12.カイ、まっとうな職を得る
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
本屋で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
ランデル領館、執務室。
今日もルーキッドは頭を抱えていた。
「なんだこれ……ありえん……」
机の上にはカイの税金支払い記録が広げられている。
ここ最近、カイの支払う税金が格段に跳ね上がっているのだ。
もはや冒険者の支払う額ではない。
この前オルトランデルに支店を開設した商会がランデルに納める税と比較しても遜色のない額が納められているのだ。
個人、それも下級冒険者の納税額が商会という組織の納税額に匹敵する。
こんなバカな話があるものかと数字を指でなぞって何度も数えてみたがやはり正しい。確実にこれだけの税を納めているのだ。
「まさか……偽造か?」
ルーキッドの額にタラリと汗が流れる。
納税記録には納税方法も記述されているが、全て銀貨。
私が税を支払えと言ったから、偽造に手を出したのか?
職業「あったかご飯の人」なんて奴に、普通は仕事を頼まないからなぁ……
ランデルの森や山はまだまだ未開。
何があってもおかしくないのだ。
しかし、その点はエルフよりもずっと詳しい者がマブダチ。
ルーキッドは聞いてみた。
「……バルナゥよ」『何だ?』
「ヴィラージュの近くに銀鉱脈はあるか?」
『無い。我のダンジョンからあふれるマナが、金や銀の鉱脈を全てミスリル鉱脈に変えているからな』
「……そうか」
現実はもっとヤバかったが、とにかく貨幣偽造ではないらしい。
ルーキッドは安堵の息を吐く。
怪物に願って銀貨を得ている可能性も考えたが、ランデル界隈の怪物では願って得られる貨幣はせいぜい銅貨。それも違法だ。
それよりも合法的に得られる屑魔石を願った方が金になる。
しかし屑魔石などの流通量が劇的に増えた様子はない。
他の品目も同様だ。
すると可能性が高いのは、エルフ作物の独自販売か……
とにかくカイを呼び出して聞いてみる事にしよう。
と、ルーキッドが対応を考えていると、使用人が客を連れてくる。
答えはそこからやってきた。
「それ、戦利品カイよ」
ビルヒルト領主アレク・フォーレの妻、システィである。
「戦利品……ああ、あいつらか」
「彼らにはエルフ相手の商売をさせているのよ。そこで得た銀貨から経費を引いた額をカイ名義で納税しているの」
「待て、それでは税率が高すぎるぞ?」「何か問題が?」
あぁ、戦利品だから別にいいのか。
不憫な戦利品に心で涙のルーキッドだ。
「エルフは銀貨をやたら大事にするからね。どこかで回収するルートを作っておかないと王国の貨幣が偏るわ」
「あぁ……確かに銀貨を渡すと戻ってこないな。ハラヘリだから」
ハラヘリとはエルフの通貨単位だ。
一ハラヘリ = 一食分 = 銀貨一枚、一千エン。
他の貨幣も使いはするがダントツ人気はやはり銀貨。
エルフの心に燦然と輝く一ハラヘリなのである。
「でも、これで銀貨不足問題は解決でしょ。お金が回るようになれば王都から銀貨を運ぶ必要もなくなるし、エルフも銀貨を得るために人と取引しようって気にもなる。お金は回ってこそお金。片方がずっと持ってちゃダメってもんよ」
「まあ、そうなのだが……」
巡礼者に戦利品カイで物品を売りつけるとは、あこぎな商売を考えたものだな。
という言葉を、ルーキッドは飲みこんだ。
需要があるところに供給する。
システィはそれをしただけだ。
商売とはそういうもの。
詐欺でもペテンでもないのだから、何か言えば笑われるのはルーキッドだ。
とにかく税の出所ははっきりした。
ここは税収が増えた事を喜んで終わりにするか……
と、ルーキッドが思った頃、使用人が新たな客を連れてきた。
「よぉ、ルーキッド」
「マオか」
心のエルフ店店主、マオ・ラースだ。
マオはルーキッドとシスティに軽く挨拶をした後、本題を切り出した。
「お前がカイに税をしこたま払えと言ったと聞いてな」
「まあ、確かに言ったが……」
「やめとけ」
マオ、ばっさりである。
「なぜだ?」
「いいかルーキッド。カイの後ろには何がいる?」
「エルフか?」
「違う。神だ」
そう、神である。
