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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
短編 ハッピーライフで世界は回る
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6.バルナゥ、人化する

 ランデル領。

 今、グリンローエン王国で最も注目されている伯爵領である。


 回復魔法使い達によって新しく生まれ変わった聖樹教はランデルを中心に活動を広げ、復興した森のオルトランデルではエルフと人間が活発に交流し交易が軌道に乗りつつある。

 オルトランデルでは芋煮屋も好況だ。


 エルフ達はこぞってランデルを巡礼し、偉人の足跡にひれ伏す。

 オルトランデルで奉行芋煮に舌鼓を打ち、心のエルフ店で料理に感激し、エルネの里で心のエルフ店の一番弟子の料理に驚き、ボルクの里で焼き菓子に涙を流す。

 感激のあまりエルフが田畑を祝福しまくるので、ランデルの農作物は今や王国の上流階級がこぞって求めるブランドと化していた。


 さらに喋る犬、そして友好的な異界の怪物オーク、上空を飛ぶ幼竜に大竜、果てはエルフの近くでときどき聞こえる天の告げ……


 今、ランデルは権力者や研究者、商売人に冒険者に聖樹教信者等々さまざまな者達から注目を浴びるホットでクールな伯爵領なのだ。


 その中でも最も注目されているのは、やはり大竜バルナゥ。


 全長二十メートル超の巨体を見て恐怖を感じない者はいない。

 竜峰ヴィラージュの主であり時折ヴィラージュを爆ぜさせる大竜は、人にとって災害そのもの。


 関われば災厄、関わらなければ風景。


 ランデルに古くから伝わる言葉の通り、人の手に余る手に負えない存在の象徴なのである。


『おおーふ……』


 そんな大竜が領館の前でちょこんとお座りしている様は恐ろしくも滑稽。

 ランデルを訪れた人々が広めたバルナゥのお座りは瞬く間に王国全土に広がり、今やランデル領館はランデルを訪れる者なら誰もが向かう観光名所と化していた。


「ではバルナゥ。私はルーキッド様と打ち合わせがありますから」

『うむ。じっくり話し合うが良いぞソフィア』

「見物人に手出しはするなよ」

『わかっておる。我が友の為なら見世物にもなろう』

「妙な事もするなよ? ごろーんも禁止だからな?」『うむ』

「何かありましたらいつでも呼んで下さいね」『おおーふっ』


 ルーキッドがソフィアを伴い領館へと入っていく。


 ガコン……

 重厚な音を響かせ扉が閉じる。

 その扉はソフィアとルーキッドが通るにはいささか大きく重厚なもの。


 しかしバルナゥにとっては頭がようやく入る程度のちんまりとしたものである。

 そもそも人とバルナゥではサイズがまるで違うのだ。

 人の為に建てた家にバルナゥが入れる訳がない。


 仕方なし……


 領館の前でバルナゥは一人、ため息をつく。

 領館前は人通りも多く、寝そべると往来の邪魔になる。

 バルナゥはルーキッドの言いつけ通りちょこんと座り、扉が開くのをじっと待つ。

 首を傾げ、目を瞬かせ、首を回してしばし待つ。


 しかし、ソフィアは出てこない。


 バルナゥがマナを操り中の様子を伺うと、二人はまだ打ち合わせの真っ最中。

 聖樹教が開校した学校の予算の話らしい。

 明るい話題では無いらしく、二人とも腕を組んで困っている。


 ヴィラージュの魔石なぞいくらでもくれてやるのに……なぜ、断る?


