22.カイ、エルトラネの品の値付けに驚愕する
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
盆休みのお供に是非どうぞ。
よろしくお願いいたします。
システィのせいで大量の魔道具を仕入れる事になってしまった……
エルトラネからの帰り道、カイは御者台で頭を抱えていた。
頭を抱えているから前は見ていないが、シャル馬車だからまったく問題無い。
フランソワーズとベアトリーチェの馬二頭もシャルの動きに合わせて動く。
カイはここに居なくても問題無い、お飾りの御者なのだ。
『カイー、頭抱えるなら荷台で休んだらー?』
「それで走ってたら暴れ馬車だから」
しかしお飾りであっても座っていなければならない。
御者がいない馬車など暴れ馬車だ。普通の馬車は人の制御で走るものなのだ。
「すみません。エルトラネの皆がガラクタを押しつけてしまってすみません」
「気にするな。大体システィが悪い」
というかシスティ、お前詳しいんだから売るまで自分でやってくれよ。
と、メリッサの謝罪に心で愚痴るカイである。
カイの魔道具知識は素人と変わらない。
だから値も上手に付けられない。
とりあえずひとつ一ハラヘリで買い上げ売値を後で戻す事にしたのだ。
魔道具ひとつがまさかのハラヘリ一枚一食分。
どんな値が付くかはカイがどこに売るか次第。
エルトラネの皆は一食分だと大喜び。
そしてカイは責任重大。
その責任はこの魔道具の扱いだけにとどまらない。
エルトラネ……お前ら、このままだとまた誰かにスパッと搾取されるぞ?
と、食への執着半端無いエルフを導く責任を改めて感じるカイである。
「売ればいいえう」「む。売ればハラヘリ以上確実」「はい。里の皆はカイ様に託したのですからどどーんと、そうどどーんとお好きにお売りくださいませ」
「……だからと言ってたたき売りする訳にもいかんだろ」
そこらの路上で店を開いて売っていいようなものでは決してない。
というか、どこで売ればいいんだよこれ……
と、カイは途方に暮れる。
カイが活動している場所はランデル、オルトランデル、ビルヒルト、エルフの里、そしてアトランチスだ。
買ってくれそうな所があまりない。
ランデルはまだまだ規模は小さく、ビルヒルトは絶賛復興中。
エルフの里とアトランチスは論外だ。
「一番可能性があるのはオルトランデルか。そこで売ってみる事にしよう」
『わかったー』
シャルがカイの意を受け道を選ぶ。
あそこなら大商人も出入りしているから、どこかに買い手もあるだろう。
オルトランデルを異界のマナで復興させたかつての主も今ではただのあったかご飯の人。そして駆け出しの行商人だ。
せめて値切られないようにしないとな……
カイはオルトランデルの門を潜り、商人ギルドで魔道具を扱う商人を聞きその門を叩いた。
「魔道具を複数、売りたいのですが」
「はい。失礼ですがお名前は?」
「カイ・ウェルスです」
受付で行商人の免状を出し、商談の順番を持つ。
商談の場所は多数の商談席が並ぶ一般客用の大フロアだ。
二束三文の魔道具を持ってきたと思われたのだろう。
まあ、名も売れていないのだから仕方がない。
どの町にもいるありふれた顔の男、それがカイ・ウェルスだ。
戦利品カイがそこら中にいるからではない。
たぶん。
しかしカイを見てそう思う商人も、品を見れば見る目を変える。
「こ、これは……システィ様の品質保証印! この品はエルトラネだ!」
「エルトラネ!」「魔道具のエルトラネか!」「それもこんなにたくさん!」
「カイ様、あなたはこれをどこから?」
「エルトラネですが」
「謎の樹木に阻まれ入る事すら許されない堅牢なエルトラネから……どうやらこの場は商談にふさわしくないようです。どうぞこちらへ」
「はぁ……」
大フロアの商談席から個室の商談席へ、そして重要顧客の商談席へ、さらに最重要顧客の商談席へ……
「たらい回しえう」「む、面倒、超面倒」「そうですわ。カイ様を何だと思っているのです。あったかご飯の人なのですよ!」
「それ、人間にはさっぱりわからんから……」
商人の上司がカイをありふれた男と見なし、品に仰天してさらに上司に知らせる展開が繰り返される。
あれよあれよという間に商談の席は二転三転。
唖然とするカイである。
