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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-13 輝け心の芋煮鍋!

「くそぅ……」


 オルトランデルにあるビルヒルト領主別館の一室。

 聖教国から戻ったカイはベッドの中で呟いた。


 日はとっくに昇っているがカーテンに覆われた部屋は暗く、妻達はご飯を食べると言い残して子供達と出て行った。


 もうすぐ昼食の時間だというのに、カイはまだベッドに寝そべったまま。

 不貞寝である。

 もうがっつり不貞寝である。ご飯を抜きにしても不貞寝したい気分なのだ。


 輝き続けたストレスもあるが、それをアテにされた失望感がものすごい。

 はじめはカイを敵として扱い、やがて使い勝手の良い道具として扱い、挙句の果てに導きの神として扱う……

 聖教国は神の力で至れり尽くせりだった歴史が長いだけあって、他力本願っぷりも筋金入りだ。


 そんなに自分で苦労するのが嫌なのかあいつら……

 うちの妻達や子供達を見習えってんだ。まったく。


 寝返りを打ちながらブツブツと呟くカイである。


 これまでは神の力でゴリ押ししました。

 これからはカイの輝きで心を入れ替えゴリ押します。

 さぁ輝いてください。


 と、こんな調子な相手に素直に輝くほどカイもお人好しではない。

 カイが聖教国に行ったのは壁に囲われていたエルフを救い、アトランチスに導く事が目的だったのだ。

 それがオーク達エリザ世界の協力によって終了した以上、聖教国に用はない。


 アテにされても困ります。自分達で何とかして下さい。


 だからカイは聖教国を後にした。

 輝きに晒された者達はエルフと竜にぶん投げた。


 カイが行けばまた妙な奴らが群がって来るだろう。

 頭も下げず、足掻きもせず、聞きもせずにカイに要求するだけの相手なぞのために妻達や子供達やカイ自身が危険な目に遭うなどバカらしい。


 そこまでの世話をする義理も責任も無いはずだ。

 カイは神でも王でもないのだから。


 と、カイは自らの行為を正当化して不貞寝を決め込む。


 今日は腹が減るまで寝ていよう。

 明日からは普通に起きて何かをしよう。

 久しぶりに薬草採集とかに行ってみようかなぁ……

 薬師ギルドともすっかり疎遠になってしまったから相場も全く分からないや。

 ランデルはエルフの活動が盛んだから供給過剰だろうなぁ。

 ソフィアさんとミルト婆さん率いる聖樹教の回復魔法使いも今は盛んに活動しているし、昔の俺の老後計画はもうムリかもしれないなぁ……


「カイ! 遊ぼうカイ!」


 カイがそんな事を考えながら不貞寝していると、激しく扉を開いて転がり込んでくる者がいる。

 ビルヒルト領主、アレク・フォーレだ。

 カイが戻ってきた事をシスティから聞いて、すっ飛んできたのである。


 戦利品カイでの情報ネットワークを牛耳るシスティはカイが王国への帰路についた事をカイスリー経由で知っている。

 聖教国の事情は全て知っているだろうシスティには何か思う所があるらしい。

 エルネの自宅に戻ろうとしたカイ達をオルトランデルに引き留めていた。


「……本日、火曜日は不貞寝の日です」「えーっ」


 それがなければ今頃は、エルネの自宅に到着していたはずである。

 カイの不貞寝はそれへの不満も入っているのだ。


「昔から毎週火曜日はカイの日と決まっているのに」「誰が決めた?」「僕。本当は毎日カイの日にしたかったけどシスティに言われて火曜日だけにしたんだよ」「アホか」「火曜日だけは好きなだけカイの話が出来るんだ」「アホか!」「ちなみにダンジョンの主を討伐して戦利品カイを願ったのも火曜日だよ」「マオ達の苦労が目に見えるようだ……そういえばシスティはどうした?」「今ちょっと忙しいからカイで遊んで来いってさ」「あいつめ」


 こっちはとっとと家に帰りたいんだよ。


 カイはふて腐れながら寝返りを打つ。


「だからカイ、遊ぼう!」「うるせえ。今から毎週火曜は不貞寝の日に決まったんだよ」「えーっ、久々のカイなのにー」「勇者になる前は三年我慢できたじゃんか」「じゃ、僕も不貞寝しよう。ベッドの脇借りるね」「うわぁ! 妻達が誤解したらどうする!」「システィは大丈夫だよ」「システィが一番怖いんだよ!」「えーっ」