 バルナゥが首を伸ばして空を見る。

 以前申し出たそれはルーキッドとソフィアに断られていた。


 今日は良い天気だ。

 そして我は暇だ……

 アレクらから要請はないがビルヒルトで自主的に穴埋めでもしていようか……

 それとも暇潰しに空の散歩でもしようか……


 バルナゥがそんな事を思っていると、チャッカチャッカと爪の音も軽やかにエヴァンジェリンが現れた。


「バルナゥおはようわふんっ」

『む。エヴァか』


 おぉ、喋る犬だ。

 喋る犬エヴァンジェリンだ……


 どよめく見物人の隙間をわふんわふんとすり抜けたエヴァはバルナゥの横にちょこんと座る。


 チャリン……チャリン、チャリン……


 大竜と喋る犬のお座りコンビに見物人から銭が飛ぶ。

 縁起物扱いであった。


「バルナゥ、ソフィアを待ってるわふん?」

『そうだ。学校の資金の話らしい』

「よくわからないわふんね」

『わからぬな』


 エヴァとバルナゥは首を傾げる。

 かたや飼い犬。かたや願えば大抵の物は得られるダンジョンの主。

 どちらも金という物を必要とはしていないのだ。


 ソフィアとルーキッドの話はあまり進んでいない。

 聖樹教とランデルはどちらも発展著しく、組織の拡充や都市計画だけで手一杯。

 もともと弱小宿場町のランデルと名を受け継いだだけの新興宗教聖樹教。

 学校にまで資金を回す余裕などありはしないのだ。


 二人とも納得出来るまで語らうが良い。

 その間、我はエヴァと語らうとしよう……


 と、バルナゥがエヴァに語りかけようとすると、領館の扉が開く。


「あっ、おはようございます」


 飛び出して来た幼子はアレクとシスティの長男、カイルだ。

 ビルヒルトの大掃除の都合で、カイルは弟のカイトと共にルーキッドの領館に滞在しているのである。


「あー、カイルおはよー」「エヴァ姉さんおはようございます」

『カイルよ、おはよう』「バルナゥ様もおはようございます」


 カイルがペコリと頭を下げる。


「何か急いでるわふん?」「はい。弟がぐすってしまって……母上と離れて寂しいのでしょう。ミルト様に助言を頂こうと思いまして」

「まかせるわふん!」


 心配そうなカイルにエヴァはわふんと吠え、カイルの頬を鼻でつついた。


「ひゃっ……」

「子供と遊ぶのは得意わふん。カイルが赤子の時もよく遊んだわふんよ? カイルはとても喜んでいたわふん」

「そ、そうなんですか? 憶えてないけど嬉しいなぁ」「お姉ちゃんに任せるわふん」「では早速お願いします」「わふんっ」


 カイルとエヴァが領館へと駆け込んでいく。


 ガコン……

 扉が閉じ、再びバルナゥは孤独になった。


『……』


 何とも言えない疎外感に、バルナゥは扉に顔を近づける。


 頭はねじ込めそうだが……やめておこう。


 壊したらルーキッドとソフィアに怒られる。

 バルナゥは頭をひっこめお座りを続行する。


 マナを操れば姿も見えるし声も聞ける。そしてこちらの声も届く。

 我と人とは違うのだ。それで良いではないか……


 バルナゥが首をぐりんぐりんと回して納得しようと努力していると、また現れる者がいる。


「あら、こんにちは」

『……ミルトか』


 カイルの次に現れたのはミルトだ。

 齢七十を過ぎた彼女は老いても元気。一時期はバルナゥの祝福を受けていたが今はそれを辞してのんびり歩き、屋根から飛び降りるような事はもうしない。

 ミルトは人としての生き方を選んだのだ。


『汝も、ルーキッドに用か?』

「いえ、私はカイトに用がありますの。カイトの相手をしてあげてとシスティから頼まれているのです」『ほぉ……』


 ミルトは何かを思い出したようにふふっと笑う。


「頭を下げられた時の心配顔といったらもぅ……勇ましいばかりのお方だと思っていましたが、彼女もやっぱり母親なのですね。それでは失礼いたします」

『う、うむ……』


 バルナゥの前でまたも扉が開き、そして閉じられる。


 ぽつーん……

 またもやバルナゥは孤独である。


 引き留めれば良かったか……

 いやいや、それではカイトがかわいそうだな。

 齢二億を数えるこのバルナゥ・ライナスティが赤子の幸せを妨げてはならぬ。


 チャリンチャリン……

 ぐりんぐりんと首を回すバルナゥに見物人から銭が飛ぶ。

 縁起を振りまく儀式だと思われていた。


 ガァーフゥー……

 何とか納得したバルナゥがため息をつくと、また扉が開かれた。

 今度はランデル家の使用人だ。


「バルナゥ様、何か御用はありますでしょうか」『……ない』

「では御用の際はお声掛け下さい」『うむ……』


 ガコン……

 また扉が閉じられた。

 それは領館ではいつも行われる御用伺い。

 しかし出会いと別れを繰り返し、また孤独となったバルナゥの疎外感は半端無い。


 仕方無い事だ……


 そう思いながらもバルナゥは納得出来ず、マナに輝く瞳で扉を睨む。

 自分が入れない扉にぐぬぬなバルナゥである。


 この扉、我に恨みでもあるのか?

