1.善意のラスボスは不思議な踊りを踊った
「疲れました。うにょん」
「全くです先輩。うにょん」
神の世界、ベルティアの仕事部屋。
管理する世界の前で、ベルティアとエリザが奇妙に踊っていた。
「ハローワールドが大変過ぎて疲れました。うにょん」
「カイさんとうちのオークがマブダチ過ぎて疲れました。うにょん」
「……」
うにょん、うにょん……
ベルティアとエリザが呟き、体を奇妙にくねらせる。
そんな飼い主と丁稚をイグドラは何とも言えない顔で見つめていた。
この二人が何かを始めると、必ずカイに厄介事が降り注ぐ。
つい一月前にもカイはぺっかーと輝き聖教国を壁で囲んだばかりである。
何度も起こった神のうっかり。
しかし喉元過ぎれば熱さ忘れる。二人は神業務に溜まったストレスに踊り、もうほとぼりも冷めただろうと輝きをだいぶ消費したカイに期待の視線を送っている。
またカイに怒鳴られるのじゃ……
神が人を崇める何とも奇妙な構図。
ベルティアとエリザの情けない様に苦情係のイグドラはため息をつくのである。
確かにカイは転んでもただでは起きない強い者だ。
イグドラを天へと還し、子の命を育みエリザ世界を救い、聖教国のエルフをアトランチスに導いた上に聖教国を壁に封じて世界の混乱を防いでみせた。
自らを救い、エルフを救い、人を救い、ついでに神まで救ってみせる。
小さなカイならかゆい所に手が届く。
世界よりも巨大な神がしでかしたうっかりを華麗に回収していく様に、イグドラもベルティアもエリザもカイに頭が上がらない。
イグドラも土下座感謝である。
が、しかし……
「さすがはカイさん!」「さすカイ、さすカイえう!」
「今後も私達をお救い下さい。ビバ、へなちょこ!」「へなちょこえうーっ!」
この二人は、やりすぎである。
へなちょこは褒め言葉ではないじゃろ……
土下座感謝のイグドラも、さすがに土下座崇拝する気はない。
そしてえうと叫ぶつもりもない。
踊るつもりも全くない。
ストレスが溜まるのはまあ、わかる。
最近ベルティア世界のエルフを希望する転生者が殺到しているからだ。
長い呪いのせいでベルティア世界のエルフが少なすぎる為である。
転生者とて何の意味もなく転生する訳ではない。
自らの格を上げる為、やがては神となるために転生を繰り返すのだ。
格を上げる手段として、ベルティア世界のエルフは非常に有望。
何しろエルフは世界の強者であり、同格のライバルがとても少ない。
転生者にとっては儲け放題。転生者はこぞってエルフを希望した。
神にとってもエルフが増える事は良い事だ。
神が世界で命を育むのは世界を耕し富ます為。大きすぎる神では手の出せない細かい事を、神の代わりにやらせる為だ。
神の声ひとつで星が道を違えるほどに、神から見た世界は複雑で繊細。
カイと気さくに会話するイグドラのような所業は何億年もの不遇と億兆回もの訓練の末に獲得した特殊技能であり、ベルティアやエリザが同じ事を行えば世界が歪み、異界を貫いたり理不尽にぺっかーと輝いたりする。
だからエルフを増やして世界を耕す事は神にとっても良い事なのだが、一つ重大な問題があった。
それはベルティア世界のエルフがあまりに少なすぎたという事だ。
イグドラの呪いによりエルフは八百万年以上の間、超絶不人気種族であった。
ご飯をまともに食べられず食中毒と寄生虫でのたうち回るのは当たり前。
毎日ご飯で頭を殴られ続けて最後はイグドラに食われるという壮絶な人生は、優遇しても変わり者しか転生しないキテレツ種族であったのだ。
そんなエルフをいきなり増やせる訳がない。
エルフが少なすぎて転生は無理ですと言えば神なんだからガンガン子作りさせろと言われ、そんな事をしたらカイさんに怒られると言えば知ったこっちゃないと言われ、貴様カイさんをバカにしたなとハローワールドで乱闘が始まり、転生者をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……
とまあ、ベルティアが疲れた経緯はこんな具合である。
崇めるあまりにはっちゃけたという自業自得であった。
ちなみにエリザが疲れているのはオークたちがはっちゃけている為である。
カイの子を崇め、異界を繋げ、エルフを導き……本来別個であるはずの世界同士の接続が最近特に半端無い。
異界の顕現とは世界の強い場所が他の世界の弱い場所をぶち抜き繋がる現象だ。
カイもオークも気軽にひょいひょい繋げているが、指定された場所を意図的に繋げるのはそれなりに面倒臭いのだ。
そんな手間をカイはイグドラにぶん投げ、イグドラはベルティアにぶん投げ、ベルティアはエリザにぶん投げる。
エリザが疲れているのは丁稚の悲哀であった。
「しかし、このままではカイの負担が半端ないのぉ」
踊る阿呆共から視線を外し、イグドラは世界を眺めた。
本来、世界はそこに生きる者達皆の力で耕していくものだ。
しかしエリザの嫉妬により世界は滅びに瀕し、イグドラの顕現によりエルフは呪われ、ベルティアのはっちゃけによりカイにしわ寄せが集中する。
何ともいびつな構造である。
せめてエルフと竜の繁殖が進めばのぅ……すべて、余のせいじゃが……
イグドラがそんな事を考えていると、その意を汲んだのかベルティアがうにょんと叫ぶ。
「そう! カイさんばかりに負担を押しつけてはなりません!」「そうえう!」
「世界を耕すには生命。富ませるのも生命!」「まったくえう!」
「そして私の世界は深刻なエルフ不足!」「えう!」
「竜も不足しとるじゃろ」
「竜? あぁ、異界は全部エリザで埋めますから大丈夫ですよ」
「まかせてください先輩! 穴だらけの先輩の世界は全てこのエリザが埋めてみせましょう!」「そもそも穴だらけの原因は貴方ですけれど」「ああっすみません申し訳ありません」「ですから責任取って埋めてください」「はいえうーっ」
うにょん、うにょん……
踊りながら会話する二人である。
「やはり私はカイさんに嫌われても世界を富ませなければなりません。そう、他ならぬカイさんの安息の為に!」「繁殖、繁殖えうね!」「はい!」
「……いや、余がやるわい」
こやつらにやらせたらカイの奴、絶対ブチ切れるじゃろうからのぉ……
踊る阿呆共の暴走をイグドラは止め、世界に意識を集中する。
行うのはエルフを導く為にいつも行う、祝福を通した夢の告げだ。
伝えるのはちょっとした事である。
それで何とかなるはずだ。
「とりあえずエリザよ」「えう」
イグドラはカイが言うであろう言葉を告げる。
「汝の世界のオークと同様、汝はえう禁止じゃ」「えうーっ!」
エリザの悲鳴が響いた。
一段落ついたので短編をいくつか挟む事にしました。
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