3-4 冒険者、勇者と再会する
「なあ友よ。我が友エヴェンジェリンよ。また増えたよ。困った事にまた増えちゃったよ駄犬が」
わふん。
甘えて腹を出してくる犬をもふもふしながら青銅級冒険者カイ・ウェルスは呟いた。
「今度はお嬢様みたいな駄犬でさ、普段はラリるれろなんだけどご飯を食べてる時だけ礼儀正しくまともな奴なんだよ。ん? 干し肉? よーしよし。とっておきの肉で作った奴やるからな。うまいか? うまいよな竜牛肉」
わふん。
カイは一キロ一千万エンの価値を持つ竜牛肉をエヴァンジェリンに与えた。
これも人には言えないカイの秘密だ。
「それでさ、この前その駄犬に袋付き帽子を渡したら喜んじゃってさ……たくさん作る事になってさ……そしたら他の駄犬とその仲間もくれくれ言いはじめてさ……一体いくつ作ったのかな俺? 二百くらいから数えてないや……あぁ、ミリーナとルーの視線が痛い……ところで尻の花を摘んでほしいって何よ?」
カイの悩みは尽きない。
メリッサの里であるエルトラネに大量の帽子を作り飴と共に進呈したところ、一日経たずに手持ちの飴を使いきってカイはランデルの町で大量購入する羽目になった。
袋一杯に買い込んだ飴を背負いながらカイはコップの解毒効果で水が良かったと早々に後悔した。量が増える事で問題が顕在化したからだ。
飴の調達である。
一つの里にいきわたるだけの飴の量はものすごいものとなる。
それを買い、持ち、移動するとどうなるか。
すこぶる目立つのだ。
失敗したとカイは悔いたが全ては遅い。
すでに超稀少金属のミスリルを使い湿気取りの魔力刻印を何百と作ってもらった後である。
そしてエルネは自分達も貰えると信じて自らとボルクの分も作っていた。
もはや四面楚歌である。
エルネに作りなおしてくれとは小心者のカイにはとても言えなかった。
エルネ、ボルク、エルトラネ。
ひとつの里に老若男女のエルフ二百人前後。
メリッサだけならとにかく三つの里が相手では飴の調達は無理だ。
結局カイは菓子職人に泣きついて白金貨二枚を支払い日持ちするドライフルーツの作り方を教えてもらい、材料を現地調達に切り替えた。
エルフに作ってもらう事にしたのだ。
カイの森での冒険生活はこれまでと一変した。
まず三人との待ち合わせ場所に行って、ご飯をふるまう。
ここまでは変わらない。
ここからが違う。
エルネで作られたミスリル製ドライフルーツ製造機を背に森を歩き、三つの里のエルフに育ててもらった実りをカイが収穫して製造機にかけて切断、乾燥の後ドライフルーツや乾燥野菜、乾燥キノコに変える。
それを里の代表者の頭に載せて送り出す。
そして里に戻った代表者が里の者の頭に当てて配分するという、何とも面倒くさい事になっていた。
育てるまでがエルフの仕事。
育てた後がカイの仕事。
カイは収穫、処理、里の代表者の頭に乗せるまでの全て担当する事になる。
はじめはエルフの頭の上に製造機を載せて土下座で収穫してもらおうと考えていたが乾燥途中で腐るので断念した。
さすが世界樹。セコい。
食べていないとラリッてしまうエルトラネの里だけでも二百人前後。
それだけの量を作ると時間がかかる。
当然他の作業を圧迫する。
エルトラネの里の分を作るのにおよそ半日。
他の里まで入れると一日作業。カイは他の事など何も出来ずに寝るような毎日を送るようになった。
楽に量を収穫できる作物を選び、製造機を複数作ってもらい、決まった場所で栽培してもらい、軽量化の魔力刻印をつけたミスリル製の台車を作ってもらい……
細々と効率化は進めているが、人手がカイ一人だけというのが何よりも痛い。
