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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
4.飢えた、エルフが、やってくる
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4-2 冒険者、勇者らと交渉する

「じゃ、色々気になるでしょうから今日は手伝ってください」


 ご飯の片付けをしたカイは立ち上がり、勇者級三人組を果樹を植えた畑に案内した。


「「「ミスリル製!」」」

「……気にしないでください」


 無造作に置かれたミスリル製のドライフルーツ製造機と台車に目を剥く三人にカイは言い、エルフでは出来ない実りの収穫をやってもらう。


「終わったわよ」「私も終わりました」「俺もだ」

「えーっ……」


 そしてマオの身軽さとシスティとソフィアの巧みな魔法にカイが半日かかる作業はたったの十分で終わってしまい、これで終わりですかと問う視線にカイは思わず涙する。

 能力の差というものは本当に切ないものだ。


 しかし今の能力は自らの選択の結果でもある。

 今さら仕方が無いとカイは割り切りエルフに頼んでどんどん実らせてもらい、システィら三人にガンガン収穫してもらう事にした。


 今がチャンスだ。収穫だ。ドライフルーツをしこたま溜め込むのだ。


 と、カイは忙しくエルフと勇者級の間を駆け回る。

 瞬く間に増えていく在庫に気を良くしたカイはミリーナら三人に竜牛を狩ってもらい、働く皆の為に鍋を作る事にした。


「えっ! 竜牛って王国に棲息していたの?」

「面倒なので秘密でお願いします」


 狩ってきた竜牛をソフィアの魔法で素早く血を抜き、マオと二人でサクサク解体。ペネレイと薬草と携帯食料と共にミスリル大鍋にぶち込み徹底的に煮込みまくる。


 そして昼飯の時間、肉を噛み締めながら鬼の形相でカイを睨む王女システィを『キロ単価聖銀貨一枚の肉なぞ知った事かよ黙れグルメ王女』という視線で再び黙らせ、午後もしこたまドライフルーツを作って作りまくって、エルトラネだけなら二ヶ月程度は食べていける量を確保した。


 急遽地下十メートル以上の地下に保管庫を魔法で構築し、乾燥の魔力刻印を持つミスリルを縫いこんだ袋に収穫を纏めてミリーナ、ルー、メリッサと里のエルフの代表者の頭に当ててから保管する。

