28.免状を剥奪されたけど、考えてみたら免状なんていらなかった
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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「行商人カイ・ウェルス。お前の免状を剥奪する」
「……はぁ」
ランデル領館、執務室。
ルーキッドの言葉に、カイは何とも気の抜けた返事をした。
「「「……ぷっ」」」
そんな気の抜けた返事を聞いたのはルーキッドだけではない。
執務室の隅に笑みを浮かべて並ぶのはオルトランデルの商人達。
トニーダーク商会のアルハンをはじめとした大商会の面々が、わざわざランデル領館まで出向いているのだ。
その商人達の端には、カイが魔道具やルージェで世話になったフィーフォールド商会のダリオが申し訳なさそうな顔でカイに頭を下げている。
同業者同士の付き合いも大変だな……
と、カイは一人だけ違う表情を浮かべるダリオに同情する。
なんちゃって商人のカイとは違い、ダリオは生粋の商人。
カイのために大商会との関係を悪くする訳にはいかないのだ。
バルナゥはビルヒルトで世界の穴埋め中。
だからアルハンも他の商人も、臆する事なく図々しい。
浮かぶマナに喜びとカイへの嘲笑が露骨に見える大商会の面々にカイは心でため息をつき、ルーキッドに意識を戻した。
「私の都合で振り回してすまないな」
「……ルーキッド様も大変ですね」
執務室になぜかいる商人達を見れば、カイにも大体のいきさつは分かる。
権力側から圧力をかけられたのだ。
システィがエルトラネの魔道具に口を出しながらも直接売買しなかったのもこのあたりが原因だろう。
こんな面倒事に関わっている暇はビルヒルトにはない。
システィはカイにまるっとぶん投げたのであった。
「ランデル領民、青銅級冒険者カイ・ウェルス。免状が剥奪されたからにはランデルやビルヒルト、オルトランデルなどの町や集落での売買に商人の優遇は適用されない。税は売上から取るので注意するように」
仕入れや諸経費をまるっと無視されては商売にならない。
ただの「あったかご飯の人」に戻ってしまった……
カイはいやに上機嫌なマナを漂わせるルーキッドに諸々の注意を受けた後、領館を後にした。
商店やギルドにいきさつを話しておくか……
と、カイが商品を仕入れる商店や薬師ギルドを回ってみれば、もう個人で使用する以上に売る事はできないと頭を下げられた。
さすがに徹底してるなぁ……と、感心したカイである。
アルハンら商人達はカイとエルフを引き離そうとしているのだ。
カイはため息をつき、馬車へと歩きはじめた。
ルーキッド様、この後が楽しみでしょうがないんだな……
いたずらっ子かよ。
カイはルーキッドの上機嫌なマナを思い出し、呆れて笑う。
彼はランデル領主だ。
領内の事は外からやってきた商人よりもはるかに詳しい。
当然エルフに関しても商人などよりはるかに詳しい。
この後エルフがどう動くかもわかっているのだ。
仕掛けたシスティも今頃ほくそ笑んでいるに違いない。
問題は行商を求められた里だ。
このまま歯磨き粉や石鹸を供給しなければ「我らに一品追加セットを!」とカイの所に土下座行脚に来るだろう。
そしてカイが手に入れられないと知れば、始まるのは歯磨き粉争奪戦。
ランデル領は大混乱だ。
カイにはそれを止められるが、アルハン達には無理だろう。
一品の為に全力を投入するのがエルフ。
基本的には駄犬なのだ。
カイは商人の免状を取り上げられ、商品の仕入れも断られた。
無理に行えば色々と面倒臭く、目が飛び出る程の税を支払う事になる。
が、しかし……やりようはある。
急激な需要増のため、カイが扱う商品はエルフの里でも作っている。
今やランデルでなければ仕入れられない品ではないのだ。
カイは馬車にたどり着くと妻達に頭を下げた。
「ミリーナ、ルー、メリッサ」
「えう」「む」「はい」
「ちょっと困った事が起きた。俺の代わりに商売をやってくれないか?」
「えう!」「むふん!」「お任せ下さいカイ様!」
そして一ヶ月後。
バルナゥ寝転ぶランデル領館に、アルハンら商人が怒鳴り込んでくるのである。
「ルーキッド殿! エルフが、エルフが物を売ってくれません!」
「あぁ、その件ですか。いやあ、困ったものですなあ」
バルナゥがいるのに怒鳴り込んで来るのだから相当焦っているのだろう。
触らぬ神に祟りなし。天罰覿面……だな。
そんな事を考えながら、ルーキッドは焦る彼らを迎えた。
「そしてあのカイ・ウェルスが今も商品を手にエルフの里を巡っております!」「商人でもないくせに!」「領主として厳重な処罰を!」
執務机を叩き騒ぐ商人達に、しかしルーキッドは笑う。
