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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
12.秘境大陸アトランチス
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12-6 エルフ勇者、異界と戦う

「皆、準備はよいか!」


 火曜日。アトランチス。

 まだ誰も住んでいないアトランチスの僻地に、ベルガの声が響いた。


 ベルガの前に整列するのはエルフの勇者達だ。

 カイがまだ手を出していないアトランチスの砂漠のど真ん中に彼らは整然と直立し、ベルガの言葉を聞いていた。


 そして彼らの数百メートル先には、黒くゆらめく空間がある。

 異界の顕現だ。

 あのゆらぎの先にある世界が、この世界を食らっているのだ。


「これより異界討伐訓練を行う。これは訓練なのでバルナゥら竜と聖樹教の回復魔法使いの方々にご足労頂いたが敵は本物、本気で我らを食いにくる。食われたくなければ気を抜くな! 抜刀!」

「「「はっ!」」」


 ベルガの号令にエルフ勇者が鍋を抜く。

 異界の討伐は総力戦。

 ダンジョンの奥に潜む異界の主を討つ為だけに使える物は全て使い、どれだけの犠牲を払っても異界の主を倒す。

 それが異界討伐だ。


 勇者は主を討つ剣。

 そして他の者は勇者を異界の主まで守り抜く盾だ。異界の主を討つ為にひたすら勇者を守り戦い、勇者の必殺の一撃を主に叩き込むのだ。


 今回の訓練は補助の役回りも勇者の誰かが担当する。

 どの役割の者がどう立ち回るかを知るのはとても重要な事。

 勇者を異界の主に送り出す為に命をかける補助者を蔑ろにすれば連携は乱れ、いらぬ損害を生む。

 周囲が全て敵となるダンジョンでは、仲間との連携はまさに生死に関わるのだ。


「役割分担は事前に示した通り。各員奮闘するように」


 ベルガが下がり、整列した勇者達が異界に向かい歩き出す。


「俺らは勇者だな」「俺は護衛」「俺もだ」「俺らは指揮かぁ……きついなぁ」「炊事担当は?」「あいつら」「えーっ、あいつらの芋煮はいまいちじゃんか。俺がやるよ俺が」「いい機会だから芋煮の神髄を叩き込んでやろう」「そうしよう」


 エルフの皆は口々に呟きながら異界に近付き、外から魔撃をしばらくぶちこんだ後に強化魔法をかけた護衛の一団をゆらぎの先へ送り出す。

 すぐに一人が戻って状況を伝え、残りの皆が突入を開始。

 数分後、また一人が戻りベルガに入り口付近を確保した事を伝えた。


「あいつら……ご飯の話は程々にしておけといつも言ってるだろうが」

「まあ出てくる頃には軽口も叩けなくなってるでしょ。ね、アレク」

「そうだね。異界はえげつないからね」


 ぼやくベルガにエルフ勇者の師匠であるシスティとアレクが笑う。

 訓練でも敵は本物。

 さすがに芋煮で盛り上がる余裕などないだろう。

 異界討伐とはどんな事をしても相手を殺す、世界をかけた戦いなのだ。


「バルナゥ、敵の様子は?」『数は多いが問題なかろう』

「ソフィアはいつでも回復出来るようにしておいて」「わかりました」

「ビルヌュとルドワゥ、マリーナは出てくる敵を警戒」『『おう』』『はい』

「俺はどうする?」「マオは……デザートでも作ってなさい」「おい……」

「カイスリー、エルフ勇者各部隊の様子はどう?」「まだ動きは鈍いが全部隊に問題なし」

「訓練の成果だね」「カイに異界討伐のいろはを仕込んだ甲斐があったわ」

「システィ、お前な……」


 てきぱきと指示を出すシスティの後ろで呻くのはカイだ。

 実は先日システィから貰ったダメ出し集、カイが無視したページがある。


『世界を貫いて顕現する異界と戦う勇者の為の訓練場』


 システィはこれを早急に用意するように提言していたがカイはいつものようにまるっとスルーしてシスティに突っ込まれ、異界討伐のノウハウをみっちり叩き込まれるに至った。


 連日のスパルタ教育のおかげでカイはヘロヘロである。


「いい加減そういうのは戦利品カイの誰かに仕込めよ」「戦利品カイが討伐されたらやり直しなんて嫌だもの。あんたに仕込めばこれからアレクが願う戦利品カイだって即戦力だしね」「さすがカイ」「このやろう」「諜報とか変装とか女装とかを叩き込まないだけマシだと思ってちょうだい」「さすがカイ!」「このやろう!」「カイ、俺らのようなへなちょこはシスティにはかなわん。いい加減諦めろ」「お前には言われたくないぞカイスリー」「さすがだよカイ!」「あとアレクはいい加減黙れ」「えーっ、今日は火曜日なのにー」「「やかましい!」」