何しろエルフが手や魔法で収穫すると腐ったりカビが生えたり芽が出たりして効率がものすごく落ちる。
エルフは食欲無しに実りを手にする事がなかなか出来ず、自発的な頭突きは実った作物があらよっと避ける。
さすが世界樹。セコい。
頭を殴らせずに食べる事など許さないという世界樹の呪いの威力にカイはとことん辟易した。
クソ大木め枯れてしまえ。
エルフにゴーレムが作れないかと聞いてみたら高度過ぎて無理らしい。
森の怪物の調教とかできんかな……オイルバグとかオークとか……
と、今は無理筋を考えはじめているカイである。
カイの老後の薬草生活は風前の灯だ。
今の薬草採集はカイの手を離れ、エルネ、ボルク、エルトラネの合同事業となった。
現在カイが袋売りしている薬草はすべてエルフ採集のものであり、一次加工もしていない安物である。
そんなだから薬師ギルドの評判もだだ下がり。
頭を抱えるカイである。
エルフはありふれた薬草を手にする事は出来るが果樹の実りは手に出来ない。
食べる気が無ければ呪いは発動しないのだろう。
ボルクのペネレイ移植は焼き菓子目当てだからセーフ、ミリーナのペネレイ採集はカイのご飯目当てだからセーフ。
すべての呪いは世界樹のさじ加減。
クソ大木め枯れてしまえ。
懐は温かいが心は寒いカイである。
今日は友の腹をもふもふしているが明日はまた森に入る予定だ。
エルトラネの切実な現状を考えると二日以上の休日はちょっとムリだった。
ちなみに尻の花を摘むの意味はハーの族の言葉で抱いてくださいという意味だがカイは知らないので悩みにもならなかった。
ラリるれなくても空回りなメリッサである。
「なぁ友よ。俺はどうすればいいんだろう……」
人手が足りない。
圧倒的に人手が足りない。
カイはもふもふを堪能しながら呟いた。
「隣のビルヒルトまで行って、奴隷でも買おうかなぁ……お金無いけど」
ガラン。ガラン、ガラガラガラン……
カイがこう呟いた直後、たくさんの金属が転がる音がした。
カイは顔を上げる。
朝日を背に、カイが見覚えのあるしばらく会っていない青年が立っていた。
背は別れた頃よりも伸び、鎧姿はあの頃よりも凛々しく輝いている。
全体的に格好良くなった昔なじみが変わらないのんびりした表情で笑っていた。
カイが呟く。
「……アレク」
かつてのカイの相棒。
今は勇者級冒険者のアレク・フォーレが立っていた。
「カイ! ついに、ついに僕をカイの奴隷にしてくれるんだね!」
「しねえよ! いきなりなんだおい!」
アレクの叫びにカイがもふもふを中断して身構える。
エヴァンジェリンは何事かとカイとアレクを見上げ、再び寝そべりもふもふを要求した。
おそらくアレクの雰囲気に絶対強者の風格を感じたのだろう。
抜け目無い犬であった。
「えーっ、だってさっき奴隷って」
「言ったよ。でも薬草生活の手伝いだよ。お前じゃねえよ!」
「えーっ、僕でいいじゃないか喜んでやるよ薬草奴隷生活」
「だまらっしゃい。勇者がやる事じゃねえよ!」
「カイの為なら勇者も捨てる!」「捨てるな!」「えーっ!」
わふん。
エヴァンジェリンをもふもふしながらカイとアレクが会話する。
久しぶりに会う相棒は、勇者になってもあの頃と変わっていない。
怒鳴りながらカイは笑い、アレクものんびりと笑っている。
二人で頑張っていた頃もこんな感じだったなとカイは昔を懐かしく思い、アレクの背後に転がる多くの大鍋に視線を移す。
「ところで、そこで転がってる鍋は何だ?」
「ギルドに行ったらカイが鍋で困ってるって聞いてさ、たくさん買ってきたんだよ」
