13.心のエルフ店、仕込み中
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
「美味かった」「超絶美味かった!」「よし、次はエルネだ」「「「おーっ」」」
「おう、森で迷うなよー」
夜。
ランデルの森近くにある心のエルフ店で、マオは手を振りエルフ客を送り出した。
心のエルフ店。
はじめはただのエルフ店だったが、出された料理の美味さに感動したエルフ達によって心が付き、今や全てのエルフの心にある憧れの店となった。
エルフの食文化はここから広がったと言っても過言ではない。
エルネの長老はここで料理を学んで里で店を開き、今もノルンという幼エルフがここで料理を学んでいる。
そんな心のエルフ店も閉店時間。
ノルンも迎えに来た姉のアリーゼが連れて帰った。
ここからは仕込みの時間。
マオは扉にある開店の札をくるり回して閉店に変える。
「ああっ、間に合わなかった!」「お前が奉行芋煮の『ぶぎょー』を待ち続けたからだぞ!」「それはお前も一緒だろ!」「結局、響かなかったじゃねーか!」「俺のせいにするんじゃねえ!」「「このやろう!」」
「おうお前ら、掃除してくれれば夜食くらい出すぞ」
「「喜んで!」」
おぉおおおおめしめしめしめし……
そして閉店時間に間に合わなかったエルフをなだめる時間だ。
掃除道具を手にひゃっほいと掃除を始めるエルフ達に苦笑いのマオである。
勇者の仕事もエリザ世界の協力によりめっきり減った。
エルフの勇者も育ちつつある。
今や勇者はマオの主な仕事では無いのだ。
ここが終の棲家になるだろう……
エルフの祝福により今も新築同然の心のエルフ店の周囲をぐるりと回り、中に戻る。
「あらマオ、おかえりなさい」
「うめえ!」「まじうめぇ!」
「当然です。マオの料理ですもの」
店の中ではミルトがエルフに夜食を振る舞っていた。
聖樹教司祭ミルト・フランシス。
イグドラが天に還ってからしばらくは忙しかった彼女も今はソフィアにほとんどを任せ、悠々自適な司祭人生だ。
ミルトは心のエルフ店の従業員。
食べ過ぎエルフに回復魔法もかけてくれる頼れる店のウェイトレス。
こんな贅沢なウェイトレス、うちぐらいだろうなぁ。
盆を持って歩くミルトにマオは苦笑し、扉を閉じた。
「仕入れは?」「もう保管庫に入れましたよ」「おう」
夜食を出したミルトはそのまま洗い場へ行き、手慣れた動作で皿を洗い始める。
マオが知る教会の司祭とは違った、何とも生活感あふれた司祭である。
午前中は聖樹教司祭。
昼過ぎには領館が用意した食材や商品を馬車に積んで心のエルフ店に出勤して保管庫の補充や商品の陳列を行い、マオの料理を助けるかたわら配膳と片付けと会計、時には本業の回復もこなす。
しかも回復魔法使いだから心が読める。
「ミルト」「はい」
マオが出した手に芋が六つ入った鍋が渡される。
大きさ、種類、個数等々細かい指示も呼ぶだけで一発解決。
呼ぶ頃にはすでに準備が出来ている。
おかげでマオは料理に専念できる。ミルトは至れり尽くせりの従業員だった。
「いやぁ、ミルトがいると楽でいい」
「心を読むのを快く思わない人がほとんどですのに、マオは珍しい方ですよね」
「ダンジョンでは一瞬の遅れが命取りだからな。読んでくれないと死ぬ」
「まぁ」
はじめの頃は遠慮していたソフィアも怒ったシスティにぶん殴られて以降は遠慮なく心を読んで戦う。
死と隣り合わせの勇者は心など気にしている余裕は無い。
一瞬の差で回復や強化が届き全滅を免れた事も多い。
心を読んで動くソフィアはシスティ以上のマオ達勇者パーティーの要なのだ。
「「ごちそうさまでした!」」
「お代は……掃除でしたね。ハラヘリは頂きません」
「ハラヘリ?」「ハラヘリって何だ?」
「あらあら、ハラヘリをご存じでは無いのですか」
