3-5 勇者の装備は超レア素材
「行ってくるよ、友よ」
わふん。
アレクとの酒宴の次の日、カイは予定通り冒険に出た。
「えう!」「む。キノコいかが」「おはようございますカイ様!」
「「「ところでご飯はまだですか?」」」
「まだだよ」
おぉおおおおおめししめしめし……
相変わらずのミリーナとルー、そして新参者のメリッサはカイを土下座で出迎えご飯を要求し、カイは飯を作り始めた。
煮込みながらありふれた薬草とペネレイを検品し、袋にまとめ、さらに大きな袋に収納し、煮込み過ぎた飯を三人と里から手伝いに来たエルフにふるまいドライフルーツの収穫のため果樹園で働く。
今日のカイの一日もいつもと同じだ。
エルフの飯を作り、エルフの飯を採り、エルフの頭に食物を当て、対価の薬草とペネレイをエルフの飯に還元する……
「あぁ、人手欲しい」
「えう?」「む?」「はい?」
実りを収穫しながらカイがボソリと呟いた。
森に作られた果樹園の実りは今日も豊作。
その収穫を行うのはカイだけだ。
「カイ殿がこの場所の収穫を終えたぞ!」
「よぉし、すぐに育てろ!」「「「おおーっ!」」」
「人使い荒いなオイ!」
ひゃっほい。
里から手伝いに来たエルフの力で収穫しても収穫してもキリがない。
待遇はすこぶる良いが気分はすでに奴隷である。
全てがエルフの為に回り、老後の薬草生活は遠のくばかりだ。
信用できる人が欲しい。
アレクは贅沢すぎるから宝物庫のカイを一人譲って欲しい。
何も詮索せずにミスリルのコップと交換してくれないかなぁ……
と、現状にため息があふれるカイである。
食料が痛むので収穫に近づけないミリーナ、ルー、メリッサが心配そうに見つめる中、カイは黙々と果樹の実りを台車に乗せ続ける。
それを遠くから見つめている者がいるとも気付かずに……
「確定ね。関わりは確かにあった、けれど……」
「あれは利用『されている』ですよね?」
「完全な丁稚じゃねーか。こいつを討伐する必要あるのか?」
姿隠しの魔法で森に潜み、遠見の魔法でカイの姿を追う三人が口々に呟いた。
王女システィと聖女ソフィア、そして戦士マオである。
『ランデル冒険者ギルド所属、青銅級冒険者カイ・ウェルスにエルフ関与の疑いあり』
王国の役人から報告を受けた三人が森に潜んでカイを監視することしばらく。
三人の監視するカイはご飯、薬草、ペネレイ、そしてエルフがひゃっほいと踊る果樹園でひたすら収穫し、その実りで作ったドライフルーツを受け取りに来たエルフに渡し続けている。
カイの手元に残るのは薬草とペネレイの袋が数袋。たまに獣。
収穫を受け取りに来る人間の仲間もいない。
実りは育てたエルフの頭の上。そして腹の中。
ひたすら働く有様に三人は呆れていた。
「金遣いが荒くなってるけどエルフ絡み、収入は増えているけどちょっとだけ、飯飯労働飯労働……あぁ、宝物庫のカイ・ウェルスを見ているようだわ」
「私、あの姿はアレクさんの願望が入っていると思っていました」
「俺もだ。こいつ本当に冒険者か?」
「エルフにダークエルフ、ハイエルフまでいるわよ……心情的にはシロね。先日のディックとやらと比較する気も起きないわ」
「ですが関与は確定です」
「だかなぁ、こいつ捕らえてもエルフが別の奴を使うだけだろ。次が欲張り野郎だったらビルヒルトの二の舞だぞ?」
「ぐぬぬ……」
ソフィアの言うとおり関与は確定。
そしてマオの言うとおりカイを捕らえてもエルフは別の者を用意するだけだろう。
システィはしばらく考え、結論を出した。
「要経過観察で決着させましょう。異論は?」
システィが二人に問う。
ソフィアは頷き、マオは気になる点をシスティに聞く。
「ありません」
「あの畑は異界顕現に繋がらないのか?」
「エルフが全部消費して肥料を戻してるようだから大丈夫よ」
「あぁ、食って出してちゃんと戻してるのか。なら俺も文句は無い」
「では経過観察で決定ね。撤収する前に少し警告を行っておきましょう。彼の心変わりが無いように」
システィはそう宣言すると姿隠しの魔法を解除した。
ソフィアが叫ぶ。
「システィ! エルフに動きが!」
「えっ?」
遠見の魔法に見える三人のエルフの女性が瞬時に反応してカイを庇い、こちらに輝く視線を向けている。
魔法の発動前兆だ。
ソフィアが壁を構築した直後、風の刃が三人を襲った。
「うわっ……いきなりご挨拶だなおい」
「続いて水魔撃、来ます!」
ソフィアが叫んだ直後、風の刃に加えて水の槍がソフィアの壁を砕く。
「続いて石!」
ズゴン!
