21.システィ、エルトラネで頭を抱える
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
本屋で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
そのままお買い上げ頂けるととてもとても幸いです。
よろしくお願いいたします。
「システィ。我らは魔道具を捨てようと思います」
「はぁ?」
エルトラネの里。
ハイテク魔道具ブランドの里の長老の言葉に、システィは素っ頓狂な声を上げた。
いきなり何を言いだすんだこいつら?
と、システィが唸っていると里の者が懐から取り出す物がある。
歯ブラシと歯磨き粉である。
「ボルクの長から伺ったのでございます。カイ様が授けるこれで歯を磨けば浮いたマナでご飯一品トッピングだと」「やってみたらホントに一品増えて超嬉しい」「さすがカイ様」「すぺっきゃほー」
「……」
カイーっ!
あんた何してくれてんのよこんちくしょう。
こいつらバカだからあんたの言うこと鵜呑みにすんのよどうしてくれるのよ!
システィは頭を抱え、心で絶叫する。
「……システィ、我らは心が読めますのでそのような陰口は」
「ああごめん」
システィは大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「カイーっ! あんた何してくれてんのよこんちくしょう。こいつらバカだからあんたの言う事鵜呑みにすんのよどうしてくれるのよ! ……これでいい?」
「さすがシスティ!」「そのスパッとした所、本当に素晴らしい!」
「いやいやあんたら、バカって所は否定しなさいよ」
「「「バカだと何か困るのー?」」」
「……まあ、あんたらは困らないわよね。紙一重ぶっちぎりだから」
ああ、こいつら幸せそう。
そして作る魔道具マジヤバイ。
システィが心で嘆く。
目を離すととんでもない魔道具を作るので、システィは週に一度はエルトラネに訪れて魔道具の調査、管理、ダメ出しをしているのだ。
先週も魔石製造機という一ヶ月で異界を顕現させる魔道具を見せられたばかり。
魔法使い垂涎の超高級魔石が作れるが対価が異界では割に合わない事半端無い。
そんなものが人の手に渡れば恐ろしい事が起こる。
どこかに設置して異界を顕現させるなら、まだマシだ。
多数の馬車にそれを乗せてそこら中を走り回らせ薄く広くマナを搾取でもされたら、どこにいつどれだけの異界が出来るかわかったものではない。
そんなものをホホイと作ってしまうのがエルトラネ。
隣人としてはとても目が離せない存在なのだ。
「で、円盤のご先祖様は何て言ってたの?」
「皆、涙を流して『素晴らしいもっとやれ』と……」
「さすがは呪われたまま亡くなったエルフ達ね……」
そして今週来てみれば魔道具を捨てると言う。
食が関われば超極端。これがエルフなのである。
「とにかく時代はマナレス、マナいらずなのですシスティ」「ご飯に一品増えるなら魔道具なんて使わんよな」「自動調理器とか便利だけど超マナ食うからなぁ。時代は薪だよ、薪」「泥落としは水とタワシ、皮むきは包丁だよ」「そして食後の歯磨きはカイ様の歯ブラシ!」「あぁ、この歯を磨く地道感最高」「さすがカイ様だよなー」
しゃこしゃこしゃこしゃこ……
エルトラネの皆が歯を磨く。
歯磨きは別に良い。生活を最適化するのは当然だからだ。
しかしそれで全ての魔道具技術を捨てるとなれば退化と言うべきだろう。
ここでエルトラネが捨ててしまったら何万年分の技術が失われるか分からない。
彼らがちょろっと片手間で作る魔道具ですら人間には作れないものが数多い。
システィ的には「それを捨てるなんてとんでもない」なのである。
「ならば、売れる魔道具を作りなさい!」
しかしそこはカイを使いこなす女、システィ。
アホなピンチをチャンスに変える彼女はここでも健在だ。
「そして行商に来るカイに売りつけなさい! ヒットすれば一品どころじゃなく一日中ご飯食べてもお釣りが来るわ!」
「一日中ご飯!」「すごい!」「でもシスティのダメ出しがなぁ」「ちょっとした事ですぐやり直し」「ひどいよなー」「心折れるよなー」
「あんたらの魔道具が危な過ぎるのよ!」
ちょっとした事で異界を顕現されてはたまらない。
現ビルヒルト領主の妻であるシスティは、エルフ無許可畑の異界顕現をしこたま味わっているのだ。
「いい? あんたらが歯磨きで感じる地道感。それを魔道具に反映させなさい。あんたらにとっては超ローテクでいいの。簡単でいいの!」
「えー、出来るのが屑魔石とかでもいいの?」
「いいのよ!」
「焦げ付かないだけの鍋とかでもいいの?」
「いいのよ! むしろそういうのがいいのよ!」
「「「ええーっ!」」」
システィの叫びに驚愕するエルトラネの皆である。
「だって聖剣『心の芋煮鍋』は要求すごかったじゃん」「マオさんのなんて超すごいよな」「あれは俺らエルトラネの技術の結晶だからな」「心のエルフ店はエルトラネの心のエルフ店です」「だから機能を色々追加してるのにー」「この、わがままさんめっ!」
そして責任転嫁を始めるエルトラネの皆である。
「勇者と普通の人が使う物を一緒にするんじゃない!」
「だって便利じゃないですかー」
「勇者の武器の技術で包丁なんて作ったら食材どころかまな板も家も真っ二つよ。そんなのが普通の人に必要な訳がないじゃない!」
「切れないまな板を作れば解決!」
「そこまで切れない包丁を作るのよバカ!」
「今日のシスティはバカが多いなー」「バカって言った方がバカなんだぞー」「ばーか、ばーか」
「やかましい! とにかく時代はマナレスじゃなくてマナ節約。その歯ブラシを常に清潔にしておく魔道具くらいで十分よ!」
「えーそんなのすぐに出来るじゃん」「ぷるるぱー、作ったよ」
「早っ!」
さすが紙一重の里エルトラネ。
会話している内に完成だ。
システィは単純単機能の試作品を作らせ、そのいくつかに販売の許可を出して後はカイにぶん投げた。
「これがご飯何食分になるかはカイ次第よ!」
「カイ様なら大丈夫!」「だってカイ様だから」「カイさまだからー、カイさまだからー」「かいさまるるっぽ」「かいさまぱらっぽ」「ぱっぱぴらぷるぴぃ」
そして後日。
行商に来たカイが頭を抱えるのである。
システィー!
お前何してるんだこんちくしょう。
こいつらバカだからお前の言うこと鵜呑みにすんだよどうしてくれるんだ!
「……カイ様、我らは心が読めますのでそのような陰口は」
「ああ、悪い」
そしてカイもシスティ同様、思った事を正直に叫ぶのであった。
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