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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
4.飢えた、エルフが、やってくる
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4-1 冒険者、勇者らと和解する

 実りの季節。

 畑の小麦が金色に染まり、熟れた果物が甘い香りを森に満たし、人も獣も実りを得る為働く季節。


 人々が今年の実りを笑顔で刈り取り、取引する秋のランデルの町の一角で……

 がくりと肩を落としたカイがエヴァンジェリンの腹を撫でていた。


「やっちまった」


 どよん……


 わふん?

 気落ちオーラあふれるカイの頬をエヴァンジェリンがぺろぺろと舐める。


「ありがとうな。友よ」


 わふん。

 犬は犬なりに心配する。

 はじめは餌付けであったが今はまさしくカイの心の友である。

 そんな彼女の腹を撫でるカイの目は諦めの境地だ。

 結局、カイは沙汰を待つ事にしたのだ。


 相手はアレクが話していた勇者級冒険者。

 実力は最強、武器は国宝、仲間は役人と王国軍。

 王国の援助を受けた最上級冒険者を相手に人の社会で逃げ切るのは不可能に近い。


 そしてエルフに匿ってもらった場合は大規模な討伐に発展する可能性がある。

 昨日のエルフ達との戦いは数と装備の相性でエルフ達の圧勝であったが、それで王国が引き下がる訳がない。

 次はアレクも戦うことになるだろう。

 いかにエルフといえども王国を相手に勝てる訳もない。

 結局、交渉で決着できる内にカイ一人が捕まるのが一番だった。


 蘇生の際に魂に触れたメリッサの言葉によると、勇者達はカイを捕らえる気はなく監視にとどめる決定を下していたらしい。

 カイとエルフは完全に余計な事をしたのだ。


 死を経験した今もその方針なのかはわからない。

 しかし相手はアレクの知り合いだ。

 アレクを頼ってエルフのご飯関係を説明できれば財産没収程度で何とかしてくれるかもしれない。

 一番高価な国宝級ミスリルコップはルーに預けてあるけれど。


 そう、まだ誰の命も無くさずに解決できるかもしれないのだ。

 まずは命だ。

 命が続けば何とかなる。

 カイも、勇者も、エルフもだ。


「これでお別れかもしれない友よ。とうとうやってしまったよ。俺も自分が可愛いけど、勇者達を見捨てるなんて出来ないよね……俺、頑張ったよ。頑張ったよねエヴァンジェリン? でももう駄目だ。助けちゃったから駄目かもしれない。アレクは旅に出ちゃったけれど酒宴したからもういいよね? 後はあいつらに土下座できればいいんだけれど……暴走しないようにさ。あいつら駄犬だからなぁ……」

「やっぱり貴方だったのね。青銅級冒険者カイ・ウェルス」

「……」


 背後に立つ女性の声にカイはもふもふをやめ、大きくため息をついた。

 声の主は先日、見るも無残な姿となった勇者の一人だろう。


 エルネ、ボルク、エルトラネ。

 三つの里のエルフ達の攻撃を受けた遺体を前にカイは悩み、結局助ける事に決めた。

 他人より自分が可愛いカイだが、その姿を見てしまうとやはり無視はできなかった。


 カイは小心者である。

 蘇生魔法を使えるメリッサに頼んで蘇生してもらい、カイの為に三人を倒したエルフの皆に土下座して世界樹の葉を三枚もらい三人に食べさせ、森の近くの街道の脇に置いて帰ったのだ。

