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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
12.秘境大陸アトランチス
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12-5 はっちゃけ火曜日アトランチス

「よし。やるか」

「えう」「む」「はい」

「「「ぶぎょーっ」」」『芋煮ですな。少々お待ちを』

『あらあら』


 次の火曜日、アトランチス。

 マリーナ背負う鍋の中、カイはまたアトランチスの大地を見下ろしていた。


 手には分厚い紙の束がある。

 システィ謹製、天地創造ダメ出し集。


 しかしそれはただのダメ出し集ではない。

 世界におけるアトランチスの位置、海岸線の形状、標高、風、海流、雨量、資源、マナ、海生物の分布等々、カイが全く知らない様々な情報が記述されている。

 まさしく一級品の国家機密情報だ。


 そういえば……

 イグドラに異界を食わせていた頃、バルナゥに乗って色々やってたなぁ。


 と、カイは当時を思い出す。

 カイがアトランチスで足掻いていた最中にシスティはアトランチスどころか世界中を飛び回り、神と竜ぐらいしか知らないであろう世界全体の形をいち早く捉えていたのだ。


 使えるものは竜でも神でも異界でも使う。

 それがシスティ。


 記述されていた事柄は過去の情報だけにとどまらず、これまでカイがやらかした天地創造の影響や気候の変化等にも言及されている。

 戦利品カイの元締めでもあるシスティは世界中のカイズを使って変化を観測し、集めた膨大な情報をカイにも理解できるように簡潔にまとめていた。


 王国に影響があるならアトランチスにも足を運ぶ。

 これに加えて領地も経営。

 毎日システィが忙しい訳である。


 日曜月曜と読みふけったカイはシスティの見識に舌を巻き、このような重要な情報をポイと渡してくれた事に感謝した。

 いずれ王国の為にと記述していたこれを使うのは今と判断したのだろう。

 神のトンチキな祝福がカイに降り注ぐ今こそが、アトランチスを大きく飛躍させる時なのだ。


 アトランチスへの往来は、現在グリンローエン王国が独占している。

 数千キロもの海に隔てられた大陸は竜や異界の通路を使わない限り行き来すら困難であり、他の国家は位置すら掴めていない。

 いずれ豊かな土地になり、エルフとの交易が本格化すれば国益は計り知れない。

 カイが手にする資料はシスティの未来への投資なのだ。


 そして前回、前々回とシスティがこれを渡さなかったのはどれだけの事が出来るか確かめる目的だったらしい。


 だって何が出来るか分からないと改善案も出せないじゃない。


 今朝、礼に訪れたカイにシスティがしれっと返した言葉だ。

 システィはカイが受ける祝福でアトランチスがどう変えられるかを見極め、カイにも出来る天地創造プランを準備してくれたのだ。


 相変わらずシスティはカイの一枚も二枚も上手。

 しかし、それで良い。


 何でもかんでも一人で出来るほどカイは出来た人間ではない。

 出来ない事は人にぶん投げ、出来る事も得意な者がいればぶん投げる。


 手柄は誰かに押しつけろ。


 それがあったかご飯の人、青銅級冒険者カイ・ウェルスなのである。


『では、行くぞ』「わかった」


 イグドラの声と共に右手がズシリと重くなる。

 祝福の重みだ。

 しかしカイの心には以前のような重荷は無い。

 何をすれば良いのかわかれば不安も焦りも減るものだ。

 カイはミリーナにシスティの資料を渡すと左手を地にかざした。


 カイの願いに応えた地が蠢く。

 地鳴りが響き、地が隆起して山の稜線が生まれていく。

 山は仕切りだ。

 その尾根を境にして水の流れが変わっていく。分水嶺というらしい。


 水のめぐりは命のめぐり。

