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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
12.秘境大陸アトランチス
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12-9 世界樹、芽吹く

 木金土日月をエルネの里でのんびり過ごし、火曜日にアトランチスを開拓し、水曜日にシスティにダメ出しされ、また木金土日月をエルネの里でのんびり過ごし、また火曜日にアトランチスを開拓し……


 こんな生活を続けること三ヶ月。


 火曜日。エルネの里、カイ宅。

 アトランチスの天地創造もあらかた終わったとカイ一家がにんまりした頃、イグドラが騒ぎ出した。


『今日、ついに余の子が芽吹くのじゃ!』

「……そうか」「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」


 ついに来るのか……面倒げふんげふん。


『今、面倒臭いと思ったじゃろ』

「まあな」「えう」「む」「はい」

『あらあら』「「「ぶぎょーっ」」」『我が神も当然と申しております』

『汝らは相変わらずじゃのう……』


 心を読める相手に嘘をついても仕方がないと、カイ達は正直にぶっちゃける。

 そんなカイにイグドラも呆れ声だ。


『じゃがこれは汝らと余の約束じゃ』「そうだな」

『汝とエルフは余の子を育て、導く。それが余を天に還す時の汝らと余の約束じゃ。これを違える事を余は許さぬ。絶対にじゃ』

「お前なら天からでも育てられるだろ。めっさ器用なんだから」

「そうえう。親子水入らずえう」「む、親子ラブラブ万歳」「そうですわ。あの時は私達エルフがその務めを果たすと宣言しましたが今のイグドラ様は器用貧乏げふんげふん、細かい所に手が届く「「「長い」」」あうっ……」


 もう自分で育てろよイグドラ母ちゃん。


 これがカイ一家の偽らざる本心だ。

 今のイグドラは約束した頃のようなどんぶり勘定の神ではない。

 超絶ハイパワーでありながら細かい事も自由自在。米粒写経を極めた世界主神のベルティアも涙目羨望の万能神なのである。


 神からすれば小さ過ぎるエルフの祝福をちまちま行い個別のコミュニケーションすらこなすイグドラなら世界樹の世話くらい楽勝だろう。


『当然じゃ』


 予想通り、イグドラの余裕の声が響く。


『またエルフ共に食われてはたまらぬからのぅ』

「くそまずいから食べないと思うぞ」

「竜の肉よりまずいとか信じられないえう」「むむむ断じて食べ物ではない」「そうですわ。あの味は二度とごめんでございます」

『余の子がくそまずいと申すのか!』

「いや、そこは食べ物と思われない事を喜べよ……」

「えう」「む」「はい」

『ぐぬぬ……』


 マナを大量に含むものはくそまずい。

 世界樹の葉しかり、竜の血しかり、竜の肉しかり。

 そして世界樹の実もくそまずい。

 齢二億超の大竜バルナゥが実際に食べたエルフから聞いたのだから間違いない。


 エルフは世界樹の葉や竜の血肉を食べ物とは認識しない。

 だから同じようにくそまずい世界樹の実も食べ物とは思わない。

 カイ一家とイグドラは脱線話で軽口を叩き合い、やがて話を戻した。


『話がそれたのぅ……じゃが、余が育てるのは少しだけじゃ』

「少しだけ?」『そうじゃ』


 そりゃまたずいぶん殊勝な心がけだな。

 カイはそう思いながらイグドラに続きを促す。


『常に神頼みでは世界は成り立たぬ。世界は世界の者で回すべきなのじゃ……例え余の子であってもそれは許されぬ事。神をアテにする甘やかされた世界などロクな世界にならぬものよ』

「それは大いに賛同するが、どの面下げて言ってるんだよお前」

「干渉しまくりえう」「む、祝福半端無い」「おかげでアトランチスは自然豊かな大陸に生まれ変わりましたが……カイ様の火曜日はいつまで続くのでしょうか?」


 現在進行形で神のはっちゃけ祝福半端無いカイである。


『その文句はベルティアに伝えるがよい』「お前からバカ神に伝えとけ」『今、床でのた打ち回っておるわ。面倒臭いから汝が何とかせい』「ほっとけ」

『あらあら、ベルティア様は相変わらずですねぇ』「「「ぶぎょーっ」」」『我が神も呆れておりますぞ』『エリザものたうち回っておるわ』『エリザ……あぁ、そんな神もおりましたのぉ』「「「ぶーぎょっ」」」


