20.ダンジョンの中心で、絞り滓を粉にする
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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竜峰ヴィラージュ。
山頂に常に雪を戴く大竜バルナゥの棲み家はかつてはよく爆ぜる……爆音と環状の雲が広がっていく……山であったが、最近はめっきり大人しく静かになった。
しかし静かであっても世界ぶっちぎり最強存在、大竜バルナゥの棲む山。
そこら辺の山とは訳が違う。
山頂にある棲み家にはバルナゥを主とした異界を貫くダンジョンが存在する。
その階層は五万六千を数え、これも現在ではぶっちぎり最多階層。
貫いた異界から吸い上げたマナは雪解けの水と共にふもとに流れ、ランデル領をマナで潤す。
だから空間を満たすマナが不足するような事はほとんど無い。
故にランデルは異界の怪物もあまり出てこない、豊かで平和な土地なのだ。
マナは心に反応し、願いで変質してあらゆる物に姿を変える。
ヴィラージュの頂にあるバルナゥのダンジョンは願いが叶う場所。
現在、ライナスティ一家は主バルナゥ、妻ソフィア、幼竜マリーナ、ビルヌュ、ルドワゥの五人家族。
マリーナは麓のエルネに棲んでいるので四人住まい。
そして主のバルナゥはビルヒルトでの穴埋めとランデルでの金貨磨きに忙しく、妻のソフィアは聖樹教の組織運営に忙しい。
いつも在宅なのはビルヌュとルドワゥの二人の幼竜だ。
で、この二人が最近、マナあふれる我が家で何をしているかといえば……
『『粉になーれ、粉になーれ……』』
ごーり、ごーり……
歯磨き粉作りである。
幼いとはいえ竜が二人でマナに願って絞り滓粉砕。
何をしているんだこいつら、である。
『こんな無駄なダンジョンの使い方してるの、俺らぐらいだよなぁ』
ビルヌュの口からため息ブレスがあふれるのも無理はない。
あふれるマナで色々作ればいいのにやっている事はただの加工。
そりゃため息も出るってものだ。
『そうだなビルヌュ。ただ薬草の絞り滓を粉々にしてるだけだもんなぁ』『普通に魔法回復薬でも願えばいいのに』『かーちゃん、そのあたりうるさいからなぁ』『俺、この前エルトラネに行ったらありふれた薬草竜とか言われちゃったよ』『雷竜ビルヌュから薬草竜に転職か。それもいいんじゃね?』『いやー、でもブレスで薬草は吐きたくないぞ。ただの嘔吐じゃんか』『ゲロさん!』『俺がゲロさんならお前はゲリさんかルドワゥ? ブレスは尻から出すのか?』『それは絶対に嫌だ』『そういやお前は何で黒竜だったんだルドワゥ?』『黒かったからな』『それだけ?』『それだけ』
ごーり、ごーり……
他愛の無い会話の間にも二人は願い、絞り滓が粉に変わっていく。
最初に頼まれた時は良かれと思って質の向上を行いソフィアに怒られた。
質が向上したんだからいーじゃんと言ったら「人がアテにするからいけない」とこんこんと説教された二人である。
ソフィアの判断は聖樹教がイグドラの世界樹の枝に頼りきっていた反省だ。
助力を得るのは困った時だけ。
いずれは自らの足で立ち、周囲の者に力を与え、そして貰いながら生きていく。
何かに頼りきりではいけないのだ。
『まあ、かーちゃん元聖樹教の聖女だからな。今も聖樹教の聖女だけど』『奴ら、世界樹の枝を貰った事でずいぶんはっちゃけやがったからな。自分の力でもないのに』『だからイグドラが天に還った後は地獄へ真っ逆さまだよ』『最後は姐さんが美味しく頂きました』『くわばらくわばら』
他者が手を引けば堕ちていくしかない。
それが他力本願。
聖樹教は二千年もの間、世界樹の枝を独占した事で竜すら殺す存在として世界に君臨した。
世界の最強存在として生を受けた竜も天から堕ちた神には敵わない。
多くの竜が聖樹教の欲望の為に狩られ、イグドラと聖都ミズガルズの糧となった。
ビルヌュもルドワゥも狩られた竜の一人だ。
『俺の遺骸すごい』『いやいやルドワゥ、俺もお前も討伐されてるから。そして本当にすごいのは姐さんだから』
姐さんというのは二人が討伐されて天に居た頃に世話になっていた神である。
この世界の神であるベルティアの師匠。
数多くの世界を管理し、気に入らない神の世界に自分のどうでも良い世界をぶん投げぶち当てて潰すとんでもない神であった。
『この前のアトランチスのアレ、姐さんだろ?』『そりゃそうだろ。他の神に頼んだらアトランチスなんかまるっと食われる』『姐さん、イグドラ大好きだもんなぁ』『何を対価に頼んだのか、ちょっと気になるよな』
ルドワゥはブレスで粉をまとめて袋に入れる。
竜のブレスはマナであり、願いで様々な効果を現す。
掃除だろうが粉まとめだろうが何でもアリなのである。
『よし、一袋出来た』
ビルヌュが袋の口を紐で縛ってルドワゥの体にかける。
ルドワゥとビルヌュの体はぶら下げた粉の袋で一杯。
子供使いの荒い母ソフィアだ。
『俺もホルツに行ったらありふれた黒竜じゃなくて薬草竜だな』『ゲロさん!』『あー、ゲリさんよりはそっちがいいわ俺』『まあ俺も尻からブレスは出したくない』『だよな』
ごーり、ごーり……
願いながらも会話は続く。
『そーいや今の歯磨き粉、ミルト婆さんの祝福が付いてるんだってな』『マジかよ。あの婆さん本当に良くわからんなぁ』『エリザ世界のアレか』『それな』『かーちゃんが頭抱えてたな。婆さんが手を引いた時の品質下落が怖いって』
かつての聖樹教の凋落再来である。
歯磨き粉だが。
『それ、もうメド付いてるらしいぜ』『マジ?』『絞り滓じゃない薬草使えば同じ程度の効果が得られるらしい』『かーちゃん、マメだなぁ』『でも、今はまだ作らないってさ』『なんで?』『今やるとそれにミルト婆さんが祝福しちまうからな。虫歯が治癒するとか歯が生えてくるとか出来る歯磨き粉になっちまうのが怖いんだとさ』『あー、そこまで行くと口内ケアじゃねえな。完全な魔法治癒薬だな』『もう歯磨き粉じゃねえよな』『全くだ』
二人の会話は続く。
たかが歯磨き粉、されど歯磨き粉。
カイがエルフにもたらした品は薬師ギルドを動かし、聖樹教を動かし、ヴィラージュの竜を動かし、ソフィアが困ったと頭を抱えながらも打開策を模索する。
これが自らの足で立ち、歩くという事なのだ……
たぶん。
明日から盆休みだ万歳!
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