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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
12.秘境大陸アトランチス
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12-7 子供は夢を見る

「今、帰ったぞ」「おかえりなさい。あなた」


 水曜日夕刻。ビルヒルト。

 アーの族、ホルツの里のベルガ・アーツはアトランチスでの異界討伐訓練を終え、ホルツの里の自宅へと帰ってきた。


 ベルガの自宅はエルフ標準家屋である心のエルフ店。

 しかしエルネのそれとは違い、日用品を陳列している部屋もきっちり作っている。

 ベルガの几帳面さの現れ? であった。


「どうでした?」「あぁ、勇者達の実戦もずいぶんサマになってきた」


 妻が差し出す蒸しタオルをベルガは受け取り、汗と疲れにまみれた顔を拭く。

 ベルガは監視をしていただけだが敵は本物。

 いつでも戦場になり得る場所で気を張り続けた疲れは相当なものだ。


「またあの墓所に入らねばならんな」


 ベルガは灰となった先祖の葉を祀る棚を拝み、椅子に座って妻が用意してくれた茶を飲み、呟く。


 エルフが築いた都、アトランチスの地下に存在する墓所。

 そこには太古のエルフの歴史が刻まれている。


 今は違うが生を終えたエルフの身体はマナに還り、世界樹の糧となっていた。

 故にエルフの墓所に遺体は無い。


 その代わりにあるのは故人の言葉だ。

 エルフ達は生前に感じたあらゆる事を神殿の床に刻み込み、マナに還って跡形も無く消える自分の墓とした。


 言葉はその時代に生きたエルフの心。

 刻み込まれた言葉は様々。

 多くの者が残した言葉にその時代が宿り、今に生きる者達に当時を伝えている。


 カイは墓所をめぐり、エルフの呪いの本質を見極めた。

 ベルガもあの墓所にエルフ勇者の目標を求めるつもりだ。


 墓所には世界樹の子が芽吹いた際、何が起こったかが記述されているはずだ。

 世界樹の子がマナを食らい、異界を顕現させ大勢のエルフが犠牲となった。


 繁栄を極めていた頃のエルフですらそれだけの犠牲を払う異界とは、いかほどのものだったのか……

 そして、それを作り出した世界樹とはどのような者だったのか……


 ベルガはそれを知る必要がある。

 世界樹の芽吹きはしばらく先と聞いているが、勇者は付け焼き刃では務まらない。世界樹の子が顕現させた異界が世界にあふれた時、それを討伐出来るだけのエルフ勇者を育てねばならないのだ。


「でも、今はカイさんがいるから大丈夫……なのよね?」

「その通りだ。しかしカイに頼り続ける訳にもいかないだろう」

「……そうね」


 妻の言葉にベルガが答える。

 ベルガはエルフを束ねる長老だ。

 だから未来を考え物事を決める務めがある。

 今はカイがいるから何もしなくて良いでは済まされないのだ。


 この世界も神の世界も、隙があればタカられる。

 神の世界も世知辛い。三億年前に起こった無数の異界顕現は神が世界に堕ちねばならない程の惨事だった。


 神の世界で起こった経緯をベルガは詳しく知らないが、世界樹の子の騒動はその再来になるかもしれない。

 異界の顕現とは世界の隙だ。隙があればタカられるのだ。


「じゃあ来週もアトランチスですね」「そうだな。身重の時にすまないが留守を頼むぞ」「はい」


 頭を下げるベルガに妻は笑い、愛おしく腹を撫でる。

 イグドラのぶっちゃけ発言以降、エルフの里は例外無くおめでたラッシュ。

 ここホルツの里もベルガの家も例外ではない。

 数年後には世界のエルフ人口は倍増しているだろう。


 呪いにより減り続けたエルフも、再び繁栄の道を歩みはじめた。

 だから今、隙を見せる訳にはいかない。

 人にも、神にも、世界にも。


 故にエルフの長たるベルガは多忙だ。エルフの里を回り、勇者を育て、システィに様々な事を教わり、人間と折衝してシスティのダメ出しを受ける。


 おかげで自分の畑は妻に任せっきりだ。

 人手が少ない分だけ芋は減る。

 食への執着半端無いエルフにとっては辛いものがあるだろう。

 ベルガは再び頭を下げた。


「大変な思いをさせてすまないな」


 しかし、そんなベルガに妻は笑う。


「誰よりも大きな畑を耕しているあなたが何を言っているのですか。あなたがカイさんと共に耕しているのはエルフと世界の未来。私の事など気にせずどんと構えていればいいのです」