 あぁ、面倒臭い神々め。


 カイ一家は家の前にある芋煮風呂ダンジョンからエリザ世界に移動し、子らをえうえう崇めるオーク達に手を振りアトランチスへと続く異界トンネルへと潜り込む。


 はるか遠きアトランチスだが異界を通れば十分程度。

 神が授けた偉大な成果だ。

 神でなければ異界は選べず、繋がる場所も選べない。


 しかし、これもやがては閉ざされてしまうのだろうな……


 カイは家族と共に異界トンネルを歩きながら思う。

 この異界トンネルも今のアトランチスの自然も全ては神の力がもたらしたもの。

 カイは場所と手段を選んだだけで作ったのはイグドラやベルティア、エリザといった世界の神々。

 イグドラがやらかした穴埋めと考えても、そろそろ終わりにするべきだろう。


 神の力はいわば投資。

 投資ばかりしていては神の力は失われ、イグドラのように堕ちてくる。

 耕し、富ませていくのは世界の者達の務めだ。

 イクドラが言う通り、神をアテにする甘やかされた世界などロクな世界にはならないのだ。


 アトランチスも一段落。

 そして世界樹もこれからどんどん芽吹く事だろう。


 これからはベルティアはもちろん、イグドラとも距離をとらないとな……

 まあ、神のはっちゃけなんて俺にはどうしようもないけど。


 と、カイが今後の事を色々考えているとミリーナがカイの顔を覗きこんできた。


「カイ、何か難しい事考えてるえう?」

「まあな」「む、家族会議?」「こ、こんな所で家族計画なのですかカイ様……どんと来いで「「「違う」」」あうっ……」『あらあら』「「「ぶぎょーっ」」」


 それはまた後でな。


 カイはダンジョンを出て、アトランチスの地へと足を踏み入れる。

 ダンジョン周囲に出来たエルフの町を歩き、実りたわわな畑を歩いてしばらく、カイ達は目的の地に着いた。


「カイ」「遅いわよ」「うむ」

「悪い」


 先に来ていたアレクら勇者とベルガに謝り、彼らと並ぶ。


 カイの目の前に広がるのは世界樹の畑だ。

 イグドラとの約束の地。

 世界樹の実が整然と植えられたアトランチスの、いや世界で最も重要な畑。


 そしてまだどのようなものが芽吹くかも曖昧な畑……カイ達は今も芽吹かない世界樹の畑をゆっくりと歩き、わずかに土が盛り上がった畑の前に立つ。


「他の芽吹きはまだなのか」

「ここだけえうね」「む。他はのっぺり」「そうですわね。墓所の記録を見る限りでは数十年がかかるのですからこの芽吹きが特別早いという事でしょう」


 カイ達は周囲を見渡すが土が盛り上がった畑はない。


「良い事よ。記録にある通りの超絶植物が一気に芽吹かれたらお手上げだもの」

「そうだね」「追いつけないだけでも困りものですよね」「狩られたり食われたりするのもご免だな」「全くだ」


 システィの言葉にアレク、ソフィア、マオ、ベルガが頷く。

 準備は色々していたが相手も生き物。

 こちらの思惑通りにしてくれるとは限らない。


 いきなりこちらが狩られる側になる可能性もあるのだ……

 いや、それは無いか。


『それ故の火曜日じゃ』


 そう。今日は火曜日、カイ曜日だ。

 よほどのキテレツ植物でない限りカイの祝福で何とかなる。


 子供可愛いイグドラは不意の芽吹きで子供が世界の敵となるのは避けたいのだろう、神の世界から手を出して芽吹きを多少遅らせ火曜に合わせた。

 だからカイの到着をシスティは遅いと言ったが、カイが到着するまで世界樹は芽吹かない。のんびり到着なのである。


『さあ、余の子の芽吹きじゃ。植物の王の誕生、しかと見るがよい!』


 そしてカイが到着すればイグドラも芽吹きを妨げない。

 さんざん待たされていたからなのか、それともイグドラが急かしたのか、世界樹はカイ達が見つめる先でいきなり発芽した。


 ぴょーいっ……くるくるくるくる……しゅぱたたしゅたっ。


