12-18 かいぶつ だいせんそう
雲を突き抜ける黒き巨体がアトランチスの大地を行く。
歩みを進めるたびに大地が沈み、巨大な足形が刻まれていく。
その威容はもはや神。
黒い巨神だ。
世界に痕跡を刻む様はまさに神話の天地創造。
あの足跡はやがて湖となるだろう。
そして人々は足跡のように続く湖に神の歩みを感じる事だろう。
ただ歩いているだけなのに、世界は彼に圧倒される。
バルナゥも、カイ達もその姿をただ呆然と見つめるしかない。
イグドラ達との縁が無ければカイも神と崇めてしまうだろう。恐れずにはいられない力の差が、讃えずにはいられない偉大さが彼にはあった……
しょぼくれた哀愁漂うマナにあふれていなければ。
彼はカトンボげふんげふん、空を舞うバルナゥとカイ達の前で一旦止まり、肩をすぼめて頭を下げる。
何? この日常感……
カイはそう思いながらも頭を下げる。
サイズは圧倒的なのに、物腰は商人とかギルドの受付とかのそれである。
カイは頭を上げてそのまま静かに立つ彼に、恐る恐る言葉をかけてみた。
「あ、あのぅ……助けて頂けるんですよね?」
彼が頷く。
「それじゃ……俺、いえ私の下のこれを何とかして欲しいんですが」
彼がまた頷き、再び移動を開始する。
はいはいちょっとすみませんねぇ。
まずは確認させて頂きます……
そんな感じのマナを漂わせながら足取り軽く異界の縁に歩いた彼は、あふれる無数の手をじっくり眺めて回る。
「カイ、色々おかしいえう」
「む。超おかしい」
「エリザ世界のオークよりもずっとずっと変ですわ」
「……やっぱりそう思うか」
フットワーク軽い巨神に首を傾げるカイ、ミリーナ、ルー、メリッサ。
しばらく異界を眺めた彼はカイの方を振り返り、両手の平を持ち上げて首を傾げる仕草を見せた。
これはひどい。
どうしてこんなになるまで放っておいたんですか?
彼からあふれるマナに、世界が震える。
天の啓示を彷彿とさせる世界の鳴動なのに、伝わる言葉はまるで便利屋。
うわぁ、ギャップものすげえ……
と、頭を抱えるカイである。
彼はカイの仕草に首を傾げ、指を指して聞いてくる。
これを何とかすれば良いのですね?
「はい。お願いいたします」
わかりました。
カイの言葉に彼が頷く。
そして……むんずっ。
彼の手が異界からあふれる手を掴み、無造作に引っこ抜いた。
ぎぃいいぃいいいやぁあああぁあああああ!!
引っこ抜かれた異界の主が絶叫する。
イグドラとベルティアのしわざだろう、カイの左手から祝福があふれて叫びを防御する。
祝福と絶叫の衝突に火花が飛び散り、余波が雲を吹き飛ばす。
ようやく絶叫が収まった頃、カイの足下がぐらりと傾いた。
「カイ! バルナゥが昏倒したえう!」「むむむカイ、祝福甘い」
「なんという死の絶叫、ああぁ落ちます落ちますわぁあああっ!」
「やべえバルナゥ起きろこら!」
『お……おおーふっ! あ、あのクソ大木め。危うく死ぬ所だった!』
カイが祝福でバルナゥを死の淵から呼び戻す。
『大丈夫じゃろ思ったんじゃが、カトンボはやっぱカトンボじゃのぉ』
念のため守っておこうという配慮は無いらしい。
さすがイグドラ。
生かさず殺さずいびる技術半端無い。
『また我を滅ぼす気か、このクソ大木が!』
『叫び程度で瀕死とは、たるんどるのぉカトンボよ。エリザ世界で穴埋めされる今の世界はさぞ楽じゃろう。暇じゃからと嫁とイチャイチャするでない』
『おおーふっ!』
おい二人とも、アホなケンカはその位にしておけ。
カイは二人の会話に割り込んだ。
「イグドラ、彼は一体何なんだ?」
『余の子が世界を食って呼んだのじゃ! 大型助っ人外人じゃ!』
「外人って……」
まあ、異界はこの世界とは別の世界。
世界の外の人なら外人。
間違いではない。
「まさに大型えう!」「でかい、でかすぎる」「というか大き過ぎでは……」
『何を言うか。余が身を挺して相手先と交渉し、がんばる余の子の元へと送り込んだ超人じゃぞ。見よこの圧倒的な存在感。異界の討伐がまるで庭掃除のようではないか!』
「……というか、まんま庭掃除だ」
「雑草むしりえう」「む。庭の手入れ感半端無い」「まったくですわ」
ぎいいぃいいいあああああああっ!!