「……ありがとう」

「それに、今は子供達が手伝ってくれますから」「カイル達か」「はい」


 今の遊びは芋作り、そして芋煮らしい。

 手伝いは芋作りを教えてくれたお礼だろう。実にカイルらしい。


 そういえば娘がカイルの芋煮を誉めていたな……


 と、ベルガは日用品の部屋を見る。

 多くのエルフが不要と捨てた部屋は今、娘と子供達の遊び部屋なのだ。

 呪いに虐げられてきたエルフにはまだ一人の部屋を持つという意識が無い。

 定住が出来るようになったのもつい数年前の事だ。


 もしかすると、うちの娘が初めての部屋持ちかもしれないな……


 ベルガは苦笑し、顔を見ようと立ち上がる。


「子供達は?」

「遊び疲れて寝ていますから、そーっと……ね」


 妻が人差し指を口に当てる。

 ベルガは頷き、そっと日用品部屋の扉を開いた。


「いもにー」「うまいー」「カイルくーん」「あったかーい」……


 妻の言う通り、子供達は遊び疲れて眠っていた。

 ひとかたまりになって眠る娘と子供達の周囲には落書きされた紙が散乱している。

 芋煮、畑、心のエルフ店、そして似顔絵……落書きは皆で同じ紙に描いたのだろう、さまざまな特徴の絵が一枚の紙の中に所狭しと描かれている。

 描かれた似顔絵の表情は皆笑顔。


 仲良くなって良かった……


 ベルガは娘と子供達の顔を眺めて頷き、一つの落書きに視線を落とす。

 描かれたのは巨大で黒い何かを鍋で叩き、にっこり芋煮を頬張る者。

 そして一言。


 ゆうしゃ。


 そういえばこの子の親は勇者だったか。

 ベルガは訓練の一幕を思い出す。

 確かダンジョンの芋煮を食って腹を壊した一人だったな、と。


 あどけなく眠るこの子は、まだわかっていない。

 勇者とは世界の為に殺す者。

 殺す相手は敵だけではない。時には仲間を、自分すらも殺さねばならない者。

 世界の為に全てを殺す覚悟が勇者には必要なのだ。


 芋煮でひゃっほいしているエルフ勇者の覚悟など、アレクやシスティ達のそれに比べればお遊びだ。

 顕現した異界が覚悟ある者ならば、その覚悟の前にエルフ勇者は敗れるだろう。


 あの覚悟を育てるには、まだまだ時間が必要だな……


 ベルガは苦笑し、そっと扉を閉じる。

 この子らに豊かな世界を残したい。

 ベルガの思いもカイと同じだ。

 カイは豊かなアトランチスを残し、ベルガはアトランチスを守り戦う力を残す。

 カイとベルガが残すそれらはエルフを支え続けるだろう。


「頑張って、耕さなければな」「はい」


 カイやベルガが世界を去っても、思いは受け継がれていく。

 しっかりとした世界を残せば子らはきっと、豊かな人生を送る事だろう。


 地を耕し、実りを食べ、子をなし、孫と遊び、そして看取られ死んでいく。

 かつてのエルフでは出来なかった、素晴らしき普通の人生。

 それがカイと共にベルガが残すエルフの宝だ。


 ぶぎょーっ……鍋の芋が鳴く。


「夕飯、出来ましたよ」「……お前も芋煮上手になったなぁ」「愛の力です」


 妻が笑う。


「今ぶぎょーの叫びが!」「奉行芋煮?」「わぁい!」「おばさんの料理は本当に美味しくって、毎日食べたい位です」「カイル君、お母さんって呼んでもいいのよ?」「はい、お母さん。そしてベルガさんお帰りなさい」「ああ」「も、もうお母さん何言ってるのよーっ。あ、お父さんお帰りなさい」……


 子らが芋煮を頬張り笑う。

 皆幼く、そしてあどけない。

 だからベルガやカイの苦労など知る訳もない。

 子らが知るのは数百年後。

 世界を支える大人になって、初めて苦労を知ることだろう。


 ベルガは心で子らに呟く。

 勇者の道は厳しいぞ。と……

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世界樹エルフ
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