 ルーキッドとソフィアを食らい、カイルを食らい、エヴァを食らい、ミルトを食らい、ついでに使用人まで食らって平然としておるのか汝は!


 と、バルナゥは憤慨しているが平然としているのは当然。

 ただの扉なのだから。


 マナを操り中を見ればルーキッドとソフィアの打ち合わせは白熱している。

 そして別の部屋では赤子のカイトがエヴァにあやされキャッキャと笑い、ミルトがカイルに何かの教えを説いている。


 その気になれば会話は出来る。

 しかし扉と壁がバルナゥと彼らの間を隔てている事に変わりはない。

 彼らはバルナゥから声を掛けられてもあさっての方向を見て答えるだろう。

 その場にバルナゥがいないからだ。


 なんで我だけ、ここにぽつんなのだ……


 ぐぬぬと歯ぎしりするバルナゥだが、答えははっきりしている。

 身体が大きいからだ。


 目の前の扉はマリーナ程度ならすんなりと、ビルヌュやルドワゥ位でも何とか通り抜ける事が出来るだろう。

 しかしバルナゥでは絶対に不可能だ。


 我がもっと、小さければ……

 いや、本当に小さくなれば良いではないか!


 良い事を思いついたとばかりにバルナゥがぶんぶん首を振り、またもや銭が舞い踊る。

 そして閉じられた扉の前で、バルナゥはイグドラが天に還った時のように自らの密度を上げ始めた。


 身体が輝き、輪郭がぼやけていく。

 何事かと飛び出した使用人が見上げる前でバルナゥはマナにものを言わせて自らの存在の形を変え、やがて使用人と同じ程度の大きさへと姿を変えた。

 輝きが収まった広場に立つのは一人の男性だ。


 大竜バルナゥ・ライナスティ。人化完了である。


『ふむ。こんなものか』

「バ、バルナゥ様……?」

『うむ。中に入らせてもらうぞ』


 あっけに取られる使用人にバルナゥは鷹揚に頷き、扉に進む。

 変化する様を目の当たりにしている使用人は恭しく頭を下げ、扉を開いた。


「どうぞこちらへ」『うむ』

「そのような事が出来るのでしたら、もっと前から皆様と共にお入りになられればよろしかったのに……気付かず申し訳ございません」

『我も初めて試した事だ。必要がなかったからな』


 使用人について歩くバルナゥは興味津々。


 おぉ、これが人の目線か。

 ソフィアやルーキッドはこのような目線なのだな……


 と、キョロキョロと周囲を見渡し歩いている。


 竜は世界を守る盾。

 行く必要がある場所は異界に食われた場所だけだ。

 そしてブレスを注ぎ込む。

 狭かろうが小さかろうが関係無い。ブレスが届けば良いのだから。


 使用人の案内でルーキッドの執務室に着いたバルナゥは意気揚々、使用人が開く扉の前で仁王立ち。

 そして扉が開かれる。


「ルーキッド様、お客様でございます」

「……誰だ?」


 バルナゥが人化している間に打ち合わせは終わったのだろう、執務室にはカイルら他の皆もいた。

 皆が首を傾げる中、ソフィアだけが驚いた顔でバルナゥを見つめている。

 ルーキッドはソフィアの顔を見て何かを察したのだろう。怪訝な顔で聞いてきた。


「……バルナゥか?」

『おおーふっ。さすが我が友ルーキッド。わかるのだなマイフレンド』