 こうする事でカイが居なくてもドライフルーツを渡すことができる。

 つまみ食いが多少心配ではあるが。


「ああ、やっぱり人手が欲しい」


 そして夕刻。

 普段よりはるかに進んだ仕事にカイは思わず呟いた。

 やはり一人より四人。

 三人が優秀だった事で余裕が出来たがいずれは無くなる。

 恒久的に安定させるにはやはり人手を増やさなければならない。


 どうしようかとカイは考え、アレクの話を思い出した。

 宝物庫のカイ・ウェルスの話だ。

 宝物庫での作業が出来るなら収穫とドライフルーツの製造も可能なのではないかと考えたのだ。

 アレクと話した時には無理と諦めたが王女システィが認めた今ならば交渉も可能のはず。カイはルーに預けたミスリルコップを手にシスティと交渉する事にした。


「王女システィ」

「……なに?」


 グルメ王女には酷なご飯だったらしい、かなり苛立った調子でシスティが反応する。

 カイはご飯くらい好きに食べさせてくれよと思いながら話を切り出した。


「アレクから聞いたのですが、宝物庫に俺がたくさんいるそうですね」

「いるわよ。二十人はいるかしら」

「アホなのかアレク……」

「やっぱりあんたもそう思うのね」


 あまりの所業にあんた呼ばわりのカイである。


「まあそれはおいといて、二体ほど融通して頂く事は出来ませんか?」

「いいけれど対価は……あぁ、色々あったわね。鍋とか台車とか製造機とか。王国の貨幣経済が崩壊するから勝手には売らないでね」

「わかってます。今回の対価はこれで」


 カイはアレクお墨付きのミスリルコップを差し出した。


「コップ? これもミスリルね……ちょっと待って、この魔力刻印……なにこれ!」


 システィの瞳が鋭く光る。

 マナを流して魔力刻印を読み解く鑑定の魔法だ。


「回復……マナも?、解毒、解呪、祝福まで! 美味? 美味って何よ?」


 ブツブツ呟きながらしきりにコップを眺めるシスティはイッちゃってる時のメリッサに似てちょっと恐い。

 カイはしばらく黙ってシスティが鑑定を終えるのを待った。


「これ、宝物庫のカイ五人以上と交換できると思うわ。有用度がダントツだもの」

「武器と違って日常でも使えますしね」

「そんなレベルの話じゃないわ。これは水を注ぐだけで何度も使える世界樹の葉よ。効果は世界樹の葉ほどは無いけれど人間が使うならこれで十二分。本当にいいの?」

「はい。元々処分に困っていた品なので……」

「嫌えう! 絶対反対えううう!」


 悲鳴が二人の交渉をぶった切る。

 流れるような見事な土下座でミリーナが会話に割り込んできたのだ。


「えうぅエルネを、エルネを見捨てないでくださいえう! 腹掻っ捌いて詫びるえうから、エルネのご飯を、あったかご飯をえううううぅぅううぅ……」

「ミリーナ」


 ミリーナの反応はカイの予想通り。

 しかしこれを打開する手段はある。

 カイは頭を地に擦り付けて土下座するミリーナの前に屈み、耳元でささやいた。


「まあ聞けミリーナ。これを王女殿下に渡すとなんとコップが俺二人になって戻って来るんだ」

「カイが二人えう?」

「そうだ。つまり俺が三人になる。コップと俺が二人、ミリーナはどちらを選ぶ?」

「絶対カイえう!」


 さすがはエルフ。何よりもご飯だ。


「カイが二人増えて三人えう! ご飯三倍なら長老もにっこり満足えう。エルネの里にあったかご飯の人、カイ・ウェルス爆誕えう!」

「ミリーナならそう言うと思っていたよ」

「むむ! それならボルクにもカイ欲しい」「エルトラネにもカイ様を!」

「……じゃあ、四人か」


 エルネの里、ボルクの里、エルトラネの里、カイの助手。

 二人以上になってしまったが五人以上と交換できるとの王女の太鼓判だ。

 たぶん大丈夫だろう。

 カイはシスティに頭を下げた。


「という訳でお願いします」

「わかったわ。王都に使いを出すから少し時間が掛かるわよ。交渉が進んだらもう一度預かりに来るわね」


 ミリーナの説得を終えたカイにシスティは頷き、カイにコップを返してくる。


 えー、戻ってくるのかよ。


 カイは渋々コップを受け取ってバックパックの奥に厳重に封印する。厄介払いは保留であった。


「カイはいつ増えるえう?」

「王女殿下との交渉次第だな。まあ期待しとけ。という訳で夕飯にしよう」

「まだ竜牛余ってるえう肉にするえう肉えう!」

「よし肉を使い切るか。じゃあ薬草は任せたぞお前ら」

「えう!」「了解」「薬草でしたら私の尻の花を摘んでいただければ」「「ピーエルフの分際で」」「またピーか」「カイ様ったらいやんっ」「……」


 エルフ三人が好きな事を言いながらカイの元から去っていく。

 カイはルーに満たしてもらった水加減を確認し、魔炎石を使いかまどに火を入れる。


 メニューは昼と同じだ。ペネレイ、薬草、携帯食料、竜牛の肉、あと野草も適当に入れておく。

 カイは適当に考えたメニューで準備を始めて数分、視界にちらちら入る不穏な輝きは何だと振り向きギョッとする。


 憤怒の王女システィがそこにいた。

 不穏に輝く瞳は魔法の発動前兆だ。グルメ王女は相当腹に据えかねているようだった。