こぶし大の石がソフィアの壁を突き破る。
ソフィアは新たな壁を構築しながら壊れた壁を放棄し、マナ消費の少ない壁を駆使してマナを温存する。
探査魔法の反応に変化があったためだ。
「全方位のエルフらしき反応に変化、こちらに向かってきます。数およそ三十」
「失敗したわね。ここまでの信頼関係を築いているとは」
「どうするよ姫さん? エルフ程度でもこの数はきついぞ」
「争う気は無いけれど、難しそうね」
魔法の数はしだいに増え、壁の消失速度が上がっていく。
ソフィアの壁はマナの消費が少ない。
しかし包囲されたら面倒である。いくらマナの消費が少なくても全方位となれば無視できない量のマナが消費され、いずれ術者のマナが枯渇する。
その前に逃げるか退けるかしない……
システィは杖を強く握った。
自らの見立てが誤っていたことを悔いると同時に青銅級冒険者カイ・ウェルスを賞賛する。
三種のエルフが庇ったのは彼を守るため。
瞬時に攻撃に転じたのは情報を持ち帰らせないためだ。
エルフはカイを守ろうとしている。
生命と、そして身分もだ。
身分を殺して囲った方がエルフの利益になるにも関わらず、である。
さすがはアレクが絶賛するだけの事はある。
システィは体内のマナを巡らせながらカイの評価を引き上げた。
「逃げるわよ」
「逃走経路に壁を展開します」
「お願い。私は牽制と魔撃、マオは先導を」
「おうよ」
システィは軽く火魔法をかけて弾けさせ、無の息吹による煙の流れからエルフらの位置を予測し水の魔撃を叩き込む。
軽い牽制だ。世界樹の守りに阻まれるだろうが足止め程度の効果はある。
もともと争う気はないのだ。これで良い。
「いくわよ!」
システィの言葉を合図にマオが駆け出した。
その背中をソフィア、システィの順で追う。
マオは前方からの魔撃を捌き、ソフィアはマオの左右とシスティの背後に壁を展開し、さらに無用になった壁を消していく。
システィは五秒程度の間隔で全方向へ突風の魔撃を発動しエルフ達を牽制し続けた。
しかし移動するにつれてエルフの魔撃は激しく鋭いものに変わっていく。
ソフィアの壁が二重になり、システィの魔撃の間隔が短くなっていく。
マオの聖斧をすり抜ける攻撃がしだいに増え、彼の余裕の表情がいつしか険しい物に変わっていた。
「まずいぞ姫さん、数を減らせ!」
マオが焦った口調でシスティに叫ぶ。
森の外れに移動しても魔撃は減らずむしろ増えるばかりだ。
エルフは三人を逃がすつもりは無いらしい。
システィは世界樹の守りを突破できるだけのマナを杖に注ぎ込んだ。
杖とは時間のかかるマナの変換手順を記憶し、魔法の選択とマナの注入だけで魔法を行使できるようにした魔法武器だ。
これにより魔法使いは手間のかかるマナの制御に悩まされる事なく魔法を使う事ができる。
状況変化や妨害が起こりうる戦いの場において杖は魔法使いの必需品であった。
システィの持つ聖杖グリンローエン・ライナスは歴代の勇者級冒険者が記録した強力な魔法が記憶されており、マナの強い者が持つだけで無類の強さを発揮する。
代々マナの強い王家は好んでこの杖を使い、王国を異界の侵略から守ってきたのだ。
「爆風……水円刃!」
まず周囲の空気を飛ばして排除し、わずかな後に円形の水の刃を高速で飛ばす。
飛ばす魔撃は移動の過程で空気に触れ威力と速度を削がれてしまうが、あらかじめ空気を減らしておけば劣化を抑える事ができる。効果的に魔撃を与えるためのちょっとしたコツである。
周囲から響くいくつかの叫び声が魔撃の成功を三人に伝えてくる。
世界樹の守りを破った魔撃がどの程度の怪我を負わせたかは確認できない。している余裕も無い。
システィは水魔法と風魔法を巧みに使ってエルフに魔撃を叩き込み、土魔法の土盛りでソフィアの壁を上積みして援護する。
エルフの魔撃は止まらない。
そこそこの威力でも間断無く受ければあっと言う間に削られる。
攻撃も防御もすでに余力は無く、一人でも脱落すれば瞬く間に潰されてしまう危険な状態を皆で何とか耐えて走る。
「ソフィア! 葉を!」
「は、はいっ」
先日手に入れたばかりの葉をシスティがソフィアに渡し、自らも口に含んで噛みしめる。
溢れるマナと共に舌が麻痺するような不味さにシスティは顔をしかめ、強引にそれを飲み込んだ。
世界樹の葉は全てを回復した上に一時的な能力強化を得られる超回復品だ。
手持ちは二枚。
システィはそれを魔撃と防御に振り分け、マオはソフィアの回復に任せる。
超希少品を使って余裕を得た三人は再び離脱の速度を上げ、森から脱しようと必死に走る。