「いや、ソフィアの表情でアタリを付けただけだ」

『おおーふ……我が友なのにぃ』


 喜び、そしてがっかりするバルナゥである。


「仕方ない。私は勇者でも魔法使いでもないのだからな。マナも見えぬ私が見ただけでわかる訳もないだろう」

『おおーふ。それもそうか』

「しかしバルナゥ、そんな事が出来るならソフィアと同席すれば良いのに」

『いや、初めてやった事だからな』

「そうか。それなら、これからは人の遊びも共に楽しめるな」

『おおーふ、おおーふっ! 我が友マイフレンドルーキッドともだちー!』

「ええいじゃれるな鬱陶しい」


 喜び半端無いバルナゥだ。


 が、しかし……

 世界はこのようなバルナゥのあり方を許すほど都合良くは出来ていない。

 浮かれたバルナゥが執務室で皆と共に談笑を始めてしばらく、ルーキッドが目頭をおさえ首を振った。


「疲れか……妙に視界が歪むな」

「僕もです。ぐっすり寝たんですけど」「あうーっ」「この感じ、カイの結婚式のアレと似てますね」「気持ち悪いわふん」


 皆が首を傾げる中、ソフィアは顔面蒼白だ。


「これは……異界! この部屋が異界と繋がろうとしています!」


 さすがは経験豊富な勇者ソフィアである。

 その判断は的確だ。


 皆の言う視界の歪みは空間の歪み。

 ソフィアの言う通り、この部屋が異界と繋がろうとしているのだ。


「異界って、オークさん達がいるあの異界ですか?」

「バカな。この地は顕現を許すほど痩せてはいない」

「逆わふん。貫こうとしてるわふんよ」

「貫くにしてもそれだけの力が必要と聞いています。そんな力がどこに……」


 カイル、ルーキッド、エヴァンジェリン、ミルト。

 皆が首を傾げる中、ソフィアが静かに呟いた。


「……バルナゥ」


 ソフィアがバルナゥを見る。

 そして皆もバルナゥを見る。

 異界を貫くには相応の力が必要。

 そしてこの部屋に、そんな力を持つ者など一人しかいない。


『わ、我か……?』

「他に誰がいると言うのですか」


 バルナゥの問いにソフィアが頷く。

 バルナゥは異界を貫くダンジョンの主。

 竜峰ヴィラージュの五万六千階層のダンジョンは伊達ではない。


 異界を貫ける存在が小さくなれば空間にかかる負荷は桁違いだ。

 針のような貫く道具の先が尖っているように、異界を貫ける存在が小さくなればそれだけ楽に貫く事が出来るのだ。


 この場にエルフがいれば、イグドラの大騒ぎが聞こえていた事だろう。

 そして的確な指示を与えていた事だろう。

 しかし、この場にエルフはいない。神頼みはムリだ。

 この場にいる者達で何とかするしかない。


「全員領館より退去せよ!」


 ルーキッドが普段からは想像もつかない怒号を発した。


 ランデル領主ルーキッド・ランデル。

 彼は勇者でも魔法使いでもない。

 だが彼はランデルの領民の未来を預かる領主であり、領民のためなら命を捨てても構わない覚悟を持った剛の者。

 彼の戦う場は戦場ではない。

 だから勇者でも魔法使いでもないのだ。


 執務室に残り皆が退去した事を確認したルーキッドは安堵のため息を一つつき、騒動の元凶であるバルナゥを睨む。


