12-10 アトランチスにUMA(笑)現る
『カイ、待ってたよご飯カイーっ』
「痛い。痛いから幹スリやめろ」『えーっ』
「枝スリも葉スリもやめろ」『ええーっ』
次の火曜日。アトランチス世界樹畑。
世界樹の熱烈歓迎に痛い痛いと叫びながら、カイは世界樹を手でおしのけた。
幹と枝のザラザラ頬ずりが超痛い。
そして葉は超うざい。
生後一週間のピチピチ世界樹は相変わらずのハイテンションだ。
まあ、それはそれとして。
「イグドラ! 世界樹の守りはどうした!?」
『余の子の親愛を阻むような野暮はせぬ!』「このやろう!」
「すり傷だらけえう」「む。イグドラひいき、超ひいき」「回復魔法ふんぬぅ!」
『当然じゃ、余の子じゃからのぅ』
イグドラは余の子可愛い超可愛い。
だから世界樹の頬ずりは世界樹の守りをあっさりスルー。
擦り傷だらけのカイである。
これ、こいつと敵対したら俺らあっさり食われるな。
いやいや、さすがにベルティアが何とかしてくれるか……
あのバカ神を、今以上に頼らねばならんとは!
カイは回復魔法を受けながら、ご飯ひゃっほいと踊る世界樹を見上げた。
身の丈は五メートル……
いや。
「なんか、伸びてるな」
『え、えええそんな事ないよ。カワラナイヨ?』
しゅぱたたくねくねぶるんぶるん。
根と葉を激しく動かしながらシラを切る世界樹である。
バレバレだ。
賢くてもしょせんは生後一週間。まだまだ経験が足りないのだ。
食った。
こいつ、絶対食った。
懐かしい感じに確信するカイである。
「カイ、今エメリ草の事を思い出したえうね」「むむ。ペネレイ? ペネレイ?」「す、すぺっきゃほーっ……恥ずかしいですわっ」
「「「ぶぎょーっ」」」
「懐かしいなぁ」『あらあら』
えうぬぐふんぬ、あははぶぎょーあらあら。
あの頃を思い出し笑うカイ一家だ。
「で、世界樹。何食った?」『タ、タベテナイヨー?』
しかし妻達の昔話のように、世界樹の行為を笑える訳もない。
何を食べたかは非常に問題なのだ。
まあ、ここに来るまでエルフが騒いでいたから大体の見当はつく。
カイはにこやかに、静かに怒りを込めて聞く。
「ほれ、正直に話せばご飯抜きは勘弁してやる。何食った?」
『よく来るエルフにここらの石なら食べてもいいと言われたので食べました!』
「それだけか? 本当にそれだけか? ご飯抜きでもいいんだぞ?」
『夜中にこっそりあっちの一面の草も食べました! あと柵の中のぷぎーも食べました!』
幹と枝を震わせながら告白する世界樹だ。
石。畑の作物。そして牧場の豚。
さすが世界樹。竜のように何でも食べる。
「さすがカイえう!」「食べ物で操るスキル半端無い」「世界樹すらカイ様のご飯の前にはひれ伏すのですね。さすがですわカイ様!」
いや、それはお前らが食への執着半端無いだけだ。
これをシスティにやったら、俺は折檻まっしぐらだぞ……
そう思いながらカイは世界樹を詰問し、つまみ食いを洗いざらい吐かせた。
『うぅ、カイ厳しい……』
「当たり前だ。お前、食べていいものと悪いものの区別無いだろ?」『あるの?』
「たとえば、俺は食うなよ?」『やだなぁ、カイは食べないよぅ』
「……人間も、食うなよ?」『えーっ』
「私達エルフも食べちゃ駄目えうよ?」「ん。禁止」「ですわ」『ええーっ』
「お前、よく来るエルフは食べてないよな?」
『世話してくれる人は食べないよぉ』「そうか」
損得勘定はあるらしい……が、こいつ危ない。超危ない。
『じゃあこのぶぎょーは?』「ダメ」「「「ぶぎょっ!」」」
『このあらあらは?』「ダメ」『あらあら』
『この異界のぷぎーは?』「ダメ」
『我が神も我も等しく食べ物扱いとは……カイ様、こやつアホなのでは?』
『じゃあそこら辺に埋まってる種は?』「……共食いするのかよ」
『そ、それはやめるのじゃ余の子よ』
妻達も子も竜もオークも世界樹の種も食べ物扱い。
空恐ろしい植物だ。
まあ、生まれたてだから仕方ない。