 潜り込むアレクを足で蹴飛ばし追い出して、カイはようやく起き上がった。

 さすがはシスティ。不貞寝を許す気も無いらしい。

 カイは寝起きのボサボサ頭を手で整えながら立ち上がり、荷物から服を取り出し着替えはじめた。


「あれ?」「お久しぶりです」 


 ふと見ると、幼子がちょこんと頭を下げている。

 カイも時折会う幼子はアレクの息子カイル・フォーレ。

 次期ビルヒルト領主となるカイルはまだ四歳だというのにずいぶんとしっかりした幼子だ。


 自分の幼い頃とは比べ物にならないな……


 カイは自分の幼い頃を思い出しながら手早く身支度を整えて、にっこり笑うカイルの頭を撫でた。


「おはようカイル。何とも恥ずかしいところを見られてしまったな」

「母上からも聞いています。父上はカイさんと寝られるのが大好きなのですね」

「うん!」「うん、じゃねーよ!」


 カイよりもひどい奴隷幼少期を送ったアレクの満面の笑みにツッコミを入れながら、カイはこれは参ったと首を振った。


 アレクも一緒に不貞寝する事まで考えての二段構えか。

 やるなシスティ。


 幼子に情けない姿は見せられない。カイは不貞寝を切り上げ部屋を後にした。


「今日の昼食はカイさんの奥様方が煮込まれた芋煮です。ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか」

「もちろんだ。うちの子達には会ったか?」「はい。早速体中を転がられました」「ははは。今はもう天井も転がるぞ」「そうなんですか。すごい!」「さすがカイの子供だよ。すごいよカイ!」「ミリーナさんもルーさんもメリッサさんもお変わりないようで何よりです。マリーナさんは大きくなられましたね」「旅先で食べまくりだからな」「何を食されたのですか?」「ミスリル」「すごい!」「そう! カイはすごいんだよだってカイだもの「やかましい」えーっ」「父上は本当にカイさんが大好きなのですね」「うん!」


 素直で賢い良い子だな。

 うちの子もこんな風に育って欲しいものだ。


 そんな事を考えながらカイが廊下を抜けて中庭に出ると、ミリーナ、ルー、メリッサの三人が芋煮鍋を前に子をあやしていた。


「遅いえうよカイ」「む。今日の芋煮もなかなかの絶品」「カイ様、おはようございます」「「「ぶぎょーっ」」」『芋煮に入っては駄目ですよ』「「「ぶぎょーっ!」」」「フランソワーズとベアトリーチェも待つえうよ」


 ひひーん、ぶるるるっ。

 妻達に子供達にマリーナ、そしてフランソワーズとベアトリーチェの馬二頭だ。

 三人の子も二頭の馬も芋煮好き。

 片や浸かろうと、片やつまみ食いしようと虎視眈々と狙っている。


「老オークは?」「祭りの準備だとかで芋畑に行ったえうよ」「祭り?」「む。修行の成果を子に見せるとか」「修行?」「オークの皆様はアトランチスとの連絡ダンジョンに神殿を作ってえう修行をしていたそうで、そのお披露目をするそうでございます」「なんだそりゃ」「えうは世界を救うえう」「なんだそりゃ……」


 えうを特訓しても、えうにしかならんだろ……


 と、思ったカイだが信仰なんてそんなもの。子らを神と敬いえうを神の言葉と崇めるオーク達にとって美しいえうは信仰心の表れなのだ。


 ぶぎょー……


「出来たえう」「むふん。今日も奉行芋煮成功」「さすがはルーですわ。オルトランデルで芋煮店を開いたら大繁盛間違いなしです」「メリッサの芋と私の芋煮、ミリーナのえうで無敵芋煮店爆誕」「えうって何するんだよ?」「「さぁ?」」「えうーっ」


 ルーが自慢げに芋煮をよそい、中庭のテーブルで昼食だ。


「そういえばアレク、勇者ってのは土下座で戦う訓練とかするそうだな」

「まあね。だから僕の土下座戦もなかなかのものだよ?」「マジかよ……」

「他にも色々特訓したなぁ。音楽に合わせて踊りながら戦う訓練とか、テーブルマナーを守りながら戦う訓練とか、王侯貴族に対する礼儀作法をしながら戦うとか、俳句で戦うとか、音楽で戦うとか歌で戦うとか、他にも……」「うへぇ」


