3.エルネは空前の婚礼ブーム
「スピー、綺麗えう」「ありがとうミリーナ」
カイ一家がエルネの自宅に戻ってしばらくしたある日。
ミリーナは婚礼衣装に身を包んだ幼なじみのスピーを祝福していた。
今日は彼女の婚礼の儀、結婚式だ。
結婚式でミリーナの美しさに感動したスピーは負けていられないと心のエルフ店に通ってオシャレを磨き、意中の男性を射止めたのである。
食べ物以外のものにハラヘリを使うなんて……!
と、苦悩しながらハラヘリを使い続けた成果だ。
「むむむ本当に綺麗」「素敵ですわスピーさん。カイ様との結婚式を思い出します……ああっ、思い出してもカイ様素敵ですわ!」
「「「ぶぎょーっ」」」『あらあら』
「ありがとう。みなさん」
皆の賛辞にスピーが頬を染める。
スピーのドレスはミリーナ達の時と同様、シンプルな純白のドレスをベースにしたもの。
エルフ達のオシャレはまだ始まったばかりなのでシンプルだが、ここからどう華やかになるのかカイは非常に楽しみだ。
昔は貫頭衣のような単純な服ばかりだったエルネの里も、今は様々な服を着たエルフが歩き回っている。
その裏にあるのは、やはりエルトラネ。
本人達はのほほんとしているがその技術はやはりピー。巨大なミスリル土台に刻まれた魔力刻印が見事な服をエルフの里に供給し続けているのだ。
人間との交流が始まった頃は人間の服職人が売り込みに来ていたが、エルトラネのピー技術に太刀打ち出来る訳もない。
大量生産された既製服が一着百ハラヘリというぼったくり価格だった事もあり、早々に駆逐されてしまっていた。
今はシスティがエルトラネを立ち入り禁止区域に指定して、金儲けに利用しようとする人間達に監視の目を光らせている。
スピーのドレスも当然のようにエルトラネ製だ。
価格は十ハラヘリ。金貨一枚一万エン。
くっそ安い。
異文化との交流とはなかなかに難しい。
文化はまだまだだが技術は圧倒的という超絶アンバランスなエルトラネにシスティも頭を抱えているのであった。
しかし、エルフも変化を始めている。
スピーが着ているシンプルなドレスはあくまでベース。
そのまま着ている訳ではない。
胸元は今朝咲いたばかりの花で飾り、編んだ髪を心のエルフ店で買い求めた髪飾りでまとめている。
オシャレだ。
ちょっとしたひと手間。
しかし周囲が何もしていなければ効果は絶大。
意中の男性もメロメロであった。
「オシャレも板に付いてるえうよスピー」
「ありがとう。ミリーナは結婚式の時だけだったわね」
「あれはシスティが連れてきた人間がしてくれたえう。ミリーナのオシャレはこれからえうよ」
「むむその通り。しかし今は芋煮の方が大事」「そうですわ。伴侶と支え合って子を育む。そして何よりもご飯ですわ」
ミリーナ、ルー、メリッサは色気より食い気。
それでカイを射止めたのだから食い気バンザイ。
今はカイの胃袋わしづかみだ。
「でも、メリッサさんはしっかりオシャレしているではないですか」「こ、これは……ピーのオシャレです」「あー……まだまだなんですね」「はい……ですがカイ様のお仕事もようやく落ち着いてまいりました。これからはオシャレにもっと力を入れようと思っております」
「カイさんの仕事って?」
「「「……あったかご飯の人?」」」
「何の仕事だか、さっぱりわからないわね」
「えうっ!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
「ははは」
妻達とスピーの会話を聞いていたカイが笑う。
カイの仕事はエルフをアトランチスに導く事。
そしてイグドラが委ねた世界樹をエルフに育てさせる事。
聖教国では全てのエルフが、そして他の国家では大半のエルフがビルヒルトを通ってアトランチスへと移住した。
メリッサの言う通り落ち着いてきた感じだ。
呪いにより人間社会との軋轢に苦しんでいたエルフは祝福に変わってもその苦労を忘れない。
まとめ役のベルガが住むビルヒルト、そしてアトランチスの玄関であるランデル以外のエルフは大半がアトランチスへと移住した。
エルフと人はこれから付き合い方を模索していく事になるだろう。
ちなみにスピーの意中の男性は竜牛牧場を経営しており、将来ウハウハなのが約束されている。
一歩先んじたスピーはしっかりと未来を掴んだのだ。
「思い返せば二人で色々バカやったえう」
「ミリーナはマリーナさんが大好きだったものね」