 海から蒸発した水が雲を作り、風に流され地に上がる。

 山は風を遮り雲を集める役目を持ち、雲が引っかかれば雨が降る。

 そして雨は斜面を流れて低い場所へと集まり、川となって海へと注ぐ。

 水は流れながら養分や土、そしてマナを束ねて下流へと運んでいくのだ。


 下流が豊かな土地になるのは流域の生命の営みの結果。

 しかし流域が広過ぎれば水も恵みも集中し、他の土地がおろそかになる。

 流れは適度に、そして水の恵みは安定的に。

 カイはシスティの資料に従い山の稜線に高低を付け、風と水の流れを調節する。


 地に水を蓄えさせる事も忘れない。

 高い山は雪や氷河、途中の窪んだ地は湖。見えない地下には帯水層。

 それらがうまく機能すればやがて植物がしっかり根付き、地を富ませながら水を蓄える事だろう。

 そしてめぐる水が命の成果を下流へともたらすのだ。


「あ」「裂けたえう」「噴火きた」「ですわ」


 力が強すぎたのだろう、地が裂けマグマがあふれ出る。

 しかしカイは慌てず騒がず火山灰を味付けマリーナにぶん投げた。


「マリーナ、頼む」『はいはい』


 マリーナがブレスで火山灰を集めて食らう。

 灰は多少流れてしまったがここはアトランチスの僻地。エルフの居住区域ははるか彼方だ。

 もし届いても火山灰を味見する者などいないだろう……たぶん。


『ほほぅ、だいぶ上手になったではないか』

「俺の子の未来がかかってるからな」

『余の子も忘れるでないぞ?』「そうだな」


 アトランチスの未来はエルフと世界樹の子らの未来だ。

 この程度で狼狽えていては異界を救った自分の子らにまた怒られる。

 そして地が富まねば将来子らは困窮するだろう。

 エルフを導くあったかご飯の人として、子らに豊かな未来を残したい。


 そして、何よりも子らに胸を張れる親でありたい。


「「「ぶぎょ」」」『オークマトリョーシカ芋煮鍋!』「「「ぶぎょーっ」」」


 心の芋煮鍋の中で鍋で芋煮を煮込む老オークと転がる子らは相変わらずだ。


 すごい子を持つのも大変だ……でも、パーパも頑張るからな。


 カイは子らに苦笑し、決意も新たに祝福をアトランチスに注ぎ込む。

 何度か地が裂けマグマがあふれはしたがカイは根気よく地形の調整と確認を繰り返し、やがて山から海へと注ぐ一つの川を作り上げた。


「出来たえう?」「いや、ここから仕上げだ」


 そう、今はただ水がめぐるだけの土地。

 命のめぐる土地にするには命が無ければ始まらない。


「まずはルー」「む」

「次にメリッサ」「はい」

「そしてミリーナ」「えう!」


 まず菌、次に草、そして樹木。

 ルー、メリッサ、ミリーナを順に抱き寄せカイは地に祝福を注ぎ、地に命をめぐらせる。

 芽吹いては枯れ、また芽吹いては枯れ……祝福でめぐる命は地を耕し、流れる水は下流を富ませていく。

 やがてカイの作った川は水と緑溢れる草原と森林の地となった。


「これで、いいのかな?」『上出来じゃ。というかよくここまで面倒な手間を掛けたのぉ』「そりゃ何億年も待つ訳にはいかないからな」『ぐぬ!』


 神の尺度ではエルフも子らも困るのだ。

 カイはマリーナに頼み上流から下流まで飛んでもらう。

 まずは雪を頂いた山々だ。


「ここが源流えうね」「む、沢がたくさん」「水は低い所に流れ、谷をさらに深くしてさらに流れを束ねるのですね」

「水はすごいな」「えう」「むふん」「はい」


 風に運ばれた雲から雨や雪となって落ちた水は山を少しずつ削りながら流れ、やがて山肌の窪みで束ねられて沢となる。

 川の始まりだ。


 それらの細かい流れは山と山の間の谷で束ねられ、より大きな川になる。

 その川も谷と谷が合わさる地で束ねられ、窪みに出来た湖で束ねられてさらに大きな流れとなって下流へと流れていく。


 源流では手で塞げる程度だった流れも下流では川幅一キロ程の大河だ。低い所を選び流れる川はカイが創造した大地の上をうねりながらゆったりと流れ、やがて海へと達していた。

