12-14 世界樹、異界の恐ろしさを知る
「「「『うわあああっ!』」」」
激しく震える空間に子らが叫んだ。
世界樹が枝葉で守らねばカイルやエルフの子らなどひとたまりもない世界の激変が、目の前で起きている。
突き抜けてくる『何か』に世界が悲鳴を上げているのだ。
『余の子よ、逃げるのじゃ!』
『みんな、しっかりつかまって!』
イグドラが叫ぶ。
世界樹は子らを枝葉でしっかり抱えて空を蹴り、世界の亀裂から逃げて回る。
亀裂に世界樹の葉が砕け散り、悲鳴に世界樹の枝が歪み軋む。
世界樹は体を削られる初めての経験に混乱しながらも世界の亀裂から逃れきり、子らと共に安堵の息を吐く。
だが、本当の危機はこれからだ。
「な、なにあれ……?」「でかい……」
火山に蠢く、空間を突き破り現れた『何か』。
身の丈は一キロメートル程。輝くマグマと噴煙に走る稲妻に照らされる姿はどこまでも黒く、まるで影絵のようだ。
『余の子よ、あれが異界の主じゃ』
『異界の主……』
世界樹が呟く。
『あれを、僕は食べるの?』
『いや、あれは大きすぎる……食われるのはこちらの方じゃ』
人の輪……いや、世界の輪の外の存在。
オーク達のような関わりを持つ世界の者とも違う完全なる部外者。
そして世界を食らう破壊者だ。
その欲望に世界に対する配慮は無い。
主が動く度に世界が軋み、触れる度に砕けて消えていく。
後に残るのは光すら吸い込む黒い闇。
この世界そのものが食われているのだ。
『じゃから、逃げるのじゃ!』
『に、逃げるよ!』
あれはダメだ。絶対にダメだ。
経験が無い世界樹や子らでもわかる、圧倒的な力の差。
あれに比べれば子らはもちろん世界樹すらも虫以下。虫捕りに遊ぶ子らから虫が逃げ惑うように、世界樹もただ逃げるしかないのだ。
しかし、主はそれを許さない。
この場において最も魅力的なマナを持つ存在は火山でも大地でもなく世界樹。
竜と同じく超高密度のマナを持つ世界樹は何よりもボリュームのあるご馳走なのだ。
主の拳が世界を食いながら伸びてくる。
世界樹は無数の根で必死に空間を蹴り、その手から逃れようと足掻く。
しかし距離をとることは叶わない。
世界樹の蹴る空間すらも食らう拳が枝葉をかすめ、太い枝がごっそり食われた。
『うわあああんっ!』
『余の子よーっ!』
初めての激痛に世界樹が叫ぶ。
それでも子らは放さない。
幹の中心に近い枝葉でがっちり守り、さらに幾多の枝葉で包み込む。
「こ、怖いいいっ!」「父ちゃん、父ちゃーんっ!」「助けてーっ!」
『何とか、何とかするからがんばって!』
子らを励まし、世界樹は空を駆ける。
宴でイモニガーを叫んだあの時から、世界樹は人の輪で生きる事を決めている。
だから枝葉が削られても子らは決して手放さない。
ここで子らを手放す事は人の輪から外れるという事。
目の前の主と同じ討伐される存在となる事だ。
我慢。じっと我慢だ。
我慢すごい! 絶対すごい!
カイの言葉を心で叫び、世界樹は必死に逃げた。
主の拳は世界樹を追い、蹴る空間を食われた世界樹の根が空を切る。
音の壁を突き破る世界樹ですら逃げられない。
子らを守る枝葉の層が一つ、また一つと削られていく。
削られる度に世界樹は苦痛に叫び、子らは枝葉にしがみつく。
主が顕現してわずか三十秒。
すでに世界樹の枝葉はほとんど食われ、残るのは子らを抱える枝葉だけだ。
異界の主は羽虫を叩き落とすが如く腕を振り、世界樹は追い詰められていく。
振り回された主の手が根をかすめた。
『うわあっ……!』
空を駆ける根がごっそりと削られる。
空間を掴む根が無ければもう飛ぶ事も出来ない。
ほとんど幹だけとなった世界樹は無残に大地に落下した。
地を転がりながらも枝葉で子らをしっかり包み、自らの身を盾にして子らを衝突から守る。
世界樹は力の限り我慢した。
しかし……もう、ここまでだ。
『……ごめん』「「「……」」」
自分はおろか子らを逃がす事も出来ない。
駆ける根も守る枝葉も失った世界樹に出来る事はただ、謝る事だけ。
その言葉に子らが無言で涙を流す。
そしてゆっくりと落ちてくる主の手を皆で眺め、もうこれまでだと世界樹と子らが諦める直前……
彼方から飛来したまばゆい光が、主の頭を直撃した。
『よく我慢しましたね』
『マ、マリーナあぁあああ……』
世界樹を追い飛んできた幼竜マリーナのブレスだ。
山すら砕くブレスだが、異界の主は砕けない。
世界樹すら羽虫扱いの主にとっては幼竜のブレスなど眩しいだけのただの光。目を細める程度の意味しかない。
しかしそれで十分。
このブレスはあくまでガイド。
本命はここからだ。
『やりなさい。カイ!』
マリーナが叫んだ直後。
カイの祝福が空を貫き、主の頭を直撃した。
グゥウアアアアアアアア!
幼竜マリーナのブレスを避けもしなかった異界の主が絶叫し、祝福から逃れようと足掻く。
『もっと、もっとですカイ!』
しかし祝福は外れない。
マリーナがブレスを主の頭に当て続けているからだ。
かつてマリーナがエルフだった頃にイグドラをも手玉に取った華麗な食のヘッドパス、跳飯の応用。
マリーナはそれをブレスで再現して祝福の軌道を調整し、はるか遠くの世界樹畑から放ったカイの祝福を主の頭に当てているのだ。
竜のブレスは何でもあり。
たとえ主を倒す力はなくとも祝福の軌道をわずかに変える位の力はある。
マリーナはブレスで主に祝福を当て続け、やがて祝福が主の頭を貫いた。
主の巨体がただの黒い塊となり、崩れていく。
『あぁ……わたくしのふりかけが……』
ずどん!
空間が震える。
「ひいばあちゃん、いい加減にするえう」
『わかっています。わかっていますが……くううっ』
空を舞いながら異界に食われた竜牛風味火山灰を嘆くマリーナに、大竜バルナゥの背に乗ったミリーナがツッコミを入れる。
当然カイも乗っている。
バルナゥの力を借りて空間を渡ってきたのだ。
「イグドラ、お前がいながらなんてザマだ」
『余の子に初めて出来た友との触れあい、邪魔するほど野暮ではないわ』
イグドラに文句を言うカイだが、目を離したのはカイも同じ。
世界樹は強力な力を持った子供。
子供の感覚を大人の感覚で判断したカイとイグドラの失敗だ。
『カイ、これからじゃ……』
「ああ」
イグドラの言葉にカイは頷く。
世界の穴からあふれる巨大な手、手、手……
全て、異界の主だ。
世界樹が食った空間はカイはおろかイグドラの想像をも大きく超えて、すぐに穴埋め出来ない程の大きな世界の穴を作るに至っている。
オーク達エリザ世界では埋められない程の巨大な世界の穴。
カイが世界樹を祝福で育てた結果だ。
『カイーっ、ごめんカイーっ!』
「よく頑張ったな。偉いぞ……後はまかせろ」
カイの長い火曜日が始まる。
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