「ビルヒルトには最近来たものですから」「大人気と聞いて走って来ました」
「それはいけません。ランデルではハラヘリを持っていないと美味しいものは食べられませんよ」
「「ええーっ!」」
掃除をして夜食を食べたエルフが首を傾げ、ミルトの言葉に焦って叫ぶ。
エルフは食への執着半端無い。
だからビルヒルトで様々な事を知る前にこうしてやって来る者もいる。
人の足では三日かかるビルヒルトから、はるばる走って来るのであった。
「魔石を作って頂ければ、当店で買い取りますよ」
「それなら作れる」「俺の渾身のマナで魔石を作ります」
「質にもよりますが大体ひとつ二ハラヘリで買い取ります。当店の食事はほとんど一食一ハラヘリですから一個で二食分ですよ」
「「がんばって沢山作ります!」」
ミルトは意気込む彼らに魔石の種となる安価な宝石をいくつか渡し、彼らを外へと送り出した。
魔石はマナを多量に含む石で、ランデルでも引退した魔法使いが作っている。
最近はエルフ製の良質な魔石も出回っているが、発展著しいランデルでは照明としての需要が増えているので値崩れはそれほど起きていない。
仕事が増えて、明るい日中の内に仕事が終わらなくなったからだ。
心のエルフ店も例外ではない。
照明は魔石を使う魔光灯。
調理はエルトラネ製の微妙な火加減の出来る魔道具。
そしてオルトランデルがダンジョンだった頃に願い得た戦利品の保管庫。
開店当初は必要無かった魔石も聖地と崇めるエルフ達が色々な魔道具を持ち込んだおかげで一日十個は消費する。
そんな訳で心のエルフ店は魔石の買い取りも行っているのだ。
「まあ、ここの魔石はいつも誰かが補充してくれるからいらんのだがな」
ぎゃあああああ、がんばります。めっさがんばりますううぅうう……
マオの呟きが聞こえたのだろう、エルフの叫びが森に響く。
ともあれこれで一段落。
マオは厨房で湯を沸かすとコーヒーを淹れ、ミルトと同じテーブルにつく。
ここからは二人の時間だ。
「ボルクの焼き菓子はいつも美味しいですねぇ」
「そろそろ本職の菓子職人を紹介してやらんとな。本当は酒造りさせたかったんだがなぁ……」「好みを押しつけてはいけませんよ」「そりゃそうだ」「フフフ」
二人がつまむ菓子は当然のようにボルク製。
ボルクの皆がキノコのついでにお裾分けを持ってくるのだ。
おかげで心のエルフ店はスイーツも盛況だ。
「それにしても……」「そうですねぇ」
マオは感慨深げに部屋を見回した。
二人が飲むコーヒーはエルネ製。
ランデルから運ぶ食材もほとんどがエルフ産かエルフが関わったもの。
関わっていないのは食品以外の商品だけだ。
「エルフが勇者をする日が来るとはなぁ」
「私も先々代のランデル領主の聖樹教不信から始まった聖樹教排除の足掻きを広める機会が訪れるなんて、思ってもみませんでした」
「こんな生活になるとは思わなかった」
「フフフ、長生きするものですね」
二人は笑う。
かたや異界を討伐して回る勇者。
かたや絶大な力を持つ世界樹の枝を崇めた聖樹教司祭。
その職業で人生を終えると思っていた二人だが、今や片手間勇者に片手間司祭。
自分が生きている内に世界がここまで激変するとは思わなかった二人だ。
しかし、マオは今も勇者だ。
グリンローエン王国から貸与された武具は今もマオと共にある。
異界が顕現し王国が危機に瀕した時には、皆と戦う責務がある。
それを全うしてきたからマオは今でも勇者なのだ。
「……俺が異界に食われた時は、この店を頼むぞ」
「あらやだ。もうすぐ八十の私にそんな事を頼まないで下さいよ」
「討伐が減ったとは言え俺は今も勇者だからな。どうしようも無い時には皆を逃がす位はしてやらんと」
「アレクやシスティ、そしてソフィアですね?」
「そして関わった王国の兵達だな。ソフィアは放っといても死なんだろ」
「バルナゥの祝福がありますものね」
ぎゃああああマオさん死なないでーっ!
