12-4 カイ、童心に学ぶ
「酷い目に遭った……」「えうぅ」「ぬぐぅ」「ふんぬぅ……」
土曜日。ビルヒルト領ビルヒルト。
今も復興中の領都ビルヒルトをカイ一家はフラフラと歩いていた。
先程までシスティにダメ出しされまくった疲れが半端無い。
断層作りすぎ。地形変わりすぎ。こんな所どうやって使うのよ。歩けない場所ばっかり作ってるんじゃないわよ。あんたエルフを滅ぼす気か……などなど。
折檻こそされなかったがダメポイントをチクチクネチネチと指摘され続けて二十数時間。金曜日から呼び出されての徹夜である。
システィめ、ミスリルコップを持って来いと言ったのは徹夜の為かよ……
回復魔法は睡眠不足も回復出来る。
コップ水ドーピングで体調バッチリ。
システィのダメ出しで精神げんなり。
言われた事は至極まともなので反論も出来ず、来週火曜にそのあたり穴埋めしなさいと言われてしまった。
「疲れたえう」「む、まったく」「身体はとにかく心が疲れましたわ」
「お前らまで付き合う必要無かったのに……すまんな」
「妻の務めえう」「む、まったく」「そうですわ。私達はカイ様に身も心も捧げたのですから当然でございます」「むむ、メリッサ良い事言う」「まったくえう」
「お前ら……」
うちの嫁可愛い超可愛い。
付き合う必要の無い説教に付き合う妻達に心でホロリのカイである。
『まあ私が言うのも何ですが、あんまりな結果でしたからねぇ』
「ううっ……」
そして子守に付いて来たマリーナの言葉に心で土下座のカイである。
そう。大人は結果が重要なのだ。
カイが作ったのは何とも奇妙な大地である。
断崖絶壁だらけ。落差二千メートル以上の滝だらけ。崩れまくりの山だらけ。
住める場所も耕す場所もロクに無い。
何億年か待てばマイルドになるなんて神の理屈は人には絶対通用しない。
超絶ハイパワーな神の御業であっても人がやるなら土地開発。
だから大人のシスティがダメ出しするのも当然の事なのだ。
結果がさんざんなのだから。
『ですが子供達は喜んでいたのですから、良いではありませんか』
「「「ぶーぎょっ」」」「楽しかったか?」「「「ぶぎょーっ!」」」
しかし子らは満足そうにコロコロ転がり回って笑う。
子供は満足。大人は不満。そして神は無責任。
喜んでいいやら悲しんでいいやら。何とも切ない立場である。
まあ子供が喜んでいたのだから良しとしよう。
穴埋めは来週すればいいや……
と、カイは一家を先導して歩く子供に視線を向けた。
説教から逃げる口実を作ってくれたカイルだ。
「カイさん、母上も悪気があって徹夜説教した訳ではないですよ?」
「そりゃわかってるさ。システィの立場ではああ言うしかないからな」
「ありがとうございます」
皆を先導して歩くカイルがペコリと頭を下げる。
カイルは説教が延々続いて皆が疲弊した頃にひょっこり現れ、カイさん今日は僕と一緒に遊びましょうと華麗にカイを救ってくれたのだ。
カイと同じく疲れていたシスティも仕方ないわねと肩をすくめ、改善点は紙にまとめておくわとその場はお開きになった。
このあたり、やっぱりアレクとシスティの子だよなぁ。
と、感心するカイである。
今も勇者を続けるアレクとシスティの実力は超一流だが、特に流れを見極める直感力がずば抜けている。
流れを見極める直感力と、成功をつかみ取る実力。
だからここぞという所でとても頼りになるのだ。
カイもアレクとシスティには何度助けられたか分からない。
これからはカイルも助けてくれる事だろう。
カイはカイルの頭を撫でた。
「カイル……お前は本当にいい子だなぁ」「えへへ」
「「「ぶーぎょっ」」」「お前達もいい子だなぁ」「「「ぶぎょーっ!」」」
子らに身体を転がり撫でられながらカイはビルヒルトの城門を抜ける。
領兵が立つ門の外にはカイルの友達が今や遅しと待っていた。
「やっと来たー」「カイルー」「遅いよー」「あそぼー」
ベルガの娘に引率されたホルツの里のエルフである。
「ごめーん。カイさんをうまく連れ出すのに手間取っちゃってー」