「バルナゥ!」

『お、おおーふっ?』

「すぐに元に戻れ!」

『だ、だがここで戻ったら領館が、ルーキッドの家が壊れてしまうぞ!』

「異界を貫くよりはるかにマシだ! とっとと元に戻らんか!」

『おおーふぅーっ!』


 どげしっ。

 ルーキッドの蹴りが飛び、バルナゥがマナに輝いた。

 元々無理のある人化は友に蹴られたショックですぐさま瓦解し、バルナゥは執務室にその巨体を晒す。


 領館の壁が弾け、柱が砕ける。

 狭い部屋の中にバルナゥのような巨体がいきなり現れれば木造の領館などひとたまりもない。たちまち限界に達した領館は轟音を立てて倒壊した。


「ル、ルーキッド様!」

「大丈夫わふんっ」


 ぴょーんっ……

 瓦礫の中から飛び出したのはルーキッドをくわえた犬。

 皆に愛されるランデルの番犬お姉さん、エヴァンジェリンだ。


 バルナゥの祝福を受けたエヴァンジェリンなら、この程度の倒壊からルーキッドを助けるなど造作も無い。

 空中でプルプルと身体を振って木くずを払ったエヴァはマナを操り、ルーキッドが地に激突しないようにゆっくりと着地した。


「ルーキッドは無茶するわふんね」

「ありがとう。エヴァンジェリン」「わふんっ」


 ルーキッドがエヴァを撫で、エヴァがわふんと吠える。

 そして瓦礫の中で横たわるバルナゥは、近付いてきたソフィアにぽつりと呟いた。


『……我は……一緒に居たかったのだ』

「バルナゥ……」

『人の命は短い。星が滅びるまで生きる我ら竜に比べれば瞬きにも足りぬ命よ……なのに汝らは金、金、金。我を待たせて金の話ばかりだ』

「……」

『金なんぞで長話するなら魔石でもミスリルでもくれてやる。そうすれば汝らもやりたい事が楽に出来る。我も汝らと一緒に居られる。いい事ずくめではないか。ルーキッドは我と共には歩まないのだぞ。我は瞬きにも足りぬ命の友と語らう事すら出来ぬのか……』


 ソフィアはバルナゥの背を撫で、諭すように語りかけた。


「バルナゥ、人にとってお金は呪いと同じなのです」

『呪い……?』

「そうです。それの為に争い、裏切り、友の絆も容易に砕く恐ろしい呪いです」


 金の貸し借りで起こる悲劇はきりがない。

 払えばあらゆる物に変えられる金は、願いで姿を変える異界のマナの如く。

 それを欲する人の欲望は、異界と世界の争いの如くだ。


「そして与えられるだけのお金は聖樹様の枝葉と同じ。バルナゥ、貴方の申し出は新たな聖樹様を作るようなものなのです」

『あの、丁稚宗教か?』

「はい。人々はお金の為に貴方に媚びへつらい、お金の為に貴方の歓心を得ようとする事でしょう。そして貴方を新たな神と祭り上げる事でしょう。貴方は聖教国がカイに求めたような事をルーキッドに求めて欲しいのですか?」

『……嫌だ』


 聖樹教がばらまいた世界樹の枝や世界樹の葉は、今や全てが失われた。

 しかし、人々が力を忘れた訳ではない。

 取って代わるものがあれば、人々はすぐに飛びつくだろう。


「だから私達は、私達でできる事の為に貴方の力を頼る事はしないと決めたのです。人の道は人の力で切り開く。どうしようもない事だけ貴方を頼る。それが私と貴方の友ルーキッド様の決意なのです」