またエルフの叫びが森に響く。
伊達に大きな耳を持ってはいない。エルフは地獄耳なのだ。
「あいつら……恋人同士の会話に聞き耳立ててるんじゃねえよ」
「あらあら」
マオが席を立って外で開店待ちをしているエルフに注意して回る。
「……なんか色々貰ったわ」「まぁ」
そして両手に一杯の土産を貰って席に戻った。
「なんだこれ? 心の芋煮鍋マークスリー?」
「ふふっ、エルトラネですね」
「すげえ。使用法が鍋底に浮かんでくるぞ……は? 鍋底に触れて機能選択? そんな魔力刻印入れる位なら武器としての威力を上げろよ魔石もったいねえなぁ」
「ソフィアも彼らにはずいぶんお世話になっているみたいですよ」
「まあアレクもベルガの所の勇者も愛用してるし、次の討伐には使ってみるか」
「鍋としては使わないんですか?」
「異界討伐ってのは大勢でするものなんだよ。運搬、記録、料理、医療、修理、連絡、偵察、護衛、その他諸々にそれを指揮する部隊長……深さによってはこれらを複数部隊用意しなきゃならん」
「そうなんですか」
「あんなヤバい場所を四人だけで行けなんて無理無理。ミルトもオルトランデルで体験しただろ」
「あぁ……あれを四人でどうにかするのは無理ですね」
「ま、顕現から時間が経っていなければ四人でも何とかなるんだがな」
オルトランデルで繰り広げられた戦いを思い出す二人である。
階層が増える直前に行われた戦いは攻守共に総力戦。多数の爆発芋煮を従えたカイのような主に四人だけで挑めば入り口で倒されてしまうだろう。
「俺ら勇者の役目はただひとつ。どんな手段を使ってでも主を討伐する事だ」
だからエリザ世界の勇者は他の者を囮に使ってオルトランデルに潜伏し、カイの守りが手薄になる機会を待ち続けた。
主さえ討伐出来ればダンジョンは消える。
勇者はその一点だけを求められた存在。刃を主に突き立て殺す為の武器なのだ。
「それでは鍋としては使いようがありませんね」
「そういう事だ。料理は料理人に任せることにするさ……だからミルト、俺がもしもの時は頼む」
「わかりました」
ミルトが静かに頷く。
「その代わり私が先に逝っても、人生を楽しんで下さいね?」
「おう。お前もな」
「はい」
二人は静かに語り合い、夜はふけていく。
そして、次の日。
「「魔石作りましたーっ」」「鑑定させて頂きますね」
「「おはようございまーす」」「おう、遅いぞアリーゼにノルン」
「「「ところで開店まだですか?」」」「まだだよ」
魔石を買い取り、修行中のノルンを迎え、徹夜待ちのエルフをなだめ……
泊まったミルトをランデルに送り出したマオは扉の閉店の札をくるりと返し、待ち焦がれる皆に叫ぶ。
「よぉし。心のエルフ店、開店だ!」
おぉおおおおおおめしめしめしめし……
心のエルフ店はこれからも続く。
エルフがこの店を訪れる限り、そしてマオの料理を受け継ぐノルンやエルネの長老やボルクのエルフがいる限り皆の心にマオと店はあり続けるのだ。
マオとミルトの忙しい日々はこれからも続く。
そして後日。
久しぶりの異界討伐に参加したマオは、討伐した主を前に呟くのだ。
「なんだこの武器? 鍋モードが一番強いじゃんか……」
と。
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