「カイ様、これはこの場で即決できるような品ではございません。競売を行い値を付ける商品でこざいます」
「はぁ……」
「そうしなければ我らがこの業界から締め出されてしまいます。来週月曜の競売までお待ちくださいお願いします」
システィ……お前、この国の裏の王だな。
戦利品カイを使いシャルを使い異界を使い、王国の為なら何でもやる元王女はこんな所でも絶大な影響力を持っている。
カイが持ち込んだこの商談、システィが商人を試す機会でもあったのだ。
そして次の月曜日、カイが持ち込んだ品は競売にかけられた。
「この棒の先に屑宝石を取り付け川に刺しておくと、流れの強さにもよりますが大体一日で屑魔石が形成される優れものでございます」
「流れからマナを吸収するのか」「それなら怪物も異界も現れないな」「さすがエルトラネ。環境に優しい」「エルフとはエコな者達なのだな」
いやいや絶対それはない。
畑で異界を顕現させる困ったちゃんだよあいつらは。
競売参加者に心でツッこむカイである。
「この風車の根元に屑宝石を取り付け風のある地に刺しておくと、風の強さにもよりますが大体三日で屑魔石が形成される魔道具でございます」
「先程の風版か」「風が強くて使えない領地を持つ領主に高く売れそうだ」「百万エン出そう」「二百万」「では、私は四百万」「……」
一ハラヘリ、千エンで仕入れた物があれよあれよの高値である。
えーっ……そんなに高いのそれ?
と、カイが唖然としている内に競売終了。
どちらの魔道具もひとつ五百万エン。五千倍だ。
一ハラヘリが五千ハラヘリ。
手数料を差し引いてもエルトラネ大喜びだなと安堵するカイである。
そして支払いはエルフが嫌うパチモンハラヘリ聖銀貨だ。
「あの、銀貨で頂けるとありがたいんですが」
「申し訳ありません。私共も銀貨の持ち合わせは少なく……」
「ハラヘリですか?」
「ハラヘリです。オルトランデルには銀貨専門の両替商がおりますからそちらで両替をお願いします」
「はぁ……」
いやそれ、うちの両替樹です。
と、カイは思ったが口にはしない。
「カイ様とは、今後も密接なお付き合いを願うばかりでございます」
「ありがとうございます」
カイは売り上げを大量の銀貨に両替し、エルトラネへと凱旋した。
「ハラヘリだ!」「ハラヘリがこんなに!」「十ハラヘリや百ハラヘリじゃねえ! 我らが心の一ハラヘリだ!」「さすがカイ様!」「やはり貴方はハラヘリ神!」
「いやいや、お前らの魔道具を売った金だから。俺は運んだだけだから」
「「「なんて謙虚なお方!」」」「お納めくださいハラヘリ様!」「私の感謝のハラヘリで是非ともご飯をお食べください!」
チャリンチャリン……
エルトラネの皆が馬車に投げ込むお礼の銀貨の多い事。移動賽銭箱である。
そして後からしれっと現れたシスティのダメ出しだ。
「あんたが使って屑魔石を作ればエルトラネをずっと食わせていけたじゃない」
「あ!」
川に刺したり風の強い所に置けば勝手に屑魔石が作れるのだから、屑魔石を自分で作って売れば良い。
種となる屑宝石は必要だが基本は放置。
そんな金のなる木をカイはみすみす売ってしまったのだ。
しまったと後悔してももう遅い。
品は他の商人の手に渡り、他の者の金のなる木になっている。
すまんエルトラネ。商才が無くて本当にすまん。
と、心で土下座のカイである。
しかし、システィはそんなカイに笑った。
「ま、そういう所があんたの良い所よ。商売は売った人、買った人、扱った自分、そして関わった人みんなを儲けさせて一人前だから。そして関わった人が多ければ多いほど、世界が豊かになるのよ。それが商売」
「……そうなのか?」
「そうよ。だから独り占めしなくて良かったのよ」
「そうなのか」
「そして王国の為にしこたま働いてちょうだい」「本音はそこか!」「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ」「淫蕩恐妻システィか?」「あんた、死にたい? ここの神はボンクラだから邪魔される前に一度くらいは殺せると思ってるんだけど」「すみません」
裏の王でもカイとは軽口を叩く仲。
瞳をマナに輝かせるシスティを前に、カイは素直に頭を下げた。
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