12-11 我らエルフは、こんなのを育てねばならないのですか?
「すまんなお前ら」『ごめんなさーい』
どげーざ。
世界樹を折檻したカイは、被害を受けたエルフの里で世界樹と共に土下座した。
カイの隣では世界樹が土下座している。
無数の根を巧みに曲げて、枝を地に着け幹を伏せるその様はまさに土下座。
さすがは世界樹。
と、カイは妙な所で感心しながら頭を上げる。
「「「……」」」
カイの前に立つ被害者エルフの顔は困惑一色。
まあ、無理もない。
土下座する樹木など長い寿命を持つエルフですら初めて会う存在だろう。
エルフ達はしばらく唖然と世界樹の巨体を凝視していたが、やがてカイに聞いてきた。
「カイ殿……これが、世界樹なのですか?」
「そうだ。これが世界樹だ」『世界樹でーす』
「「「「うわあっ……」」」」
しゅぱたたっ……
頭を上げる世界樹にエルフが飛びのく。
「おい、幹を急に起こすな危ないだろ」『ごめーん』
すでに身の丈八メートルに達した世界樹の幹に殴られたらエルフでもただでは済まない。
カイは世界樹の幹をぺちりと叩いて注意する。
世界樹もイグドラから色々言われているのだろう、素直にカイの言うことを聞き再びゆっくり幹を下げた。
カイも再び頭を下げる。
「こいつはまだ右も左もわからぬ生まれたてだ。食われた麦と豚は俺が弁償するから今回は許してやってくれないか?」
世界樹を育てるのはカイとイグドラの約束だ。
いずれエルフが受け継ぐとしても今はカイが世界樹を導かねばならない。
その課程で生じた損害も当然カイが何とかしなければならないだろう。
と、カイは思っていたのだが。
「いえ、それは別にいいのです」「いいの?」
そんなカイにエルフ達は困惑しながらもにこやかに首を振った。
「我らはエルフ。耕し願えば作物は実り、豊かな食を謳歌できる祝福された種族。もう一度畑を耕せば済むことでございます」
「豚は……我らが食べたと思えば……くううっ……」
「すまん。豚はどこかで買ってくるよ」
豚は願っても育たない。植物ではないからだ。
豚はエルネかランデルで安く譲ってもらおう……
と、カイが豚の入手手段を模索しているとエルフの皆はまだ言いたいことがあるらしく、おずおずとカイに語りかけてきた。
「それよりもカイ殿」「……なんだ?」
まあ、言いたいことは大体わかる。
というか、痛い程よくわかる。
「……我らエルフは、こんなのを育てねばならないのですか?」
「……そうだ」
「「「「ええーっ……」」」」
エルフ達がどよめく
そりゃそうだ。
樹木は静かに穏やかに育ち、やがて枝葉で里を優しく包み癒やすもの。
それが……
『うわぁーい。食べ物がたくさんあるぞー』
「ダメ」『えーっ』
しゅぱたたくねくねぐりんぐりん……
それが、これである。
走って飛んで踊って喋る、そして食う。
誰がこんなのを想像しただろうか。
植物はおろか動物すらも食らい、追いつけるのが竜しかいない機動力を持つ樹木とかありえん。超ありえん。
「もっとどっしりした大樹を想像していたのですが……異様に素早いですな」「世界樹が移動したら里を移さねばならないのですか?」「そもそもカイ殿、これは樹木なのですか?」「実は動物なのでは?」「まだカイ殿と一緒におられる老オークの方が納得できます」「異界の怪物だよなぁ」「「「それだ!」」」
『えーっ、ひどいやーっ!』
カイも全く同感だが、さんざんな扱いだ。
『余の子を愚弄するか!』
「だって」「なぁ」「「「「変だし」」」」
『ぐぬっ……余がもっとまともな生物で顕現しておけば……余の子よ、すまぬ!』
『えーっ、かーちゃんもひどいなーっ』
そしてイグドラも変だ変だと騒ぐエルフに返す言葉もない。
異界の大規模侵攻を撃退するために神が定め、あまりの出来にお蔵入りとなった超絶アンバランス生物。
それが世界樹。
神公認の変な生き物なのだ。
「今は我慢してくれ」
カイとしては頭を下げるしかない。
「この世界に生きる俺達が教えてやらないとこいつはすぐに間違える。お前達もこいつに色々と教えてやってくれ。そして間違った事をしたら叱ってやってくれ」
そもそも選択肢は一つしかない。
これを違えればイグドラは怒り狂い、エルフはおろか世界全てが呪われる。
イグドラの子を育て導くのは異界の大規模侵攻から続く、世界の負債の一つ。
世界の者はそれを受け入れ、共に耕し地道に負債を返していくしかないのだ。
「この世界の神であるイグドラもベルティアも、老オークの世界の神であるエリザも手を貸してくれる。俺が生きている内にはこいつも分別ある世界樹となり、皆の力となるだろう。エルフの皆も力を貸してくれ」
『お願いしまーす』
カイはさらに深く頭を下げ、世界樹もカイの真似をして幹を下げる。
この素直さは、こいつの美点だな……
頭を下げながらカイは思う。
抜け道は探すが言われた事を守ろうと努力する。
そして間違えれば謝り改める。
人もエルフも世界樹も、そうして世界で生きる術を身につけていくのだ。
「カイ殿。頭をお上げください」「そうです。我らエルフはカイ殿と一心同体」「植物? であれば我らエルフの出番」「呪いを祝福に変えて頂いた恩、我らは忘れておりませんぞ」「あの頃に戻るのはまっぴらご免ですからなぁ」
「……ありがとう」
エルフの皆も世界樹の姿勢に好感を持ったのだろう、力強く頷いた。
「ですが、これを養うのは大変ですなぁ」
「いずれは異界を食う事になる。そして育ちきればそこまでは食わないらしい」
「今はまだ若木なのはわかりますが、どれほどになるのですか?」
「身の丈五百メートルほどになるらしい」
「それは……また、ずいぶん先の話ですな」
「だからお前らエルフにこいつを頼むんだ」
人間には任せられない。
長い寿命を持つエルフでなければ意思はすぐに忘れられ、その時々の欲望が世界樹を育てる事になるだろう。
異界と戦う為に生を受けた世界樹の力は竜に並ぶ。
その力を分別なく振るえば世界は乱れ、あふれた異界が世界を食らうだろう。
「そしてエルフが育てた世界樹がエルフの子らを育て、自らの子を導く」
「なるほど……我らの意思が世界樹に受け継がれていくのですな」
「そうだ」「気の長い話ですな」「全くだ」
畑や牧場をしゅぱたたと駆け回る世界樹を見て、皆で笑う。
今は軽いこいつも、いずれは人やエルフを導き守る存在となるだろう。
世界樹はこれから始まるアトランチスの礎となるのだ。
「それはそれとしてカイ殿」「なに?」
「「「「芋煮。我らに芋煮下さい」」」」「……はいよ」
『芋煮? 食べていいの?』「お前も食うのかよ」『ダメ?』
幹を傾げて聞く世界樹にカイは笑う。
「……皆の分まで食べるなよ?」『わぁい!』
カイは皆に芋煮を振る舞い、エルフと共に世界樹に畑や牧場を見せて回る。
世界樹は頷き、笑い、首を傾げ、家畜と共に駆け回る。
『わぁん。エルフのぷぎーが葉を食べに来るよーっ』「逃げろ逃げろ」
こいつはきっと大丈夫。
素直にまっすぐ大きく育ち、世界を導いてくれるだろう。
うちの子みたいに素直に育ってくれよ?
カイは思った。
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