2.イグドラ、驚愕の事実を伝える
夜。
エルネの里、カイ宅。
カイは夢を見ていた。
聖都ミズガルズの上空でべっかーと激しく輝き、聖域『心の芋煮鍋』を構築して一ヶ月。
バルナゥと共にえう祭りを楽しんだ後、わずかにあふれた聖教国の吹きこぼれをポイポイと鍋の中に投げ込んだカイは後始末を王国にぶん投げ自宅に戻った。
あとはグリンローエン王国が何とかしてくれるだろう。
カイはただのあったかご飯の人。
外国との交渉云々を任されても困るのだ。
そんなこんなで久しぶりの我が家である。
「……お義母さん、食料なんか背負って何をしているんですか?」
「探検です」『あらあら』
「留守番ありがとうございます」
心のエルフ店と違う家の間取りをさまよう義母を義父に届けたカイは、妻達と一緒に掃除洗濯炊事を行い食事を済ませてふかふかベッドにダイブした。
「やっぱり自宅はいいえうー」「むふん。安心感半端無い」「ですわねるるっぷー、ぷるりぱっぷー」「今日は、寝かせて……」「ぶー」
「「「ぶぎょーっ」」」『あらあら』
寝落ちしたメリッサに代わり騒ぐピーを抱きしめ大人しくさせたカイは今日は寝かせてと横になり、訪れた睡魔に身を任せてすぐに夢の人となった。
そして今、カイは夢を見ている。
この夢は何度も見た事がある。
イグドラがカイとエルフを導くために行う夢のお告げだ。
イグドラが色々とカイをおちょくるあの夢だ。
俺、今日帰ってきたばかりなんだけどな……
そう思いながらカイがイグドラを待ち受けていると、やがてイグドラの声が響いてきた。
『今日はエルフの皆に知らせねばならぬ、重大な事実があるのじゃ』
「重大な事実?」
夢の中、カイは首を傾げる。
エルフ関連での問題報告はシスティからも戦利品カイからもベルガからも聞いていない。
一体何があった?
また面倒な事になるのか……
と、身構えるカイにイグドラは静かに告げる。
『実はのぅ……汝らの呪いは祝福になったゆえ、子が飢える事はもう無いのじゃ』
「……当たり前じゃんか」
もったいぶってアホな事を告げるイグドラに夢の中でツッコミを入れたカイは、次の瞬間耳元の大音響にたたき起こされた。
「えうーっ!」「ぬぐうっ!」「ぷるるぷーっ!」
「うわあっ!」
耳元で叫ばれれば、疲れていてもさすがに目覚める。
飛び起きたカイが左右を見ればミリーナとルーは今も夢の中だ。
えうぅぬぐぅと呻きながら眠っている。
ただ一人、メリッサの眠りであるピーは興奮してカイに抱きつき叫んできた。
「るるっぱ! ぷるるっぱぽぷーっ!」
「……今まで気付いてなかったの?」「ぷーっ!」
すごい事聞いた!
心で叫ぶピーの頭をよしよしと撫でるカイである。
というか、呪われていた頃だってそこまで食に不自由させてはいなかったような……あぁ、アトランチスのアレがあったな。
くそまずい『アレ』を思い出し、顔をしかめるカイである。
鍋一杯に貰った竜の血と肉の残りはシスティが世界樹の葉の代わりに使うと持ち去って、異界討伐に有効活用しているらしい。
カイ一家も非常食として多少は持っていたが、あの後使った事はない。
腐らないので見てもいない。まるっとスルーだ。
戦いながらあの狂気のくそまずさに耐えられるとは、さすがは勇者。
アレクもそうだがシスティも相当の狂気を持ってるよなぁ……
と、カイが感心しているとピーに唇を奪われる。
「ぷぴー、ぷぴーぷ」
「……バカ神次第だが、まぁいいか」「ぷーっ」
ポポムポムポム。
ピーが尻の花を咲かせてカイを誘う。
ど直球なピーである。
「この、かわいい奴め」「ぷるっぷ!」
ポムポポムポム。
カイも負けじと尻の花を咲かせる。
花を摘み、花を摘ませ、また花を摘み……
やがて起きたミリーナとルーも花摘み合戦に参加してカイは摘んで摘みまくる。
そして朝……
「なんか、いつものエルネと違うな」
「えう」「む」「ですわね」
いつもより早く朝食の準備を始めたカイ一家は、周囲の異様に首を傾げるのだ。
普段は煙突から煙が出ていない家はないというのに、今日は静か。
ふと蔵を見れば見張りがなぜかマリーナだ。
『あらカイ、おはようございます』
「……え?」
見張り担当の者が、食料蔵を守っていない……!?
