7.エリザ世界は芋煮神に夢中
「ただいまえう……カイ、何してるえう?」
「おかえり。久しぶりに薬草の加工をしてみようと思ってな」
「えう?」
エルネの里、カイ宅。
ありふれた薬草を手に、カイはすぐ近くの実家から戻ったミリーナに答えた。
里の中心にある広場のさらに中心に存在する食料を蓄えた蔵。
その隣にカイ宅はある。
だだっ広い広場の中心に建つ自宅は何とも妙な気分だったが、慣れてしまえば非常に便利。
芋を煮ると里の皆が椀を持って食べに来る事以外は安全安心の憩いの我が家だ。
そんな場所だから庭と広場に境目は無い。
カイは長老の許可を得て広場の一角を耕し、作物を育てていた。
ちなみにミリーナの実家は広場に面した一等地。
両親と祖父母は蔵を管理する里の有力者だ。
実家はお隣さんであった。
「たまにやらないと忘れるだろ?」「そうえうが今更そんな事必要えう?」「まあ、今ではこれで生計を立てるのは難しいんだが……あの頃を思い出してな」
薬草を器用に加工しながらカイは答える。
エルフの呪いが祝福に変わってから、植物の供給は全般的に過剰気味だ。
特にこのランデルではその傾向が顕著であり、ありふれた薬草は山ほど供給されて値崩れを起こしている。
カイがこれで生計を立てていた頃に比べれば半値以下。
抽出した汁は薬に、絞りかすは雑菌の増殖防止にとランデルでは捨てる所の無い万能薬草なのだが、いかんせん量が多すぎる。
ランデルの薬草利用方法を広めようと聖樹教の回復魔法使い達が各地を飛び回っているのだが、なかなか根付かず苦労しているらしい。
世界樹の葉や枝の力、そして回復魔法のような明確な力を持った代物とは違い予防は理解が難しいのだ。
そして理解されてもありふれた薬草だからどこにでも生えている。
元々捨てていた物をミルトが利用価値を見つけただけの絞りかす。
崩れた値は以前の水準まで戻る事は無いだろう。
「懐かしいえうねぇ」「そうだな」
「今でも取ってこいは出来るえうよ?」「最初は全く出来なかったよな」「そ、そそそんな事無いえうよ?」「エメリ草とかラナー草とか」「えうっ」「肉とか肉とか肉とか」「えうううっ」
ミリーナとカイが二人で笑う。
カイとミリーナの思い出深い一品。それがこのありふれた薬草だ。
今やエルフが列をなす巡礼の開始地。
当時は人もエルフも訪れない狩り場で地道に薬草採集をしていたカイのご飯にミリーナが食い付いたのが共に歩む全ての始まり。
思えば遠くに来たものだ。
「ただいまむむむ何やらいい感じな二人」「「「ぶぎょー」」」
「おかえり」「おかえりえう」
ルーが子供達との散歩から戻って来た。
「イリーナ、ムー、カイン。楽しかったか?」「「「ぶぎょーっ!」」」
「よかったえうねー」「「「ぶぎょー」」」
笑うカイとミリーナに三人が叫んでくるくる転がる。
イリーナ、ムー、カインの転がりは相変わらずの絶好調だ。
しかし最近は親達の真似をして二本足で立ち上がるそぶりも見せ始めている。
生まれたばかりの頃は心配していたカイだがエルフとしてもしっかり成長しているのだ。
転がった方が速いのは成長しても変わらないだろうが、転がってばかりでは友達も出来ないだろう。オーク達が発狂するような人生を送らない程度にはまともなエルフに成長してくれと切に願うカイである。
「カイは久々の薬草加工」「ああ」「ではこれも……むふんっ」
ルーが背中を晒す。
ポポムポムポム。
背中から沢山のキノコが生えてきた。
「久々のペネレイ鑑定れっつとらい」「全部ペネレイじゃねーか」「むむむ、さすが安定のペネレイ鑑定プロ。カイは私が育てましたむふん」「そうだな。ルーのおかげだ」「むふん」「後で芋煮に入れるえう」「むふん」
カイは一目で鑑定し、ミリーナが背からペネレイを採集する。
最近のダークエルフのキノコ栽培は、ほだ木か地面に直接だ。
よほど特殊なキノコでない限り背で生やすような真似はしない。
呪いが祝福に変わった結果、体力を吸われずに済むようになったのだ。
「カイ様ただいま買い物から戻りましたわ。ああっ、何やらいい感じ!」
『あらあら』
「おかえり」「おかえりえう」「む。おかえり」
「「「ぶぎょーっ」」」
今度はメリッサとマリーナが日用品の買い出しから戻ってきた。
エルフはまだまだ日用品には関心が薄く、いろんな品物が品薄だ。
食料も薪も願えば育ち、鍋はバルナゥもしくはエルトラネ製。
あとは魔法で自給自足。
こんな環境だからエルネの里では日用品はそろわない。
里の者が心のエルフ店を真似しながら日用品の部屋を作らないように、まだまだ食以外への執着はあまり無いのだ。
だからカイ一家は、日用品をランデルかオルトランデルまで出向いて買い出しを行っていた。