「んがああっ許せない! 竜牛なんて最高食材を使いながらひたすら煮込むだけなんて絶対に許せないっ!」

「楽でいいじゃんか」


 カイも王女にタメ口だ。


「面倒なら焼いて! 焼肉なら焼いた者の責任だから!」

「エルフは火を消すからそれも面倒なんだよ。量も作りにくいし」

「じゃあ私の分だけでも」

「エルフをまた敵に回す気か? 奴ら飯が絡むと本当に半端無いぞ。俺もたまに危ない」


 エルフとの戦いを思い出したのだろう、システィが怯む。


「うぐっ……い、いいです煮込みで。でもせめて灰汁は取って。というか私が取ります」

「それでエルフが味を占めたら俺が面倒だろうが!」

「結局面倒なのね! マオ、ソフィア、あんた達も何か言いなさいよ」

「俺? 食物は安全が一番。煮込み過ぎ料理万歳!」

「えーと、タダで竜牛ご飯万歳! です」

「ああっそんな事を言ってる内に竜牛のサーロインが、サーロインがーっ」

「どうでもええわそんなもん。煮込め煮込めっ」

「ぐぬぬぬぬ」


 グツグツと煮られていく竜牛の肉を前に喧騒は始まり、夕食が終わるまで続く。

 煮込み竜牛の夕食を前にシスティはマナで目を輝かせながらカイを睨み、マオとソフィアは黙々と食べていた。


「うまいえう!」

「む。やはり竜牛。至高」

「おいしいですわ。本当においしいですわ。そして山盛り幸せですわ」


 ミリーナ、ルー、メリッサは相変わらず美味そうに食べている。

 肉肉ペネ肉とか肉肉肉肉とかペネ肉ペネ肉とか食べる順番をひたすら議論していたが、どの食べ方でも美味しいと合意した後はひたすらご飯を食べていた。


「まったく、信じられないわ」

「システィ、ずいぶん竜牛の事を根に持ってますね」

「それもあるけれど、カイの事よ」


 システィは椀の肉を口に入れ、しっかりと味わい飲み込んでから再び口を開いた。


「よく実力相応の欲が徹底できるわね。本当、感心するわ」

「それが徹底できるからこその結果なのでしょう」


 ソフィアが答える。


「死なないための算段かぁ。アレクがよく言ってたわね。カイは死なないように必死に考えて生きているって。一緒にいた頃は一度も蘇生の世話にはならなかったって」

「蘇生を負債と考えると納得ですよね。あれでジリ貧になっていく冒険者は後を絶ちませんし」

「うわ、聖樹教の聖女がそれを言う?」


 回復と蘇生は聖樹教の収入源のひとつだ。

 特に蘇生の対価は高価であり、その際にした借金の返済のために冒険している者も多かった。

 しかし、ソフィアは言う。


「聖樹教は蘇生だけをしている訳ではありません。世界樹の葉の国家への提供や各種回復魔法、高位回復薬の販売が柱なのです。高位回復薬の準備もせずに冒険して蘇生代金が高いとか言われても困ります」

「冒険者だからねぇ」


 ハイリスク、ハイリターン。

 それが普通の冒険者だ。


「それに異界の怪物に燃やされたり食われたり溶かされたりした遺体を前に蘇生をかける私の気持ちも理解してください」

「ま、竜牛程度で騒いでる私にはとても無理って事よね」

「人生、ほどほどが一番ですね」

「あははは……」


 システィは苦々しく笑い、椀の飯を平らげた。

 竜牛の肉は煮込みすぎても美味である。

 それで良いのだ。それが良いのだ。


 世界は広く、人生は意外と長い。

 背伸びしなくても出来る事は無数にあり、それを得る事で自分の人生を豊かにできる。

 それが青銅級冒険者カイ・ウェルスの人生。

 システィはそう結論付けた。

 食後のぬるま湯でくつろぐシスティとソフィアの前ではハイエルフのメリッサが今日の収穫を自慢している。


「私、カイ様のために一生懸命生やしましたの。マナ回復に薬効のあるエメリ草」

「いらん」

「惚れ薬に使われるラナー草」「いらん」

「若返りの霊薬の材料の一つ、ラッティル草はどうですか?」「いらん!」

「ううっ……こ、これならどうですか? 蜜が不老不死の霊薬に使われるパレリの花」

「いいからありふれた薬草を採ってきてくれよ。あれが一番面倒が少ないから」

「面倒……私、面倒な女ですか?」「めっさ面倒くさい」

「私、尻の花を摘んでもらう資格もない女だったのですねううぅうう……ですが捨てないで、捨てないで下さいお願いしますカイ様ぁ」

「そういう物欲行動はミリーナだけでお腹一杯です。ちゃんと全部処分しろよ?」

「ううぅうう……」


 じゃらじゃら、じゃらじゃら……

 メリッサが調子に乗ったり落ち込んだりする度に頭の上の飴が踊る。

 一株白金貨二枚、一株聖銀貨二枚超、絶滅したはずの植物、伝承のみの伝説級植物。すさまじい会話とは裏腹の何とも滑稽な光景であった。


「ソフィア、ほどほどが一番よ」

「う……き、肝に銘じます」


 アレクの言う通り、カイは大丈夫だろう。

 システィは改めて結論し、メリッサの言葉に身を乗り出して興奮する鼻息荒い聖女に忠告する。

 聖女ソフィアもまだまだ血気盛んなお年頃であった。


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