 そして水は再び海から山へと注がれて、命と共にめぐるのだ。


『今は虫も獣もいないちょっと寂しい土地ですが、良く出来ていると思いますよ』

「ありがとうマリーナ。まあ動物を放つのはもう少し後の話だな」

「竜牛放つえう!」「焼き魚カモーン」「焼き鳥、焼き鳥もいいですわ!」

「いや、地を耕してもらう為だから。食べるのはもうちょっと後だから」

「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」


 マリーナの言う通り虫や動物がいない森というのも奇妙だが、それらを放つのはまだ早い。


 しばらくは様子見だな……


 カイはそう思いながら天を仰ぐと日はまだ高い。

 カイは昼ご飯の後でもう一つ流域を作る事に決め、マリーナに創造したばかりの湖畔に下りてもらった。


『我が神に捧げる芋煮は今が食べ頃ですぞ』「「「ぶぎょーっ」」」

「じゃ、俺らもそれを食べるとするか」「えう」「む」「はい」

『私はそれでは足りませんねぇ。あのあたりの小山を頂きますね』「川の流れは変えないで下さいね」『はいはい』


 火山灰ふりかけを手にマリーナが飛び立っていく。

 相変わらずの大食らいっぷりにカイは苦笑しつつ、老オークの芋煮を口にする。


「うまい」「えう!」「むむむできる」「おいしいですわ。カイ様の芋煮に勝るとも劣らない美味でございます」「……いや、俺のよりもずっと美味いだろ」

『芋煮三神を神と崇める我らエリザの民はえうと芋煮に命を捧げる民。えうと芋煮は我らの徳の顕れなのでございます』「「「ぶぎょーっ」」」

「いや、芋煮はともかくえうに命を捧げるのはどうだよ?」「えうなのに」「えうなのにですわ」「失礼えうね!」


 カイ達の賞賛に老オークが信仰を語り、子らが喜び、カイ達が首を傾げてミリーナが叫ぶ。

 そして皆で美味な芋煮を堪能し、小山が食われる様を眺める。

 小山といっても裾野は数百メートル。

 それだけの山が体長五メートルに満たないマリーナに食べられる様はまさに壮観。

 マリーナはブレスを吐いては食べ、ブレスを吐いては食べを繰り返し、小山が丘に変わった頃に戻ってきた。


『がっつり食べさせて頂きました』「ホントにがっつり食べましたね」

「山が丘になったえう」「でもマリーナの大きさ変わってない」「さすがは竜ですわね」「「「ぶぎょーっ」」」


 裾野数百メートルの山を食らって体躯は全く変わらない。

 さすがは竜。超生物のすさまじさに皆は唖然だ。

 風波穏やかな湖畔でひと休みしたカイ一家は再びマリーナの鍋に乗り、天空へと舞い上がる。


『お、今日はやる気じゃのぅ。神の醍醐味が分かってきたかの?』

「んな訳無いだろ。ダンジョンの主になったり輝いたり俺の人生散々だわ」

『それをうまく利用するくせに良く言いおるわ』

「こんな事で我が家の幸せライフがコケてたまるか。家族の為ならバカ神だって御してやるわい」


 神の世界で笑うイグドラにカイが答える。

 過ぎた祝福が厄介な事は変わらない。

 何とか上手くやりすごしているだけの事だ。


「それでこそカイえう」「転んでもただでは起きないさすがカイ」「そうですわ。足掻きまくるカイ様の生き様が皆の未来を切り開いたのでございます」

『その通りえう!』「「「ぶぎょーっ!」」」『あらあら』


 そんなカイに妻達も子らもマリーナも老オークもにんまり笑顔で拍手喝采。

 妻達も子らも超可愛い。

 ほっこり笑顔のカイである。


 この幸せ笑顔を見るためなら、神だって手玉に取ってやる。


 カイはマリーナに頼み先程作った流域の上流、雨を受ける山脈へと移動した。


「しかし、俺だけが作るのも何だなぁ……」


 流域と関わらない山の斜面を適当に流れる水を見下ろしカイは考える。


 効率性とでも言えば良いのだろうか。

