11.ドライブ! ドライブデートえうぬぐふんぬっ!
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
本屋で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
始まりは、ミリーナの一言だった。
「デートするえう!」
「え?」「む?」「はい?」
「「「ぶぎょっ?」」」
『あらあら』
朝。エルネの里、カイ宅。
朝芋煮を手にいきなり叫ぶミリーナに、首を傾げる皆である。
ミリーナは芋煮を食べる手を休め、カイに予定を聞いてきた。
「カイ、今日は予定は無いえうよね?」「まあ、無いが……」
職業「あったかご飯の人」だから。
「む。カイが忙しいのは火曜日だけ」「そうですわね。それ以外の日は特に何かを決めてやっている訳ではありませんものね」
「ぐっ……」
妻達のぶっちゃけ言葉に胸を押さえるカイである。
なにこのグサッと心に刺さる感じ……
いや、妻達はわかってる。わかってくれているはずだ。
ただ表現が正直で直接的なだけなんだ……
「えう?」「む?」「カイ様、どうなさいましたか?」
「……なんでもない」
妻達が悶えるカイに首を傾げる。
ミリーナは芋煮を一口食べて、話を続けた。
「アレクと馬車でドライブしたのよ楽しかったわうふふってこの前システィが言ってたえう。時々馬車から降りて森を散策して、見晴らしのいい所でお弁当食べて、獣を仕留めてバーベキューしたえうって」
「……そうか」
いやぁ、それたぶん見回りだよ。
ドライブデートなんて可愛いもんじゃねえ。怪物潰して回ってるだけだよ。
そのバーベキュー、本当に食える物焼いたのか?
と、カイは思ったが口には出さない。
妻達の夢を壊したくないからである。
「むむ! それは見逃せない」「素晴らしいですわ。お弁当にバーベキュー。野菜ならお任せくださいカイ様!」「ペネレイは焼いてもうまい。バーベキュー万歳」
そしてルーにメリッサ。
お前達は食べ物に釣られ過ぎ。
と、カイは思ったがやはり口には出さない。
うちの嫁可愛い超可愛いだからである。
「と言う訳でカイ、ドライブするえうドライブデートするえう!」
「ぬぐ!」「ふんぬっ!」
「意気込み半端無いなお前ら」
妻達の食いつきっぷりに引いたカイだが、デートするのは悪くない。
いつも訳わからん理由で飛び回ってるからなぁ、俺……
神を天に還したり、ダンジョンの主になったり、聖教国でミスリルに土下座させたり、アトランチスで天地創造したり世界樹育てたり、異界と戦ったり……
うん、ひどいな俺の人生。
と、カイはこれまでの事を思い出す。
それでも笑っていられるのは、大事な何かを手に入れたからだろう。
妻達、子供達、仲間、異界の隣人、そして新たな世界……
手に余る様々なものを、カイは皆の助けで手に入れてきた。
その始まりが妻達だ。
ミリーナ、ルー、メリッサと出会ってエルフの皆との縁が生まれ、アレクら勇者と絡み合って大竜バルナゥへ、アトランチスのイグドラへと続いていった。
エルフの導きもアトランチスの天地創造もあらかた終わった。
シャルに続く世界樹の芽吹きはまだまだ先だ。
ここらでのんびりするのも良いだろう。
カイは妻達に頷いた。
「よし、のんびりどこかに行くか」
「えうっ!」「ぬぐっ!」「ふんぬっ!」
ひゃっほい!
踊るミリーナ、ルー、メリッサだ。
カイと妻達は朝芋煮をぱっと平らげ弁当を作り、たちまち準備を整えた。
『デートなのですから、夫婦水入らずでいってらっしゃい』
「「「ぶーぎょっ」」」
「子らをお願いします」
転がる子供達をマリーナに頼み、カイは妻達と外に出た。
玄関の前で待っていたのは足の生えた馬車……シャルである。
「シャルは一緒に行くのか……」
『僕、超速いよ? というか、普通の馬車だと森の中だけで日が暮れちゃうよ?』
「それもそうだな」
「えう」「む」「はい」
そう。
エルネはバルナゥの住む竜峰ヴィラージュのふもとの森の奥深く。
普通の馬車で走っていたらオルトランデルに着くまでに日が暮れる。
そしてエルネは森の中だから、森の景色を見続けても楽しくない。
デートとは少し違った日常を楽しむものなのだ。
カイ達はシャル馬車に乗り込んだ。
「で、どこに行く?」
「巡礼コースはどうえう?」「む。そういえば回った事ない」「私達の足跡を辿ってあの頃を懐かしむのですね。素晴らしいですわ」
「じゃ、まずはオルトランデルだな」
『わかったーっ』
ぐぉん! ばしゅん、ぷしゅーっ……
シャル馬車の周囲の空間が歪む。
『ついたーっ!』
「……いや、空間渡る程急いでないからな?」『えーっ』
所要時間、わずか十五秒。
芋煮風呂から異界を渡ってオルトランデルに行くよりずっと速い。
「お腹が減る移動は急ぐ時だけにしなさい。マナがもったいないからな」
