16.カイ、駆け出し冒険者の頃を思い出す
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
本屋で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
そして買って下さった方ありがとうございます。
ガタガタガタ……街道の凹凸に合わせて馬車が揺れる。
カイの馬車だ。
ランデルを出発してからもう六時間。
馬車は街道をひたすら走り、ボルクの里への道に入った。
街道よりも広く、平らな道だ。
オルトランデルの商人からはスイーツの道と呼ばれる道。
ボルクが作った大量の菓子はここを通って出荷されている。
「カイ、向こうから馬車が来たえう」「むむむ。焼き菓子の香り」「カイ様、ボルクで商品が売れましたら祝いに焼き菓子を買いましょう」
「そうだな」
時々すれ違う馬車はオルトランデルに出荷する商人のものだ。
今やボルクは王都にまで名の轟く菓子の一大ブランド。
そして通の酒好きに密かな人気を持つ酒造りの里なのだ。
「お前ら、疲れたか?」
「家でくつろいでいるみたいえう」「む、さすがシャル」「聖教国でいただいた馬車はガタガタ揺れましたが、さすがシャルですわ」
『えへーっ』
着飾り優雅に芋煮を作る妻達が、御者台のカイに微笑む。
外見は揺れているが中はまったり快適空間。
さすがはシャル馬車だ。
「お前らも疲れたら言ってくれよ?」
ひひーんっ、ぶるるっ……
馬車を引くフランソワーズとベアトリーチェもシャルアシストで快速疾走。
カイは休憩用に作られた道の広場で馬を休めながら進み、通過に特別な免状が必要な関所をボルクの者の顔パスで通ってボルクの里にたどり着いた。
「「「ようこそカイ殿!」」」
マナで察知していたのだろう、相変わらずのキノコの里のボルクの皆がカイを出迎える。
相変わらずの皆の歓迎にカイは笑い、妻と共に馬車を降りた。
「焼き菓子様!」「元祖焼き菓子様!」「あったかご飯の人!」「それで、今日はどんな御用で?」「芋煮ですか?」「ハラヘリ?」「新たな焼き菓子ですか?」
「いや、雑貨を売りにきた」
「「「「……」」」」
えぇええええええしかしかしかしか……
ボルクの驚愕半端無い。
「焼き菓子じゃない!」「ご飯ですらない!」「焼き菓子様であったかご飯の人なのに!」「我らが現人神ご乱心!」「このキノコで正気に戻る」
「やかましい!」
予想通りの反応にカイは叫び、荷台から商品を取り出した。
エルフは食への執着半端無い。
だからカイが仕入れた商品も食べるものに関連付けたものが多い。
食に絡めないと見向きもされないだろうと思ったカイは、そういうものを選び仕入れてきたのだ。
が、しかし……カイの目論みはまだまだ甘い。
「カイ殿、それは?」
「歯ブラシと歯磨き粉だ」
「「「「……」」」」
ボルクの皆が揃って首を傾げる。
反応は悪い。
悪すぎると言っても良い。
「……で、カイ殿……それで歯をどうする?」
「食事後の食べかすをこれで取り、口の中を清潔にする。歯磨き粉は薬草の絞りかすを細かくしたもので、虫歯をはじめとした口の病気を防ぐんだ」
「……そんな事、魔法でできる」「む。全く」
「……」
「えう……」「ぬぐぅ……」「ふんぬぅ……」
さすがは皆屈強な魔法使いのエルフ。
ばっさりだ。
カイはめげずに次の商品を取り出した。
「じ、じゃあ石鹸はどうだ? 体についた汚れを取るのに重宝するんだ」
「カイ殿……我らを何とお思いか。そのくらいの事は魔法で何とでもなるのです」
それは良く知っている。
一人で森に放り出されてもホホイと生きて行ける。それがエルフだ。
カイが持ってきたものなど、無くても楽に生活できるのだ。
「まあ、一度使ってみてくれないか?」
「……カイ殿がそう言うのであれば」
「……」
ボルクの皆の関心の無さが心に刺さるカイである。
結局、ルーの奉行芋煮が一番売れた。
次は着飾った妻達だ。
ボルクの男性がミリーナ、ルー、メリッサに注目し、その様を見たボルクの女性が「私も」とメリッサに群がって髪の手入れが始まって、アクセサリーや髪かざり、櫛などの注文をいただいた。そのうち服の注文も貰う事だろう。
ミリーナは皆の手伝いにてんてこまい。
ある意味売れたと言えるだろう。
「……はぁ」
そして、カイの持って行った商品はさっぱりだった。
食に関係ある商品を持って行ったのにこのありさま。
エルフの皆が食に全振りなのは誰よりも良く知っていたが、ここまでの塩対応だとは思わなかった。
しかし、シャル馬車の荷台は軽い。
カイ殿は我らのあったかご飯の人だからと、ボルクの皆は頼むカイに困惑しながらも商品を購入してくれたのだ。
完全な付き合い購入で商品は完売。
何とも切ない帰り道だ。
誰かが、試しに使ってくれればいいんだが……期待薄だな。
カイは心で呟く。
使わない商品に価値はない。
そんなものを売りつける商人にも価値はない。
カイは御者台の上でもう一度ため息をつき、手綱を握る。
「カイ、元気出すえうよ」「む」「そうですわカイ様」
妻達がボルクの里で買った焼き菓子を食べながら、カイを励ます。
「いつかきっと売れるえう」「む。信用の無い駆け出しはなかなか売れないとご飯主人も言っていた」「そうですわカイ様。興味は無さそうでしたが商品は完売ではありませんか」
「……ありがとな」
ミリーナ、ルー、メリッサの言葉が心にしみる。
そういえば、駆け出し冒険者の頃もこんなだったなぁ……
と、カイは昔を思い出す。
薬草を集めて似たような草を集め、こっぴどく怒られた。
そんな時にカイを励ましてくれたのはルーが言っていたご飯主人だ。
そのうち上手になるさ。
食え食え。
と、落ち込んだカイに山盛りご飯をおごってくれたものだ。
あの時の悔しさとありがたさがカイを支え、今へとカイを繋げている。
負けるな俺。まだまだこれからだ。
「よし。ランデルに行ったら飯屋で打ち上げだ」
「えうーっ」「むふんっ」「はい」
『わぁい』
いつまでも妻達にしょんぼりな顔は見せられない。
カイが持って行った商品は人間には意味があるのだ。
エルフにもどこかに意味はあるだろう。
それを地道に探すだけだ。
「次は調味料とか仕入れるえう」「む。スパイスよし」「そうですわね。最初の行商なのに食べ物じゃないなんて、縛りがきつ過ぎですわカイ様」
「そうだったな」
『わぁい』
まあ、次は少し食品も持って行こう。
ひひーん、ぶるるっ……
励ます二頭の手綱を握りながら、そう心に決めるカイであった。
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