 土中から飛び出し空中でくるくる回転し、しばらく葉を羽ばたかせた後にたくさんの根で華麗に着地する。

 そして振り向き、葉の親指を立てた。


『ようっ』


 きらん。

 弾ける笑顔に歯が輝く。

 そしてウィンク。


 身の丈三十センチ、緑輝き踊るふたば。ちょこまか動くたくさんの根。

 世界樹の誕生である。


「よう……って」「どこかで見た光景えう」「うちの子を思い出す」「何かの流行りなのでしょうかカイ様」

『あらあら』「「「ぶぎょ」」」


 あぁ……鍋の中で煮込み生まれたうちの子を見ているようだ。


 と、目の前でポーズを決める世界樹に首をかしげるカイ達である。

 そんな反応がお気に召さなかったのだろう、世界樹はしゅぱたたたたっ……と、たくさんの根を巧みに動かし駆け回る。


『あれあれーっ、僕の挨拶どこか変だった? ようって返してくれないとリアクションに困っちゃうよ。さぁもう一度やってみよう。ようっ!』

「……よう」


 うわぁ、うぜえ。


 生まれながらに饒舌な世界樹に顔をしかめるカイ達だ。


『王じゃからのぅ!』

「何でもかんでも王で解決するんじゃねえ。こいつ明らかに植物じゃねえよ!」

「植物はウィンクなんてしないえう」『マナ目じゃ』

「む。歯も輝かない」『マナ歯じゃ』

「親指だってありませんわ」『マナ親指じゃ』

『言葉も出せるんですねぇ』『マナ声じゃ』

「さすがカイ!」「アレク、今カイは関係無いわ……」

「竜のように前世があるのでしょうか」『そんなものはない。生物は生きる術を生まれながらに持つものゆえ、王は生まれながらに賢いのじゃ!』

「ガハハ、こんな植物見た事ねぇ!」『植物の王じゃからのぅ!』

「……本当に植物なのか、これは?」『紛うこと無き植物の王じゃ!』

「何でもかんでもマナと王で解決するんじゃねぇ!」


 カイ達は呆れ半端無いがマナは願いにより姿を変える。

 言葉も見た目も世界樹が発したマナがカイ達の願いで姿を変えた結果だ。

 世界の存在なのに異界の存在のようである。竜以上に奇妙な存在であった。


 イグドラは我が子の誕生に感動しているのだろう、しばらくハイテンションで呆れた皆にまくし立てた後、いきなりテンションを落としてぼそりと呟いた。


『そう。何でもかんでもマナで解決じゃ。じゃから……よく食う』

『おなかすいたーっ!』

「またこれか!」


 駆け回りながら叫ぶ世界樹にカイはエルフの様を思い出す。


 何でもかんでもマナで解決。

 それが植物の王、世界樹。

 何でもかんでもマナで出来るのは便利だが、常にマナを消費しているという事でもある。


 それが高度であればそれだけマナを消費する。

 目や口を持ち移動や会話をこなす能力を、その為の器官を持たない植物で行う事が間違いなのだ。


 なんでこれを植物にする必要があったんだよ……

 毎回毎回俺にばかり妙な奴を押しつけやがって。


 憤り半端無いカイの前で世界樹はしゅぱたんと駆け回り、葉を大きく広げて叫んだ。


『いただきまーすっ!』


 言葉と共に緑のふたばが黒く染まる。


「おい、あれ聖剣のアレじゃないか?」「あー、リーナスに似てるね」


 カイとアレクが葉を睨む。

 今はなまくらになってしまった全てを吸い込む聖剣グリンローエン・リーナス。

 あの光すら吸い込む聖剣は、イグドラの枝を材料や薪として作られたイグドラの末端だ。


 あれは神の超絶な力が反映されたものだと思っていたが、世界樹も同じ事が出来るらしい。

 と、すると……


「あれを三日放置しとくと異界が顕現するのか?」「あー、リーナスもそう言われていたよねー」

「言われていた。じゃなくて実際百五十年ほど前に起こった事よ」


 やべえ。


 聖剣所持王家であるシスティの言葉にカイは慌て、左手を世界樹に向ける。

 もう祝福がどうこう言っている場合では無い。


 後で言って聞かせよう……王だからわかるよね? 