世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラ。
そして竜皇ベルティアこと世界主神ベルティア・オー・ニヴルヘイム。
ついでにエリザ世界の世界主神エリザ・アン・ブリュー。
カイはこの世界を動かす神々と縁があるのだ。
「お前もアトランチスのあの様を見ただろう、念じただけで天地がねじ曲がるアレをホホイと行うような奴らにカイは好かれている。ベタ惚れと言ってもいい。そんなカイに無理をさせてみろ。金貨が空から降ってくるぞ」
「ま、まさか……」
「ありえるわね」
呆然と呟くルーキッドの言葉を今度はシスティがぶったぎる。
「カイの常識から外れた部分はぜんぶ神のはっちゃけの結果だからね。あの部分を見て税額を考えているならやめておいた方が賢明よ」
「いや、私は普通に働いて税を払えと言っているだけだぞ。エルフはだいたいカイから学ぶからな。あんな良くわからない生き方をエルフが学んでは困る」
「それならいいけれど、神のする事なんて全部理不尽なんだからほどほどにね」
さすが神。
人には到底理解できない事をホホイとしてのける。
「……システィはカイに税を支払わせる方に賛成だと思っていたが、違うのか?」
「あくまで常識的な範囲内で支払うべきだと思っているだけよ。今の納税額は冒険者として、いえ社会人として少なすぎるもの。何よ納税額銀貨五枚って? 五ハラヘリよ? アホなの?」
「うへぇ、そりゃ少ねぇ」
納税額五ハラヘリにマオが笑う。
祝福持ちの自給自足能力半端無い。
そしてカイの回りに集まった皆の能力半端無い。
金がなくても何とかなってしまうのである。
「とにかく、あまりカイに税を求めると神が何をするかわからないわ。頭で金貨を受けないと手に出来ない呪いとか降ってきてもおかしくない。かつてのエルフのようにね」
「そりゃご免だな。ルーキッド、もしそうなったら最初に呪いを受けるのはお前だ。気をつけろよ?」
システィとマオは言いたい事は言ったとばかりににんまり笑い、去っていく。
部屋に残されたのはルーキッドとバルナゥだ。
「バルナゥよ」
『何だ?』
「ためしに私の頭に金貨をぶつけてみてくれないか?」
すこーんっ!
小気味良い音を立てて金貨が命中する。
「ぬぅおおおぉおおおお……!」
『おおーふっ、ルーキッド大丈夫かルーキッド』
あまりの痛さにルーキッドが頭を抑えてうずくまる。
痛い。めっさ痛い。
「こ、こんな呪いが私に降りかかるというのか……働いて税を払えと言っているだけでこのような目に……なぜだバルナゥ」
『クソ大木も陰湿者も、ついでにエリザとやらもぶっちゃけアホだからな』
そして、また使用人が客を連れてくる。
今度はカイだ。
巡礼地で働く戦利品カイにしこたま説教されたカイは、これはいかんとルーキッドの所へ謝罪に訪れたのだ。
「税の大切さを知らず、そしてあまり納めず申し訳ありませんルーキッド様」
「いや、お前は今のままでいい! お前は今まで通り地道に、目立たずてきとーに稼いで生きてくれ。頼む!」
「ええーっ……」
この前はしこたま払えと言ったのに、今日はこれである。
金貨の痛みは半端無かった。
「お前はあったかご飯をのんびり煮込んでいるのが世界の平和のためなのだ」
「ですが……」
「カイよ、考えてもみろ。お前がどこかに仕事を求めるとして履歴書の職歴に何と書くのだ? あったかご飯の人か? 何年も依頼を受けていない青銅級冒険者か? そんな職歴で仕事をもらえる訳がないだろう。な?」
ルーキッド、ひどい言いようである。
「いやしかし、それでは……」
「それならエルフの里で両替商でもするのが良いだろう。そして手間賃をハラヘリで貰い、その内いくばくかを税として納めれば良い。許可はすぐに出そう!」
「そんなのでいいんですか?」
「いいんだ! これからはエルフとの取引もどんどん大きくなる。銀貨よりも額面が大きい貨幣が主流となるだろう。カイよ。お前は里を回りそれらをハラヘリに両替して回るのだ」
そして、私の頭を守ってくれい!
ルーキッドはぱぱっと許可を出し、カイに免状を持たせて帰らせた。
エルフ専門両替商カイ・ウェルス爆誕。
触らぬ神に祟りなし。
ほとんど厄介払いであった。
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