 戦利品のみならず俺にまで仕込みやがって……


 と、憤慨するカイである。

 戦利品カイはリアルタイムにカイの経験や記憶をコピーする。

 カイが知れば皆が知り、技術を会得すれば皆出来るようになる。

 こんな便利な仕組みをシスティが放っておく訳がないのだ。


「まあいいじゃない。知識は武器。いつか役に立つ日も来るかもしれないし」

「そんな日が来て欲しくありません」

「でもあんたの妻達は乗り気だったわよ。ね、ミリーナ、ルー、メリッサ」

「カイと子供を守るえう!」「む。カイはへなちょこ妻がんばる」「カイ様と子供達を守る技術なら大歓迎ですわ」「「「ぶぎょーっ!」」」『あらあら』


 妻達の意気込み半端無い。

 そんな妻達をいさめるカイである。


「危ない事はしちゃいけません」「えう」「むふん」「そ、それは当然ですわ」「「「ぶぎょー」」」『あらあら』

「ま、私だって異界なんて顕現して欲しくないけど顕現したら戦うしかないでしょ。黙って食われるなんて冗談じゃないわ」

「それは……そうだな」


 カイもそれには同意見だ。


「それにこれは必要な事よ。いずれ芽吹く世界樹は世界を食らい、やがては異界を食らうようになる。その時に異界から攻められてアタフタしたくはないでしょ」

「……そうだな」

「あんたの祝福だっていつまでも続く訳じゃない。私達はいつか死ぬもの。その時までに出来る事はしておかなくちゃね」

「……」


 システィの言葉にカイはただ黙るしかない。

 神のはっちゃけ祝福を受けるカイがいる間は世界樹も異界もどうにでもなる。

 カイにとっては無限に見える世界も神にとっては箱庭のようなもの。

 神の声一つで星は乱れ、神の息一つで星は砕ける。存在の格が違うのだ。


 しかし、カイもいつかは死ぬ。

 エルフの祝福を受けていても千年後には老い、二千年後には死んでいる。

 だから世界をはっちゃけ祝福基準で動かす訳にはいかないのだ。


「なあ、イグドラ」『何じゃ?』

「なぜ、神は直接手を下さずに俺らに世界を耕させるんだ?」

『細かい事にいちいち手を出しては損だからじゃ。得になるなら汝らに頼らず神自らが耕すわい』

「そりゃそうだよな」

『汝が暮らす王国とて身分があり、それぞれに割り当てられた仕事があろう。それと同じじゃ』


 王国でも王は田畑を耕さないし、家を建築したり市場で物を売りはしない。

 そんな事までしていたら王国の政治が滞るからだ。


 どんな立場の者も時間は等しく過ぎ去るもの。

 それは神も人も変わらない。出来ないなら他の者に任せるしかないのだ。


『神の力の行使はいわば世界への投資。大きな変化があればそれだけの力が使われ、回収するのに時間を掛けねばならぬ。汝の火曜日とて一日分の祝福を回収するのに一千万年はかかるわい』

「そこまでかかるのか……数百年くらいだと思ってた」


 もはや想像すらできない年月だ。


『地が億年かけて行う天地創造をホホイと行える訳がなかろう。それだけの事が出来るという事はそれだけの力が使われたという事。じゃから余が我が子らを育てれば余の力が衰え、やがては再び地に堕ちる。うまい話なぞそうそう無いのじゃよ』