「へそ踊りでも食が得られるか試すえうとか」「裸踊りで食が得られるかも試したわね」「色仕掛けえう」「フェイントとか」「じゃんけんえう」「猪も捧げたよね」「バルナゥにも生贄になってくれと頼んで鼻で笑われたえう」「結局、全部ダメだったよね」「えう」「バカな事したよねぇ」「えう」
本当に、バカだな……
そう思いながら心で涙のカイである。
呪われていた頃のエルフは皆、必死だったのだ。
「でもそのバカのおかげで今があるのよね」
「スピーがいなければミリーナはカイと出会えなかったえう」
「呪いを広げようとしたのを私が止めてたら、カイさんには会えなかったわね」
「そして呪われたままだったえう」
「私達すごい!」「えう!」「私達超すごい!」「えう!」
ばんざい。ばんざいえう。ばんざい。ばんざいえう。
スピーとミリーナが万歳を繰り返す。
そんな事をしているうちに、式の時間がやってきた。
「これより婚礼の儀を執り行う」
エルネの長老が厳かに告げる。
スピーの他に式に並ぶ新郎新婦は五組。
先日のイグドラ重大発表の結果である。
皆あの言葉に驚愕してはっちゃけた。
イグドラの言葉はエルフの新たな時代の幕開けとなったのだ。
「はい。おめでとうございます」
「おめでとうわふん」
「エルネの里の皆様、おめでとうございます」
式を司るのはランデルから呼ばれたミルト。
ついでにエヴァとカイル。
エヴァはランデルに預けられたカイルが寂しい思いをしないようにと散歩と称して色々な場所にカイルを連れ回している。
カイの悩みを聞いてから、しょぼくれた者を放っておけないらしい。
お姉ちゃん気質であった。
そして冒頭に厳かに告げた長老は今、ひたすら食材と格闘していた。
「長老、ステーキ!」「私はハンバーグを」「芋煮」「親子丼」「竜牛カツ丼、竜牛カツ丼を御願いします!」「祝いの席だからハラヘリ使いまくるぜ」
「ぐぬぬ、汝らも少しは修行せんかい!」「「「「はぁ?」」」」「聞こえない振りをするでない!」「長老もいつもやっているではありませんか」「そうですよ。いつも自分がやってる事をやられて怒るのはずるいです」「さぁ、ご飯を!」「ギブミー、ご飯!」「プリーズ!」「我だけでなくマリ姐にも言わんかい!」「「「「なんて恐れ多い」」」」「ぐぬぬ……」
ジューッ……
大量の肉を焼きながら長老が拳を握る。
マリーナに美味いものを食べさせようと修行した長老は、今や心のエルフ店に次ぐ人気を誇るエルネの料理店の人気料理人。
出来る者の悲哀であった。
『仕方ありませんねぇ。私も手伝いますよ』「マリ姐……ずいぶんでかくなりましたね」『ミスリルを食べまくりましたから』「狭い! 厨房が狭いよマリ姐!」『今の店は狭くていけません。私がくつろげる位に拡張なさい』「ええーっ」『私はとーちゃんより大きくなりますからそのつもりで』「その頃には我はマナに還ってるよ……」『あらあら』
マリーナの登場によって場の空気がガラッと変わる。
「姐さんのご飯が頂けるなんて!」「くうっ、あの頃の食のヘッドパスを思い出す」「俺ら飢えてたもんなぁ」「俺のハラヘリは姐さんに捧げるぜ!」「私も!」「姐さん、芋煮をお願いします」「俺も」「私は焼肉定食を」『はいはい』「やべえ。長老のご飯を食べてる場合じゃねえぞ!」「俺も姐さんのご飯がいい!」「汝ら……」「「「「だって長老のご飯はいつでも食べられるじゃないですか」」」」「ぐぬぬ……」
そしてあっという間に客を奪われていく長老である。
忙しくてぐぬぬ。暇になってぐぬぬ。
どこまでも切ない役回りであった。
「ありがとう! 私達、幸せになります!」
式はつつがなく進み、皆の祝福と食欲を満足させて終わった。
今、スピーの中には新たな命の息吹がある。
イグドラの言葉で相手とはっちゃけた結果である。
すぐにでも子供が欲しかったスピーは婚礼前でもウェルカム。
教えてくれてありがとうございますイグドラ様であった。
そして、それはミリーナ、ルー、メリッサの周囲も例外ではない。
「お母さんからミリーナはお姉さんになると言われたえう」「むむむ奇遇、私も」「何という奇遇、私もですわ」
「いや、それ奇遇でも何でもないから」
「えうっ」「ぬぐっ」「ふんぬっ」
『あらあら』
来年は出産ラッシュかぁ……家族計画はちゃんと立てろよ?
おめでとうと言いながら、未来のエルフ人口爆発に不安を感じるカイであった。
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