 一回目の火曜日の頃もそうだったが同じような山と谷と川がポコポコと出来上がってしまうのだ。


 目的があると結果はある程度画一化する。

 天地創造で作った山河もエルフが豊かに暮らせる地を目指して作れば溜池や用水路を作る土木工事と変わらない。

 効率的な範囲や形状が自ずと決まってしまうのだ。


『なに、億年経てば違いも「だから待てないんだよ」ぐぬっ……』


 世界よりも長く生きる神イグドラの言葉をぶった切り、カイは腕を組んで考える。

 このままではどこへ行っても似たような山と川。

 極端な変化は不要だが、せめてエルネの心のエルフ店くらいの違いは欲しい。


 しかしどうしようか……


 カイが考えているとミリーナが抱きついてくる。


「じゃあミリーナがやるえう」「え?」「さっき樹木を一緒に育てたみたいにミリーナが山を作るえうよ」「あぁ」


 そういう事か。

 カイはミリーナを抱き寄せ、祝福にミリーナの願いを乗せて地に注ぐ。


 ぐもも……


 ミリーナの願いにモリモリと地が盛り上がる。


「ミリーナ山えう」「……お、おう」


 自慢げに胸を張るミリーナが作ったのは雪を頂くこんもり二つの山である。


 いやぁミリーナ、ちょっと誇張が過ぎないか?


 とカイが内心思っていると今度はルーがカイに抱きついてくる。


「これがミリーナ山ならルー山は……このくらい?」


 ぐももももももももももももももももも……


 地面が派手に隆起する。

 瞬く間にミリーナ山を追い越したルー山は伸びに伸び、アトランチスのはるか上空を飛ぶマリーナすらも追い抜いていく。


「うわぁ……」


 あまりの高さにカイも唖然だ。


「高いえう。高すぎるえう!」「正確比率」「えうーっ!」

「それではメリッサ山はこの位ですね」「だいたい正確」「えうーっ!」


 大、中、小。

 ミリーナ、ルー、メリッサの作った双子山がアトランチスの大地に並ぶ。

 ミリーナとメリッサはとにかくルー山の高さは標高二万メートル超。

 雲も届かない山頂は明らかなオーバースペックだ。


「お前らやり過ぎ」


 カイは祝福を注いで双子山を縮めていく。


「えうっ、ミリーナ山がミリーナ丘にえうーっ」

「さすがカイ、公平縮小」「ま、まあ仕方がありませんわね」「ミリーナだってお母さんと同じ歳になればあの位にはなるえう!」「何百年後の話だよ」「ここはミリーナに連動して育つ山を作るえうよ!」「そんな暮らしにくい山は作りたくありません」「えうっ」「そして俺以外の奴に見せたくもありません」「えうぅ、惚気られたえう」「ラブラブ」「当然ですわ」

「「「ぶぎょーっ」」」


 うちの嫁可愛い超可愛い。


「次は川えう。ミリーナ川えう!」

「むむむミリーナ川がこのメリハリだとルー川はアトランチス横断確実」「えうっ」「メリッサ川も蛇行半端無いですわね」

「えうーっ! 次、次は風が吹くとえうと響くえう渓谷えう!」

『ここに神殿を建てるえう!』「「「ぶぎょーっ」」」『あらあら』


 世界ではっちゃけるカイ一家に、天のイグドラが笑う。


『このノリ、このノリなのじゃカイ。汝もこの位はっちゃけよ』「アホか」

『思い出すのぉ、ベルティアに内緒ですごい山を作ってポッキリ折れたあの日の事を。そのなれの果てがホレ、今の月じゃ』「アホか!」


 アトランチスの大地を端から端へと横断するルー川に蛇行半端無いメリッサ川。

 三人ともカイの祝福でやりたい放題。カイが悩んでいたのがアホらしく思える程のはっちゃけぶりである。


 大自然の驚異もイグドラに話を聞けばこんなもの。まさに子供の遊びである。


 やり過ぎたところは、来週直すか……


 カイは厄介事をさくっと未来にぶん投げた。

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