「お前言ってたもんなぁ。後は汝らが守り、考え、高めていくがよいって」

『ま、今となっては戯れ言になってしまったがのぉ』「ベルティアのせいだな」『その通り。ベルティアのはっちゃけのせいじゃ』


 あっはっは……


 カイとイグドラは笑い、カイは異界に視線を戻す。

 眼前のゆらめきに変化は無い。

 カイスリーが騒いでいない以上、特に問題はないのだろう。


「それにしても……一行の全員が勇者級とか、何とも贅沢ねぇ」

「そうだね。王国じゃあここまで贅沢な選抜は出来ないよね」

「地力に加えて祝福もあるから強いのは当然よね」


 勇者を鍛えたシスティとアレクは状況を確認しながらくつろいでいる。

 そんな二人にベルガが言う。


「しかしその祝福も、いつかは芽吹く世界樹次第だ」

「ちゃんと育ててね。ベルガ」

「そのつもりだが、世界樹など誰も育てた事はないからなぁ……」


 システィの言葉にベルガが唸る。

 イグドラは世界樹の姿で顕現した神。世界樹ではない。

 実は誰も本当の世界樹を見た事など無いのである。


「ま、そのあたりは俺とイグドラに任せろ」『うむ!』「さすがカイ!」


 しかし、エルフは祝福で世界樹の親イグドラと会話ができる。

 そして、世界樹がトンデモでも火曜日の祝福カイならどうとでもなる。

 まだ見ぬ脅威はまるっと神頼みであった。


「今度は食べないでねベルガ」「当たり前だ」『まぁクソまずい故、エルフは二度と食わぬだろう』『今度食うたら汝らを星ごと潰してやるわい』「それはそれとしてお腹がすいたえう」「む。クソまずい世界樹の実より美味しい芋煮」「そうですわね。ただ見ているだけでは何ですから私達は芋煮でも作っていましょうか」

「「「ぶぎょーっ」」」『あらあら』

「カイスリー、勇者達に問題は?」

「ない。全ての役割をちゃんとこなしているぞシスティ」

「じゃあ皆の分もお願いするわ。一時間程度で討伐できるはずだから」

「えう!」「むふん」「はい」「じゃ、俺も」


 カイ一家が芋煮を作りはじめる。

 火曜日の祝福でマナを枯渇させた地に顕現したこの異界は、現れてからまだ二、三日しか経っていない。


 初期のダンジョンの階層が増える間隔はおよそ一週間。

 だからこのダンジョンの階層はまだ一階層しかない。

 エルフ勇者の数と実力からすれば一時間程度で終わるはずだ。


 ……と、思っていたのだが。


「出てこないわね」「そうだね」


 二時間後。

 今もゆらめく異界を前にシスティとアレクが首を傾げていた。


「芋煮美味しいえう」「今が食べ頃超美味しい」「カイ様おかわりどうぞ」「ありがとう」「「「ぶーぎょっ」」」『もっしゃもっしゃ』

「おう、俺のデザートも食べやがれ」「マオさんだいぶ腕を上げましたね」


 他の皆も芋煮を頬張りながら首を傾げる。

 エルフ勇者は出てこない。異界のゆらぎも健在だ。


「カイスリー、問題は無いのよね?」

「……いや、今問題が発生した」「え?」「伝令が出てくるぞ」


 カイスリーが呆れた表情で呟いた直後、数人のエルフ勇者がゆらぎから現れる。

 おさえた腹ににじむ赤は、血だ。

 現れたエルフは皆、腹を真っ赤に染めていた。


「ソフィア!」「はい!」


 ソフィアと聖樹教の回復魔法使い達が回復魔法を行使し、マオが鍋を構える。

 システィとアレクもそれぞれ武器を手に、よろめくエルフ勇者に駆け寄った。


「何があったの?」「い、芋煮が……!」

「芋煮が、芋煮がどうしたの?」


 回復魔法で元気になったエルフ勇者の一人が叫ぶ。


「敵が、敵が美味しそうな芋煮で……食べた皆の腹を!」

「「「「食べたの?」」」」


 さすがのアホらしさにシスティら人間勇者は皆、唖然。


「アホだな」「アホえう」「アホ」「アホですわ。本当にアホですわ」

「「「ぶぎょー」」」『アホですねぇ』


 そしてあまりの顛末にカイ一家も皆、唖然だ。

 エルフ勇者らしいと言えばそれまでだがあまりにもアホらしい。


「炊事担当の奴らを鍛え過ぎた」「異界の奴らめ、俺たちの熱い芋煮議論を聞いてやがったんだ」「そうでなければダンジョン部屋にあんな美味しそうな芋煮が転がってる訳がない!」「芋煮が」「イモニガー!」

