12-13 子供は加減がわからない
「カイさん、これが世界樹なのですか?」
「そうだ」『世界樹でーすっ』
「「「うわぁい!」」」
しゅぱたたくねりしゅたっ。
火曜日。アトランチス世界樹畑。
カイルとエルフの子らの前で、世界樹は華麗に幹をくねらせ挨拶した。
身の丈は十メートル超だがこれでも生まれたて。
だからカイ達大人よりカイルやエルフの子らの方が話が合うだろうと、カイがビルヒルトから連れて来たのだ。
「踊る!」「踊る木だ!」「すごい!」「見たことない!」
『えへーっ』
くねりん。くねりん。
カイルとエルフの子らは世界唯一の奇妙な樹木、世界樹に感激だ。
大人ならなんだこれと首を傾げる存在も、夢にあふれる子らなら歌って踊れるすごい樹木。世界樹の幹に群がりぺちぺち叩いて歓声を上げる。
そして宴でイモニガーと叫んだ世界樹も食べる? とは聞いてこない。
群がる子達に幹と枝葉で優しく触れて、子らの木登りを助けている。
お前、成長したなぁ……
子らの遊びに付き合うその姿。
世界樹の心の成長に心で涙のカイである。
「うわぁ」「高い-」「木登りらくちんー」
『先の方は細いから気をつけてねー』
「「「はぁい」」」
世界樹の枝葉の先で、子供達が笑う。
「ミリーナも子供の頃、ぬるま湯作りの木登りに苦労したえう」「そうか」
「世界樹の守りがなかったら、三回くらいは転落死してたえうね」
「そ、そうか……」
イグドラありがとう。
……いや、そもそもお前が呪ってなければそんな苦労もなかったな。
と、感謝して感謝を取り消すカイだ。
それにしてもさすが世界樹。細い枝の先も葉っぱも子らをしっかり支え、垂れ下がるどころか上へと子らを持ち上げていく。
「カイさん。僕、こんな高い所まで木登りしたの初めてです!」
「カイルは世界樹の守りが無いもんなー」「落ちないようにしろよー?」「落ちたらケガするぞー」
「うん!」
巧みな木登りアシストに世界樹の守りを持たないカイルも安心。
見上げるカイ達もまったり安心だ。
「踊って、踊ってー」
『よぉし、うねうねーっ』
「わぁっ!」「きゃあっ!」
うにょん、うにょにょん。
世界樹が幹をくねらせ枝葉を振り回す。
上下に揺れる様はシーソーのごとく、回転する様はブランコのごとく。
初めは悲鳴を上げていた子らもすぐに慣れ、枝葉にしがみつきながら悲鳴と歓声を上げて笑う。
「ねえ、走れる?」『出来るよー』
「じゃあ、飛べる?」『飛べるよー』
「「「すごい!」」」
しゅぱたたふわふわぐるんぐるん。
世界樹は子らの求めに応じて走り、ふわりと浮き上がる。
『いい?』
「落とすなよ?」『うん!』
カイに許可を取った世界樹が大空に駆け出していく。
「うわぁああーっ」「すげえ、超すげえ!」「空飛んでるぅううぅうう」
「カイさぁーん、バルナゥさんに乗ってるみたいですうううううっ」
「よぅし、あの雲を突き抜けろーっ」『わぁい!』
バルナゥと親しいカイルのような者はエルフにも少ない。
子らは滅多に出来ない経験に声の限りに叫び、もっともっとと世界樹にせがむ。
ずどん!
世界樹が音の壁を突き破り、雲の向こうへと消えていく。
まったくキテレツ樹木である。
「ヴィラージュが爆ぜる音えう」「む」「小ぶりですがあの轟音、間違いなくあの音ですわ。ところでカイ様、カイルは大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、世界樹が守るだろ」
『念のため私が追いますね』
『我が神よ、こちらへ』「「「ぶーぎょっ」」」
ずどん!
カイの子らを背から下ろしたマリーナが音の壁を突き破り、世界樹を追っていく。
どうせイグドラが天から眺めているだろうから、あくまで念のためだ。
宴で人の輪を知った世界樹なら子らも大事にするだろう。
食べるなんてもっての他だ。
それでも心配してしまうのは大人だからだろう。カイはぽつりと呟いた。
「カイスリーを分割させて同伴させれば良かったな……」
カイが地上で子らを心配している頃、世界樹は雲の上を飛んでいた。
『ぶぅーんっ!』「「「「ぶぅーんっ!」」」」
もし地上に誰かがいれば、竜の一種と思うだろう。
広げた枝葉は竜の翼、うねりながら伸びる幹は竜の体躯。
そして根は竜の尾だ。
無数にある根で空間をつかみ、蹴り飛ばす事で前に進む……
世界樹は根で空を駆けるのだ。
「雲の上ってこんななんだね」「初めて見た」「すごいや!」
枝葉で守られた子らは雲を見下ろし歓声を上げる。
高い山に登るかバルナゥの背にでも乗らなければ見られない雲の上は、地上から見上げるそれとは違って陽光に眩しく輝いている。
その雲の上を世界樹はゆっくり駆けていく。
子らが叫ぶ。
「もっと高くまで飛べるーっ?」『できるよーっ』
ずどん!