マナを食う世界樹にとって世界の全ては食べ物。
人だからエルフだからという区別など、生まれたてではつけられないだろう。
しかし、食べられる側はたまったものではない。
ここはしっかり食べても良いもの悪いものをしつけるべきだ。
前世から経験を引き継ぐマリーナら竜よりはるかに厄介。
ベルティアが世界樹を世界に放たない訳である。
『また、良からぬ事を考えましたね?』「すみません」
マリーナのツッコミにカイは頭を下げ、左手からご飯げふんげふん祝福を注ぎながら世界樹のしつけを始めた。
「いいか? 今、お前が聞いたものは全部食べちゃダメなものだ。わかったな?」
『うん。もぐもぐ』
「あと、お前が食った草とぷぎーはエルフの持ち物だ。食べていいと言われない限りは食べちゃダメ」
『面倒臭いなぁもぐもぐ』
「……そうしないとお前が食われる事になるぞ?」『えーっ』
「カイ、こんなくそまずいのエルフは絶対食べないえう」「む。くそまずいダメ、絶対」「そうですわ。あのくそまずさはいくら身体に良くても気が狂ってしまいます。命の危機でもなければ絶対に、そう絶対に口になどしませんわ」
「「「ぶぎょっ」」」『まずいのは嫌ですねぇ』
『わぁい。みんな食べないって』
「……じゃあ、殺されるからやめとけ」
『じゃあ石は? よく来るエルフはいいって言ってたよ?』
世界樹は祝福を食べながら、つぶらなマナ瞳で聞いてくる。
カイは祝福を注ぎながらしばらく考え、まあいいかと頷いた。
「まあ、世話するエルフがいいと言うなら、いいか」『わぁい!』
「でも、食べ過ぎるなよ」『なんで?』
「異界という、世界を食う厄介な奴らが現れるからな」『ふーん……』
「こいつはお前がくそまずくても食うからな」『悪食だね』「お前が言うな」
異界の怪物は世界のマナを異界のマナに変えて食う。
まずければ美味になれと願えば良いだけなので今の味など関係ない。
マナを大量にもっている世界樹はそれだけ美味な事だろう。
カイは祝福ご飯を食べさせながら世界樹にいくつかの事をしつけ、身の丈八メートルになった所でエルネに帰った。
そして次の週。
やっぱりカイは頭を抱えるのだ。
「カイ殿、麦の元気がありません!」「はぁ?」
次の火曜日。
カイがアトランチスを訪れればエルフ農家が騒いでいる。
「お、俺が精魂込めて育てた麦が……昨日まではあんなに元気だったのに!」
「奴だ! 奴の仕業だ!」「飛ぶ樹木か!」
「……なに、それ?」
まあ、カイには大体わかっているが聞いてみる。
「葉音を立てて飛来し畑で踊り歌う樹木が最近目撃されているのです」
「竜のような巨体」「無数にある根の足で巧みに走り、誰も奴に追いつけない」「あんな生き物、これまで見た事無かったぞ」「音を置き去りにして走るとかさすがアトランチス、変な生き物がいる」
そして皆は声を合わせて叫ぶのだ。
「「「「そして去った後に残された葉はくそまずい!」」」」
「……」
あ、い、つ、め。
生かさず殺さずで食えばいいと思いやがったな。
マナ食いだからこういう事もできる。
しかし丸呑み出来ないから手間がかかり、エルフに目撃されたのだろう。
まったくもって器用な生き物であった。
「……後で言って聞かせるよ」
「ご存じなのですかカイ殿?」「さすがはカイ殿!」「ガツンとお願いします!」「それはそれとして芋煮下さい!」「イモニガーッ!」
おぉおおおおめしめしめしめし……
喝采するエルフの皆である。
エルフにとっては確かにUMA。未確認生物だ。
しかしカイにとってはUMAではない。
エルフの皆から聞いた特徴はバッチリ世界樹。
駆けて飛んで踊って喋る樹木などあれ以外にありえない。
というかあんな樹木が二つもあったら嫌である。
あんにゃろ。
今日はエルフの里を土下座行脚だな。
カイは折檻する事に決めた。
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