19.聖樹教、ランデルで歯磨き粉を練る
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
本屋で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
そのままお買い上げ頂けるととてもとても幸いです。
よろしくお願いいたします。
「おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
「今日の予定は一班が混ぜ工程、二班が練り工程、三班が検査、四班が梱包、残りの班は運搬となります」
「「「はい!」」」
「最近の注文増により品質が不安定になっており、絞り滓が口の中に刺さって痛いとの苦情を頂いておりますので各班長は注意して下さい。また、ヘルプは臨機応変に行い全体の流れが滞る事の無いように。それでは皆さん、今日も一日がんばりましょう」
ランデルの町、聖樹教本部。
ソフィアは整列する回復魔法使いを前に今日の日程を告げた。
駆け出しの回復魔法使い達がキビキビと動き出す。
その動きはダンジョン攻略に訓練された冒険者のごとくだ。
敵の矢面に立つ戦士達を後方で補助するのが回復魔法使いの役目。
皆の役割を理解し立ち回り、ここぞという所で魔法を叩き込む「場を読む力」が必要。これは訓練の一環なのだ。
しかし……ねりねりねりねり……
やっている事は歯磨き粉作りである。
昨今ではエリザ世界の事もありダンジョンも友好的なものが多く、以前と比べて怪物の出現頻度も減ってきた。
さらに能力に勝るエルフ勇者の出現。
人間世界の全ての回復魔法使いを統括する聖樹教も、ぶっちゃけ昔より暇なのだ。
命のやりとりをしなくて良くなった事を、喜ぶべきですよね……
ごぉり、ごぉり……
薬草絞り滓を臼を回して粉にしながら、ソフィアは働く喜びを噛みしめる。
ソフィア・ライナスティは聖樹教に所属する王国勇者。
これまで何度も異界と戦い仲間の勇者を助け、そして蘇生させてきた。
まだエリザ世界が友好的ではなかった頃の、殺伐とした時代である。
それに比べて今の世の何と平穏な事か。
駆け出しとはいえ回復魔法使いを歯磨き粉作りに使うなど、聖樹教が始まって以来の事だろう。
戦場から町へ。
良い時代が来たものである。
「ソフィア様、薬草の絞り滓がもう少しで切れます!」
「もう少し待って下さい。増援を頼んでいますので」
ごぉり、ごぉり……
臼を回しながらソフィアが答え、空から来客が現れる。
幼竜ルドワゥとビルヌュだ。
『かーちゃん、粉にしてきたぞ』『他に粉にするのはあるか?』
「ありがとうルドワゥ、ビルヌュ。それじゃこれもお願い」
『おう』
「水車の利用枠は急に増やせないから、しばらくはお願いしますね」
『かーちゃんは竜使いが荒いなぁ』
ソフィアは粉になった絞り滓を受け取り、新たな絞り滓を渡す。
川の水車小屋などの粉ひき施設は使用枠があり、急な増産には対応出来ない。
困ったソフィアが白羽の矢を立てたのが自宅、竜峰ヴィラージュに存在するバルナゥのダンジョンだ。
異界から流れ込むマナに願えば何でもあり。当然粉ひきだって可能なのである。
ダンジョンからあふれるマナに願って粉ひき。
竜が歯磨き粉に混ぜる薬草絞り滓の粉ひき。
願いで何でも得られるような場所で何してるんだあんた?
と、薬師ギルドの者から驚愕の目で見られたソフィアである。
しかし、それで良いのだ。
竜やダンジョンを使っているのは急な増産による緊急の措置。
人が使う歯磨き粉の粉ひきは人がやるべき事。
人が臼を回し、新たに水車小屋を建てて行う事なのだ。
今回の事で儲かっている薬師ギルドは新たな水車を建設中。
こんなおかしな粉ひきも、水車が完成するまでの事だ。
「お、粉が来ましたか」「よぉし、混ぜろ混ぜろ」「練ろ練ろ」
まぜまぜまぜまぜこねこねこねこね……
手の空いた回復魔法使いが奪うように粉を担ぎ、作業場所へと持って行く。
「ソフィア様、ここはもう大丈夫ですから検査済みの歯磨き粉の検品をお願いします」「わかりました」
これで今日の予定はクリアできそうです。
ソフィアは臼を回す手を止め立ち上がり、梱包された歯磨き粉の詰まった箱を担いで検品部屋へと向かう。
以前はそこら辺で行っていた仕上げも今は完全別部屋。
ソフィアが「これはまずい」と判断したからだ。
「ソフィアです。入ります」
扉の前で名乗り、扉を開く。
中にいるのは聖樹教司祭ミルト・フランシスだ。
「使った方のお口が健康になりますように……」
ミルトが梱包された歯磨き粉を検品し、箱に呟く。
はたから見ればただ呟いているだけだが、実はこの工程が一番重要。
祝福だ。
この呟きはダンジョンでマナに願うのと変わらない願いの具現。
この言葉をかける事で、歯磨き粉の品質は格段に向上するのだ。
「はい、この箱の検品は終わりました。次の箱は?」
「こちらです」
ソフィアが担いだ箱をミルトの前に下ろし、祝福済みの箱を担ぎ上げる。
ミルトはちょっと休憩とばかりに背をぐっと伸ばしてソフィアに笑った。
「それにしてもカイは色々とやってくれますね。忙しくてたまりません」
「そ、そうですね……」
いえ、色々やっちゃってるのはミルトさんの方ですよ……
と、ソフィアは思ったが口にはしない。
「そろそろソフィアも検品に入られてはいかがです?」
「ミルトさんには長年の経験がありますから、私などではとてもとても」
いえいえ、私にはこんな事とても出来ませんよ……
と、ソフィアは思ったがこれも口にはしない。
ソフィアはエリザ世界のアレを思い出す。
アレは明らかに人に出来る事ではない。
というか、ソフィアの知る神の力すら超えている。
アレが出来るなら、聖樹様は天から堕ちずに異界の大侵攻を解決出来ていますよね……
と、ひしひし思うソフィアである。
この歯磨き粉もミルトのやっちゃったの一つだ。
ミルトは歯磨き粉に言葉をかけているだけ。
しかし、それで品質を上げてしまうのがミルト・フランシス。
魔法でも何でも無いのに質が変わるのは、とてもおかしな事である。
ミルトはこれまでも色々とやっちゃっていたのだ。
「さて、次の検品をしましょうか」
ミルトさん、これ以上のやっちゃったは本当に、本当に勘弁して下さい……
と、切に思うソフィアであった。
盆前の仕事はなぜこんなに忙しいのだーっ!
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