10.カイの子、大地に立つ
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
よろしくお願いいたします。
「「「ぶーぎょぶっぎょ。ぶーぎょぶっぎょ」」」
ころころころころ……
エルネの里、カイ宅。
今日もカイの子らは、元気に我が家を転がっていた。
カイとミリーナの娘、イリーナ。
カイとルーの娘、ムー。
カイとメリッサの息子、カイン。
芋煮ダンジョンでしこたま煮込まれた芋煮主と芋煮を前世に持つ子らは今でも転がり上手。壁だろうが天井だろうが転がる転がりプロフェッショナルだ。
「ぶぎょ?」「ぶきょー」「ぶーぎょ!」
イリーナがドアを転がり上がってドアノブを回し、ムーとカインがドアを転がり引いてドアを開ける。
流れる空気が朝芋煮の香りを運んでくる。
台所からあふれるのは今も子らが口ずさむぶぎょーの叫び。
絶品の奉行芋煮が放つ美味の叫びだ。
「「「マーマぶぎょーっ」」」
子らは喜び転がり回り、台所へと突撃する。
台所では子らの母がかまどで芋煮を煮込む。
朝のいつもの光景だ。
子らに気付いた母は芋煮をシャルの枝葉にまかせ、子らに笑い両手を広げる。
ぎゅるるるんっ……!
子らは床を転がり跳ねて、母の胸へと飛び込んだ。
「イリーナ、おはようえう」「ぶぎょ」
「ムー、おはよう」「ぶーぎょ」
「おはようカイン。今日も元気ね」「ぶぎょーっ」
ちぅー……
子らが母の乳を吸う。
芋煮も食べるが乳も吸う。
子らは三歳になったが五歳まではエルフは赤子。
まだまだ母の胸が大好きなのだ。
「芋煮が出来たえう」「ムー、外のパパを呼んで来る」「お願いしますね?」「「「ぶぎょっ」」」
ぴょーんっ、くるくるくるくるしゅたっ。
母の胸で子らが跳ね、床に綺麗な着地を決める。
「さすがカイの子供えう」「む。転がり力半端無い」「もう私達、本気の転がりに追いつけませんものね」
えう。むふん。ホホホ。
そんな子らの成長に母もにっこり満足だ。
子らは玄関のドアを開いて家の外へと転がり出る。
カイの家はエルネの里の中心の広場のさらにど真ん中。大事な食料庫の隣だ。
カイは家の前にある芋煮風呂を洗っていた。
「イリーナ、ムー、カイン、おはよう」
「「「パーパぶぎょーっ」」」
子らがカイの背に飛び乗り転がる。
いつもの朝の光景だ。
異界から芋煮あふれるこの風呂は、でかい鍋のようなもの。
一日一度は洗わないとこびりつきが半端無いのだ……まあ、残り芋煮はマリーナがきれいに平らげるのであまり汚れてはいないのだが。
カイは風呂を洗い、蛇口を確認し、異界に消える排水口に芋の詰まりが無いかを確認して水魔法で残った汚れをさっと流す。
そして蛇口をひねった。
ジャババババ……
芋煮が蛇口からあふれ出す。
芋煮風呂は源泉掛け流し。
何とももったいないが、これはえう人達の芋煮三神信仰の証。
閉じると老オークが蛇口を開きに来るのである。
「だーめ」「「「ぶぎょっ」」」
芋煮風呂に入ろうとする子らをカイが止める。
「お前達が芋煮風呂に入ると長いじゃん。せっかくの朝芋煮が冷めちゃうだろ?」「「「ぶぎょーっ」」」
カイは子らを背中に転がしたまま家の中へと戻る。
壁も転がる子らはカイが普通に歩いても背中で普通に転がっている。
鍛え抜かれた転がり力半端無い。
そして子らはカイが椅子に座り手を食卓の縁にかけると腕を伝って縁を転がり、母の胸へと転がり込んだ。
「「「「『『いただきます』』」」」」
「「「ぶーぎょっ」」」
皆で手を合わせ、芋煮を食べる。
「今日も絶品だな」
「さすがえうルー」「奉行芋煮ならおまかせむふん」「美味しいですわ。本当に美味しいですわ」
『おいしいねー』『本当ですねぇ』
「「「ぶぎょーっ」」」
家族みんなでもっしゃもっしゃと芋煮を食べる。
芋煮はしこたま煮込んだが、マリーナとシャルの食欲半端無い。
綺麗さっぱり食べた一家は食後の片付け、掃除、洗濯を始めた。
「今週のミリーナは掃除えう」「む。台所全般おまかせ」「私は洗濯ですわ」
『片付けも掃除も洗濯も、僕だけでしゅぱたとやっちゃうのに』
『堕落するのはご飯を食べる時だけで良いのです』
「「「ぶぎょっ」」」
ぶぉおおおお……
マリーナのお掃除ブレスが響く中、子らは転がり玄関のドアを開く。
子らの転がり力は家の中では狭すぎるのだ
「あまり遠くに行かないえうよーっ」「「「ぶぎょーっ」」」
ぎゅるるんっ!
広い空間をダッシュする子らである。
子らは地面を直に転がるが、決して汚れる事はない。
風魔法で空気の層をまとっているからだ。
だから水たまりだろうが泥だろうが子らの体には届かない。
母も追いつけない速度でエルネの通りを転がり抜けた子らは家々を抜け、畑を抜け、広い場所へとたどり着いた。
「「「ぶぎょっ」」」
ぶもー……
竜牛が鳴く。
ミリーナの幼なじみ、スピーの家が経営する竜牛牧場だ。
竜牛がのんびり草を食む中、子らはころころ転がり駆ける。
「ぶぎょー」「ぶぎょっ」「ぶーぎょー」
子らはしばらく牧場の中をぐるぐる回って競争した後、柵の近くに集まった。
「あら、カイさんの子供達、今日も来たの?」「「「ぶぎょっ」」」
竜牛の世話をするスピーの近くで、子らは手で柵を掴み、体を起こす。
立ち上がり歩こうとしているのだ。
「ぶぅぎょー……」「ぶぎょ」「ぶ、ぶーっ、ぎょっ」
子らが唸り、たどたどしく足を動かす。
立っては転がり、立っては転がり……
何回も何回も転がりながら子らは次第にコツを掴んでいく。
「ぶぎょっ!」「「ぶぎょーっ!」」
そして子らは、とうとう立つ事に成功した。
万歳!
子らは喜びに叫び、家へと意気揚々と転がり帰る。
「イリーナが、イリーナが立ったえう!」「む! 何て安定した歩み」「素晴らしいですわ。あぁ、昨日までは二、三歩しか歩けなかったのに今日の歩みの見事な事。さすがカイ様の子!」
感動するミリーナ、ルー、メリッサ。
しかしカイとマリーナ、そしてシャルは喜びながらも苦笑い。
「コマだな」『コマですね』『コマだねーっ』
くるくるくるくるくる……
子らは確かに立ってはいたが、高速回転していた。
高速で回転する物体は姿勢が安定する。いわゆるジャイロ効果という奴だ。
立って移動してはいるが歩いている訳ではない。
お前達、成長したなぁ……でも、いつかちゃんと歩いてくれよな?
嬉しいが、なんとも複雑なカイである。
「「「ぶぎょーっ!」」」
まあ、子らもいずれは気付くであろう。
里を歩くエルフの子らは、決して回ってなどいないのだから。
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