マリーナは足である。
空を飛ぶマリーナならば走って半日程度の距離もあっという間。
竜を足に使う何とも贅沢な一家であった。
「それはそうとカイ様、カイ様のお客様を森で拾いました」
「客? 拾った? なんだそりゃ?」
『えうーっ』「……お前かよ」
メリッサが拾って来た客は老オーク。
ああなるほどと納得するカイである。
というか、よくここまで来たなである。
老オークは友好的であっても異界の怪物。討伐対象の存在なのだ。
ランデルやビルヒルトでは免状を発行して往来の許可を出しているが、通用するのは都市に限られる。
森のような場所ではその免状も通用しない。
討伐して願えば証拠も心に残るのみだ。
『おぉイリーナ様、ムー様、カイン様。今日も素晴らしい転がりでざいます。そして御母堂のお三方もお元気そうで何よりです。そしてカイ様、ここは遠いのでオルトランデルにお住まいを移しませんか? 私達の巡礼が命がけでございます』
「巡礼するな」『カイ様は相変わらず手厳しい』
老オークは皆にひれ伏し崇めると立ち上がり、頭をかいてハハハと笑う。
『いやぁまいったまいった。芋煮三神に拝謁しようと道を歩いていたらいきなり襲われましてなぁ』
「またずいぶん命知らずな事をしたな」
『しかし、ここは我の信仰心を試す時だと大声でえうを唱えたら逃げていきました。このあたりの者達は皆へなちょこですから本当に助かります』
「……そのうちに強い冒険者が来て狩られるぞお前ら」
老オークの言葉に呆れ顔でカイが言う。
今頃冒険者ギルドでは『えう』とは何の魔法なのかと騒いでいるに違いない。
知らない行動からはとりあえず逃げておく。
へなちょこなランデル冒険者の鉄則である。
ルーキッド様、後始末はお願いします。
と、心でルーキッドにぶん投げたカイは、老オークを家に招き入れた。
「で、エルネまで何の用だ?」
『はい。私達の神への願いの結晶を芋煮三神へと捧げようと思いまして』
「願いの結晶?」『これでございます』
首を傾げるカイの前に老オークは袋をおろし、包みを開く。
中から出て来たのは上にひねりの付いた管だ。
「……なにこれ?」『あったか芋煮の湧き出る口でございます』
「なにそれ?」「えう?」「む?」「はい?」「「「ぶぎょーっ!」」」
『あらあら蛇口ですか。懐かしいですねぇ』
首を傾げる皆とは違い、懐かしげにそれを眺めるマリーナ。
「蛇口?」「ひいばあちゃん知ってるえう?」
『ベルティア様の家にありましたから。どこでも水が使えるようにと地下に水路をめぐらせて家の中のこれとつなぎ、ひねりを回すと水が出る仕組みです』
「……さすがは神の世界だな」
どこでも水が得られるのはすごいなと感心するカイである。
カイ宅の水事情は芋煮程度の少量なら水魔法か井戸、風呂や洗濯に使うなら川。
オルトランデルのような大都市には飲み水と排水の水路がめぐらされているが水汲み場までは行かねばならない。ひねりを回す程度の労力でどこでも水を得られるとはさすが神の世界であった。
『ですがこれはどこから芋煮を引いて来るのですか? 芋煮を用意するのはもちろん水路をめぐらせたり圧力をかけたりと色々面倒だと思うのですが』
「そりゃそうだ。どこかで芋煮を用意しなきゃならないじゃないか」
しかし、便利なのは仕組みが作られていればの話。
口だけを作れば何かが出てくるわけではないのだ。
老オークが持ってきたのは回すひねりのついた管だけだ。
これで芋煮が出る訳がないとカイが首を傾げていると、老オークは笑う。
『ははは。まあ百聞は一見にしかずでございます。ミリーナ様、水を汲む桶を御用意下さいますか?』「えう」
老オークは蛇口を壁に据えつけ、ミリーナに桶を用意させると期待し転がる子らに深く頭を下げた。
『我らが尊き芋煮三神よ、我らが願いの結晶をお受け取り下さいませ』
老オークがひねりを回す。
ドボボボ……
重たい音を立てながら管からあふれたのは、芋煮だ。
「うわっ」「芋煮えう!」「すごい!」「本当ですわ! 管から芋煮があふれておりますわ!」
「「「ぶぎょーっ!」」」
皆が目を見開き叫び、子達は喜びに転がりまわる。
老オークは芋煮で桶を満たすとひねりを回して芋煮を止めた。
『いかがですか?』
「お前ら、俺に無断で配管工事とかしてないよな?」『当然でございます』
「マナを見てたえうが壁の奥に動きは無いえう」「む。芋煮がいきなり現れた」「管よりも明らかにたくさんの芋煮はどこから……」
「まあ、問題は本当に芋煮かどうかだ。メリッサ、回復の準備を頼む」
「わかりましたわカイ様」
見た目は芋煮でも本当に芋煮かはわからない。
