12-12 宴の中心で世界樹は叫ぶ
「お手」『はい』「おかわり」『はい』「待て」『はーい』
しゅぱた、しゅぱぱっ、しゅたっ、ぶんぶんっ……
根の一つを尻尾のようにぶんぶん振りながら待つ世界樹とカイは見つめ合う。
一分、二分、三分……
時が静かに過ぎていく。
カイは十分ほど待った後、根を振る世界樹に深く頷いた。
「……よぉし、よく出来た。食べてよし」『わぁい!』
カイの左手から祝福が注がれる。
アトランチスの地形を変えるほどのマナ。
マナを食する世界樹にとってこれ以上のごちそうはないだろう。
神がカイを経由して注ぐ祝福は尽きる事なく左手からあふれ、世界の超生物である世界樹の枝葉をうるおすのだ。
「うまいか?」『うん!』
カイの言葉に、葉を大きく広げて祝福を食べる世界樹が頷く。
その姿は水を受けて輝く草木のごとく。
なんともアクティブな植物を育てる農作業にカイは苦笑いだ。
「お前も『待て』がわかってきたな」
『うん。待つ、つまり我慢が大事なんだね?』
「そうだ。食べ尽くしたらご飯はなくなるが、ぐっと堪えて育てればご飯は増えていく。それが我慢だ」
『我慢でご飯がたくさんに……我慢すごい!』
「そうだ。我慢はすごい」
カイは感激する世界樹に頷く。
「お前はこれからこの世界で、たくさんの知らない事に出会うだろう」『うん』
「驚く事も、怒る事も、悲しむ事だってあるだろう」『うん』
「しかし、そこで我慢だ」『そこで我慢?』
「そうだ。一歩引いて考える。そして自分に最も良い道を見つけるまでじっと待つ。我慢なしには出来ない事だ」『難しくてよくわからないよ』
「そう、難しい。しかしそれが出来るようになった時、世界の皆はお前に感謝し進んでご飯を捧げるだろう」『食べ放題! すごい!』
もっしゃもっしゃ。
カイは祝福を貪る世界樹の幹を撫で、教える。
扱いは完全に犬である。
竜と並ぶ世界の頂点である世界樹にこの扱いはひどいかな……
いや、イグドラもベルティアも駄犬なのだから犬扱いでいいじゃん。
大切なのは相手を思う心。つまり愛だよ愛。
たぶん……
バルナゥもでかい犬のようなもの。
イグドラもベルティアもエリザも駄犬とたいして変わらない。
と、カイはいつものように駄犬扱いする事にしたのである。
「昔を思い出すえう」「む、駄犬しつけプロ」
「さすがカイ様! あぁ、駄犬と呟かれた日々を思い出しますわ。カイ様はご飯に土下座突撃の私達を根気よくしつけ続け、待ての出来る忠犬に育て上げたのでございます」
「その通りえう!」「メリッサ良い事言う」「当然ですわ」
そんなカイに元祖駄犬のミリーナ、ルー、メリッサは満足笑顔だ。
が、しかし……
「お前ら、五分も待てなかったよな?」
「えうっ」「ぬぐぅ」「ふんぬっ」
記憶を改ざんするんじゃない。
お前らが『待て』なかったから『取ってこい』になったんだよ。
カイは妻達に呆れて笑い、世界樹に祝福を注ぐ。
草木に水をやるように。
大きくなぁれ、大きくなぁれと願いながら祝福を注いで一時間。
カイは祝福を注ぐのを止めた。
「今日はこのくらいにしておこう」
『えーっ、いつもなら夕方まで食べさせてくれるのにぃ』
「我慢」『はぁい』
しゅぱたたたっ……
世界樹が幹を起こす。
「……ずいぶん大きくなったなぁ」『えへっ』
身の丈十メートル。
一回り太くなった幹、広がる枝、そして鮮やかな緑の映える無数の葉。
本当に食った分だけ大きくなるんだなぁ……
と、感心するカイである。
しかしこいつは世界の頂点の一つ、世界樹だ。
見事な樹木であれば良い訳ではない。
これからエルフや人、様々な生物と関わるだろう世界樹には心の成長が何より大切。体だけでは困るのだ。
『で、今日はこれから何をするの?』
「今日はお前にたくさんの人を紹介しようと思ってな」
『食べ物?』「違うぞ……ほら、来た」
『わーっ、マリーナよりも大きな竜だ』
カイと世界樹が見上げる空に舞うのは大竜バルナゥ、幼竜ルドワゥ、ビルヌュ。
世界樹と並ぶこの世界の頂点の一つ。世界を守る盾だ。
バルナゥ達はゆっくりと高度を下げ、世界樹の前にふわりと着地する。
背から魔法で保護された者達がおりてくる。
皆、カイが頼んでここまで足を運んでもらった者達だ。
『ふむ……これがあのクソ大木の子か』
『でかい竜。カイ、食べちゃダメ?』「ダメ」
何でもかんでも食べるんじゃありません。