あまりの異常事態にカイは叫んだ。
「イグドラ!」
『な、なんじゃ』
「今度は一体何をした?」
『ゆ、夢で事実を告げただけじゃ。こやつらがいつまでもご飯で満足してしまう故、そろそろ子作りしろとハッパをかけただけじゃぞ』
「いやいや、ご飯命のこいつらがその程度で見張りをサボる訳ないだろ。あのバカ神共今度は何をしでかしたんだよ?」
『あの二人は余が止めた故、今回は何もしとらんぞ』
「本当だな?」『しとらん』
カイがイグドラと問答していると、ミリーナの実家から姿を現す者がいる。
「あらあらうふふ。久しぶりだから燃え上がっちゃったわ」
「おかげで見張りに遅刻だよ」
ミリーナの父母である。
いつも色っぽい義母であるが今日は一段と色っぽい。
そして義父と幸せムード半端無い。
夕べはお楽しみでしたオーラバリバリの二人はカイ達に気付くと頬を染めてツツツと近付いてきた。
「カイさん、おはようございます」
「お、おはようございます」
「これはマズい所を見られたなぁ」
「バレたら私達ご飯抜きにされちゃいますから、内緒でお願いしますね」
「はぁ……」
どうやら見張りをサボったらしい。
妖艶に笑う義母と照れ笑いする義父に生返事を返すカイである。
『元気な曾孫を待っていますよ』
「「はい」」
二人は見張りしていたマリーナに土下座感謝すると見張りの役を引き継いだ。
片手には槍。
そして片手は恋人繋ぎ。
ラブラブ絶好調であった。
「で、イグドラ。本当にバカ神どもは何もしていないんだな?」
『ベルティアやエリザならばあの程度で済むはずなかろう。あやつらなら見れば子種が転移する位の狂気をやってのけるわい』
「……それもそうか」『……汝の神を見る目は本当に厳しいのぅ』
「見れば子種?」「わふん?」
「うわあっ!」
幼い声と犬の声にカイが驚き振り向けば、カイルとエヴァンジェリンである。
「カイルえう」「そしてエヴァ姉」「こんな朝早くにどうされましたの?」
「「「ぶぎょーぅ」」」
「皆様、おはようございます」「カイ、おかえりわふん」
「どうしたんだ二人とも」
カイ達にカイルは礼儀正しく頭を下げると、カイに事情を告げた。
「はい。ビルヒルトで大掃除をするからしばらくランデルの世話になれ、と」
「また何かロクでもない事をする気だな?」
「さぁ……父上も母上も僕が知らずとも良い事だとおっしゃってました」
システィの言うことだから、ただの大掃除ではあるまい。
ただの大掃除ならカイルを避難させる訳もない。
カイはげんなりとカイルの言葉を聞いていた。
「今は弟のカイトと共にルーキッド様のお世話になっているのですが、エヴァ姉さんが遊びに行こうとおっしゃって……お邪魔でしたでしょうか?」
「いやー……いつもなら大歓迎なんだけどなぁ……」
カイは周囲を見渡し冷や汗をかく。
今のエルネは何というか、その、子供の教育にあまりよろしくない感じなのだ。
やっと起きたエルネのエルフが広場でノロケ半端無い。
「今夜も、どうだい?」「もう、あなたったら……どんと来いです」
「子供はあと五人くらい欲しいわよね」「俺も一人っ子だったからなぁ」
「私達もがんばろう」「そうだな」
「「「「子沢山の余裕無かったもんねぇー」」」」
「「「「でも今はご飯食べ放題だもんねぇー」」」」
あぁ、呪いのすさまじさよ。
そして解放されたエルフの奔放さよ。
いつもはご飯ご飯と騒がしいのに、今朝はあはんうふんなエルネである。
親の世代は次の子を欲し、子の世代は相手を見定め告白する。
そしてキャッキャウフフといちゃつき三昧。
食い気一辺倒のエルネの何ともすさまじい変わりようであった。
「カイさん、なぜ目をふさぐのですかカイさん?」
「カイルにはまだ早いかなーっ」
こんなの見せたらシスティが超怖いからな……
子供に妖艶エルフは目の毒だ。
カイはカイルの目を覆う。
「それでカイさん、見れば子種とは?」
「カイルはわからなくても大丈夫だぞーっ」
それも知らなくていい事です……
カイはカイルの耳もふさいだ。
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