1.頭を抱えてもちゃっかり利用する。それがランデル領主
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
書籍化なんて二度と無い事かもしれんからはっちゃけろー。
という訳で一巻発売記念週間です。
グリンローエン王国、ランデル領ランデル。
エルフ達が活発に行き交うオルトランデルに最も近い、人間の町だ。
かつては王都と並ぶ程に繁栄し、百余年前に呪われたエルフに繁栄を森に沈められて利権と人を他領に奪われ凋落し、今は呪いから解放されたエルフや新たな聖樹教によって再び繁栄をはじめた、王国が注目するランデル領の領都。
それがランデル。
訪れる人が増え、店を構える商人が増え、住む者が増え、税収が増え、町が拡張され、また訪れる人が増え……
ランデルは今、繁栄スパイラルの真っ只中だ。
しかし……ランデル領主ルーキッド・ランデルは喜んでばかりもいられない。
怪奇。
そう、怪奇である。
竜が空を舞い、エルフが木材や作物を納品し、喋る犬が町を闊歩する王国の町などランデル領と隣のビルヒルト領ぐらい。
ここを初めて訪れる者は何もしない竜に逃げ惑い、エルフの食への執着半端無さに呆れ、領兵と談笑する喋る犬に驚き、えうえう叫ぶ異界の怪物に逃げ惑うのだ。
竜、エルフ、喋る犬、えう人。
最近はこれに加えて幻の大樹まで加わった。
また新たな繁栄と厄介の種がもたらされた訳である……カイによって。
「……まともな領地にはならんのか」『おおーふっ』
ルーキッドは家賃をじゃらじゃら支払いながら呟いた。
ルーキッドの住む領館は借家。
家主は目の前で金貨に喜ぶ大竜バルナゥだ。
体長二十メートルを超え、ブレス一発でランデルを瓦礫に変えるバルナゥもここではただのでかい犬。
支払われた金貨を丹念に磨くその姿に脅威や威厳はまるでない。
大事に寝床に敷き詰めて、ごろんごろんと転がる姿を見ればなおさらだ。
ルーキッドは呆れて笑い、いつものように注意した。
「あまり転がるな。揺れる」
『おおーふっ、ルーキッドともだちーっ』
「お前に威厳が無いと私が面倒臭いのだ。せめて静かに座っていろ」
『おおーふっ、ではなでなで、なでなでを要求する!』
「妻にやってもらえ」『おおーふっ』
人とは厄介なものだ。
はじめは恐れて近付きもしなかったのに、バルナゥのこんな一面を知ったとたんに与し易しと寄ってくる。
素材が欲しい、宝が欲しい、ミスリルが、異界が、ダンジョンが、戦利品が……
人は自らが矢面に立たなくて良い時には無責任。
財力や権力をちらつかせて求める様に、心労半端無いルーキッドだ。
私ではなくバルナゥに直接言えよ。
お前ら、私を殺す気か?
である。
バルナゥがここで寝転んでいるのはルーキッドを対等の者と認めているからだ。
ルーキッドが何かとお願いする立場となれば関係は崩れ、バルナゥは去ってしまうだろう。
「通路に尻尾を横たえるな。邪魔だ」
『おおーふっ、蹴っちゃいやーんルーキッド冷たいーっ』
今は足で尻尾を蹴ってもこんな感じだが、敵対すればルーキッドなどひと睨みであの世行き。
竜の持つ膨大なマナは、睨まれるだけで生命に影響を与えるものなのだ。
ルーキッドはそんな者達の要求を、はじめはやんわり断っていた。
しかしランデルに妙な者が現れてあちこち探って回ったり、家屋や領館に侵入しようとした者がランデルの頼れる番犬エヴァンジェリンに捕まったあたりでルーキッドもさすがにブチ切れた。
うちの領民に何かあったらバルナゥ怒るぞ?
それとも聖樹教に悪評回してやろうか?
回復魔法使いが寄りつかなくなるぞ?
わかっているのか? あぁん?
文面はもっと穏やかだが大体こんな感じの書簡を親玉に送りつけ、心を読める回復魔法使いを雇用して明らかにダメな者をランデルから閉め出した。
人の不始末は人の問題。
いちいちエヴァやバルナゥを頼っては申し訳が立たない。
彼らの助力は彼らの厚意。
気ままな散歩やごろーんの時間を奪ってまで求めるものではないのだ。
『……来るぞ』「そうか」
バルナゥの言葉にルーキッドが頷き、窓際に立つ。
しゅぱたたた……
ランデルの城壁の向こうから近付いてくるのは世界樹。
喋って踊って駆ける大樹。
怪奇の新参者だ。
『ぶぅーん!』
前に会った時から一月も経っていないのに、ずいぶん大きくなったな……
と、身の丈五十メートルの駆ける大樹に呆れ半端無いルーキッドだ。
バルナゥよりも明らかにでかい。
地を駆けるから感覚的には超でかい。
それがぶぅーんと叫びながら駆けてくるのだから、入町を待つ者のストレス半端無いだろう。
大樹がしゅぱたたと駆け寄ってくるなど、まさに怪奇。
しかし、怪奇も慣れれば使いようだ。
他の地域からやってきた者はランデルの怪奇に慣れていないからだ。
「またか……」「ここ数年で奇妙な領地になったなぁ」「まったくだよ」
「うわっ!」「樹木が! 樹木が駆けてくる!」「これがランデル!」
ランデルの者は、初めて見る世界樹に呆れて苦笑い。
しかし、よそ者には明らかな恐怖が浮かぶ。
「驚いた者の入町審査は入念にな」
「わかりました」
人の出入りが増えたランデルの入町審査は大変だ。
だから、ルーキッドは見分けに怪奇を使うのだ。
怪奇に慣れた者の審査は簡単に、慣れていない者の審査は厳重に。
そうやって人的資源を有効に使い、心を読む回復魔法使いの心労を軽減する。
今日の効果はてきめんだ。
バルナゥやエヴァ、エルフやえう人には慣れている者もいるだろうが世界樹はランデル初訪問。
「お前はこっち」「お前はあっち」
「いやぁ、今日は楽だなぁ」
領兵は反応を見て列を分け、入町審査を再開する。
かくして人手不足のランデルはどうにかこうにか回るのだ。
「まぁ、カイが連れてくるついでだ。この位は利用しても良いだろう」
「そういう所がルーキッドの良い所わふん」
『うむ、汝の好ましい所だぞルーキッド。我の金貨に良き思い出が一枚増えた』
「あまりアテにすると人は堕落するからな。お前達もうちの領民を甘やかすなよ?」「わふん」『おおーふっ』
時にはどうしようもなく彼らを頼る事もあるだろう。
しかし自らの手で出来る限り、自らの手で行う。
それが自らの足で立ち歩く町、ランデルだ。
『え? この壁食べちゃダメなの?』
「城壁はランデルの町の持ち物だから。邪魔だからって食べちゃだめだぞ」
『ごめーん』
「……」
ルーキッドが窓から見れば、城壁にぽっかり穴が空いている。
「さっそくやらかしたわふん」『さすがはクソ大木の子。アホだな』
「……あれはカイに修理させよう」
飼い主責任。
怪奇の監督義務不履行だ。
ルーキッドは心に決めた。
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