「まだあれ貼ってあったのかよ……ええい返してこいっ! 俺の前で無駄遣いしやがって放蕩勇者め!」
「そんなーっ! せめてカイの鍋と交換してよ。交換した鍋は抱き枕として大事に使うからさ。あ、もしかして飴の方が良かった?」
「そっちもか……あぁもう、交換してやるから待ってろ。つもる話は鍋を返した後でな」
「やったー!」
カイは適当な鍋をむんずと掴むと借家へ戻り、簡単に身だしなみを整えると所持金を確認して鍋を持って家を出た。
友人として奢られるのはナシである。
だから高い店にも行かないがアレクなら文句も言わないだろう。
しかし、勇者になってもまだあんな事を言って来るとは思わなかった……
と、カイは苦笑いして家の扉を閉め、鍵をかける。
天と地ほどの身分の差が出来てしまった今では嬉しくも困る言葉であった。
「ほれ、この鍋だ」
「家宝にするよ!」
「嵩張るだけだろそんなの。さぁ、まずは鍋を返しにいくぞ。次は宿に鍋を置く。飯はいつもの所でいいな?」
「あそこ以外は無いよね。行こう」
エヴァンジェリンに別れを告げ、カイとアレクは歩き出した。
まずは鍋を売っていた商店に行き、鍋の返品を申し込む。
平謝りのカイとアレクに店の人は難色を示していたが、アレクが勇者である事を知ると転がして傷ついた分を差し引いた額で引き取ってくれた。
勇者級冒険者は国家お抱えだから厄介事に巻き込まれたく無かったのだろう。何ともすまない結果にカイは何度も頭を下げ、店を後にする。
そして宿屋に寄って鍋を置き、飯屋に入る。
飯屋のおかみさんはいつものように元気良く二人を迎えてくれた。
「いらっしゃい。あら、アレクじゃないのさ! あー、今は勇者アレク……様?」
「アレクでいいですよ。おかみさん」
「立派になったねぇ。カイは地に足をつけて堅実だけどあんたはどこまでも高く登っていくよねぇ。そのうち貴族か王様になっちまうんじゃないかと気が気じゃないよ」
「ないない。いつもの席は空いてますか?」
「あいよ」
冗談とも本気とも取れないおかみさんの言葉に二人は笑いながら席につく。
朝の混雑を終えた飯屋の客は二人だけだ。
これから昼にかけて料理の仕込みをして昼飯の時間となる。
今は仕込みで忙しいので簡単に出せる物しか注文は受け付けていない。
二人はとりあえずいつも飲んでいた安い酒を小樽で頼む事にした。
「はいよ。仕込みで忙しいから酌は自分で頼むよ。あとつまみ」
どかどかと小さな樽とカゴに入ったパンと干し肉、塩ゆで豆が二人の目の前に置かれる。
早足で戻るおかみさんの背中に礼をして、二人はまず互いのコップを酒で満たした。
「三年振りかな? 再会に乾杯」
「かんぱーい!」
コン。
木のコップが軽い音を立てる。
二人は一気に酒を飲み干した。
「くーっ。この味久しぶりだなぁ。防犯上安い店にはなかなか行けないんだよね」
「俺は馴染みだけどな。やっぱ勇者ともなると良い店に行くのか?」
「そういう訳でもないよ。大体システィ王女殿下の付き合いだね」
「へー、王女殿下が仲間なのか」
「国土を異界から守るのは王家の務めだからね。王家は代々マナが強いから魔法使いが多いんだよ。システィも僕と同じ勇者級冒険者さ」
「おい、王女殿下を呼び捨てでいいのか?」
「呼び捨てにしないと「長い!」って怒るからね」
どうやら王女殿下が仲間らしい。
そしてアレクと王女殿下は呼び捨ての仲らしい。
想像以上のアレクの出世に驚きのカイである。
「話を戻すけど王女ともなると色々詳しいんだよ。あの店のスープが絶品だとか、ここの酒はこの銘柄で決まりとか、正装で私をエスコートなさいとか、酔ったから介抱なさいとか。おかげでどの都市に行ってもおいしい物が食べられて幸せだよ。あとの二人はなぜか一緒に行かないんだけど」
