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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
12.秘境大陸アトランチス
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12-1 秘境を創造する男、火曜日に現る

 火曜日。

 エルネの里、カイ宅。


「「「ぶぎょわーふん、ぶぎょわーふん」」」「わふんっ」

「イリーナ、ムー、カイン。エヴァ姉はもふもふだな」「「「ぶぎょーっ」」」


 カイは子らと一緒に、遊びに来たエヴァンジェリンのもふもふを堪能していた。


 エヴァを撫でながらころころ転がる子供達。

 イリーナ、ムー、カインは最近、ぶぎょー以外の言葉も喋るようになってきた。

 ミリーナ、ルー、メリッサはマーマ。

 カイやミリーナ達の親はバーバにジージ。

 マリーナはマー。

 エヴァンジェリンはわーふんだ。


「俺もそろそろパーパと呼んでくれないかなぁ」

「ぶぎょっ?」「ぶぎょーっ」「ぶーぎょっ」

「「「ぶぎょーっ!」」」

「……まあ、いいか」


 悲しいかな、カイはまだぶぎょーのままだ。

 パーパと呼んではくれないが、いつかは呼んでくれるだろう。

 のんびり待つ事にしたカイである。


 自宅前の芋煮風呂ダンジョンを経由すればオルトランデルまでは徒歩五分。

 そこからランデルまでは陸路だがエヴァの俊足ならあっという間。

 エルネの里が近くなって、エヴァも気軽に遊びに来られるようになったのだ。


「子供達は歩くようになったわふん?」

「いやぁ、もうちょっとなんだけどなぁ」


 だからこんな世間話もちょくちょく出来る。


 ああ、あって良かった芋煮風呂ダンジョン。


 と、もふもふしながら思うカイだ。


「もうちょっとわふん?」

「二、三歩は歩くんだけど、よろけて転がりそのままコロコロと……」

「もうちょっとじゃないわふん。まったくダメわふん」

「ま、あと二、三年はのんびり見守るさ」「気長わふんね」「エルフだからな」


 歩くと数歩がやっとだが転がればカイの全力疾走よりも速い。

 まあエルフの寿命は長い。物心付くまでには歩けるようになるはずだ。


 ノルンを見ればわかるように、エルフは三十歳でも幼女。

 イリーナ、ムー、カインはまだ二歳。

 エルフ基準では五歳まではまだまだ赤子。

 これまたのんびり待つ事にしたカイだ。


「そういえば妻達はどうしたわふん?」

「オルトランデルに買い物中だ。エヴァ姉とは入れ違いだったな」

「わふんっ」


 妻達とマリーナは芋煮風呂ダンジョンを通ってオルトランデルに買い物中。

 昼ごはんまでには戻ると言っていたからそろそろ戻って来るだろう。

 家の前にどんと建てられた風呂付き社をのんびり眺め、カイはふと思いつく。


「芋煮風呂と言えばバルナゥが人化してたけど、エヴァ姉もできるのか?」

「大きくないからする必要がないわふん」

「でも手で細かい事するのは人間の方が便利だろ」「マナを使えば手なんて必要無いわふん」「……そだね」


 自慢げに答えるエヴァである。

 バルナゥが人化したのは家に入れないからだ。

 人より小さくマナで器用に作業が出来るエヴァにとって人化するメリットは現状皆無。ランデルとビルヒルトならどこでも顔パスのエヴァは食事も寝床も今のままで何の苦労も無いのである。


