4.エルフは鍋が好き
「始めてちょうだい」
「「「「はぁーい」」」」
ランデル領、エルトラネの里。
ミスリル土台の上に掘っ立て小屋という相変わらずのアンバランスはなはだしいエルトラネの里で、システィはエルフの皆に会の開始を宣言した。
ランデル領なのに、なぜビルヒルト領主の妻システィがここにいるのかというと、里をまるっとルーキッドにぶん投げられたからだ。
「私には、さっぱりわからん!」
まあ、仕方ない。
ルーキッドは領主。勇者でも魔法使いでもない。
マナも見えなければ魔道具に詳しくもない。
システィもエルトラネのエルフは理解の外だったが、ルーキッドよりはマシ。
何かと世話になっているシスティはエルトラネの管理を引き受けたのである。
そんなわけで、今日は月に一度のエルトラネ商品販売審査会である。
エルトラネの里は今、世界の最先端をぶっちぎるハイテク魔道具生産地だ。
その技術はダンジョン産の願いで得た魔道具に引けを取らない。
今もシスティの後ろに控える戦利品カイのような人格を持った魔道具すら作るピーの技術は、人間の魔道具技術では千年経っても追いつけないだろう。
システィをはじめとした魔道具研究家垂涎の超技術。
しかしそんなものをそこら中にばらまかれてはたまらない。
エルフから人に渡っても困った事になりかねない。
エルトラネの作る魔道具はどれもこれもピー。
さりげなく超技術が組み込まれており、単体では便利でも組み合わせると怖い事になったりする。
だからエルトラネから外に出す魔道具はシスティが逐一チェックを行い、色々な制限をつけて外に出しているのである。
技術格差がありすぎるゆえの苦労であった。
「今回紹介する商品はひとつです」
他のハーの族の里もこんな感じなのかしら……
カイに言ってヤバそうなのは一切合切アトランチスに運ぶか、竜に食べてもらうかしてもらわなきゃ……
と、気苦労の絶えないシスティだ。
こんな超絶技術を悪用されたら何が起こるかわからない。
エルフが住んでいるならまだしも、アトランチスに移住してもぬけの空となっていたら人間は絶対はっちゃける。
繁栄を極めていたエルフの技術は半端無い。
地形や気候を変えたり星の軌道を変化させたり隕石を引き寄せたりする魔道具が存在している可能性すらあるのだ。
ヘタに手を出して滅亡とか冗談じゃない。
カイルにカイト、お母さん頑張るから。
めっさ頑張るから!
商品を取り出すエルトラネのエルフを眺めつつ、拳を握るシスティである。
夫のアレクはビルヒルト領にて大掃除を指揮している。
エルフ人口が爆発的に増えたビルヒルトに発生した新たな問題の解決に二人が頑張っているのは何よりもカイルとカイトの為だ。
我が子に安全な世界を残す為にシスティは各地を飛び回り、カイとカイズをこき使っているのである。
システィが決意を新たにする前で、エルフは一つの鍋を取り出した。
「今回紹介する商品は次世代聖剣『心の芋煮鍋マークツー』でございます」
「待てーいっ!」
すかさずシスティがツッコミを入れた。
「何ですかぁ?」「聖剣『心の芋煮鍋』みたいな強力な物は許可できないわよ」「だって鍋じゃないですか」「いやいやそんな強力な鍋ないから。鍋の形をした凶器だからそれ。人間社会に出回ったら鍋監禁事件とか鍋殺人事件が起こるから」「えーっ」
聖剣『心の芋煮鍋』は中に入れたものをよそうまで決して外には出さない。
不意の出来事に食材を無駄にしない為の機能だが、エルフ勇者はそれを武器として使っている。
超絶ヤバい機能であった。
「こぼしたくないなら絶対に倒れない機能でももたせなさい」「もぅ、しょうがないなぁ……ぷるりっぱ」
エルトラネの者はピーになると魔力刻印をちょいと修正し、発表を続けた。
「姿勢制御機能を入れてみました。たおれなーい」
「「「「たおれなーい」」」」
ぽーい……エルトラネの者が投げた鍋は空中で器用に姿勢を制御すると、鍋の水を一滴もこぼさず地面に着地する。
水面が揺れてもいない超絶技術に呆れ半端無いシスティである。
そしてすぐに改造したピーの能力に恐怖を感じるシスティである。
「……ま、まあいいわそれで。何かに組み込んだら無効になるようにしてね」
「はぁーい」
「じゃ、続けて」