「あーっ、カイさんだー」「ごはんの人ー」「芋煮ちょーだーい」
「芋煮は今は無いなぁ」「「「ごはんの人なのにー」」」
「後で作ろう」「「「わぁーい」」」
ホルツの子らがカイに群がる。
子らはビルヒルト討伐戦の時に里を追われ、カイの芋煮を食べた子ばかり。
カイルと同じように見えてもうすぐ二十歳のお年頃だ。
人より長い年月を生きるエルフの成長はとてもゆっくりなのだ。
カイルは皆に挨拶して、共に歩きはじめた。
「今日はカイさんが一緒に遊ぶ事になったよ」
「おとななのに?」「うちのとーちゃん今日は畑を耕してるよ?」「うちのかーちゃんは牛の世話してる」「お仕事ないの?」「ひまなの?」「おなかすいた?」「ごはんの人なのにー」
「ううっ……」
子供は辛辣だ。
「こらっ! 芋煮が無いからってカイさんに失礼でしょ」
「「「ごめんなさーい」」」
そしてベルガの娘はもっと辛辣だ。
俺の価値は芋煮なのか……
と、心で涙のカイである。
「すみませんカイさん。うちの子達がとんだ失礼を」
「……いいって」
「カイさんの境遇は父から聞いています。アホな運命に疲れているから優しくしてあげろと」「そうか」「そして決して巻き込まれるな、と」「……そうか」
ベルガ……お前も辛辣だなぁ。
と、カイのため息半端無い。
まあ、今や全エルフの長となってしまったベルガの多忙は大体カイのせい。
たまには文句を言いたいだろう。
そして可愛い娘にアホな運命に関わって欲しくはないだろう。
カイもイリーナ、ムー、カインには関わって欲しくない。
生まれる前からズッポリな気もするが関わって欲しくない親心なのだ。
「あとカイル君を巻き込むのもダメですよ。まだ子供なんですから」
「それは絶対にやらん」
そんな事をしたらシスティの折檻間違いなしだ。
先程までのダメ出し大会を思いだし、カイは身震いしながら言葉を返す。
アホな神よりシスティの方が絶対怖い。
そんな会話をしながらカイ一行はビルヒルトの地を歩き、カイル達がいつも遊んでいるエルフの畑にたどり着く。
「カイル、今日は何して遊ぶ?」「この前は鬼ごっこだったよね」「その前はおままごとー」「じゃんけん」「芋掘り」「なぞなぞ」「かけ算ー」「ジャングルごっことかするとカイルが危ないしなぁ」「世界樹の守りが無いもんねー」
だだっ広い畑で子らが遊びを相談する。
あらゆる害から身を守る世界樹の守りを持つエルフ達とは違い、カイルは人間。
エルフの子らはカイルと遊ぶ事でエルフ基準の遊びは人間にはとても危ない事を知っているのだ。
しかし、今日のカイルは違う。
「今日はカイさん達が一緒だから、少しぐらい危なくても大丈夫だよ」
「「「おおーっ、さすがおとなだー」」」
おおぉおおめしめしめしめし。
やはりカイルに配慮していたのだろう、子らの喜び半端無い。
そしてカイルに頼られたミリーナ、ルー、メリッサが胸を張る。
「むふん。ダーの族は水が得意、あとキノコ」
「風ならまかせるえう」
「強化と回復はこのメリッサにお任せ下さい。蘇生は……必要無いですよね?」
『ブレスで何でも大丈夫ですよ』
「おとなすげえ」「竜もっとすげえ」
「「「ごはんの人は何ができるのー?」」」
「……芋煮?」「「「ぶぎょーっ」」」
「「「ばんざーい!」」」
と、カイ一家を崇める子らである。
さすがはエルフ。子供でも見事な土下座。
そして食への執着半端無い。
子らはカイに遊んでいる間に芋煮を作ってと要求して土いじりをはじめた。
「山作るえう」「む。カイの真似きたこれ」「カイルの強化は私にお任せ下さい、強化魔法ふんぬぅ!」「ありがとうございます」
ミリーナ、ルー、メリッサは子らと共に土いじり。
そしてカイは芋煮作りだ。
「すみません。みんなカイさんの芋煮が忘れられないんですよ」
「別にいいよ。芋煮ならよく作ってるしな」
カイはかまどを作り、芋を育てて収穫し、鍋を水で満たして火を点けた。
湯気の出る鍋をのんびりかき混ぜながら、畑で遊ぶ皆を見る。
「ガンガン盛るえうよ!」「「「えうーっ!」」」