彼がまた異界の主を引っこ抜き、ブチリと絞めてそこらに捨てる。
脇には絞められた主がてんこ盛り。まさしく雑草むしりである。
侵攻した異界の主は圧倒的。
しかし大型助っ人外人の彼はさらに圧倒的。
大きな力はより大きな力の前には無力なものだ。
世界に広がりつつあった異界も彼の前ではしぶとい雑草。
むんずと掴んで引っこ抜き、ブチリと絞めればハイおしまいだ。
世界はすごいな……
その姿にカイは圧倒されるばかりだ。
イグドラに呪われ蹂躙されたゴブリン達の世界。
カイ達に助けを求め、今や仲間のえうに人生を捧げるエリザ世界。
眼下に広がるバルナゥすらカトンボ扱いの巨人の世界。
そしてそれを無造作に抜いて絞める巨神の世界。
大小様々な世界が無数にあり、互いに影響を与えながら巡っているのだ。
『いずれ、この世界もあれに届く』
「えーっ……」
イグドラの言葉に首を傾げるカイである。
『世界は育つもの。強く確かに変わるもの。始まりは曖昧で脆弱な世界も耕す事で強く頑丈で確かな世界となる。カイよ、汝らが世界を耕し強く変えるのだ』
「そうなのか?」
『そうじゃ。神は道を示すのみ』
神が何をしようが世界の者が怠ければ世界は堕落する。
その逆もしかり。
神と世界の者が協力して、はじめて世界は育つのだ。
イグドラとカイがそんな会話をしている間にも、彼は淡々と異界の始末を続けている。
抜く、絶叫、ブチリ、ポイッ。抜く、絶叫、ブチリ、ポイッ……
イグドラの言う強く確かな世界の彼にとっては異界の討伐もただの作業。
庭の草むしり扱いだ。
やがて異界の主を全て絞めた彼は絞めた異界の主のマナに願って世界の穴を埋め、カイに向かい礼儀正しく頭を下げた。
おわりました。
草むしりの完了である。
「ありがとうございます」
バルナゥの背の上で、カイが深く頭を下げる。
綺麗さっぱり。世界樹が世界を食う前のアトランチスの姿である。
カイは眼下のアトランチスを眺め、もう一度彼に深く頭を下げた。
「こんな世界までご足労ありがとうございました」
いやぁ、系列世界にはちょくちょくトバされるのですが異界の主として出張するのは初めてです。うちの神はここの小さな神がたいそうお気に入りなのですよ。
「人使いの荒い神が上にいると大変ですねぇ」
まったくその通り。
この件に関しましては神同士でナシを付けるそうですからご安心下さい。
もしまたこのような事が起こった際には、相手世界を叩き潰すそうですよ。
「それ……どうやるんですか?」
世界に世界をぶつけて滅ぼします。
「……そこまでしなくていいです」
イグドラ、お前やべえ神に気に入られてるなぁ……
下手なことを言ったら余所の世界が消滅する。
想像もできないスケールに、背筋が寒くなるカイである。
彼はカイの言葉に頷き、深く頭を下げた。
それでは、私はこれで失礼いたします。
彼の足下に穴が開き、彼が沈み始める。
元の世界に還るのだ。
「あの、私達はこの恩にどのように報いれば?」
恩には報いるもの。
そうでなければただの甘えだ。
そう思って聞いたカイだが、彼はただ笑って世界から消えていく。
世界に残る彼のマナは、カイにこう語っていた。
うちの神への支払いは、こちらの小さな神が済ませておりますので。
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近所の書店に行ったら世界樹エルフが置いてあったよ。わぁい。