「ぶっ……そりゃお前、遠慮だろ」
あまりの鈍感さにカイは吹き出した。
食事に連れ回すだけならとにかく正装でエスコート、そして介抱である。
何とも可愛い王女殿下だと思いながらカイは親友のめぐり逢いに安堵した。
王女殿下に気に入られているのならヘタに手を出す者はいないだろう。
カイの言葉にアレクは嬉色の中に困ったような色を混ぜた表情で笑う。
「いくら僕でもそれは解るよ」
「で、お前はどうなんだ? まんざらでもなさそうだが」
「嬉しいよもちろん」
「おー、合意の上ならやっちまえやっちまえ。いつ死ぬかわからないんだから」
「蘇生ができる回復魔法使いは常に同行しているよ」
「そういう意味じゃねえよ。大体蘇生だって必ず出来る訳じゃないだろ」
「まあね。でも……」
アレクはしばらく黙り、やがて口を開いた。
「僕は、奴隷上がりだからね」
「あー、まあ、な」
カイが出会った頃、アレクは各地をめぐる奴隷商人の商品だった。
だから二人で必死に頑張ったものだ。
「王女殿下は知らないのか?」
「知らないんじゃないかな。カイと別れる頃には平民の身分を買えていたし、勇者は出自を詮索される事は無いからね。でも付き合うとなれば話は変わるよ」
「本人はとにかく回りは放っておいてくれないか」
「システィは気にしないだろうけど、せめて僕が貴族の出なら……ね」
何とも切ない話だなとカイは思う。
元奴隷の勇者、現王女。
片や底辺、片や頂点に生まれながら運命に縛られた二人。
アレクは己の力で自らを買い自由を得る道があったが王女にその道は無い。
いずれ王国の都合で縁談が組まれ嫁ぐ事だろう。
そこに王女の意思が入り込む余地はあまりない。
自由が完全に奪われていない今の内に……なのだろう。
しんみりとした雰囲気になってしまったのでカイはアレクに酒を注ぎ、注ぎ返されてもう一度乾杯して話題を変えた。
「そういえば貸した聖銀貨返せよ。俺の生涯ただ一度の聖銀貨」
「ワタシオカネナイネー?」
「このやろう、大鍋をあれだけ買っておいて金が無いとは何事だ!」
「ふははは、返さないよ絶対。僕がカイに貰った恩はそんな物では足りない。返さない限り僕はカイに頭が上がらないのさ! カイの奴隷と言っても嘘じゃない!」
「いやその理屈はおかしい……まあいい、気が向いたら返してくれ」
二人は昔を思い出す。
「あの頃は必死だったが今となっては……酷い思い出だなやっぱり」
「うん。僕の価格がいきなり聖銀貨一枚分跳ね上がったのは酷かった。あと食中毒に狼の群れとの戦いも本当に酷かったね下痢便男」
「尻の限界が五分早く来たらお互い狼の腹の中だったよな下痢便勇者。あの頃は二人で必死になって金貯めたよなぁ」
「だから僕の半身はカイの所有物なのです「やめれ」……つれないなぁ。僕はカイを戦利品にするくらいに想っているのに」
アレクの言葉に人手不足で悩むカイが食いついた。
「なんだそれ? 戦利品ってゴーレムとか出せるのか?」
「ダンジョンの主なら今の所パーフェクトだね。階層の主だとキツいかな」
「お前そんな危険な場所で何という無駄な事を……いや、それ一体買えないか?」
「全員王国の宝物庫で整頓と掃除をしているよ。どこでも働き者だよねカイは」
「宝物庫……さすがに買うのは無理かぁ」
魔道具は高価だ。
ダンジョンの主を討伐して得られた魔道具ならその価値は天井知らず。
それ以上の価値を持つのは聖樹教が与える世界樹の枝葉を素材にした武器や防具くらいだ。