さすがはミリーナ、えうの威力半端無い。そして違和感まるで無い。
エルフの子らは人間の子らよりハイパワー。
子らは土を盛って盛りまくり、瞬く間に高さ十メートルの山を築き上げた。
「……すげえな」
目の前に出来た小山に感嘆するカイである。
人間の幼子ではこんなの決して作れない。せいぜい一メートル程度だろう。
こんなものを芋煮を煮込む間にほほいと作ってしまうエルフ恐るべしである。
「みんなこんな事出来るんだ。すごい!」
「カイルも手伝ったじゃん」「僕のはメリッサさんの強化魔法だから」「俺らだって祝福だよ」「そうだよ、同じだよ」「そうかなぁ?」「そうだよぉ」「よぉし、俺はさらなる高みを目指すぜ」「じゃあ私はトンネル作るー」「川。川作ろうぜ」
カイルが瞳を輝かせ、エルフの子らがにんまり笑う。
そして皆は出来た山を駆け回りながら盛り、堀り、笑う。
「今の子らは、ずっと遊べて幸せですね」
「あー、呪いで飢えてたんだったな」
「はい」
それを見つめるベルガの娘は感慨深げだ。
呪われていた頃のエルフは食べるだけで精一杯だった。
ミリーナ、ルー、メリッサとカイとの縁も食べ物だ。
もし三人が飢えてなければ今の縁はなかっただろう。
カイは出会いに感謝する。
そして子らの遊びは混沌の様相を呈してきた。
「ついに十五メートルに到達えう!」「えうーっ」
「トンネル開通」「脇道作ろう」「カイルはそっちから掘れ」「うん!」「強化、回復ふんぬぅ!」
「ルー姉ちゃん。ここで水、水かもーん!」「む。水どぼーん」「うわっ」「ひゃっこい」
ミリーナと子らが土を盛り、メリッサと子らがトンネルを掘り、ルーと子らが水を流す。
誰もがやりたい放題である。遊びだからだ。
しかし一つの山で三つの遊びをすればどこかに無理が生じるもの。ルーがしこたま流した水は適当に盛った山の形を崩し、やがてトンネルが崩壊した。
「「「うわーっ、くずれたーっ!」」」
エルフの遊びの危なさ半端無い。
子らは世界樹の守りを発動させながら崩落する土砂と共に麓まで流れ落ちる。
トンネルの中にいたカイルとメリッサと子らは生き埋めだ。
「ああっ、カイル君大丈夫でしょうか……普段はこんな遊びさせてないので」
「まあメリッサがいるから大丈夫だろ」
「その通りですわ!」「「ぷはーっ」」
「「「さすがおとな!」」」
カイが言った通り、崩れた土砂が派手に吹き飛びカイルとエルフの子を抱えたメリッサが空に舞う。
みんな無事、そして無傷。
しかしトンネルも山も川も崩れてしまった。何とも無残な遊びの結果だ。
が、しかし……
「土ずばーん」「泥だらけだー」「なんかいい感じの坂が出来たねー」「泥滑りしようぜ」「「「おおーっ!」」」
子らはそれを無残とは思わない。
子らにとってはトンネルも高い山も川も遊びの経過。崩壊してもそこから新たな遊びを見出すのだ。
「頂上まで競争だー」「すべるー」「埋まるー」「あはははは」
カイルと子らは泥だらけになりながら山を登り、泥と共に滑り、転がり、埋まり、頂上で戯れ踊る。
子らが遊ぶ度に山は形を変えていく。
しかし子らの笑顔は変わらない。
新たな形に驚き、笑い、泥を抱えて転がり回る。
山は高くなり、低くなり、穴が掘られ、やっぱり崩れて歪になる。
「カイさんは今、こんな事をしているんですよね?」
「まあ、似たようなもんだ」
楽しくはないけどな。
子らの笑顔を見てカイは思う。
ちょっとした事が大惨事の天地創造はこれからが本番だ。移住したエルフが豊かに食べていけるかどうかは火曜日のカイにかかっているのだ。
「じゃあ、子供達が大人になったらすごい大地を冒険し放題ですね」
「へ?」
「冒険?」「カイル、カイさん何してるんだ?」「アトランチスって所で山とか谷とか作ってるんだよ」「「「すげえ! 姉ちゃん達本当?」」」「本当えう」「む。今アトランチスは断崖絶壁が熱い」「巨大な滝がたくさんありますわ」「「「すげえ!」」」
聞いた子らが目を輝かせてカイの所に駆け寄って来る。
