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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
3.ハイエルフはラリるれろ
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3-3 勇者パーティー、白金級冒険者を断罪する

「ぐっ……」


 血が流れた腕を抑えて、男が呻く。

 男は苦痛に顔を歪めながら眼前の大男から後ずさる。

 その眼前で巨大な斧を持つ大男、戦士マオ・ラースは笑いながら男に語りかけた。


「さて、てめぇ分かってるよな? 異界顕現は死罪だって事を」

「……エルフが、エルフがやった事だ!」

「お前らは関わっていない、とでも?」

「そうだ!」

「だ、そうだぞ?」


 剣を構えた男を気にもせず、マオは背後に控えた聖女ソフィア・ライナスティに聞く。


「嘘です」

「ま、分かってたけどな」


 ソフィアの返事にマオはニヤリと笑う。

 回復魔法の使い手は肉体と魂のあり方を熟知している。魂を直接観察して本音を聞き出す事など造作もない。


 死とはマナへの分解である。

 一つであった肉体と魂が死によって拡散し、やがて全てがマナへと還っていく。

 それをもう一度集めて組み立てるのが蘇生だ。

 マナの拡散を止め、魂と肉体をもう一度正しく組み立てる作業は繊細で複雑。

 魂と肉体のマナを読み取れずに出来るものではない。


 聖樹教の高位回復魔法使いである聖女ソフィアは灰や蒸気からの蘇生すら可能。

 そんなソフィアの前では、生きた者の魂など分かり易い意思と記憶の塊でしかない。

 マオの背後に立ったまま、ソフィアは男に語りかけた。


「白金級冒険者ディック・ランク。あなたは食事でエルフを釣り、小麦を多量に生産し裏ルートで売りさばいた。協力したのはビルヒルトのビスト商会とアナペル商会ですね?」

「知らねぇ……」


 ディックは否定する。

 しかし、無駄だ。


「そしてダンジョン顕現時にエルフ、正確にはハイエルフに罪をなすりつけるために呪いの剣で斬りつけ、腹に致命傷を負わせたが魂を読まれて逃げられた」

「知らねぇ。知らねえ!」

「ダンジョンの戦利品は右後ろ三メートルの草むらの中、証文や財産もそこに……あぁ、仲間の亡骸もそこですか。分け前を独り占めしようとは罪深い方ですね」

「うわあああっ!」


 魂から直接聞き出すソフィアの前では何も隠す事は出来ない。

 白金級冒険者ディック・ランクはすべての秘密を晒される恐怖に叫び、剣を振り上げた。


「エルフだ! エルフがやったんだ!」

「おっと」


 叫びながら斬りつけてくる男の剣をマオは聖斧グリンローエン・マーカスでわざと受け、世界樹の檻で拘束する。

 ダンジョンの主には一瞬で破られたが人間ならそう簡単に破られる事はない。


「ぐっ……!」

「聖樹様の武器を使う俺ら勇者級冒険者に勝てるわけねぇだろ。姫さん、後はよろしく」

「ごくろうさま、マオ」


 マオは枝葉に縛り付けられた男をのんびり眺め、退く。

 王女システィ・グリンローエンが前に出た。


「あんたの罪は三つ、一つは王国の許可無く異界を顕現させたグリンローエン王国に対する国家反逆罪。マオも言った通り死罪ね」

「ぐっ……」

「一つはここの村人を殺害した罪。怪物が悪いなんて言わないでね。仲間殺しは執行の手間が省けたと思ってノーカンにしてあげるわ」

「……もう一つは」


 システィは答えた。


「エルフと関わった罪よ」

「討伐対象を利用する事の何が悪い!」

「悪いに決まってるじゃない。農作物や樹木を作りまくられた挙句に異界を顕現されたらたまらないわ。エルフは人間の底無しの欲を受けると全てを食らう暴食に変わるのよ。村人も土地もマナも異界に食われた。だからエルフに関わる事は罪なのよ」