鍋としてしか使わないならそれでもいいだろう。
システィは手を振って続きをうながす。
「今回『心の芋煮鍋マークツー』はこれまでの機能強化を重点的に考えました。聖剣の切れ味はそのままリーチは二倍。そして注目の鍋機能も大幅強化。水の沸騰速度は大幅短縮の一秒弱。焦げ付き防止、保温、コトコト煮込み、瞬間解凍と機能は前作同様充実しています。そして最大鍋直径は驚きの五十メートル!」
「……却下」「ええーっ」
ツッコミ所のあまりの多さにシスティが匙を投げた。
「なぜですかぁ?」「……水を注いでぶちまける間に熱湯に変わるなんて凶器以外の何物でもないわよ」「だって僕たち無の息吹あるもん」「私達にはそんな便利祝福無いから! あと鍋サイズも五十センチ程度にしておいて。狭い場所で大きくしたり中に人を入れて縮めたら圧死するから」
「もぅー、何でもかんでも武器にするぅー」「システィはわがままだなぁ」
「あんたらが常識外れなのよ!」
エルトラネのポジティブさにさすがのシスティもキレ気味だ。
エルフ達はまたピーになるとサクッと問題を修正し、説明を再開した。
「専用おたまでよそったもの以外は人肌温度に下がるようにしました」「鍋サイズも五十センチに制限し、なおかつ衝突防止機能を追加しました」「わぁすごい、安全安心の鍋ですね」「えっへん」
にこやかに語るエルトラネの皆に疲れ切ったシスティが問いかける。
「……専用おたまは?」「鍋の取っ手が変形します」「他には何に変形するの?」「あなたの想像力次第です」「……制限して」「えーっ」「調理器具以外は禁止、絶対禁止だから!」「もうーっ」「この、わがままさんめっ」
こういうさりげない超絶ハイテク魔道具技術が、エルトラネの怖い所なのだ。
「マスター心の芋煮鍋マークツーというものを用意して、その中に入れた器具に変形できるようにしました」「調理器具をアップデート可能。すごい!」「カイ様とカイズの関係を参考にしました」「えっへん」
鍋にまさかの通信機能追加である。
「で、そのマスターを誰が管理するの……」「それはあなたです!」「嫌よ!」
奪われたらどうなるか判ったものではない。
システィは断固拒否するといくつかの調理器具をとりあえず指定し、それにも安全機能を追加するように要求する。
エルトラネのピーはまたしてもサクッと問題を修正し、説明を再開した。
「包丁も安全安心。食べたいものしか切れません。ほぉーれ」
ストトトトトト……
エルトラネのエルフが食材をおさえた手の上から千切りを敢行する。
普通なら血みどろになるところだが、エルフの手は綺麗なままだ。
千切りを終えたエルフは傷ひとつない手をシスティの前にかざして笑う。
「食材は綺麗に千切り」「さすがの切れ味! すごい!」
「でも手は切れてなーい」「「「「切れてなーい」」」」
まさに安心安全機能。
しかしシスティはツッコミを入れた。
「……人間とエルフは絶対に切れないようにして」「まさかのカニバリズム!」「そんなものを食べる訳ないじゃないですかぁ」「システィは異常だなぁ」「この、猟奇さんめっ」「……食べようと思うだけで切れるんでしょ?」「そうでーす」「実際に食べる必要はないじゃない」「まさかぁー」「そんな器用な事する人いませんよぉ」「いるのよ!」「うわぁ、システィが切れたーっ」「「「「切れないでーっ」」」」「うるさい!」
逆に言えば食べる気ならば障害物越しにも切れるという事だ。
防御無効である。
その後も様々なツッコミを入れて入れて入れまくったシスティは、やがてこう呟いた。
「あんたら……もう鉄とか銅とかで普通に鍋作りなさい」
「そんな珍しい金属ありませんよぉ」「銅があったら十分の一ハラヘリを作れるしぃ」「まさかのハラヘリ自作!」「心のエルフ店でご飯食べ放題。すごい!」
「……通貨偽造は重罪だからね?」「「「「ええーっ」」」」
ダメだこいつら。
時代の先を行きすぎてまったく使えない。
疲れた……
システィは心で呟く。
「「「「それはいけません。回復回復ーっ!」」」」
「やかましいわ!」
誰のせいだと思ってる!
回復されても疲労半端無いシスティであった。
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