人手不足に悩むカイにアレクが笑う。
「そうだね。このコップくらいのミスリルじゃないとムリだね」
「ぶっ」
「さらに解毒とか解呪が付いた魔道具だったら確実かな。王国も戦利品カイの扱いに困っているようだから両方付いてたら王国が頭を下げて交換してくれと言うんじゃないかな。ダンジョンに潜って願うのは大抵武器か防具だからその手の品で強力な物は珍しいんだよ」
「……」「なに?」「いや、何でもない」
それ持ってます。回復と祝福と美味も付いてます。
とは、とても言えない。
出所を聞かれたらエルフとの関わりを隠せないからだ。
くそぉエルネめ、とんでも無い物を渡しやがって。どうすんだよこれ……
予想以上の国宝級物品にカイは心で頭を抱えた。
大竜バルナゥの気遣いのせいでえらい迷惑である。
あのバックパックは盗まれないように気を付けよう。
カツカツ生活を演出しなければ。とりあえず大鍋と飴のクエストはとっとと掲示板から剥がそう……
と、カイは色々考える。
返品不可なのがとにかく厄介だった。
「まあ戦利品はとにかく、半身はカイの物なのは僕の本心だよ」
アレクは酒を飲み干し、カイに酒を注いで自らにも注ぐ。
「食中毒で狼の群れと戦っていたあの時、僕は迫る死に喜びも感じていたんだよ」
「……」
「生まれた時から奴隷で自由も無く、幼い頃からきつい労働を強いられて体が大きくなれば冒険で金を稼げ、ノルマは一日銀貨五枚、それ以上稼いだら半分は自分の物だから死ななければいつか自分を買えるぞ……だからね」
「奴隷はひどいな」
「そんな境遇だから奴隷の冒険者はとにかく稼ぐ事しか考えてなくてね。盗み、横取り、暗殺……仲間内の足の引っ張り合いで精根尽き果てて稼ぐどころじゃなかったんだ。そんなだから誰も奴隷冒険者とは一緒に仕事をしてくれなかった。カイに出会うまではね」
「森の中で飯を食ってたら現れたんだったな。俺の出会いはこんなのばっかりか」
カイは出会いを思い出す。
森の中で携帯食料を食べていたカイを草むらからじっと見つめていた同年代の冒険者、それがアレクとの出会いだ。
安物の飯を食わせたらとても感激して仕事を手伝ってくれたので、カイは食と装備を与えて仕事の難度を少し上げ、アレクはノルマ外の儲けをカイに預けて節約した。
しばらくしてアレクが奴隷だと知ったカイだが儲けを預けるアレクを信じ、自由を求めるアレクと共に冒険に臨んだのだ。
「あの頃はカイも血気盛んだったよね。上級冒険者を目指すとか宣言して先輩達から温かく見守られてたなぁ」
「まあ俺は下痢便の一件で心折れたけどな。アレクはあれで突き抜けたよな」
「そうだね。でもカイは僕の冒険を一緒に頑張ってくれた。是が非でも生きて帰る意思と算段をもって僕を助けてくれた。僕が突き抜ける事が出来たのはカイが他の全てを受け持ってくれたからだよ」
「死にたくないからな。そしてまだ死んだ事は無い」
「そうだね。僕はカイと別れてから数え切れないほどたくさん死んだよ」
「……大変だな」
上級冒険者は死を乗り越える狂気が必要。
冒険者とはそういうものなのだ。
「役立てば蘇生してやるから戦って死んでくれと言われる程さ。上級冒険者は人として壊れているからね……昨日ミルト婆さんにしこたま説教されました」
「死ぬ前提で勝つ算段を立てるのが狂気なんだよ。人増やして安全に活動しろよ。安全の基本は十分な人と物と時間だ。足りないなら諦める。当たり前の事だろ」
「人を増やすと分け前が減るんだよ。ダンジョンの戦利品が絡むと仲間内でも争うから他人なんて論外なのさ。勇者級のような王国お抱えにでもならない限りあの殺伐さは無くならないだろうね。だから僕は勇者まで上り詰めたのさ……他人を蹴落としてね」
