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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
12.秘境大陸アトランチス
172/355

12-15 今は火曜日二十四時! 断じて水曜日ではない!

「とりあえず食え。そして逃げろ」

『う、うん……わぁい』


 異界あふれる火山の上空、カイは世界樹に祝福を注ぎ込む。

 世界樹は食べた分だけ大きくなれるキテレツ樹木。失われた根や枝葉は少しずつ復活し、やがてふわりと空に舞う。


「子らを頼む。気をつけてな」

『……はぁい』


 カイは遠くへ飛んでいく世界樹が雲の向こうに消えるまで祝福を注いだのち、左手を下ろした。


「ひどいな……」


 カイはバルナゥの背から眼下を睨み、呟く。

 マリーナ垂涎の火山は異界に満ち、無数の手が世界に割り込まんともがく。

 手が蠢くたびに異質で禍々しいマナがあふれ、毛が逆立つような気持ち悪い異界の風がカイの頬を撫でる。


 異界の主。

 世界を食うために世界に割り込む敵対者だ。


『……余の子は、こんな所もすごいのぉ』


 イグドラが感心半分、呆れ半分で呟く。

 ベルティアもイグドラも世界樹を仕上げる前にお蔵入りにしたのだろう。

 この結果はイグドラすらも予想外。

 さすがはキテレツ樹木である。


「三億年前の異界顕現もこんな感じだったのか?」

『まさか。あれは神々が結託した結果ゆえ、比較にもならぬわ』


 三億年前の異界顕現は神達が行ったもの。

 神の力は世界に生きる者の比では無い。結託すればなおさらだ。


『……じゃが、世界の者でどうにか出来る範疇は大きく超えておる。アレクら勇者はもちろん、そこのカトンボすらぺちん一発で終わるであろうよ』

「お前を天に還した時のアレか」

『そうじゃ』


 カイはイグドラに異界を顕現させた時の事を思い出す。

 先程倒した異界の主は身の丈およそ一キロメートル。

 あの時顕現させた最初の異界の主と同じくらいの身の丈なのだからバルナゥのマナブレスなど何の意味もないだろう。

 イグドラが言った通りのカトンボ扱いだ。


『クソ大木の言う通りだ』


 カイ達を乗せたバルナゥが悔しげに言う。


『此度の戦い、我は土台にしかなれぬ。カイよ、汝に注がれる祝福こそが我らの力。汝が退けばバカ神がアトランチスを砕いて世界を守るだろう。心してかかれ』

「ミリーナは背から落ちないように支えるえう」「喉が乾いたらルーにおまかせ」「回復は私メリッサにおまかせ下さい」

「……ああ。頼むぞ」「えう」「む」「はい」


 バルナゥの背の上で、カイは左手を異界に向けた。 

 アトランチスでさんざん天地創造したおかげで祝福の扱いにも慣れてきた。

 異界の主を押し戻して穴を埋める位なら何とかなるだろう。


 自らの世界に戻れ。さもなくば滅びよ。


 カイは強く念じ、蠢く異界の主達に祝福を叩き込んだ。


 ギィアアアアアアアッ……


 祝福一閃。

 カイの左手が軋むほどの破滅の力に異界の主が悲鳴を上げる。

 異界の主の大半は祝福に押し戻され、しがみついた一部の主は巨体を祝福で撃ち抜かれて討伐された。


 異界の主を砕く程の神の祝福はものすごい。

 異界の主達がわずかに弾いた祝福が、アトランチスの大地に荒れ狂う。

 砕けた火山からあふれたマグマが新たに現れた異界に食われて消えていく。


 カイがホホイと天地創造を行ったように弾かれた祝福が大地に深い谷を作り、新たな火山を作り、はるか遠くの山を貫通して不自然なトンネルを作り上げ、空の雲を木っ端みじんに吹き飛ばして天空に星のごとく輝く。


「……これ、アトランチスだけで収まっているのか?」


 壊滅的な余波に呆れるカイである。

 こんなものがもしランデルに当たったら、ビルヒルトもろとも壊滅だ。


『余が何とかしておる。汝は討伐と穴埋めに注力せい』

『出来ぬ事は神にぶん投げる。それがカイ、汝であろう』

「気にしても仕方ないえう」「ガツンとやってぶん投げる。それがカイ」「そうですわ。そもそもこのような事は本来神がなさる事。お前らヘタクソだから俺が代行してやってるんだ位の事を言ってもバチは当たりませんわ」