「どこの世界に敵地で弱点晒すアホがいるのよ!」「アホだね」

「そしてカイスリー、なぜ報告しないの?」

「炊事も訓練の範囲内だろ」「……それもそうか」


 顕現した異界をすぐ討伐する事は難しい。

 顕現を知るまでに数日から数週間。準備と移動に数日。

 その間に広がったダンジョンを一日で討伐できる事などほとんど無い。

 ダンジョン内で拠点を作り食事や休息を取るのは当たり前の事なのだ。


「ベルガ。対策」「……拾ったものを食べてはいけない?」

「私はそんな事をいちいち教育しなきゃいけないの?」「飢えてもいないのにね」「アホですね」「アホだな」


 呆れ半端無いシスティ、アレク、ソフィア、マオだ。


 そもそも敵が食事を出す訳がない。

 怪しい物を食べてはいけない。

 当たり前過ぎるが故の落とし穴であった。


「ア、アレク師匠だってカイ様が出て来たらこうなりますよ!」

「やだなぁ。僕がカイを間違える訳ないじゃないか」

「俺は?」「カイスリー」「俺は?」「カイサーティーン」「俺は?」「カイフォーティーワンだね」


 アレク、余裕の全問正解。


「「「うわぁこの人ダメな人だぁ!」」」「だってカイだもの」「お前はどこまで俺を作れば気が済むんだ……」「だってカイだもの!」


 まあそれは置いといて、現状の危機を何とかしなければならない。

 たとえアホらしさ半端無くともエルフ勇者の危機。

 ここはエルフを導くあったかご飯の人の出番である。

 カイはイモニガーと叫ぶアホ勇者共に煮込んだばかりの芋煮鍋を押しつける。


「これ持って、とっとと討伐してこい!」

「こんなに沢山!」「さすがカイ様!」「苦しむ皆もこれで満足!」「我らの真摯な芋煮愛をもてあそんだ奴らに復讐を!」「イモニガー」「イモニガー!」


 ひゃっほい。

 鍋を手にエルフ勇者がゆらぎへと突入した。


 食べ物の恨みは恐ろしい。

 ものの五分でゆらぎは消える。


 世界に帰還したエルフ勇者達が手にするのは空になった芋煮鍋。

 勇者であろうがエルフはエルフ。食への執着半端無いのである。


『カイよ』「……何だ?」

『余の子をあやつらに任せて本当に大丈夫なのか?』「……何とかするから」

『本当か? 本当に大丈夫か? 汝が生きとる間に出来るのか?』「……」


 千年でエルフの食い意地が変わるとは思えないが、芋煮で全滅されても困る。

 カイとベルガ、そしてシスティとアレクは対策に頭をひねる。


 そして、次の火曜日。


「訓練開始!」

「よぉしまずは畑! 畑作れ畑!」「そして芋!」「さらに芋煮!」


 ベルガの号令にゆらぎに群がる勇者達が畑を耕し芋を育て、かまどを組んで鍋を据えた。


 鍋の前には一人のエルフがおたまを構える。

 芋煮勇者。

 異界の入り口で畑を耕し、ひたすら芋煮を異界に送り出す勇者である。


 拾い食いはすぐには直らない。

 そう結論付けたカイ達が考えた対策がこれだ。

 食への執着半端無くとも常に食べ物を供給すれば拾い食いしないだろうと考えたのである。


「芋煮を絶対に絶やすなよ?」「俺らの命、お前に預けたぜ」


 お前こそが真の勇者。俺たちの勝利の鍵だ。

 エルフ勇者はそう言いながら異界へと突入する。


 対策が出来ればさすがはエルフ。

 ものの十分でゆらぎは消えて勇者が世界に帰還する。

 主が討伐されたのだ。


「なんか妙な勇者が出来ちゃったね」「……なんてアホらしい」


 そんな様にアレクは笑い、システィは頭を抱える。


 エルフ勇者の食事は絶対に絶やしてはならない。


 かくして王国の勇者運用マニュアルに、新たな一行が追加されたのであった。

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