「ぬうあっ……」
「マオさん、回復します!」
ソフィアは壁を展開しながら次々に聖槌を持つ手の形を変えて回復を制御する。
回復魔法は魔撃と違い回復対象の状態把握が重要な魔法である。
杖に全ての手順を記憶させると必要量の十倍以上のマナを消費するため、ソフィアら回復魔法使いは手順を断片化し、回復する者の状態に応じて手順を選択する事でマナを節約していた。
「助かったぜソフィア」
マオの苦悶をソフィアの回復魔法が癒していく。
が、やはり世界樹の葉のような超回復効果は無い。回復と疲労が拮抗する中マオは聖斧を振り続け、エルフの魔撃から背後の二人を守り続ける。
エルフは疲れ始めた前衛を弱点と見たのだろう、魔撃を全方位から前方へ、マオへと集中させ始めた。
森からは絶対に逃がさない。
魔撃から感じ取れるエルフの執念に三人は戦慄し、回復と疲労の天秤が絶望的に傾いていく。
森の出口を目前にして、三人の足は止まっていた。
マオはすでに限界だ。
しかし回復に力を注げば防御を貫かれてソフィアとシスティが危ない。
もはや魔撃に賭けるしかない。
システィはありったけのマナを杖に注ぎ込み、叫んだ。
「極大魔法で血路を開きます!」
「頼むぜ姫さん!」
風の極大魔法、雷神。
旋回する風の刃と雷の乱舞で周囲の敵を切り裂き焦がし、さらに氷の礫で撃ち抜いた上に天高く投擲する範囲魔法だ。旋回の渦に巻き込まれた対象は逃げる事も出来ずに魔撃に踊り、天高く放り投げられる。
集団を天の一ヶ所に集める事もできるこの極大魔法をシスティは炎の極大魔法の前段階として良く使っていた。
倒せなくとも天高く放り投げてしまえば森の外に逃げられる。仕切り直せるのだ。
良く使う魔法は聖杖グリンローエン・ライナスに仕込み済みだ。システィは杖の握り方を変えて杖の使用魔法を選択し、万に一つの誤動作も起こさないように言葉で魔法を宣言する。
「雷神!」
しかし魔法は……発動しなかった。
「……なんで?」
マナを奪われた脱力と絶望の中、システィは叫んだ。
聖杖はしっかりとマナを受け取った。
しかし魔法は発動しない。
マナは、どこに消えた?
「あああっ! た、助け……」
「ひっ」
呆然としているシスティの横で悲鳴が響く。
壁を貫いた魔撃がソフィアの肩を貫いたのだ。
息を呑むシスティの眼前でソフィアを次々と水の槍が襲い穴だらけに変えていく。
命を絶たれたソフィアの体は魔撃に踊り、地に転がった。
これで回復と蘇生が封じられた。
「ただでは、死なん!」
マオが防御を捨てて近くのエルフに斬りかかる。
もはや全滅は必至。
ならば一人くらいは道連れにしたいというマオの執念であった……
「はぁ!?」
だが、その執念は誰も……いや、カイ以外は予想しない形で潰える事になる。
エルフの首を聖斧の刃が刈り取る直前、聖斧の柄がぐにゃり……と、エルフを避けるように曲がったのだ。
あまりの出来事にマオの目が見開かれ、次の瞬間エルフの魔撃に沈む。
残るはシスティただ一人。
魔撃が王女システィ・グリンローエンへと殺到した。
仲間もマナも失った彼女はもはや的でしかない。
魔撃を前に彼女は何も出来ず、ただ心の中に生まれた感情のままに叫ぶ。
「アレク……!」
ちゃんと貴方に想いを伝えておけばよかった……!
体の中を突き抜ける水槍のおぞましい感覚を感じながらシスティは心で叫び、死の奈落を転がり落ちていった……
はずだった。
「う……」
システィが目覚めると、そこは森の外だった。
目の前にはランデルへと続く街道がある。
夕刻だからだろう、ランデルへと急ぐ人々がシスティを警戒を込めて睨み、足早に通り過ぎていく。
何が起こったのか?
マオとソフィアはどうなった?
慌ててシスティがあたりを探すと、すぐ脇に二人は寝転んで唸っていた。
どうやら無事らしい。
システィは安堵して自らの体を確認する。
貫かれたはずの服のどこにも穴は無く、この森に入った時のままだ。
おぞましい死の記憶は鮮明に残っているが体の痛みはどこにも無い。
それどころか調子が良すぎて恐いくらいだ。
システィはこの体調をもたらす手段を一つだけ知っている。
世界樹の葉だ。
誰かが三人を蘇生し、世界樹の葉を食べさせた……
荒唐無稽な話であるが、これ以外の可能性はシスティの知識の中には無い。
そして誰がそれをさせたのか……システィは街道を視線で追い、一つの影に答えを見出す。
「カイ・ウェルス。貴方は一体……」
ランデルへと続く街道の先。
はるか遠くに見えた青銅級冒険者のしょんぼりした後ろ姿が夕日に赤く染まっていた。