 不憫だな。バルナゥ……


 大き過ぎる不幸に心で涙のカイである。

 超絶パワーを誇っていても出来ない事はある。

 さながら天上で騒ぐバカ神達のように、だ。


 カイとエヴァがそんな会話をしていると買い物が終わったのだろう、カイの妻達とマリーナが社の扉を開けて現れた。


「ただいまえう!」「ただいま」「ただいま帰りましたわカイ様」

『ただいま戻りました』

「おかえり」「お帰りわふんっ」「「「マーマぶぎょー」」」


 走って半日が歩いて五分。

 芋煮風呂ダンジョン超便利である。


「エヴァ姉さん来てたえうね」「いらっしゃい」「これは今日の芋煮は気合いを入れねばいけませんね。エヴァ姉様、何か入れて欲しい具はありますか?」

「竜牛肉わふん」「……すみません。それは用意がありませんの」

「メリッサ気にしないわふん」

「肉。肉えうね?」「肉煮と思う程の芋煮を作る」「猪肉ならマリーナ様が狩ったばかりの肉がたくさんありますの」『ぱーっと食べましょうか』

「わふんっ」


 土下座するメリッサにわふんと明るく鳴くエヴァである。

 カイと妻達が出会った頃にはホイホイ食べた竜牛だが、人間との交流により今はそこそこ高価になった。


 カイが頼めば貰えるだろうが対価を払わずに高価な肉を貰うのは気が引ける。

 だから食べるなら買うか飼うかどちらかにしようと思うカイである。

 対価を無視した行為は周囲に歪みをもたらすのだ。


「作るえうよーっ」「デザートは買ったばかりのボルクの焼き菓子」「ボルクの里のスイーツは一口食べれば病みつきですわ」「むふん。ボルクすごい超すごい」「カイはエヴァ姉さんの愛撫を続けるえう」

