神々は祝福を要求する……お願いかまってー!
「エリザ」「先輩」
「最近、祝福をしてませんね。うにょん」「全くです。うにょん」
うにょー……ん……うにょー……ん……
ベルティア家、仕事部屋の床。
世界主神ベルティアと丁稚神エリザは転がりながら踊っていた。
はじめはキレの良かったその踊りも今はどんより腐っている。
そう。その踊りの如く二人はふて腐れているのだ。
「バルナゥドリルの世界接続を調整したのにー」
「片道五分以内の位置微調整は大変でしたね先輩」
「エルフ転生者の選抜試験したのにー」
「食べ物に対する心得もしっかりたたき込みましたよね先輩」
「芋煮風呂もあったか適温なのにー」「それはうちのオークの成果です先輩」
「そうでしたねうにょーん」「うにょーん」
二人は呟きながら床で踊る。
ふて腐れていてもベルティアもエリザもそれぞれ世界を統べる神。
カイ達の呆れたダンジョンの通路利用もカイ達だけでは不可能だ。
貫く世界も場所も神のみぞ知る。
ベルティアがエリザの世界を選択し、エリザが位置を調整してはじめて成立する世界を超えた神の連携。
二人が裏で色々しているからこその成果なのだ……
まあ、最終調整はイグドラが行ったのだが。
「それが神の仕事じゃろ」「「えーっ」」
「というか汝ら腐れ踊りをいい加減止めぬかみっともない」「「ええーっ」」
たまらずツッコむイグドラの言葉に腐れ踊りで反発する二人である。
こんな神、カイには見せられぬのじゃ……
余が世界に堕ちる前のベルティアはもっと凜々しくスーツの似合う颯爽とした神じゃったのに……
ついでにエリザも見た目だけはバッチリじゃったのに……
イグドラが机の植木鉢から見下ろせば、寝転ぶベルティアはジャージ。
そしてベルティアを先輩と呼ぶ、元いじめっ子のエリザもジャージ。
ハメを外した神の有様が服装と態度に如実に表れていた。
もはや昔の面影の欠片すらないのじゃ……
と、情けなさに頭を抱えるイグドラだ。
しかしイグドラが言った神の仕事という言葉は実は半分外れている。
世界の者が異界を通路にして使う手助けなど通常業務の範囲外。
世界同士は弱肉強食。食うか食われるかの緊張感のある関係なのだ。
世界同士の利害調整、場所の準備、そして穴の空いた世界の安定化……
それらを世界の者の都合で行うことは明らかな特別業務であり、余計な神の作業であった。
「ご褒美が欲しいですー」
「そうです先輩。私達はカイさんにご褒美を要求する権利があります。うちの世界を貫いた分の赤字はご褒美でお願いします」
対価。
そう。行動には対価。
何かをしてもらってハイさよならでは良好な関係は築けない。
双方の満足や納得が必須なのである。
「汝ら、カイはさんざん世界を耕しておるじゃろが……」
「それはイグドラが堕ちるからー」
「そうですよぉ。イグドラ様が三億年も世界に堕ちてそこら中の世界をメチャクチャにしたからですよー」「堕とした筆頭の汝が言うのかエリザ?」「ああっすみませんイグドラ様えう」「じゃからえうは禁止じゃ」「えうーっ」
また面倒な事になったのじゃ……
イグドラは再び頭を抱える。
神とはあまりに大きいもの。
世界など神の前には一辺一メートル程度のガラス箱に浮かぶ塵芥に過ぎない。
吐息一つで銀河が歪み、呟き一つで星がすっ飛ぶ脆弱なものなのだ。
そんな世界で細々とした作業をしたから二人のストレス半端無い。
機材で超絶拡大した世界にちびちびと力を行使しカイ達の求めに応える。
ちょっとミスれば星が危ない。
全てがこんな調子である。
カイがバカ神と称した様々な祝福も、あれで精一杯力を抑えた結果なのだ。
「私達は祝福を要求します!」「そうです祝福です先輩!」
「……」
うにょにょにょにょにょにょーんっ
まずいのぉ……
床で暴れる腐れ駄々っ神に冷や汗タラリのイグドラだ。
溜まってる。
かまって欲が溜まりに溜まっている。
今は腐れ踊りで発散しているがやがては爆発するだろう。
そうなった時のカイの罵声を想像し、何とかせねばと頭をひねるイグドラだ。
……小出しにすれば少しはマシになるかのぉ。
イグドラが世界を見ればアレクがカイルにカイ賛美を延々と語っている。
そう、今日は火曜日。
カイ曜日だ。
いつもカイ賛美のアレクだが誰はばかる事なくカイを絶賛出来るのはシスティが許可した火曜日だけ。カイカイとあまりにうるさいアレクにシスティが設定したアレクの心の安息日だ。
逃げ道は用意する。
鍋の蓋に圧力を逃がす穴があるように、神にも抜きどころが必要なのである。
それで行くかのぅ……
イグドラはプランを練り、エルネでエヴァンジェリンと遊ぶカイに声を掛けた。