『汝ら、こんな時も容赦ないのぉ……』


 いつも通りの妻達にイグドラがぼやき、カイに言う。


『それより少しでも穴を埋めるのじゃカイ。すぐに次が来るぞ』

「すぐに次が来るのかよ!」

『汝は主のほとんどを押し戻しおったではないか。マナの収支は完全な赤字。穴はわずかに埋まりはしたがまだ世界にはでかい穴が空いておる。ほれ、来おったわ』


 イグドラの言葉の通り、世界を突き抜けて新たな主の手が現れる。

 黒い沼から伸びて蠢く無数の手は亡者が生者を引きずり込もうとするがごとく。


 実際あの手にまともに触れればバルナゥすらぺちんと食われてマナとなる。

 まさしく死の象徴だ。


「自分の世界に戻れ!」


 カイは再び左手から祝福を注ぎ込み、眼下の手が苦悶にのたうち回る。


 しかし前とは違い、手の数は減りはしない。

 押し戻した手と入れ替わるように新たな手が現れ、祝福にのたうち回って押し戻される。

 そして再び別の手が世界を突き抜けてくる無限ループ。

 その様にイグドラが呟いた。


『ほぅ……奴らが退かぬのは祝福ゆえか』

「祝福?」

『そうじゃ。ご来店の方にはもれなく粗品進呈という奴じゃ』

「なんだそれ」「えう?」「む?」「意味がわかりませんわ」


 首を傾げるカイ達にイグドラが語りだす。


『来れば何か貰えるなら来る者もおるじゃろう。中には何度も貰いに来るがめつい者もおる。得をするなら当然じゃが』

「こいつらは祝福を食いに来ているのか?」

『傷つきながらも祝福を食い、そして退く。それを繰り返しておるのじゃ』

「なんでそんな面倒な事を……」

『神が得するからじゃ。異界の主は顕現する世界すら選べぬ神の丁稚、神の都合で世界を渡る生贄に過ぎぬ。これだけの格の差を持つ者がこの世界に割り込んでも良い事など祝福以外には無いからのぅ』

「世界が食えるんじゃないのか?」

『食えても汝の数百倍の身の丈を持つ者が満足するには手間がかかり過ぎる。先程まで食われていた余の子すら米一粒より足りぬじゃろうて』

「だから祝福目当てという事か」


 祝福は神の力。

 世界よりもはるかにボリュームがあり食いでがある。

 カイ達の世界は祝福が入った容器。

 異界の神々はそこにストローをさして祝福を味わっているのだ。


『異界の顕現は損得勘定じゃ。侵攻が楽でも手間がかかれば損となる。優位に立つ事ができ、なおかつ手間が少ない世界を狙うのが異界侵攻の常道。じゃから自らの世界よりちょっと格下を狙うのじゃ。そうすればカトンボのように優位に、そして長期に渡り十分なマナを吸い上げられるからのぅ……こやつらは格上すぎる』

「はた迷惑な話だな」


 祝福を注ぎながらカイが毒づく。

 侵攻を受ける世界にとっても、異界の主にとっても迷惑極まりない。


『そうじゃ。汝の知り合いが言うように神と人とは道が違う。汝らが麦や肉を食うために育てるように、神も糧を得るために世界を育てておるのじゃよ』

「つまり、押し戻してもすぐに戻って来るという事か」

『そうじゃ。カイ、譲ればこやつらに蹂躙される。徹底的にやるのじゃ』

「くそっ……」


 カイが再び毒づき、左手に力を込めた。

 念じるのは明確な破壊の意思。

 これまで以上の輝きがカイの左手からほとばしり、異界の手が砕かれる。


 絶叫、足掻き、そして消滅。 

 カイの周囲が異界の主の断末魔で満ちていく。


 滅びろ! そして二度と来るな!


 強大な祝福に左手の血管が破れて血があふれ、カイの体が悲鳴を上げる。

 人の手に余る神の力を振るうツケ。

 祝福に宿った破壊の意思がカイの体を破壊しているのだ。


「カイ様!」


 メリッサが回復魔法をかけていても、祝福している限りカイの傷が癒える事は無い。


「少し休むえう!」「むむメリッサもっともっと回復」「目一杯していますわ!」

「ルー、水えう!」「むむむ今こそコップ水の出番!」「そうですわ!」

「そんな暇あるか! こいつら砂糖に群がるアリかよ鬱陶しい!」


 爆発的に増える異界にカイは休む暇も無い。

 そして刈ればすぐに現れる異界に世界から異界を閉め出す暇も無い。

 異界は世界に差し込まれた管だ。

 管そのものを潰さない限り世界が埋まることはないのだ。


 ギィイイイアアアアアアッ……


 日が沈み、月が輝く。

 夜になっても地は異界の絶叫と祝福による破壊に満ちている。

 異界の侵攻と戦いはじめて数時間だが状況はあまり変わらない。

 カイが叫んだ。


「イグドラ、少しは手伝え!」

『やっておる! 少しずつ異界が狭まっておるのがわからぬかこのたわけ。汝こそひとつの事を悠長にやるでない! 余のように一度に億兆の事をこなすのじゃ!』

「んな事できるか! 俺は人間だ!」

『ところでカイ、もう水曜日じゃが……』

「はあ? 今は火曜日二十四時だろうが」『はぁ?』

「今は火曜日二十四時! 断じて水曜日ではない!」


 左手の痛みに耐えながらカイは叫ぶ。

 異界の侵攻を退けてもバカ神のはっちゃけは続く。

 こんな事でなし崩し的に祝福枠を拡大されては日常生活が困るのだ。


 だから今は火曜日。

 神が水曜日と言おうが火曜日だ。


『屁理屈じゃのぉ』

「ぬかせ」


 余裕の無い中、イグドラとカイが笑ったその時……

 破壊の意思を注ぎ続けるカイの左腕が、弾けた。

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