『はぁーい』
カイはシャルに釘を刺し、しばらく歩いて崩れかけた建物の前に立つ。
『あったかご飯の人、あったかご飯をエルネの妻に授けるの地』
聖地の石碑がカイ達を迎える。
オルトランデルは変われども、聖地のここは当時のままだ。
カイは狭い階段を妻達と一緒にのぼり、小さな部屋にたどり着く。
カイとミリーナが初めて出会った、カイの拠点だ。
「懐かしいなぁ」「えう」「あの小窓からお前、体をねじ込もうとしたんだよな」「えう。ひっかいた跡が残ってるえう」「アホだなぁ」「アホえうねぇ」
ははは。えうえう。
当時は必死だったが今となっては良い思い出。
ここでの出会いが全ての始まり。
だから、ここが巡礼の始まりの地だ。
巡礼はオルトランデルに始まりオルトランデルに終わるのだ。
「あったかご飯の人だ」「あったかご飯の人がいるぞ!」「パチモンじゃない!」「すごい!」
ミリーナとカイが当時を懐かしく語っていると背後が何やら騒がしい。
巡礼のエルフ達だ。
「パチモンって何だよ?」「俺だよ」
隣の部屋からカイに答える声がある。
カイ達が行ってみれば、そこにいるのは戦利品カイだ。
戦利品カイの前にはたくさんの鍋と巡礼エルフの行列。
そして背後には携帯食料に野草に薬草。
当時の煮込み過ぎご飯を販売しているのだ。
「お前、何してるの?」「システィがさ、ここで稼いでルーキッド様に納税してやれって……お前が稼がなくてルーキッド様が困ってるから俺がやってるんだよ」
「そ、それは……すまん」
心で土下座のカイである。
「今日は当時の再現ですか?」「再現ですよね?」「あったかご飯の人とエルフのえうの人の出会いの再現!」「すごい!」「生きてて良かった!」
「さ、再現えうか?」
ミリーナが一旦外に出て、壁をよじ登って小窓からひょっこり顔を出す。
「えうっ、えううっ! ……こんな感じえう?」
「さすがエルフのえうの人!」「よくわからないけどえう! えうです!」「えうっ」「えうーっ」
エルフの喝采半端無い。
カイ達はハラヘリを支払って煮込み過ぎご飯を食べ、次の巡礼地へと移動する。
二番目の巡礼地は、ルーとの出会いの地だ。
『あったかご飯の人、ボルクの妻と乳繰り合うの地』
「名前変わってないのかよ!」「む。照れる」
絶対変えろと言ったのに……
と、めまいを感じるカイである。
そして、ここでもエルフ達はやかましい。
「乳繰り合うのですか?」「乳繰り合うのですね?」「子供には目隠ししておきますからささ、ずずいっと」
「やらんわ!」「むふん」
恥ずかしさに叫ぶカイである。
そしてここでもパチモンが焼きペネレイを売っている。
「……わかってるよな?」「すまん! 本当にすまん!」
パチモンの後ろに頭を抱えるルーキッド様が見えるようだ……
カイは土下座し、焼きペネレイをしこたま買って次の巡礼地へと移動する。
三番目の巡礼地はメリッサとピーとの出会いの地だ。
『すっぽぺぺんぱぷーっ、ぽぽんそげんぷぱらぽ。の地』
「オシャレの人、石碑に刻まれた言葉の意味がまったくわかりません!」「すっぽぺぺんぱぷーっとは何ですか?」「ぽぽんそげんぷぱらぽ……私には理解出来ない深い言葉だ」「さすがエルフのオシャレの人!」
「……ホホホ」
想像たくましいエルフ達に「意味など全くありませんわ」とは言えないメリッサだ。
ピーは心で会話する。言葉に意味など全くないのだ。
「意味がわからないので再現を!」「お願いします!」
「メリッサはこの時ヘソが出てたえう」「む。ヘソ重要」
「わ、わかりましたわ……すぺっきゃほーっ!」
ミリーナとルーの言葉に従い、服をまくってヘソを出すメリッサだ。
「なるほど。時代はヘソ出し、ヘソ出しなのですね!」「参考になります」「さすがはエルフのオシャレの人だ!」
エルフのヘソ出しルック流行の始まりである。
オシャレの人がしているのだから、きっと素晴らしいのだろう。
食に全振りのエルフのオシャレ感覚など、この程度なのである。
「ああっ、肩書きが、エルフのオシャレの人の肩書きが重いですわ……」
「まあ、がんばれ」
「えう」「む」
そして、ここでパチモンが売るのは飴である。
「……」「……」
カイは無言で財布を取り出し、飴をしこたま買いこんだ。
「もう、帰るか……」
「えう」「む」「はい」
カイ一家、三番目の巡礼地にて脱落。
デートのはずが他人の巡礼のネタである。
どこへ行ってもエルフが騒ぎ、再現を求められ、パチモンが何かを売っている。
これでは森の中をウロウロしていた方がマシである。
「次のデートは、俺らと関係のない所に行こうな……」
「えう」「む」「はい」
そう、心に決めるカイ達であった。
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