26.また面倒臭い話に……
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
お盆のお供にぜひぜひどうぞ。
よろしくお願いいたします。
「また、面倒臭い話に……」
「そんな事よりカイ様、歯磨き粉を」「まいどえう!」
「歯ブラシ!」「む」
「石鹸下さい石鹸」「ありがとうございます!」
「一品追加セットを!」「そんな商品はない!」
「「「ええーっ」」」
「つーかお前ら便利魔道具使えよもう!」
「「「マナはご飯に全振りでーすっ」」」
「このやろう!」
エルトラネの里で商品を売りながら、カイは心で頭を抱えていた。
他の里に行商に行っている間にオルトランデルの商人がエルトラネを訪れ、門前払いを食らったのだ。
俺が魔道具を引き受けたばっかりに……
いや、魔道具に関してはシスティが悪いな。うん。
カイは心で呟く。
エルトラネ、システィ、ルーキッド、そしてカイ。
門前払いを食らった商人が手を出してくる相手など、考えるまでもない。
というか、もう手を出されている。
まったく面倒臭い話だった。
エルトラネ製魔道具は超ハイスペックだ。
ピーが八百万年以上伝承し続けてきたエルフの魔道具技術は、人間の技術をはるかに凌駕する。
カイが売りに出した川の流れや風から屑魔石を作る魔道具もなかなか作れない部類であり、人間社会に流通している同類の魔道具もほとんどがダンジョン産。
人間はマナ頼みでしか得られない品なのだ。
しかし異界は今、以前ほどには現れない。
たまに現れてもエリザ世界がほとんどだ。すぐに主がトンズラして消失する。
エリザ世界じゃない異界はエルフ勇者が討伐し、ご飯を願って去っていく。
何でも願い得られる地でご飯を願う。
本当に超絶勿体無い。
こんな調子だから魔道具の需要は供給をはるかに上回り、値は上がる一方だ。
そこで人間が目を付けたのがエルトラネだ。
ハーの族でもエルトラネほど技術を温存している里はない。
雷竜ビルヌュに守られ、近隣には黒竜ルドワゥも大竜バルナゥも君臨していたエルトラネはピー達が心を互いに晒して技術を継承し、ビルヌュの与えたミスリルにそれを記した。
いつか呪いが解けた時に、子孫の力となるように。
あと百年そのままの世界であったらビルヌュとルドワゥのようにバルナゥも討伐され、エルトラネの守りも破られミスリル土台を略奪されていただろう。
そしてピーにしか理解出来ない超絶技術の記されたミスリル土台はただのミスリルとして扱われ、失われてしまっていたに違いない。
「完売えう!」「む。今日も人気爆発」「売れましたわ! さすがカイ様!」
「「「ルー様! 元祖奉行芋煮を!」」」「む。なかなかお目が高い」
「「「メリッサ、オシャレ教えてーっ」」」「わかりましたわ!」
「えうは? えうはいいえうか?」「「「えうはいいやー」」」「えうーっ!」
ルーとメリッサは商品が売れてもひっぱりだこだ。
ミリーナは……まあ、エリザ世界で満足してくれ。
カイはがっかりするミリーナの頭を撫で、二人で後片付けをはじめた。
「あの商人、森の中で困ってないえうか?」
「マリーナを呼んだから大丈夫だろ」「カイは時々残酷えうね」「食われないなら竜もそこまで怖くはないだろ。話も通じるんだし」「いつ食われるかヒヤヒヤしてると思うえう」「まあ、マリーナは何でもバクバク食べるからなぁ」「ひいばあちゃんは生まれ変わっても食への執着半端無いえう」
そう。
この行商、元々はもう二人ほど同乗者がいた。
カイがオルトランデルで魔道具を売りに出した商会の者と、王国では知らぬ者はいない程の大商会の商人だ。
門前払いを食らったくらいでは諦めないのが商人。
今度はランデルでカイを待ち受け、同乗を申し込んで来た訳である。
権力を持つ者はより強い権力を使われると譲らざるを得なくなる。
ルーキッドに頼まれたカイは仕方ないなと同乗を受け入れた。
まあ、里の中に入ったくらいで何が変わる訳もない。
エルトラネの皆は心が読めるから、何かを盗む事も出来ないだろう。
中を見せるだけなら、まあいいか。
カイは気楽に考えエルトラネの里へと向かったが、そこはさすがのエルトラネ。
そんな者の侵入すら許しはしない。
顔のある樹は通過するシャル馬車に枝葉を伸ばして商人だけをしっかりキャッチ。カイ一家が唖然としている内にポイッと外に投げてしまった。
なにこの樹木、超怖い。
初めて見る顔のある樹の超技術にカイは戦慄半端無い。