 つらつらと語るアレクにカイが呻く。

 しかしアレクは苦労したなぁと特訓の数々を語った後、こうしめくくった。


「まあ、そんな戦い方する主なんていなかったけどね」「ぶっ……システィがお前に色々仕込んでただけじゃねーか」「えーっ」「さすがは母上です」


 システィに感心するカイである。

 露骨にアレクを狙いまくりであった。


「ミリーナ達も負けてないえうよ。カイに仕込まれた取ってこいは完璧えう!」「火の消えない距離感はばっちり!」「今なら待ても出来ますわ!」

「うーん、出来て当然の事を偉そうに言われてもなぁ」

「えうっ」「ぬぐっ」「ふんぬっ」

「でも、それすら出来なかったら今の縁もなかっただろうなぁ」

「で、出来てよかったえう!」「むむむ人生大勝利!」「私偉いピー偉い!」

「「「ぶぎょーっ!」」」『あらあら』


 ひひーん、ぶるるっ。

 絶品の芋煮を食べながら会話も弾む。

 穏やかな日差しの中、静かな場所で騒がしく食べる昼食はこれまた絶品。

 輝き続けた旅の疲れが癒やされていく気分にカイも皆もほっこりだ。


「ごちそうさま」「今日も美味しかったえう」「むふん」「いつ食べても芋煮は幸せの味ですわ」「やっぱり芋煮はカイの家のが一番だよ」「はい。皆様の作られた芋煮は相変わらずの絶品でした」「えう」「むふん」「ホホホ」

「「「ぶぎょーっ」」」

『では子らが浸かった後の芋煮は私が頂きますね』


 皆が満腹になり、子らが芋煮鍋へと飛び込んでいく。

 マリーナはしょうがないですねとおたまでかき混ぜ子をあやす。

 満面の笑みを浮かべてくるくる回る子らは本当に幸せそうだ。


「カイさん、芋煮風呂というのはどのような感じなのでしょぅか?」

「風呂みたいなものかなぁ……無理にする事ではないからな?」

「ええ。そんな事をしたら母上に叱られますから」

「俺も怒られるからやめてくれよ? システィは怖いからなぁ」

「母上に伝えておきます」「やめてくれ」「あはははは」


 そんな事をしたら俺がシスティから嫌がらせされるだろうとカイがカイルの頭をぐぁんぐぁん撫でていると、老オークが中庭に現れた。


『おお、皆様ここにいらっしゃいましたか。祭りの用意が整いましたのでお迎えに参上いたしました』

「ん?」「「「ぶぎょ」」」


 カイ達の前で老オークがひざまずく。


『我らエリザ世界は世界を救いしイリーナ様、ムー様、カイン様の幸せな転生を祝うための祭りをご用意いたしました』「「「ぶぎょー」」」

『心のエルフ店のマオ殿に頼み、芋煮三神のお浸かりになる大きな芋煮風呂もご用意させて頂いております』「「「ふぎょーっ!」」」


 芋煮風呂と聞いた子らが鍋の縁をころころ転がり老オークにまとわりつく。 

 芋煮汁べっちゃりでもグリップ力は衰えない。

 老オークを汁まみれにしながらころころ転がるイリーナ、ムー、カインはやがて頭頂に達し、老オークの頭にぺとりと貼り付いた。


「あ、なんか、すまん……」

『何の何の。これ以上無いご褒美でございます。ふんっ!』


 老オークが願うと塗りたくられた芋煮汁は瞬く間にマナに変わり、老オークへと吸収されていく。

 願いで芋煮汁を異界のマナに変えたのだ。


「……便利だなー」

『芋煮三神の煮汁が願いにより我が糧に……何と素晴らしい汁ぶっかけ!』

「汁ぶっかけ言うな」

『イリーナ様、ムー様、カイン様。他の者にも我と同じ芋煮汁の祝福を。我ら一同、磨き上げたえうで皆様をお迎えいたしますぞ』「「「ぶぎょーっ!」」」

「……行くか」「えう」「む」「はい」「カイル、行こう」「はい」


 頭から蓑虫のように子を吊り下げながら歩く老オークの先導でカイ達は歩き出す。

 フランソワーズ、ベアトリーチェの馬二頭はお留守番だ。


 目指すはエルフ巡礼の聖地である芋畑の真下にある、オルトランデルとアトランチスを繋ぐ連絡通路ダンジョンの主の間。

 彼らが崇めるカイの子達を祀る神殿だ。


 建物を出るとオルトランデルの喧噪が一行を出迎える。

 かつては森に沈み廃棄された廃都市オルトランデルは、改築とダンジョンに三年沈んでいた事で見事な復興を遂げている。


 緑と石造りの建物が見事に調和した森林都市、森のオルトランデル。


 いや、今は芋煮都市オルトランデルの方が有名だろう。

 町のいたる所から湯気をあふれさせているのは芋煮屋であり、時折聞こえるぶぎょーの響きは美味しさの証だ。


 何よりも特筆すべきは行き交う者達の多様さだろう。

 エルフに人間、さらに異界のオーク。

 そして時にはマリーナのような竜も歩く。

 オルトランデルは世界の壁すら超越した都市なのだ。


 世界を異界に変えるオーク達でも免状を得れば老オークのように自由な行動も可能。彼らは異界の存在である事を活かして不要な物質を異界のマナに変えて芋畑へと還元している。