と、カイは世界樹の幹をぺちりと叩く。
「カイ殿、これはまた奇妙な樹木ですなぁ」
「む。それよりエルネの、カツ丼」「そうです。せっかくカイ様がお作りなさったこの機会、食べて食べまくりますぞ」
「汝ら、我を何だと思ってる?」「「うまい飯係」」「ぬぅおおおっ!」
「……ボルクもエルトラネもその辺にしておいてください」
「む。三百ちょっとの若造がやせ我慢」
「その通り。心に輝くそのよだれ、エルトラネには筒抜けですぞ」
「そんな事で心を読まないでくれ!」
まず世界樹に近付いたのは馴染みの里の長老達。
芽吹きに立ち会ったベルガはとにかく、エルネ、ボルク、エルトラネの長老は初めて見た世界樹にこりゃ驚いたと感嘆しきりだ……ご飯には抗えなかったが。
『エルフは食べちゃダメなんだよね? 長老は食べちゃダメ?』「ダメ」
「いきなり食べるに行くとは、カイ殿、こやつ相当食いしん坊ですな」
「いや、お前らも大して変わらんぞ?」「「「はぁ?」」」
「聞こえない振りするんじゃない!」
相変わらずの長老達である。
次に近付いたのはランデルの者達だ。
「これが世界樹わふん?」『わふんは食べちゃダメ?』「ダメ」
「エヴァを食べられると我がランデルが困るな。領主として自制する事を望む」
『ランデル? りょーしゅ? 食べちゃダメ?』「ダメ」
『おおーふっ! 我が心の友ルーキッドとエヴァンジェリンを食うなど許さぬ絶対許さぬ!』『た、食べないよぅ』
『『とーちゃん、落ち着け』』
「カイ、貴方は本当に面白い人生を歩んでいますねぇ」
『食べちゃダメ?』「ダメ」
「おいおい、ミルトを食おうなんざ聞き捨てならねぇな。食うなら俺の料理を食いやがれ」『もぐもぐわぁい。もっとちょうだい』
「まあ待て、俺が今から飯の味を教えてやろう」『我慢?』「そうだ」
「あんたすっかり料理人ね。私にも何か作ってちょうだい」「じゃあ僕にも何か作って」「マオさん、私にもお願いしますね」「「我らにもお願いします!」」「……お前ら、我の料理は?」「「もちろん食べる」」「ぐぬぬ……」『あらあら』「わふんっ」
エヴァンジェリンがにおいをかぎ、ルーキッドがエヴァを食べるなと言い、バルナゥが暴れ、ルドワゥとビルヌュが落ち着けと言い、ミルトが笑い、マオが料理を食べさせ、システィとアレクが近くにテーブルと椅子を置き、ソフィアが座り、エルネの長老にご飯を作らせていたボルクとエルトラネの長老も座り、エルネの長老がぐぬぬと言い、マリーナとエヴァンジェリンが笑う。
世界樹を囲み始まる宴会。
賑やかに騒ぐ周囲に戸惑う世界樹だ。
『うわぁーっ。なんか騒がしくなったー』
「これが、人の輪だ」『ひとのわ?』
「そう。共にありたいという心だ。誰かが困ればそれを助け、共に歩んでいく。そうやって時に激しく、時に楽しく、時に美味しく世界を変えていくんだ」
『美味しく!』
「そうだ。こういう縁も食べてしまえば終わってしまう。だから我慢なんだ」
『ぼ、僕も輪に入れてよぉ……』
世界樹が幹を震わせて叫び、幹を傾げて聞いてくる。
カイは笑顔で頷いた。
「当たり前だ」『ホント?』
「ほら、皆が待ってるぞ」
「カイ殿、何を小難しい話をしているのですか。皆、カイ殿の芋煮を心待ちにしておりますぞ」「全く。超全く」「あの芋煮は我らエルフを救った幸せの味。食わずにはいられませぬ」「そうだな。私も頼もうか」
ボルクの長老がキノコを生やし、エルトラネの長老が野菜を生やし、ベルガが心の芋煮鍋をかまどに据える。
皆が生やした食材をぶっこみ水を満たし、グツグツ煮込めばたちまち広がる幸せ世界。ご飯の香りだ。
「世界樹もいつまでかしこまっておる。食え、ほれ食え」「む。同じ鍋のご飯は聖なる儀式。食べれば仲良しお腹満足」「我らエルフの育てた食材をたんと食べるがいい」「幸せの叫びは『イモニガー』だ」
『みんな……じ、じゃあ僕も葉っぱを提供するよ!』
「「「くそまずいから絶対いらない」」」『えーっ』
「すまんが私の心の芋煮鍋をヘルシー鍋にされると、とても困る」『ええーっ』
しゅぱたたくねり、しゅぱたたくねり。
世界樹が踊り、皆が笑う。
宴は楽しく縁をつなぐ。心を満たす幸せご飯だ。
そして宴の中心で世界樹は叫ぶのだ。
『イモニガー!』
と。
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