「洞窟。洞窟作って!」「地下に謎の生物!」「巨大樹!」「砂漠の遺跡!」「湖に巨大魚!」「すごく高い山作ろう!」「聖地巡礼だ!」「そして芋煮!」「わぁい!」
システィとは違い、子らはカイの天地創造を絶賛だ。
そんな子らの様にベルガの娘が微笑む。
「もうエルフは飢えていないんです。この子達が大人になる頃にはエルフも人と変わらない生活を送っている事でしょう。私達エルフだっていつまでも食べる事だけに夢中ではないんですよ?」
「俺、勇者になるんだー」「お前は鍋が欲しいだけだろ」「バレたか」「勇者になると芋煮鍋が貰えるもんなぁ」「鍋、冒険、そして芋煮!」「「「すごい!」」」
世界が変わればエルフも変わる。
食の呪いから解き放たれたエルフは世界に大きく羽ばたくのだ。
「「「そろそろ芋煮ちょーだーい」」」
「こらっ、食べる前に川まで行って身体をちゃんと洗いなさい」
「必要無いえう。ひいばあちゃん」『はいはい』
ぶおおおお……
マリーナの口から吐かれたマナブレスが子らを包み込む。
竜のマナブレスは対象に様々な変化をもたらす万能の吐息だ。クリーンな吐息に子らの汚れはすっきり解決、お風呂上がりのほっこり子供の出来上がりだ。
「「「ひいばあちゃんのブレスすげえ!」」」
『私の方が若いんですけどねぇ』
「「「そして芋煮ちょーだい!」」」「はいよ」
まあ、子らが楽しめるなら天地創造もいいかもな。
子らにつられてほっこり笑顔のカイである。
この子らが大人になる百年後のアトランチスは畑ばかりではつまらない。
綺麗な景色も作ろう。不思議も作ろう。
天を衝く山脈も作ろう。大河も滝も作ろう。
「どうだ、うまいか?」「「「おいしー」」」
「カイの味えう」「むふん。カイ味最高」「さすがはカイ様の芋煮でございます。まだまだ私達は修行が足りませんわ」
「いや、俺の真似じゃなくて美味しさを追求してくれ」「ミリーナはカイの芋煮が大好きえう」「ルーも、ルーも」「私もでございますわ」
『そこでこのふりかけです』「いやそれ火山灰だから」『あらあら』
「「「ぶぎょーっ」」」
そして腹だけでなく心も満たそう。
これからのエルフは食べるだけではないのだから。
「「「おかわりー」」」「よぉしどんどん食べろ」「えう」「むふん」「ふんぬっ」「カ、カイさん。私もおかわり下さい」「おう」「くぅーっ、この味、この味ですよカイさん! 父が良く自慢するんですよこんちくしょう!」
皆で芋煮鍋を囲み、芋煮を頬張る。
カイがふと見れば、ビルヒルトから歩いてくる者がいる。
システィだ。
「あれ? システィ何しに来たんだ?」
「後始末よ。畑なんだからちゃんと戻してあげないと悪いでしょ」
首を傾げて問うカイにシスティが呆れて答え、杖を構えてマナを注ぐ。
ずももも……
子らが作った山が畑へと戻っていく。
さすがはシスティ。相変わらず何でも魔法で解決である。
「水」「……はいよ」
そしてカイにコップ水を要求するのも相変わらずだ。
システィは魔法で聞いていたのだろう、コップ水を飲み干すとカイに語りかけた。
「ま、食べられる土地ってのは山とか谷とかの広大な食べられない土地があって初めて成り立つものだから、食べられない土地がキテレツでも構わないんだけどね」
「いいのか?」
「でも、食べられる土地が無ければ冒険も何もあったもんじゃないわ。みんなは冒険と芋煮、どっちが好き?」
「「「芋煮!」」」
システィの問いに子らは即答。
「ああっ、カイさんすみません。選択の余地がありません」
「当然えう」「むむむシスティ策士」「それは芋煮に決まってますわ」
『あらあら』
結果ににんまり笑ったシスティは懐から紙の束を取り出しカイに押しつける。
システィ謹製、天地創造ダメ出し集だ。
「やる気出たでしょ。子供達の為に後始末もがんばってね」
「……このやろう」「ふふんっ」
やっぱりシスティには、かなわないな。
にんまり笑うシスティにカイも笑うのであった。
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