こんな森の深くで戦う事もできないだろう商人二人。
ぽつんと残してしまうのは申し訳ないのでシャル経由でマリーナを呼んでおいたカイである。
仕方のない事とはいえ、後で謝っておかないとなぁ……
と、カイがエルトラネの皆を見れば心を読んだのだろう、ルーの奉行芋煮を食べながらエルトラネの皆が弁明をはじめた。
「だってあの人達ディックみたいなんだもん」「今ならよくわかる。あの搾取はひどかった」「搾取、ダメ、絶対」「あったかご飯は間に合ってますので」「我らエルトラネはカイ様達がいれば十分」「そして奉行芋煮うまい!」「むふん」
「……むやみやたらと心を読んじゃいけません」
「「「えーっ」」」
ディックとはかつてエルトラネをご飯で釣り、搾取を続けた白金級冒険者だ。
カイがメリッサのピーに振り回されている内に勇者に討伐されてしまったのでカイとの面識は無いが、相当ひどい搾取を受けていたらしい。
食への執着半端無いエルフは彼を決して忘れないだろう。
そして子孫に語り継ぎ、いずれは大魔王のような諸悪の根源となる事だろう。
食べ物が絡めば恨みも半端無いのだ。
「カイ様、今回我らが売る品はこれでございます」
そしてルーの奉行芋煮を堪能したエルトラネの長老が出してきたのは、ただ軸を回すだけの魔道具だ。
「回るえう」「ぐるーん」「回っておりますわ。カイ様回っておりますわ」
「あー、水車みたいなもんか」
「これは小さく作りましたが大きくすればハイパワーなものも作れます。システィの許可も取り、たくさん作りましたからどどーんとお買い上げくださいませ」
「「「えっへん」」」
作った魔道具を手に胸を張るエルトラネのエルフ達。
が、しかし……
「……もうお前らの品を買うのやだよ俺。面倒臭いもん」
「「「ええーっ!」」」
魔道具としては面白いかもしれないがカイにとっては厄介事。
今も森に二人ほど厄介事を放置しているのだ。
「僕達のハラヘリが!」「こんなに作ったのに!」「カイ様に買って貰えなかったら僕ら路頭に迷っちゃうーっ」
「いや、お前ら作物作れるじゃん。草系なんでもどんと来いじゃん」
「カイ様、それじゃあ心のエルフ店では食べられません」
「マオなら物納で食わせてくれるだろ」
「昔はできましたが今はムリ」「みんな物納で食べたのでブチ切れました」
「……お前ら、加減を知れよ」
マオすまん。
カイは心で頭を下げる。
「とにかくカイ様! システィの許可も取ってるんですから売っても絶対大丈夫。大丈夫なのですから買って下さいお願いします!」
「システィに買ってもらえよ!」
「「「断られましたーっ」」」
「あのやろう!」
エルトラネの皆が泣き落としと土下座を繰り返す。
結局買う羽目になるカイである。
今回も安定のとりあえず一つ一ハラヘリ。
そしてエルトラネを出てみれば、狩った猪でぼたん鍋を作り食べているマリーナと、戦々恐々な二人の商人だ。
『もっしゃもっしゃ……』
「置いていってしまってすみません」
「「い、いえ……」」
ヘビに睨まれたカエルって奴か……
どうやら会話ひとつしていなかったらしい。
竜は何でも食う悪食。
鍋の具になるかもしれないと思えば静かにカイを待つだろう。
しかし、カイがそんな二人に頭を下げてシャル馬車に乗せればさすがは商人。
さっそくエルトラネの品をじっと見つめている。
「カイ様、これは何の魔道具でしょうか?」
「マナで回転力を得る魔道具だそうです」
「ほぅ……」「なるほど」
魔道具を手に取り見つめる二人の商人。
カイが二人のマナを見てみれば深い興味。
そしてエルトラネの里に入れるカイへの嫉妬が見て取れる。
しかし、二人の感情は対照的だ。
カイが世話になった商会の者はエルトラネと直接取引する事を諦めたらしい。
カイに頼んでそこそこ儲ければいいやという諦観の色が濃い。
対する大商会の商人は嫉妬以上に欲望と憎悪の色が濃い。
この国の商業を左右する程の力を持つ大商会はゴリ押しできない事がよほど悔しいのだろう。まだまだ全く諦めてはいないのだ。
あぁ、また面倒臭い話になる……
荷台からひしひしと伝わる大商会の欲望のマナに、カイは心で頭を抱えるのであった。
WEB版ではディックとカイは面識ありませんが、書籍版ではディックとカイは会ってます。
書籍版はディック成分も増量してますので興味がありましたら一冊どうぞ。
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