「……」

「勘違いしているようだけどエルフを無差別に討伐対象にしているのは冒険者ギルドの独断ね。王国は黙認しているだけ。ソフィア、執行を」

「はい」


 下がるシスティと入れ替わりに聖女ソフィアがディックの前に出た。

 胸元からそっと包みを取り出し、丁寧に開く。

 中から出てきたのは一本の枝だ。

 ソフィアはそれを恭しく掲げると、ディックに向けて構えた。


「刑の執行は聖樹教聖女である私、ソフィア・ライナスティが執り行います」

「聖樹教? なぜ聖樹教がそんな事を」

「うっさいわね。王国にも色々あるのよ」

「罪に相応しい罰の道をマナに還る貴方に開きます。あなたのマナが聖樹様の元に届きますように」

「う……うわああああっ!」


 ソフィアが杖をディックの前に差し出した途端、ディックが恐怖と苦痛に叫んだ。

 蘇生の魔法を行う者は逆を行うことも容易である。

 また、灰や蒸気からも蘇生できるソフィアほどの者はどのように死んでいくかを操る事も容易である。


 苦痛を感じるように、行いを悔やむように。

 彼女の魔法は細胞を傷付け、魂にマナを差し込んでバラし、引きちぎっていく。


「やめてくれええっ!や、やめて……助け……あぁ!ああぁああああ!」


 痛みに理性が消し飛び、言葉が叫びに変わる。

 世界樹の檻の中でディックは叫び、その痛みから逃れようと必死に暴れる。

 しかし拘束が解ける事は無く、叫びは呻きに変わり、やがて潰えた。

 瞳から意思が無くなり、体が痛みに反応しなくなり、心臓が止まる。


 肉体の死だ。


 しかしソフィアの魔法はまだ終わらない。

 いまだ檻に囚われ生きている魂の意識と記憶から意思や意味を奪い取り、全てをマナへと変えていく。

 そして魂が形を崩すと共に肉体が砂のように崩れ落ちていく。


 魔法による生の組立の逆、魔法による死の拡散の助長。

 ソフィアはディック・ランクという存在を崩してマナへと還していく。

 彼であったマナは彼女の持つ枝へと吸い込まれ、やがて枝は一つの葉を茂らせた。

 世界樹の葉だ。


「聖樹様は罪人の魂をお迎えになられました」


 ディックのマナが形を変えたそれを、ソフィアは丁寧にちぎってシスティに渡した。

 もはやソフィアでもディックは蘇生できない。

 ディックは神の領域に行ってしまったからだ。

 神である聖樹がディックのマナを世界樹の葉に変えてしまった以上、この世界にディックはどこにも存在しなかった。


「何度見ても怖いわよね、これ」

「大きな効力には大きな力が必要という事です」

「わかってるわよ」


 手のひらで鮮やかな緑を放つ世界樹の葉を眺めてシスティは軽くため息をついた。

 ディックの肉体と魂、存在全てを注ぎ込んだ世界樹の葉はあらゆる状態を回復出来るが蘇生は出来ない。

 崩すのは簡単だが組み立てるのは手間だからだろう、一人の人間の存在全ての対価は蘇生までは届かないのだ。

 ソフィアは同じようにディックの仲間の亡骸三体をマナに変え、さらに一枚の世界樹の葉を茂らせシスティに渡す。


「後はお願いね」

「はっ」


 システィの言葉に王国の役人が部隊を連れて現れ、遺留品の回収を始めた。

 異界が顕現した土地も王国の調査部隊が調査を開始しているはずだ。

 やがては再び村が作られ、正常な豊穣の地に戻るだろう。

 役人と兵が慌しく動く中、マオ、システィ、ソフィアの三人は馬車に向かいのんびりと歩き始めた。

 ここでの仕事が終わったからである。


「な。アレクがいなくても楽勝だったろ」

「当たり前よ。たかが白金級、それもエルフの力で成りあがった名前負けの奴等なんかに苦戦したら勇者級を返上するわよ」

「アレクさんの武器は吸い込んでしまいますから色々と、その、困ります」

「世界樹の葉が作れないもんな」

「はい」


 世界樹の葉は聖樹教の力だ。

 聖樹様、つまり世界樹を崇める聖樹教は世界樹の声をお告げとして受け取り、意に沿うように行動する。

 世界樹の葉はその報酬のようなものだ。


 世界の果てにある世界樹にたどり着いた聖樹教の教祖が大きな枝を持ち帰った事で興った聖樹信仰は今や世界に広がり、王国を始めとした国家を従える関係にある。

 全ての杞憂を拭い去る奇蹟の葉の威力は絶大だった。


「さぁ、アレクが向かったランデルに私達も急ぐわよ」

「はい。私も本物のカイさんに会えるのが今から楽しみです」

「実は俺もだ」


 王国の宝物庫で何かしら作業している様々なカイ・ウェルス達を見る度に本物に会ってみたいと思っていたが、ようやくそれが叶うのだ。

 ここまでアレクに慕われているカイに対する興味が三人の足を早めていく。


 しかしその高揚感は馬車の前に一人の役人が待っている姿を見る事で終わり、三人は休暇がどれだけ取れるのかと不安になりながら役人の前に立った。


「王女殿下、そして勇者の皆様の無事のご帰還を心よりお慶び申し上げます」

「挨拶はいいわ。で、急ぎなの?」

「急ぎではありません。しかしランデルに赴くのであればこれを、と思いまして」


 役人が差し出した封書の封を切り、システィが中身を確認する。

 内容を読むシスティの表情が固まり、次第に睨むような鋭い視線に変わっていく。

 何事かと見守る二人を他所に書面を読み終えたシスティはその表情のまま役人を睨み、了承の返事を返した。


「ひっ……」

「わかったわ。ご苦労様」

「で、では失礼致します」


 王女システィの眼力に怯え、一礼して慌てて去っていく役人。

 システィは無言で二人に書面を手渡すと、二人の表情が固まる様を無言で見守る。

 ややあって、マオが言葉を吐き出した。


「おいおい、冗談じゃねえぞ」

「アレクさんがいたらパーティー壊滅の危機でしたね」

「いまごろ剣に食われていたかもな。くわばらくわばら」


 聖剣グリンローエン・リーナスの絶対的な威力を知る三人は思わず身震いする。

 何でも吸い込む聖剣は魔撃すら吸い込むのだ。不意を突くか逃げるしかない。


 普段はのんびりしている勇者アレク・フォーレだがそれに関してだけは情動的で、何をするか分からない危うさがある。三人はそれを心配したのだ。

 書面にはこう記されていた。


『ランデル冒険者ギルド所属、青銅級冒険者カイ・ウェルスにエルフ関与の疑いあり』


 と……


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