『……おおーふっ……我は、我は良い妻と友を持った。おおーふっ……』


 瓦礫の中でバルナゥは泣き、ソフィアはその背を優しく撫でる。

 日が沈み、月が天に昇るまでバルナゥは泣き続け、そしてヴィラージュに帰った。






 そして三日後。


「ようやく来たか」

『すまぬ! すまぬルーキッド!』


 ソフィアにさんざん説教されたバルナゥは謝罪のためにランデルに訪れていた。

 ルーキッド達は今、ランデルにあるビルヒルトの領主別館に身を寄せている。


 領館は瓦礫のまま。

 金品や書類を回収した後は放置された状態だ。


 瓦礫の山を前に土下座するバルナゥに町の人から銭が飛ぶ。

 賠償にはお金が必要だろうとバルナゥに寄付しているのだ。

 しかしルーキッドはバルナゥを責める事はない。


「では、頼むぞ」「かしこまりました」


 目盛りの付いた紐と棒を持った者達がバルナゥの身体を測って回る。


『何だ?』

「この前のような事が二度と起こらないように、次の領館はお前が入れる扉と部屋を用意する事にした。この者達はお前の採寸を頼んだ者達だ」

『ル、ルーキッド……』

「今回の悲劇は我が友を館で遇する事も出来ぬふがいなさの結果だ。私は領主だ。友を迎え入れられるだけの館を持たねばな」


 穏やかに笑うルーキッドに涙目のバルナゥだ。


『おおーふルーキッド。マイベストフレンドゥー!』

「えぇいじゃれるな計測できん」

『おおーふ』

「しかし建築予算がなくてな……完成は五年後の予定だ」

『おおーふっ! 待てぬ! それは待てぬぞルーキッド!』


 バルナゥが翼を広げて飛んでいく。

 十五分程して戻って来たバルナゥが背から下ろしたのはエルネの里のエルフ達。

 バルナゥは連れてきた彼らに号令を下す。


『汝ら! 我が住める心のエルフ店を建てるのだ!』

「でかい心のエルフ店!」「きっと料理もでかいに違いない!」「すごい!」「よぉし、皆の者かかれーっ!」「「「わぁーいっ!」」」


 いや、建物がでかくても料理はでかくならんぞ……


 建築にとりかかるエルフを前に、心で呟くルーキッドだ。

 そしてこんな奴らにオルトランデルは森に沈められたのかと何とも切ないルーキッドだ。


 エルフ達が樹を生やし、切り倒し、加工し、祝福で辻褄を合わせ、バルナゥはマナブレスでランデルの町を地面ごとスライドさせて領館の土地を拡張する。


 祝福で何でもこなすエルフとマナブレスで何でもアリなバルナゥの建築はあっという間だ。朝に始めた建築は昼頃には内装の建築に移り、エルフ達はバルナゥとルーキッドの指示のもと、てきぱきと間取りを整え夕方には建築が全て終了した。


 おそるべしエルフの祝福。おそるべしマナブレス。

 そして完成した新たな領館を前にバルナゥは叫ぶのだ。


『おおーふ。これは我の住処。我の心のエルフ店。故に対価を要求する! 我の家だから住むなら家賃を払うのだルーキッド!』


 ここは私の土地なのだがな……


 と、バルナゥに苦笑いのルーキッドだ。

 まあ建てられてしまったものは仕方がない。

 家賃というバルナゥの気遣いにルーキッドは心で深く頭を下げた。


「いくらだ?」『月十億エン』「払えぬ」『では十エンで手を打とう』「安すぎる。百万エン位にしておけ」『おおーふわかった。では百万エンで手を打とう』「では、十ヶ月分をまとめて払わせてもらう」


 正直百万エンでも安いのだろうが、今のランデル領ではこれが限界。

 ルーキッドが使用人に聖銀貨を用意させる。

 一枚一千万エンの価値のある聖銀貨を、しかしバルナゥは受け取らない。


『駄目だ許さぬ。払いは沢山、沢山の金で払うのだジャラジャラ幸せ』

「なぜだ?」

『我は星が滅びるまで生きる竜。汝の命など瞬きにも足りぬ』


 新築の領館の中で、バルナゥが翼を広げる。

 今の領館はバルナゥでも広々ゆったり。多少の事ではへっちゃらだ。


『故に星が滅びるまで汝の支払った沢山の金の中で眠り、時にそれを眺めて汝の事を思い出すのだ。沢山なら多少無くしても大丈夫。おおーふルーキッド、マイベストフレンドともだちーっ!』

「……そうか。では毎月金貨百枚を支払うとしよう」

『うむ。そうするがいい。銀貨でも良いぞ』

「銀貨はランデルでは不足していてな」『ハラヘリか』「ハラヘリだ」


 ルーキッドが笑い、バルナゥも笑う。


『さぁルーキッドよ家賃を払うのだ。我は汝の金で呪われ、汝の事を忘れまいぞ』

「ならばバルナゥよ、星が滅びるまで私の金貨に呪われているがいい」

『おおーふっ。さぁ金貨を、ギブミー家賃!』


 ルーキッドが金貨を渡し、バルナゥが領館の寝床にばらまく。

 今はまばらな金貨だが、年を経て金色に輝く寝床に変わる事だろう。

 友情はこれからも続く。




 そして、領館を訪れたエルフは不満に叫ぶのだ。


「料理が普通と変わらない!」


 と。

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世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに読んだけど、ここの友情エピソード大好きなんだ....
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