昔を思い出しているのか、アレクは瞳を閉じて長いため息をついた。
「カイ、僕を軽蔑するかい?」
「相手も同じ事をして来るならやり返して当然だろ。だが俺にはするなよ?」
「もちろん」
「そして俺のために死ぬなよ」「それは約束できないなぁ」「なんで俺の回りは恩の押し売りをする奴が多いんだよ面倒臭い」「それがカイの人徳じゃないか」「ぬかせ。俺は小心者なの。それでいいの」「まあいいや。崇拝すべき小心者に乾杯」「崇拝するな。乾杯」
会話は尽きず、酒宴は回る。
昼飯時の喧騒が終わり、夜の喧騒が始まってもカイとアレクの会話は弾む。
三年ぶりの相棒は立場は変われど心は変わらず。
アホな会話と冒険譚、昔話と愚痴、自慢話と笑い話がくるくると回り続ける。
結局夜の喧騒が終わり、カイが明日の予定を理由に切り上げるまで酒宴は続いた。
カイが明日出る予定でなければ夜通し騒いだだろうがそうもいかない。
堅実な冒険者人生を決して捨てないカイは酒を飲んでも呑まれない程度の量しか飲まず、アレクもそれを知っていて無理に飲ませはしなかった。
最後におかみさんの料理を堪能し、水の乾杯で二人の酒宴は終わった。
「それが聖剣か」
「うん」
飯屋から宿屋までの夜道、短い時間に二人はさらに語り合う。
カイの問いにアレクは鞘をポンと叩き、頷いた。
「聖剣グリンローエン・リーナス。刀身に触れた物全てをマナにして吸い込む無敵の剣」
「なにそれ恐い」
「実際恐いよ。髪の毛に触れただけで頭の半分くらいごっそりもっていくからね。うっかり扱って食われた勇者はこれまで三人。全てを食われたら蘇生も不可能さ」
「すげえ恐い!」
さすが勇者。
持ってる武器も超強力。
「実は戦っている時より抜刀と納刀が恐いんだ。僕も何度鞘を食われて怒られたことか……そして抜刀して放置しておくと三日くらいで異界が顕現するらしい」
「すでに呪いの剣じゃないかよ!」
「でも強力だよ。何しろ超高級素材しか使ってないからね。刀身と鍔は聖樹様……世界樹の枝を薪として精錬し鍛えられたミスリル、柄の芯に世界樹の枝が使われているよ」
「世界樹を薪に使うのか。超贅沢だな」
「そうだね。他の仲間達の装備も同じように鍛えられたミスリルと世界樹の枝で作られている。全部王国宝物庫の貸与品さ」
そしてさすが世界樹。
エルフをセコくイビり続けるクソ大木でもやはり神。
その力は絶大だ。
「勇者級冒険者は半端無いなほんと……ここでお別れだな」
「僕らはしばらく休養になるはずだから、また飲もう」
「ああ。またな」
二人は固い握手を交わし、互いの道を歩き始める。
カイは家へ、アレクは宿へと。
しかしカイは数歩歩いたところで振り返り、アレクを呼び止めた。
「アレク!」
「なんだい?」
友としてどうしても言っておかなければならない事が一つあったからだ。
カイはアレクに近づくと彼の耳元に口を寄せ、小さく小さく呟いた。
「その武器でエルフと戦うなよ。絶対だ」
「……その根拠は聞かないでおくよ。おやすみ」
「おやすみ」
今度こそ二人は別れた。
お互い死と隣り合わせの冒険者である。約束などアテには出来ない。
だから厳密な約束はしない。
だから気心知れた相手との会話は尽きず、酒宴は回り続ける……酒宴は永久の別れの挨拶を兼ねているのだ。
カイは酔いをさましながらゆっくりと歩く。
そしてふと、思った。
あの聖剣に吸われたマナはどこに行くのだろうか、と。
書籍版のアレクはカイの苦境を戦利品カイ経由で知る設定にしようと思ってたなぁ……