 彼等がカイに再接触を図る事、事情を問われる事を理解した上で、である。


 捕まる覚悟は今も無い。

 後悔もたくさんある。

 が、無残に殺された者が元気にカイを糾弾しに来た事に安堵してもいるのだ。

 ああ、助かって良かった、と。

 カイはもふもふの手を離し、土下座姿勢で振り返り、両手を合わせて差し出した。


「お手数をおかけしました」

「「「助けてくださってありがとうございます」」」

「……は?」

「「「え?」」」


 捕まるだろうと両手を差し出したカイのその先で、勇者達がそろって土下座し感謝の意を示していた。

 何ともいえない気まずい沈黙が、四人の間に流れていく。


 わふん。


 エヴァンジェリンの気の抜けた鳴き声が何とも間抜けな四人を笑う。

 四人は腹を撫でろと要求する彼女の声で我に返り、互いに再び頭を下げて、皆でもふもふしながら気まずく笑う。

 とりあえずの自己紹介の後、カイと勇者ら四人は町を出た。

 町の中で詳しく話せる事でもないからだ。

 携帯食料と飴と焼き菓子を買い込み町を出た四人が向かうは森の中。

 カイとエルフ三人のいつもの待ち合わせの場所だ。


「えう! カイが、カイが戻ってきたえう!」

「カイ、お帰り」

「カイ様お帰りなさいませ。よくぞご無事で……」

「お帰りじゃねえよ。おはようだよ。いらっしゃいだよ」


 カイは自分の回りを小躍りして回るミリーナ、ルー、メリッサの三人にとりあえず突っ込みを入れる。


「ん? ミリーナ、今日は妙な髪型をしているな。寝癖か?」

「えええうそうえう寝癖えう!」


 ミリーナの髪が妙な感じになっているが寝癖らしい。

 髪が命のエルフにしては珍しいなと思いながら、カイはエルフにシスティ、ソフィア、マオの勇者級冒険者達を紹介した。


「エルネ証拠隠滅対象えう」

「ボルク討伐対象」

「エルトラネを再び狂気に堕とす敵ですわ」


「「「「我らエルフの敵だ!」」」」


 周囲の森から響くエルフらの敵意あふれる叫びに三人がビクリと震える。

 昨日の恐怖と痛みを思い出したのだ。

 カイはあちゃーと頭を抱え、森のエルフに言った。


「その件はお咎め無しになったから安心してくれ。なんと黙認してくれるそうだ」

「つまりご飯は今まで通り?」

「そうだ」

「「「「ひゃっほい!」」」」


 おおぉおおおおおめしめしめしめし……


 喜びと欲望だだ漏れの声に森が震える。

 やがて数人のエルフが別れの挨拶に現れ、カイに頭を下げる。

 カイは携帯食料、焼き菓子、飴、作ったドライフルーツを頭に当てて送り出した。

 森の気配が消えていく。


「ねえ、なんでこんな事に?」

「俺もここまでだとは思わなかったよ」


 引きつった顔のシスティにカイは適当な場に座るように勧め、ご飯の準備と『取ってこい』を指示してから三人に全てを正直に語りはじめた。


「……つまり、逃げるためにご飯を振舞ったら付きまとわれて今に至る、と」

「はい」

「はぁ。なんて幸運なのよあんた。ソフィア、一応確認するけれど嘘は?」

「ありません」


 グツグツといつものご飯が煮込まれていく鍋の前で、勇者級の三人は何ともいえない表情でカイを見つめていた。


 カイがしたことはただ一つ、近隣エルフの食環境の改善だ。

 それ以上でもそれ以下でもなく、裏の思惑など何もない。

 カイが生きていくため、生き続けるために続けた行為に過ぎない。

 昨日システィが判定した通りの心情的にはシロであった。


「ここのエルフ達が本当にすいません」

「いえ、私達も警告するつもりだったのでお互い様です。王国承認の勇者級冒険者が返り討ちとか無様を晒しました。代表して私システィ・グリンローエンが謝罪いたします」


 カイと勇者達、互いに頭を下げる。

 不幸な遭遇戦が円満に解決して良かった、である。

 そしてカイはもう一つの不幸中の幸いに安堵する。


「それにしても、アレクの奴が一緒じゃなくて本当に良かった」

「それはどういう……?」

「奴から聞きましたがあなた方の装備は何かしら世界樹が関わっているそうですね」

「その通りですが、何か?」


 アレクに話した時は可能性でしか無かったが、今は確定。

 首を傾げるシスティに、カイは説明した。 


「世界樹はエルフを痛めつけますが決して殺してはくれません。エルフに世界樹の装備で挑むのは自殺行為ですよ」

「あぁ! 俺のマーカスが曲がったのはそのせいか!」

「私の極大魔法が不発だったのも、まさかそれが原因……」


 カイが頷く。


「おそらくそうでしょう。世界樹はエルフに恨みを持っていて生かさず殺さずイビり続ける執念深いクソ大木なんですよ。数億年に一度出来る実が美味すぎて根こそぎ食べつくした呪いとミリーナは教えてくれました」

「それは聖樹様に恨まれて当然なのではないでしょうか?」

「エルフ主観の主張ですから。世界樹の主張は聞いた事が無いので何とも……まあ、食べたエルフ本人達は自業自得だとは思いますが」

「もし、アレクがこの戦いに参加していたら……」

「聖剣によってマナに還され、完全に消失してしまっていたでしょう」


 カイの言葉にシスティは息を呑み、自らの選択に震えた。

 全てをマナに還されてしまっては蘇生も出来ない。

 システィは自らの判断を後悔し、偶然の幸運に感謝する。

 マナに想いは伝えられないのだ。


「えう! 取ってきたえう薬草取ってきたえうよ!」

「む。今日もバッチリさすが私」

「草なら私メリッサにお任せ下さい! カイ様のためにたくさん育てましたわ!」

「いや、そんなにたくさんいらんから」

「ええっ!?」


 カイが今までの経緯をだいたい話したところで取ってこいを終えた三人が土下座で戻り、そのままご飯の時間となった。

 システィ、ソフィア、マオの勇者級三人組は初めて見るエルフの食の呪いに驚き、ハイレベルな土下座技術に呆れていた。


 椀にご飯をよそい、皆で食べる。


「美味いえう!」

「む。この味さすがカイ」

「美味しいですわ。そして贅沢ですわ。これだけの薬草であったかご飯山盛りなんて夢のようですわ!」


 相変わらず美味しそうに食べるミリーナ、ルー、メリッサ。


 勇者級三人組の表情は様々だ。

 呑むように食べる戦士マオ、顔色一つ変えずに食べる聖女ソフィア。

 そして微妙な顔をして食べる舌の肥えた王女システィ。


 カイはシスティの何か言いたげな視線を『うるせえ、エルフの舌が肥えたら俺が困るんだよ』という視線で制し、黙々とご飯を食べさせるのであった。


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世界樹エルフ
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