世界樹が音の壁を突き破り、雲のはるか上を飛ぶ。
「もっと速く飛べるーっ?」『できるよーっ』
世界樹の根が空を蹴り、音をはるか後方に置き去りにする。
「あの月まで、行けるーっ?」『あれはちょっと遠いよぅ』
無理だよぅ。とは言わない。
世界樹は空間を蹴る事で飛翔する。どんな場所でも飛べるのだ。
『たぶん夜になっちゃうよ? 行く?』
「あー、ご飯持ってないや」「それはダメ」「やめよう」
『あ、僕の葉っぱなら食べてもいいよ?』
「「「ベルガ長老がくそまずいって言ってたー」」」『ええーっ』
「父も母もくそまずいと言ってましたが、そこまでなのですか?」『カイルも食べてみるー?』
うにょん。
カイルの前に世界樹の若葉が差し出される。
カイルは試してみますと葉をもぎ取り、口の中に放り込んだ。
「ぐっ……こ、これは……ど、独創的な……ごめんなさい! くそまずいです!」
「「「おおー、カイル勇者ーっ」」」
「カイル君、まずかったら吐き出していいんだよ?」
「い、いえ。体には良いと聞いていますから……魂が削れるとも聞いてましたがなるほど。これは忘れられないくそまずさ」
「お父さんも時々悪夢にうなされてるもの。竜の血と肉はもういやだって寝言が時々寝室から聞こえて来るんだよね」
ベルガの娘がカイルに笑う。
エルフがまだ呪われていた頃のアトランチスでの経験だろう。見事にトラウマになっていた。
『ひどいなぁ』
「すみません。父と母があまりにくそまずいと言うものですから……その、怖い物見たさで」
『ひどいなぁ』
「よぉし俺も勇者になるぞ……まずっ! くっそまずっ!」
『ひどいなぁー』
「戦いながら竜の血とか肉とか食べるって聞いたけど、こんなにくそまずいのかよ……勇者やめようかな」「芋煮勇者なら食べなくても大丈夫」「芋煮勇者は超強くないとなれないよぅ」「ご飯がまずいと仲間が討伐しに来るんだぞー」
仲間の勇者が敵となる芋煮勇者半端無い。
「大人になれば我慢できるよ」「絶対だなカイル?」「うーん、それはわからない」「いいんだよカイル。こいつ聖剣鍋が欲しいだけだから」「言ったなー。大きくなったら勇者になって、異界をびしばし討伐してやるからな!」
『異界? 異界を倒すと勇者なの?』「「「うん!」」」
『じゃ、僕も勇者だー』「「「ええーっ?」」」
異界という言葉を聞いて、世界樹が子らに聞く。
子らが力強く頷くと、世界樹は得意げにくるんと一回転して語り出す。
『カイが言ってたんだ。僕は大きくなったら異界を食べるんだって』
「異界を食べる?」『うん』「「「すごい!」」」
異界を食べる事で討伐する。
つまり、勇者だ。
「じゃあ異界出せる?」『出した事無いけど、出せるってー』
「すごい!」「どうやって?」『世界を食べるの』「すごい!」「異界出して!」
『異界はカイがダメだってー』「「「だよねー」」」
異界は危険。
それは子らでも知っている事。危険だから勇者が異界を討伐するのだ。
だから子らもすぐに諦め、別の事に注目した。
「じゃあ、世界を食べてみてよ」『いいよー』「「「わぁい!」」」
『誰もいない所の石ころとかは食べていいって言ってたから……あそこにしよう』
空を駆ける世界樹の眼下に立ちのぼる噴煙が見えた。
火山だ。
危険な場所なら誰もいないだろう。
と、世界樹は火山のふもとに着地した。
『よぉし、食べてみるよー』「「「わぁい!」」」
世界樹の言葉に子らが歓声を上げる。
生まれたばかりの世界樹は異界を顕現させた事がない。
だから、どのくらい食べたら異界が顕現するのか知るわけもない。
神の祝福という最高の食事をカイから貰っているのだからそれは当然。
そして子らは世界樹にどれだけの事が出来るか知る訳もない。
初対面なのだからこれも当然。
子らは期待の眼差しを世界樹に向け、世界樹は子らに良い所を見せようと枝葉に力を込める。
「「「せーのっ」」」『イモニガー!』
『余の子よ、やりすぎじゃ!』
エルフを通じてイグドラが叫ぶも、手遅れ。
子らの歓声に世界樹が叫び、無数の葉を黒く染めて世界を食らった直後……
巨大な黒い手が、轟音と共に世界を突き破ってきた。
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