 と、カイは厄介事を未来にぶん投げ祝福を注ぎ込む。


「食え、ほら食え」『わぁい、おじちゃん優しいー』

「カイだ。カイ・ウェルス」『カイは美味しいね』

「……いや、俺は食うなよ?」


 しゅぱたたたたたっ……世界樹が踊りながらカイの注ぐ祝福を貪り食らう。


『余の、余の祝福も食べるが良い』『よ?』『汝の母じゃ。イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラじゃ』『よっ。かーちゃーん』『余の子よーっ』


 カイの左手から注がれる祝福が増していく。


「おい、俺が壊れない程度にしてくれよ?」

『余の子可愛い超可愛い』『ご飯美味しい超美味しい』

「カイが、カイが芋煮蛇口になってるえう」「見事なフードディスペンサー」「さすがはカイ様! 食べ物を与えるそのお姿、素晴らしいですわ!」

「さすカイ!」「アレク、カイは誉められてると思ってないわよ……」


 そして祝福食らう世界樹がムクムクと大きくなっていく。


「おい、なんかでかくなってきたんだが」

『さすが余の子なのじゃー、食べた分だけ生長するのじゃーっ』

「……え? 食べた分だけでかくなるの? 満腹は無いのか満腹は?」

『身の丈五百メートル程に育ちきるまで満腹は無い。腹もマナじゃからのぅ!』「くそぉ」

『もっともっとご飯!』「くそぉ!」


 先程まで身の丈三十センチのふたばの世界樹も今や身の丈三メートル。枝葉もたわわな若木である。

 さすが世界樹。


 今まで世界に存在しなかった訳だわ。

 こんなの野放しにしたら世界が滅ぶわ。

 絶対しつけが必要だわこいつら……


 と、戦慄するカイである。


「カイ、『待て』の出番えう!」「『取ってこい』でも可」「そうですわ。エルフを導いたカイ様のしつけでこのクソ大木げふんげふん、世界樹をお導きください」

「いやぁ、こいつは好きに食べられるからそれらは無理じゃないかなぁ……」


 世界樹は呪われている訳ではない。

 エルフとは違い食べるのは自由なのだ。


 どうしよう、これ……マリーナよりも始末が悪いぞ。


『今、良からぬ事を考えましたね?』「すみません」


 マリーナに頭を下げながら途方に暮れるカイである。

 世界樹は祝福を食って食って食いまくり、日が暮れて身の丈五メートルになった頃にようやくカイの説得で食べるのを止めた。


『今日はこの位で我慢するよ。また明日ねー』

「明日は水曜日だから無理だ。来週の火曜日まで待て」『えーっ』

「そこら辺のもの食べたら来週の火曜日はごはん抜きな」『ええーっ』


 育ちきるまで祝福しようかとも思ったが、それではカイにも世界樹にも経験が残らない。

 この食べ方が出来るのは、カイが祝福されている今だけだ。


 生まれたばかりのこの世界樹も、はるかな未来に子を実らせる事だろう。

 その頃にはカイはとうに死んでいる。

 今が良ければそれで良いという訳にはいかないのだ。


「言っておくが、俺の祝福よりも楽に腹がふくれる食事はここには無いぞ」

『えええーっ』


 まあ、祝福よりも楽で大量で美味な食事はアトランチスには無いだろう。

 カイは世界樹に『おあずけ』を仕込み、これでホントに大丈夫かなと首を傾げながらエルネへと戻るのであった。

誤字報告、感想、評価、ブックマークなど頂ければ幸いです。


一巻がAmazonなどで予約できます。

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kindle版も予約出来ますよ。

よろしくお願いいたします。



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よろしくお願いします。
世界樹エルフ
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