27.枠を決めるのは我ら商会
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
書店でお求め頂けると幸いです。
よろしくお願いいたします。
「なぜだ!」
オルトランデル、トニーダーク商会。
その応接室の中でアルハン・ベルランジュは叫んだ。
「なぜあのような若造に、我ら大商会が出し抜かれたままなのだ!」
トニーダーク商会は飴一粒の販売から都市の建築まで行う、グリンローエン王国屈指の大商会だ。
財力はもちろん、人脈、権力も折り紙付き。
商人であれば誰も商会の意向は無視できず、商会が求めれば譲るのが当然。
貴族や王族であっても、商売の邪魔であれば財力と人脈で圧力をかけ譲らせる。
権力者はより大きな権力の前には道を譲るしかない。
権力を行使しているからだ。
自分がそれを違えて部下や領民に真似されては困るのだ。
枠の中で生きる者は、枠の道理に従うしかない。
それができなければ枠の外に放り出されるか、枠が壊れて道理が無くなるか……
追放か無法かが待っている。
枠内で生きる者にとって、追放も無法もロクな事は無い。
長いものには巻かれろ。
トニーダーク商会の振る舞いに多くの者が道を譲り、儲けを手放し、特権を与えてきた。
それなのに、新たな儲けの地であるオルトランデルではそれが通らない。
エルトラネの里には入れず、駆け出し行商人には森で放置される。
大竜バルナゥや恐ろしくて話もできなかった幼竜に震え上がる始末。
それが大商会の商人であるアルハンにはどうにも我慢ならないのだ。
「信用が得られていないからでしょう」
そんなアルハンに、彼の前に座る商人の一人が答えた。
エルトラネとの取引をカイに全面的に頼る事に決めた、フィーフォールド商会のダリオ・ルペーシュだ。
まだ歴史が百年にも満たない新興商会はアルハンのトニーダーク商会はもちろん、この部屋に居並ぶどの商会よりも規模の小さい新参者。
本来ならこの場に呼ばれるような商会ではない。
呼ばれたのは、たまたまカイが商人ギルドで紹介された商会だからだ。
それでもカイとわずかでも付き合いがある者として、アルハンに呼ばれた。
ダリオが森で置き去りにされた時も、アルハンの付き添い。
長いものには巻かれろであった。
「我らに信用がないというのか?」
「人間の信用ではなくエルフの信用です。アルハン殿はいつエルフの信用を得たのですか?」
「それは……」
ダリオの言葉にアルハンが口ごもる。
商会はエルフから大量に買っているが、食べ物以外で売ったものはカイの行商品よりずっと少ない。
エルフは森の人だ。
だから人間の道具の価値を理解していないのだ。
これまではそう思って納得していたが、カイの行商がそれを覆した。
エルフも人間の品を買い、使う。
そうなれば後は信用の問題だ。
人間社会では絶大な信用を得ている大商会でもエルフ社会では新参者。
そんなどこの馬の骨ともわからない者から商品を買うかと聞かれれば、アルハンでも買わないと答えるだろう。
売る者の信用は商品の信用に重大な影響を及ぼすのだ。
「エルフが人間の社会に関わるようになったのはつい十年ほど昔の事。我ら商人の信用などまだまだこれからでしょう」
「ならばなぜ、エルフはあの若造の品をこぞって買うのだ?」
「さぁ……そこまでは」
ダリオが首を傾げる。
ダリオはカイとエルフの関係をそこまで深くは知らない。
まあ、カイから聞いていたとしても信じないだろう。
「神を天に還してエルフの呪いを解きました」
など、駆け出しの行商人が言ったところで冗談としか思わない。
「あの若造の信用が六百年の歴史を持つ我らトニーダーク商会に勝るとは、エルフ達は人を見る目が無いようだ」
「……」
……そういう所が信用されないのではありませんか?
と、ダリオは思ったが口にはしない。
こんな事をエルフの長老が聞けば、鼻で笑って「我より若い」と言うだろう。
エルフは長命。
グリンローエン王国建国前から生きている者も多くいる。
アルハンはもちろん、トニーダーク商会ですらエルフの前では若造なのだ。
「エルフなど駄犬と同じだ」
しかし、アルハンはそれを真に理解出来てはいない。
森の奥の里にこもって人間のような大きな社会を持たず、ご飯のためなら誇りも捨てる、つい最近まで家もまともに建てられなかった服も適当な遅れた民。
何百年も遅れた種族。
それがアルハンにとってのエルフ。
長生きだろうが力があろうがそれがアルハンの見たエルフの姿。
見た目は評価に大きく影響を与えるのだ。
トニーダーク商会は大商会だ。
国も無い未開の地にすら商人を送り、そこに生きる原住民とも取引している。
エルフもその中の一つでしかない。
アルハンは叫んだ。
「若造から商人の免状を取り上げ商売から締め出して、代わりに我らが好きなだけ食事を与えて餌付けてしまえば良い。飯などいくらでもくれてやる。魔道具を扱えるのであればな!」
エルトラネの魔道具は、そんな未開なエルフの中で輝く宝だ。
あれはエルフが持っていても腐るだけの代物。
商人が適正に取り扱い、王国全体に益をもたらすものだ。
そして魔道具の莫大な益は商人が得るべきもの。
それをエルフにぶん投げるカイのような人間は、アルハンのような商人にとって邪魔なのだ。
「アルハン殿……貴方は枠が変わろうとしている事を理解されているのか?」
ダリオがアルハンに聞く。
新たにエルフという種族を迎えようとしている今の人間世界は激動期。
人間だけで作り上げた枠は、エルフを組み込む事で変わるのだ。
「バカかお前は。枠を決めるのは我ら商会……ああすまぬ。お前の商会は決めた枠に従うだけだったな」
「……」
しかしアルハンはそんなダリオをあざ笑う。
商品を扱う者が枠を決める。
従わないなら品を流さなければ良い。
それでも抗うならば、圧力をかけて免状を取り上げてしまえば良いのだ。
この場にいるフィーフォールド商会以外の大商会にはその力がある。
ダリオの働くフィーフォールド商会はまだ若く、力もない。
だから自らが必死に動き、客と品を集めてくる。
しかしトニーダーク商会のように力を持てば客も品も寄ってくる。
商売は客と品を集めた者が勝つ。
それらが自ら寄ってくる大商会の力は圧倒的。
そして社会を牛耳り自らに都合の良い枠を決めるのだ。
「アルハン殿、ここからが本題ですな」「エルフという新たな者を加えた商売の新たな枠」「腕が鳴りますな」「王都の本店もこの件には注目しております。失敗は許されませんぞ」
「あぁそうだ、ダリオ殿はお引き取りください」
「手間をかけましたな」「よい商いを」
「……」
大商会の皆にうながされ、ダリオは無言で退室した。
枠を決めるのは大商会。
新参者のフィーフォールド商会には資格が無い。
そういう事だ。
閉じた扉の前でダリオはため息をつき、出口に向かい歩き出す。
「新たな枠、ですか……」
カイは確かに免状を持った商人だ。
しかし儲けを度外視して品を扱う者は商人ではない。
先日の魔道具のような大きな金が動く品を食事代だけで扱う者など、商人としてあってはならないのだ。
ダリオは一人、呟く。
「しかし、カイ様は……我らの枠が必要な方なのでしょうか?」
誤字報告、感想、評価、ブックマーク、レビューなど頂ければ幸いです。