 世界を股にかけた物質の再生だ。


 何にでも変えられる夢の物質を芋畑の肥やしに使うのはすこぶるもったいないが、それがオーク達の信仰だ。


 システィやルーキッドがその使い方にアホかと頭を抱えていたが、悪用されれば世界が傾く。聖域である芋畑にまかれた異界のマナは芋と巡礼のエルフの願いに応え、芋畑を富ますのだ。


 カイ達は様々な者達が行き交う通りを抜け、巡礼のエルフに土下座を捧げられながら芋畑脇の階段を下ってエリザ世界側の連絡通路ダンジョンに入る。

 しばらく歩いた一行はオーク達に守られた禍々しい門へとたどり着いた。

 エリザ世界側のダンジョンの主の間だ。


「相変わらず禍々しいえう」「む。さすが異界」「元々世界同士は相容れぬものですのに互いに良い所を見出す所はさすがカイ様。素晴らしいですわ」

「いや、俺は芋を煮てただけだろ」「「「ぶぎょーっ」」」

「父上……こんな恐ろしい所で母上と共に戦っているのですね」

「カイルには異界はまだ早かったかな」

「「「ぶーぎょっ」」」

「いえ、あの子達でも大丈夫なのです。僕だって……」

「俺の子はこの世界では神扱いだから別格だ。カイルは無理するなよ」

「は、はい」

『あらあら』


 異界に怖がってはいたがさすがはアレクとシスティの子。

 カイルはアレクの服の裾を掴みつつも、しっかりと自分の足で歩いていた。


『さぁ、我らが芋煮三神よ。我らの信仰をお受け取り下さい』


 子らをぶら下げたままの老オークが扉を開き、叫ぶ。


『我らが神の一家のお越しである!』


 おぉおおおおおえうえうえうえうえうえうえう……


 大音声のえうが一行を出迎える。

 開かれた扉の向こうにいるのはオーク、オーク、オーク……

 土下座した数百のオークがえうえう叫び、カイ達を出迎えているのだ。


「「「ぶーぎょっ」」」

『イリーナ様! 我らの尊きえうの神よ』『ムー様、私の村を救って頂いた事、忘れてはおりませぬぞ』『カイン様の芋煮治療が無ければ我も一族も滅んでおった』『無事のご転生、我ら喜びにたえません』

「「「ぶぎょーっ」」」

『『『『ありがたき幸せ!』』』』


 目に光るのは感涙。口からあふれるのは感激と喜び。

 今この場にいるのはしかるべき立場のオーク達なのだろう、村や一族を救った事に感謝し、子らの健やかな転生を心から喜んでくれている。


「よかったな」「えう」「む」「はい」


 そんなオーク達に貰い涙のカイ、ミリーナ、ルー、メリッサだ。


 最初はただの敵であった。

 しかし異界の脅威に手を携え、勝利を掴んだ今は共に歩む仲間である。

 カイ達の子がいる限り、この関係は続くだろう。


『我らが神の一家の皆様方、こちらです』


 老オークの案内で席に着いたカイ達の前にあるのはとても大きな芋煮鍋。


「「「ぶぎょーっ」」」


 子らはころころと転がりその中にぽちゃんと飛び込む。

 祭りの始まりだ。


『皆の者、我らが神にえうを捧げよ!』


 どどん!

 オークの勇者アーサーが始まりの太鼓を鳴らす。


『『『『えうえうえうえうえうえうえう』』』』「「「ぶぎょ」」」

『『『『えうえうえうえうえうえうえう』』』』「「「ぶぎょ」」」


 太鼓を鳴らしながらえうを叫ぶオークに芋煮風呂を泳ぎながら合いの手を入れる子供達。

 そして喜びに鍋縁に集まるオーク達。


『おぉ、何と神々しい芋煮よ』『ペレンゾ川の戦いを思い出す』『あれはひどかったなぁ』『あの時、芋煮が無ければ我が一族は絶えていた』『絶望的な戦いに投じられた希望の芋煮鍋。あの喜びと安堵は死んでも忘れまい』『芋煮三神よ、我に神の祝福を』『我らに神芋煮汁を』『汁ぶっかけ』『ぶっかけーっ』

