはしょうがないなぁ』
「イグドラ! お前がいながらこれはなんだ!」
『いや、これでも抑えておるのじゃ。めっさがんばって抑えておるのじゃぞ?』
「あの馬鹿神、どんだけ隕石を堕としたんだよ」『六十兆位じゃな』「……隕石ってそんなにあるんだ」『宇宙はとても広いからのぅ』
あの馬鹿神共、俺の免状を奪った罰で奴らを星ごと潰す気か……
相変わらずの理不尽超絶ハイパワーに目眩を覚えるカイである。
『……また来るぞカイ!』
「アホか!」
『すまぬのぅ。本当にすまぬのぅ』
『わぁい、また食べるーっ』
バルナゥとカイが叫び、イグドラが謝り、シャルが喜びの声を上げた直後……
虚空から発生した隕石が隕石を迎撃した。
極大魔法「天撃」
システィだ。
「戦利品カイが騒ぐから来てみれば……あんた、飼神はしっかり躾けなさい!」「飼ってねえよ!」「というかなんでビルヒルトなのよ! ランデルが嫌ならもっと先の領でやりなさい!」「いいのかよ」「隣領とは仲悪いから一発だけなら許す!」「いいのかよ!」
そんなシスティにイグドラが言う。
『いや、ここが一番楽じゃろ。今も穴だらけだし、エルフなら余の祝福で守れるし、人は少ないしのぉ』「私は? 家族は!?」『汝ら一家は何とかなるじゃろ』「このクソ大木め……ああもう! アレクに家族は任せたと伝えてちょうだい!」「なぜ俺に!?」「あんたに言えば戦利品カイに伝わるでしょ!」
神からハブられるシスティ一家半端無い。
『また来るぞ!』
『すまぬのぅ』
「カイ! コップ水!」「ルー!」「むふんっ」
『わぁい、たくさん食べるぞーっ』
ルーがミスリルコップに水を注ぎ、システィが飲む。
ブレスが空を染め、隕石が隕石を砕き、無数のシャル馬車が空を駆ける。
さながらかいぶつだいせんそうの再来だ。
ここまで来るとカイとミリーナ、ルー、メリッサに出来る事はほとんどない。
システィへのコップ水供給とアルハン馬車を飛礫から守るくらいが精々だ。
「この世の終わりのようだ!」「助けて!」「聖樹様! 我らをお救い下さい!」
アルハンらは非現実的な光景に頭を抱えて叫ぶのみ。
そしてカイはこの非現実の中、淡々と彼らの叫びに答えるのだ。
「……そうだな。今となってはそいつが一番マシだな。まあそいつの飼い主と丁稚がこれをやらかしてるんだが」
『余の飼い主と丁稚がすまぬのぅ』
「カイ・ウェルス、これは一体何事だ! 誰がこのような酷い事をしているのだ!」
「……神だよ」
「「「神!?」」」
「いいかよく憶えておけ。この世界の神は馬鹿だ。やらかした事の始末もつけられない大馬鹿だ。奴らを頼るとロクな事にならんぞ」
「「「わあああっ!」」」
普段なら信じない。
しかしこんな非現実的な世界の中心に置かれると否定する事も出来ない。
現実があまりに非現実過ぎるのだ。
「こんな事なら、こんな事になると知っていたなら絶対にお前に手出しなどしなかった!」「なぜ警告しなかったのだ!」
「言ったら信じたのか?」「「「信じる訳ないだろ!」」」「ならそんな事言うな!」「商売を知らぬひよっこが!」「なんだとこの欲張り共めが!」……
破片飛び散る街道で口げんかを始めるカイとアルハンら商人達。
無数の隕石が落下し、迎撃にブレスと魔法と馬車が飛び交う中でカイとアルハンらは口げんか。
アホである。
いや、アホにならなきゃ気が狂う。それほどの極限状態なのだ。
しかし、アホでも見過ごせない事はある。
「えーっ……」
口げんかの中、全天が輝きに埋め尽くされる。
全て、隕石だ。
『ぐぬっ……』『さすがにこれは、無理だよぉ』
「ここの神……アホなの?」
「アホだな」「アホえう」「アホ」「大アホですわ」
……いやもう、面倒臭いわこれ。
と、呆れたカイが歩き出す。
「イグドラ」『火曜日か? 火曜日にするか? ん?』「やらん!」
今のアレから注がれる祝福など危なくて使えたもんじゃない。
使うのは今も残るはっちゃけの残滓だ。
全てが屈する輝きだ。
「ぺっかーは残ってるか?」『あれを何とかする位は軽くあるわい!』「よし!」
カイは構え、そして叫ぶ。
「あったか、ご飯の、人だーっ!」
ぺっ……かーーーーーっ……!!
久々の輝きが空を貫き、隕石はたまらず土下座謝罪。
「よし!」
見事な土下座に叫ぶカイ。
あったかご飯の人、隕石を土下座で退ける。
そして土下座しながら天へと還っていく隕石を見送りながら、アルハン達は呟くのだ。
「ハラヘリ神のなさる事には関わらぬようにしよう」「「わけわからん」」
地道で正当な取引を心がけよう。
こんな体験もう嫌だ。
触らぬ神に祟りなし。
かくしてアルハンら商人達の魂に、この言葉がしっかりと刻まれたのであった。
誤字報告、感想、評価、ブックマーク、レビューなど頂ければ幸いです。