「カイよ」『……なに?』
すでに読まれているらしい。とげのある返事が戻ってくる。
しかし言わねば世界が危ない。イグドラはカイに語りかけた。
「うちのバカ神どもが限界じゃ」「「がーんっ!」」
イグドラにバカ神と呼ばれる飼い主ベルティアに丁稚神エリザである。
『またかよ……というか我慢してた事があったのか』「「ががーんっ!」」
「いや、汝にとっては大きすぎる厄介も神にとっては些末な事。あれでも精一杯抑えておるのじゃ」
『我慢してアレなのかよ!』「「がががーんっ!」」
辛辣なカイの言葉にショックな二人だ。
しかし暴発されたら世界が困る。
イグドラはぶん投げたい気持ちをぐっと抑えてカイに語りかけた。
「汝らが世界をバンバン貫いたおかげで二人のストレス半端無いのじゃ。ここは一つ相手をしてやってくれぬかのぉ」
『いや……それやったのほとんどシスティなんだが』
「細かい事は知らぬ!」『えーっ……』「文句があるならシスティに言えば良い」『俺が口論でシスティに勝てる訳ないだろ!』「それこそもっと知らぬ!」『このやろう!』
カイも大変じゃのぅ……
カイを不憫に思うイグドラだが、ここでぶん投げねばカイもシスティも頭を抱える超絶厄介事に成長する。
ベルティアとエリザが我慢できるうちに何とかするのが最善なのだ。
「どこかでちまちま発散せぬとそのうちどこかで爆発するのじゃよ」
『あれか、鉄砲水が起こりそうな場所の水を抜くようなもんか』
「言い得て妙じゃの。そんなものじゃ」
『なんて面倒な……で、どうするんだ?』
「アレクに習って火曜日をカイ曜日としてちょびっと力を逃がす事にしようと思うのじゃが、どうじゃの?」
『週一回? せめて年一回にできないか? 出来ればナシで』「「がーんっ!」」
「溜まりに溜まっている故、今は無理じゃ。汝も不意に祝福がやってくるよりも計画的に祝福された方が準備が出来て楽じゃろ?」
『ああもぅ……』
イグドラの言葉にカイが頭を抱え、イグドラはカイの返事をじっと待つ。
ベルティアとエリザは腐れ踊りながら頭を抱えるカイを祈るように見つめている。
神達が固唾を呑んでカイを見つめる緊張の時間。
動いたのは会話の外にいる者だった。
『やるわふん。やるわふんよ』
『エヴァ姉?』
カイの姉を名乗るランデルの頼れる番犬エヴァンジェリンだ。
『飼い主の粗相くらい許してやるのが飼い犬わふん』
『飼い主……こんなバカ神共が?』「「がががーんっ!」」
『そうわふん。飼い主だって完璧じゃないわふん。大きな心で許してやるわふん』
『大きな心って……』
「おおエヴァンジェリン、飼われる悲哀を良くわかっておるな」
『飼い犬だから当然わふんっ』
神相手に大きな心を要求されるカイである。
確かに神は理不尽で凶悪。世界で生きる者は諦観という大きな心を持たねばやってられない。
カイは大きくため息をつき、イグドラに告げた。
『わかった。胸糞悪いが我慢してやる』
「すまぬのぉ。バカ神共はばっちり躾ける故、ここは目をつぶってくれい」
『俺は今から不貞寝するから細かい話は後でな』
「すまぬのぉ」
カイがしょぼくれた顔で家へと去っていく。
話をつけたイグドラは腐れ踊る二人に告げた。
「カイの同意を得たのじゃ。毎週火曜はカイ曜日、祝福の日とするのじゃ」
「「すごい!」」
イグドラに踊り感謝のベルティアとエリザである。
「さすがイグドラ!」「さすがは我らが神イグドラ様!」「なんか名前がチラシの安売り文句みたいだけど祝福出来るなら気にしませんっ!」「えう!」「よぉし、今日の寝床作りは頑張っちゃうわよーっ!」「えうーっ!」
「まったく……えうは禁止じゃ」「えうっ」
うにょん、うにょん。
再びキレのある踊りを始めた二人に呆れて笑うイグドラだ。
「そしてエヴァンジェリン、汝は良き飼い犬じゃのう」『わふんっ』
そして恩を感じればそれを返す律儀なイグドラだ。
「この恩は余の直々の祝福で返す事としよう。木か、菌か、それとも草か?」
『わふーん……竜牛肉のなる木が良いわふん』
「そんなものは無いのぉ……畑の肉と呼ばれる大豆は駄目か?」『ダメわふん』
「ならば竜牛まっしぐらの作物で手を打とう。竜牛は汝の才覚で育てるがよい」
『仕方無い飼い主わふん。それで我慢するわふん』
「すまぬのぅ」『わふんっ』
我慢……
エヴァの言葉にイグドラが笑う。
さすがは飼い犬歴長いエヴァンジェリン。
飼い主への忖度もカイよりずっと上手なのであった。
次章、アトランチス編です。
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