そんなものに子達を飛び込ませる訳にはいかない。カイは芋を椀に芋煮をよそうとマナをじっくり観察し、覚悟を決めて口に運ぶ。
「……芋煮だ」
「えう、ミリーナも食べるえう」「私も」「私にも下さいませ」
柔らかく旨い。よく煮込まれた芋煮である。
カイは皆に自分のマナを観察させ、まったく影響が無いことを確認させるとよだれを垂らす皆に椀を回した。
「芋煮えう」「む。旨い」「柔らかくてよく煮込まれた芋煮でございます」
『ほっほっほ。芋煮三神の方々がいつでも芋煮風呂に入れるようにとの我らの願い、ご納得頂けましたかな?』
「戦利品の魔道具なのかこれ……でもこれ、俺らの世界の品だよな」『その通りでございます。我らの切なる願いが世界に通じたのでございます』
異界の者が異界のマナに異界の戦利品を望み得る。
そんな事が出来るのかと驚きのカイである。
が、しかし……
「待て……芋煮を作るマナが相当必要にならないか?」『その通り。ここに魔石を入れてひねりを回せば我らの願いがマナを芋煮に変えるのでございます』
カイの疑問に老オークは頷き、壁から管を外して芋煮があふれた側と逆側の蓋を外すとマナを使い切ったただの石がこぼれ出る。
元々は相当の魔石だったのだろう、かなりの大きさだ。
「どんだけ魔石を使うんだよこれ……」
『バルナゥ様が下された魔石一つで大体この桶一杯分でございます』
「……却下」『えうーっ?』
人間社会では超絶高価なバルナゥの魔石で桶一杯分の芋煮である
芋を買って煮た方が圧倒的に安い。
カイは呆れて呟いた。
「バルナゥの魔石にどれだけの価値があると思ってるんだよ。バルナゥはとにかくソフィアさんが絶対許さないぞ」
ビルヌュやルドワゥがぼやいているようにソフィアはこの手の浪費に結構うるさい。文句を言いに来る事は目に見えていた。
『そ、それでは何の為にここまで来たえうーっ』
「情けないえうえう」「無駄骨半端無い」「芋煮は大変美味しかったですがあれだけの魔石を使う程の価値はありませんわね。エルトラネのように調理用の魔道具をお願いすればよかったのに」
『それでは芋煮にならぬではありませんか!』
「当たり前だ」「えう」「む」「はい」『まあ魔石から芋煮を作るよりは材料を用意した方が現実的ですよねぇ』
『えうえうぇうぇう……』
叫ぶ老オークに皆のダメ出し半端無い。
老オークはもう一度出直して参りますとマリーナに送ってもらい、エルネの里を後にした。
そして一週間後。
『バルナゥ様、ここです。この場で人化をお願いいたします』
『ここで良いのだな?』『はい』
今度は数名で訪れた老オーク達が連れてきたのはバルナゥである。
バルナゥが輝き、自らの体を圧して人化する。
「バルナゥ、お前そんな事出来たのか」
『うむ。だが簡単にはなれぬ事情があってだな』
カイとバルナゥが会話するわずかな間に世界が歪み、沈み始める。
「うわっ!」
「世界が歪むえう!」「む。これは結婚式の時と同じ」「異界ですわ! あの時と同じように異界を貫きますわ!」
カイ達が驚き距離をとる中、老オーク達は歓声に叫ぶ。
『さすがバルナゥ様、ドリルーッ』『超ドリルですバルナゥ様!』『これで我らの巡礼も安泰。芋煮三神の方々の芋煮も安泰。祭りに芋煮三神を招くのも安全安心迅速でございます!』『よぉしドリルが世界を貫いたぞ。者共ここに社を建てるのだ!』『『『えうーっ!』』』
バルナゥ、ドリル呼ばわり。
老オーク達は貫いた場所にてきぱきと社を建てると芋煮管を壁に設置し、桶を設置し、排水管を社に繋ぐ。
ひねりを回すとダンジョンが吸い上げたマナを食らって芋煮があふれて桶を満たし、あふれた芋煮が排水管を通じてダンジョンへと流れていく。
『余った芋煮は我らの世界でマナに還り、再び新鮮な芋煮となって桶に戻るのでございます』『我らの信仰心が今、試される時!』『そしてドリル最高!』
おぉおおおおえうえうえうえう……
自画自賛半端無いオーク共にカイ達の呆れも半端無い。
「芋煮の為に、異界……」「アホえう」「む。アホ」「まったくですわ。ですがこれでオルトランデルへの買い出しは楽になりましたわね」
「まあな」「「「ぶぎょーっ」」」
バシャバシャバシャン……
子らが桶に転がり泳ぐ。
源泉かけ流しの芋煮を堪能する子らである。
元手は異界。始末も異界。
カイ達には得しかない。
まあ異界経由でオルトランデルが近くなったからいいかと思うカイ達だ。
後にバルナゥ人化式異界貫通法と呼ばれる異界利用方式は、システィが多用してそこら中を異界経由で繋ぐ事になる。
あまり世界を穴だらけにするなよ……
と、思わずにはいられないカイであった。
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