「その件はこちらも確認しましたが、問題ありません」
「はあ?」「なぜだ!」
「カイ・ウェルスの妻達はエルフですからな」
「はあっ?」
唖然とする商人達に、ルーキッドはにこやかに語り始めた。
「社会に未熟なエルフは現在王国税政の枠外なのはご存じですな?」
「それは知っている」
現在、エルフの税はエルフと取引した商人が間接的に支払っている。
それを商人達が知らないはずはない。
ルーキッドは頷くと話を続けた。
「そのエルフの妻達が売買をしているのですからランデルとしては認めるしかありません。いやぁ、エルフも我らの社会に馴染んできましたな。良い事です」
「カイ・ウェルスがそばにいるではないか!」
「立っているだけで何もしないカイ・ウェルスに税を課したり逮捕したりはできません。それに事業主はマリーナ・ライナスティ。完全に我ら人間の枠外の取引ですよ」
「だ、誰だそのマリーナとは」
『我の子だが』「は?」『だから、マリーナは我の子だ。知らなかったのか?』
「り、竜……」
金貨を磨きながら答えるバルナゥに、商人達がたじろぐ。
ルーキッドが楽しそうに話を引き継いだ。
「カイが同行しているのはひとえに夫だからでしょう。エルフの里で仕入れた商品を別のエルフの里で売る妻達の仕事を夫が見守る。いやはや素晴らしき夫婦愛」
「屁理屈だ!」「奴は絶対手を出している!」「役人に監視させろ!」
「私もそう思い役人を同行させましたが本当に見ているだけで何もしない。これではどうしようもありません。いやぁ、やられたハハハ」
「「「……」」」
笑うルーキッドに商人達はまた唖然。
しかしアルハンら商人達にはもっと大きな問題がある。
エルフの不売問題だ。
「ま、まあそれは後にしましょう。エルフが我らに物を売らなくなったのはなぜですか!」
「それはハラヘリ神のお怒りでしょう」
「「「???」」」
ノリノリのルーキッドが言うはっちゃけた答えに、商人達はまたまた唖然。
「ハラヘリ神を蔑ろにした者達の汚れたハラヘリをエルフが求めないのは当然の事。ハラヘリを求めないのだから品を売らないのも当然の事。おお、偉大なハラヘリ神よ。お怒りをお鎮め下さい」
「ふざけるな!」
アルハンが叫ぶ。
「ふざけてなどおりませんよ」
ルーキッドが声を落とし、威圧をのせて言い放った。
「エルフは金銭はもちろん、我ら人間すらも必要とはしていない。自ら糧を得られるエルフに金が必要だとお思いか? 異界に願わないと得られない魔道具を作れるエルフに人の道具が必要とお思いか? あなた方が思っているほどエルフは駄犬ではないのだ」
エルフには今や自らの大陸アトランチスがある。
人間との軋轢に折り合いをつける必要もない。
カイが人の世界で生きるのを諦めたら、エルフはカイと共にアトランチスへと渡ってオルトランデルの通路を閉じるだろう。
人間がエルフを求めるほど、エルフは人間を求めてはいないのだ。
「エルフは神に祝福された強い者達だ。自ら食を作り、考え、繁栄していく力を持っている。これまでは神の呪いでそれが出来なかっただけのこと。彼らには生きる術があり、その場所もある。よそ者がこれ以上ランデルを我が物顔でかき回すのはやめてもらおう」
「我らに口を出すか!」「田舎領主風情が!」「後悔するぞ!」
「ぷっ……何を今更」
ルーキッドはそんな彼らに鼻で笑う。
ここはランデル。
そんな事は百余年前に経験した事だ。
「ランデルは百余年前に見捨てられた町。あなた方大商会は皆、ランデルを捨てビルヒルトやルージェに去った。あなた方がもう一度去っても我らランデルが困る事はない。少し昔に戻るだけの事だ」
ルーキッドは言い放ち、出口の扉を指差し叫ぶ。
「さぁ! オルトランデルに戻って荷造りするがいい!」
「「「ぐっ……」」」
領主から出て行けと言われれば出て行かざるを得ない。
アルハンら商人は唸り、怒りに顔を真っ赤にして領館を出て行った。
足音が響き、やがて消える。
『盛大にやらかしたなルーキッドよ。我がボンクラに話をつけてやろうか?』
「そっちはシスティがもう手を打っているだろう。辺鄙なオルトランデルに来た商人など商会の中ではしょせん下っ端。分が悪いと知ればすぐに上役が謝罪に来るさ。儲けにならない面子を守るなど商人としては下の下だからな」
『おおーふっ。違いない』
二人は笑う。
「それに……そろそろ世界の枠外も我慢の限界なのではないか?」
『触らぬ神に祟りなし。全く、知らぬというのは恐ろしい事だな』
バルナゥが立ち上がる。
そしてルーキッドはエルフの現人神に祈るのだ。
ハラヘリ神よ、あれらをしっかり鎮めてくれよ?
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