「もふもふと言ってくれ」


 ミリーナ、ルー、メリッサが意気揚々と家の中へと入っていく。


 今日の昼ご飯は絶品だな。


 妻の背中に確信するカイである。


「そこのダンジョンで竜牛肉を願えばいいわふん?」

「いやー、それは竜牛肉に似た何かにしかならんと思うぞ」

「ぱちもんわふんか」「そうだな。ぱちもんだ」

「わふーん……ぱちもんカイが来たわふん」

「カイスリーと呼んでくれ」「わふんっ」


 妻達と入れ替わりに現れたのは戦利品カイのカイスリーだ。


「カイ、システィから伝言だ。条約が無事に調印されたとさ」

「そうか」


 カイスリーの伝言にカイは短く答え、空を見上げた。

 エルフ人権条約。

 今日、王都ガーネットで調印された条約の名だ。

 エルフを人間と同じように扱い、その祝福を侵害しない。


 しかしこの条約、エルフと名を冠しているが調印目的はあったかご飯の人。

 つまりカイだ。


 今からおよそ一年前、聖教国が壁に囲まれた。

 周辺国は聖教国の横暴から守られた事を喜ぶと同時に、輝いてミスリルを走らせたあったかご飯の人の脅威に震える事になる。


 また、グリンローエン王国か。

 エルフといいバルナゥといいあったかご飯の人といい、何やってんだあの国は。


 自国よりも歴史の短い辺境王国のはっちゃけっぷりに周辺国は戦々恐々。

 バルナゥ不可侵条約に続く条約締結の気運が急激に盛り上がり、国王グラハムから全権委任されたシスティが各国と交渉して条件を詰め、今日の調印の日を迎えた訳である。


 この条約により人間はエルフを祝福目当てに利用する事が禁じられる。

 そして守らない国はあったかご飯の人が猛威を振るう事になる。


 あったかご飯の人が現れた時、この地に災いが降り注ぐ。


 聖教国を囲んだ壁に震えた周辺国は条約を遵守するだろう。

 自国でやられたら国が滅んでしまうからだ。


 名はエルフ人権条約。

 その実はカイの移動を制限するあったかご飯の人不可侵条約。

 もはやあったかご飯の人は災害扱い。

 条約守るからはっちゃけないでくださいお願いします。なのである。


 まあ、エルフが守られればカイとしては文句はない。

 エルフが幸せならばカイが出向く必要はない。

 ぺっかーと輝かなくても良いのだ。


 妻達の両親に妹や弟が生まれ、カイも義兄になった。

 これからはのんびりと里を回り、馴染みの里と色々出来るはずだ。

 元々、すべてがカイの手に余る事。

 世界が真面目に考えるようになったと前向きに考えればいいのだ。


「これでイグドラの子が芽吹くまで、エルネでのんびり暮らせるな」

「わふん?」


 が、しかし……カイは望んで輝いていた訳ではない。

 真の災害は常に天から降ってくるものなのだ。


『カイよ』「……なに?」


 来た。

 やっぱ来た。

 身構えるカイである。


『うちのバカ神どもが限界じゃ』

「またかよ……というか我慢してた事があったのか」

『いや、汝にとっては大きすぎる厄介も神にとっては些末な事。あれでも精一杯抑えておるのじゃ』

「我慢してアレなのかよ!」


 ここ最近静かだと思っていたが、我慢していただけだったらしい。

 というかイグドラが上手なお陰で出る幕が無いのだろう。

 でかいバルナゥと同じく、超絶ハイパワーの悲哀である。

 イグドラはカイの非難に答えず続けた。


『汝らが世界をバンバン貫いたおかげで二人のストレス半端無いのじゃ。ここは一つ相手をしてやってくれぬかのぉ』

「いや……それやったのほとんどシスティなんだが」


 芋煮風呂ダンジョンの社を見つめてカイが呟く。

 目の前のこれはオークの都合。超便利でありがたいがオークの都合。


 カイが直々に作らせたのはオルトランデルとアトランチスを結ぶものと、エルフを壁から救うためのもの。

 どうしようも無い場所だけ。

 そして今も結んでいるのはオルトランデルとアトランチスを結ぶものだけ。

 必要最低限だ。


 システィの作った里とアトランチスを繋ぐ異界トンネルはカイの都合のとばっちりだが、片道五分はやり過ぎだ。


 カイなら数を減らしただろう。

 貫く異界は神にしか選べない。

 神に何かを要求すれば、その分だけカイに要求が来るのがわかっているからだ。


『細かい事は知らぬ!』「えーっ……」『文句があるならシスティに言えば良い』「俺が口論でシスティに勝てる訳ないだろ!」『それこそもっと知らぬ!』「このやろう!」


 システィ、お前やり過ぎだ!


 心で叫ぶカイである。


『どこかでちまちま発散せぬとそのうちどこかで爆発するのじゃよ』

「あれか、鉄砲水が起こりそうな場所の水を抜くようなもんか」

『言い得て妙じゃの。そんなものじゃ』

「なんて面倒な……」


 対価を無視した行為による歪みである。

 まさに災害。

 まさに天災。

 カイは大きくため息をつくと、イグドラに問いかけた。


「で、どうするんだ?」

『アレクに習って火曜日をカイ曜日としてちょびっと力を逃がす事にしようと思うのじゃが、どうじゃの?』

「週一回? せめて年一回にできないか? 出来ればナシで」

『溜まりに溜まっている故今は無理じゃ。汝も不意に祝福がやってくるよりも計画的に祝福された方が準備が出来て楽じゃろ?』

「ああもぅ……」


 くそぉ、こんなのばっかりか!


 カイは頭を抱えた。

 ハイパワーバカ神のはっちゃけっぷりに呆れ半端ないカイである。


 ランデルに厄介事が集中し、異界を貫き、ぺっかーと輝き……

 次は何がやってくる?


 悩むカイ。

 返事を待つイグドラ。


 そして最初に動いたのは会話の外にいる者だった。


「やるわふん。やるわふんよ」

「エヴァ姉?」


 カイの姉を名乗るランデルの頼れる番犬エヴァンジェリンだ。


「飼い主の粗相くらい許してやるのが飼い犬わふん」

「飼い主……こんなバカ神共が?」

「そうわふん。飼い主だって完璧じゃないわふん。大きな心で許してやるわふん」

「大きな心って……」

『おおエヴァンジェリン、飼われる悲哀を良くわかっておるな』

「飼い犬だから当然わふんっ」


 大きな心……つまり、諦観だ。

 神のする事など常に理不尽。諦めねばやってられないのである。


 仕方ないなぁ……


 カイは大きくため息をつく。

 妻達は絶対付いて来るだろうから、あとで頭を下げておこう。

 カイは口を開いた。


「わかった。胸糞悪いが我慢してやる」

『すまぬのぉ。バカ神共はばっちり躾ける故、ここは目をつぶってくれい』

「俺は今から不貞寝するから細かい話は後でな」

『すまぬのぉ』


 カイはゆらりと立ち上がる。

 その背中にあふれるしょぼくれ感は、神を許す大きな心。

 つまり諦観だ。


 カイは家に入ると俺は今から不貞寝すると妻達に告げ、どうしようかと考えながらベッドにボスンと倒れ込む。


「竜牛肉のなる木が良いわふん……ダメわふん……仕方無い飼い主わふん。それで我慢するわふん……わふんっ」


 外ではカイの祝福を通じてだろう、イグドラとエヴァが会話している。

 その会話を聞きながらカイは寝そべり考える。


 それにしてもどこで祝福されようか……あー、アトランチスなら大丈夫かな、ほとんど前人未踏だし……後は不貞寝したら考えよう。

 やってられるか!

 レッツ不貞寝!


 カイは未来に面倒事をぶん投げた。

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