7.街道に足で走る馬車が現れるんだってよ!
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
書籍化なんて二度と無い事かもしれんからはっちゃけろー。
「困った……」
ランデルの町、領館。
今日もまた、ルーキッドは頭を抱えていた。
最近話題になっていた山賊は討伐された。
この一、二週間で八ヶ所の危険地域の山賊が電撃的に討伐され、街道の安全が飛躍的に向上したのだ。
街道沿いに存在するランデルの領主からすれば手放しで喜ぶべき所である。
が、しかし……良い話ばかりではない。
その代わりに旅人と商人の話題に上っているのが『足で走る馬車』だ。
「馬を食うらしい」「俺は山賊を食べたって聞いたぞ」「馬車とは思えない速度で駆けてくる」「足は無数」「切り立った崖を走っていた」「びゅううーん」
……それは、どう考えてもシャルだな。
と、思い当たるフシがありすぎるルーキッドだ。
しかし、それを言ったところで脅威である事に変わりはない。
噂に聞く通りの馬車が背後からしゅぱたんと駆けてくるなど脅威以外の何物でもないのだ。
かくしてランデルは今、出発を見合わせた馬車と旅人がてんこ盛りだ。
となりの都市ビルヒルトはまだ再建の真っ只中。
ランデルより大きな宿場町はしばらく無いので安全が確認されるまで逗留する旅人と商人が急増したのだ。
辺境側の都市ルージェから続々と馬車や人は来訪するが、ビルヒルトに出発する者はほとんどいない。
つまり……
「宿が、足りん」
そう、宿屋が足りないのだ。
宿に泊まれない者は馬車に泊まっているのだが、馬車の駐車場もすでに満車。
あぶれた馬車は街道に列をなし、そこで寝泊まりしているのだ。
寝床が足りない。トイレも足りない。食事する場所も足りない。炊事場も足りない。ゴミ捨て場も足りない。
食料だけはオルトランデルで調達すればどうにかなるのが救いである。
エルフは神から祝福を受けた種族。
肉はとにかく植物ならば供給が途切れる事はない。
しかし、ランデル周辺の環境は悪化の一途を辿っている。
仮設の炊事場、トイレ、ゴミ捨て場を設営しても守らない者は大勢いる。
ギルドの冒険者達に依頼し護衛と監視に巡回させているが、汚い臭い踏んだとさんざんな有様らしい。
先日も城壁外でボヤ騒ぎがあり、たまたま心のエルフ店にいたエルフが駆けつけ無の息吹で消火するというちょっと困った事態も起きている。
さすがに火事はやばい。
と、心のエルフ店での食事を報酬に巡回エルフを募集したところ、エルフ同士の魔法戦闘が始まり慌ててルーキッドが撤回するというアホな事態も発生した。
さすがはエルフ。食への執着半端無い。
「カイよ、頼むぞ」「……わかりました」
と、いう訳で今はカイが巡回している。
食への執着そこまで無いカイ・ウェルス超便利。
まあ原因を作ったのもカイなのだから、尻ぬぐいはしてもらおう……
今はそれよりも寝床、トイレ、ゴミ捨て場だ。
『おおーふっ。見よルーキッド、この友情金貨の輝きを』
「……ブレスの吹き過ぎでミスリルになっているぞ」
『む、するとこれは友情ミスリル貨か』
「いや、偽造金貨だ。価値は上がっているがバレれば重罪だからお前の家に隠しておけ」
『おおーふっ!』
世に出す事すら出来なくなった金貨を眺め、ルーキッドはため息をつく。
ここは聖樹教の本拠地ランデル。
たとえ疫病が蔓延しても回復魔法使いが何とかしてくれるだろうが、根本の問題が解決しなければどうにもならない。
ランデルの能力以上に人が留まり過ぎたのだ。
「とりあえずトイレとゴミ、次に寝床……そして噂を潰して人を追い出す」
『なになに? ごはんー?』
ルーキッドが考えているとしゅぱたたと駆け寄り枝葉で覗き込んでくる樹木。
シャルロッテだ。
「いや、ご飯ではないぞ?」
ルーキッド的にはゴミや排泄物はご飯では無い。断じて無い。
が、しかし……
『うちだってトイレあるよー。マナにしちゃえばご飯だよー』「……」
……そうだった。
シャルは何でもマナにして食べる悪食だ。
ゴミだろうが排泄物だろうがマナが変質したものだ。マナにして食うシャルにとってはどうでも良い事なのである。
ルーキッドはシャルに問う。
「……シャル」『なあにー?』
「でかい宿屋に、なれるか?」
「宿屋をご用意いたしました。どうぞご利用下さい」
その日の夜。
ランデル領兵は街道からは見えない場所に商人達を案内した。
そこにあるのは大きな宿屋に化けたシャルロッテ。
旅人と商人は我先に部屋を確保し、シャワーとトイレに感激し、ふかふかベッドにダイブする。
そして皆、天国のような環境に叫ぶのだ。
「「「さすが怪奇都市ランデル!」」」
……知らぬが仏。
彼らは寝ている部屋が生物の腹の中とは思うまい。
世界樹は何でもアリの悪食超生物。
飲み水はマナから直接作り、排水はマナに変えてそのまま食らう。
配管工事不要の超便利建物だ……腹の中だが。
そして人の追い出しもぬかりない。
『じゃ、行ってくるねー』
「頼んだぞ。シャル」
しゅぱたたた……
荷物や馬車も抱え込み、シャルが静かに動き出す。
移動しててもぐっすり快眠。
それが世界じゅー? アメニティ。
「なんか知らんが起きたら道程が進んでる!」
「ランデルで泊まったのに起きたらビルヒルトを通り過ぎていた!」
「一日ではとても移動できない距離だ!」
「「「さすが怪奇都市ランデル!」」」
これで人の追い出し完了。
さらにダメ押しのバルナゥだ。
『足で走る馬車は我が討伐しておいた。我のブレスをもってすれば一発粉砕よ』
「さすが大竜バルナゥ様!」
「大竜様のおっしゃる事なら間違いない!」
「「「さすが怪奇都市ランデル!」」」
怪奇全力活用。
旅人も商人もぶっちぎり最強の竜の言葉は疑わない。
ランデルに長期逗留した皆の旅程は押している。
旅人も商人も進めたからいいやと我先に出発し、馬車は大竜バルナゥが討伐したと行く先々で吹聴して回る。
噂は消滅し、人の追い出しも完了し、ランデルはいつもの様子を取り戻した。
しかし、ランデル領館でルーキッドは頭を抱えて呟くのだ。
「ランデルを妙な名で呼ぶんじゃない!」
と。
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