「「「ぶーぎょっ」」」


 手を差し伸べたオーク達の上に飛び乗り転がり汁まみれにする子供達。

 オークらは老オークと同じように願いで汁をマナに変え、自らの身体に取り込み叫ぶ。


『素晴らしい!』『持病の腰痛がスッキリ!』

「いやお前、この時のために腰痛を温存してただろ」

『バレた!』『さすが神の父カイ様』『だって神様に治してもらいたいじゃん』『だよなー』


 わははははははえうえうえうえう……


 快活なオーク共である。


「おうガキ共、俺の芋煮はどうだ?」「「「ぶぎょーっ!」」」

「そうか。俺にはお前らの言葉は分からんが美味いか。よしもっと食え」

「「「ぶぎょーっ」」」


 そしてマオが二人のエルフと共に現れる。

 おそらくシスティあたりの差し金だろう、心のエルフ店は臨時休業だ。


「うわっ、カイ・ウェルズ!」「ええーっ!」

「よう、アリーゼにノルン」


 二人のエルフはメリダの里のアリーゼとノルンだ。

 マオに弟子入りしたノルンは当然のように動員されている。

 アリーゼはついでだ。


「あんたら戦利品なのにご飯食べるんだ。便利ねー」

「戦利品もマナ補給のために食事はするけど俺は本物。カイ・ウェルスだよ」

「本物? 最悪! えんがちょ、えんがちょーっ!」「えんがちょーっ!」


 カイが本人と知ったアリーゼとノルンが嫌悪感も露わに距離を取る。


 俺、そこまでひどい事したかなぁ……


 と、しょんぼりなカイ。

 そしてマオが二人を戒め、導く。


「ノルン。料理人を志すならカイ程度の輩くらいしっかりもてなせ」「はい」

「そしてアリーゼ。カイごときで逃げていては竜牛は美味くならん」「は、はい」

「カイ程度……えう」「むむむカイごとき」「カイ様は程度でもごときでもありません。へなちょこでございます!」

「おいおいメリッサ、それは褒め言葉なのか?」「ああっ、すみませんカイ様すみません」「カイなら何でも褒め言葉に決まってる。だってカイだもの」「父上は本当にカイさんが大好きなのですね」「うん!」『あらあら』「はははは」


 皆の言葉に心の底から笑うカイ。


 そうだよ。

 こういう生活を望んでいたんだよ俺は。


 普通に働いて、ご飯を食べて、皆と笑って、そして寝る。

 時々こういう風にハメを外して遊ぶのはとても嬉しいサプライズだ。


「よぅし、俺らも食べるぞーっ」「えう!」「む!」「はい!」

『『『『えうえうえう』』』』「「「ぶぎょ」」」


 カイと妻達はテーブルの料理にかぶりつく。


「うまいえう!」「むむむさすがマオ、出来る男」

「美味しいですわ……るるっぷー……素晴らしいですわ……ぺりぷぷー」

「うん。美味い」

「ありがとよ」


 舌鼓を打つミリーナ、ルー、メリッサにピー、そしてカイ。

 カイ達は食べ、子は泳ぎ、オークはえうを叫び、マオ達は料理に腕を振るう。

 皆の笑顔の中、祭りは続く。


 しかし……カイはあったかご飯の人である。

 神のうっかりな力の行使で世界の事象が集まる宿命を負わされた輝く者だ。

 穏やかな時はそう長くは続かない。


「カイ……助けて」


 カイが祭りを心底楽しむ時は、システィの土下座で終わりを迎えるのだ。


「何があった?」

「……全聖教国が軍を動かし、周辺諸国に迫っているわ」

「はぁ?」

「聖教国は糧を得る為に、周辺諸国からの略奪を選択したのよ」

「なんでそんな事に……」


 唖然とするカイに土下座したままのシスティが語る。


「彼らはイグドラから与えられた世界樹の枝の力に頼り切った者達よ。それが無くなればいずれは富を食い尽くし、我が王国や周辺諸国以下の生産力しか持たない弱小国家へ転落する」


 生産が消費を下回ればいずれは無くなる。当然の事だ。


「エルフがいた頃はまだ余裕を持っていたけれど、もう聖教国にエルフはいない。貯め込んだ富が失われれる前に周辺国を侵略して、新たな生産力を確保するつもりなのよ」

「エルフの代わりが欲しいって事かよ……」

「そうよ。彼らは落ちぶれたけれど、エルフや異界や竜を蹂躙する事が出来なくなっただけ。人間国家ならばひとひねりよ。蓄積した富と力が桁違いなのだから。だから……」


 オーク達が無言で見つめる中、システィは地に額をこすりつけて叫んだ。


「カイ、お願い……輝いて!」

「……」


 カイは黙って立ち上がる。

 システィの心にあるのは理不尽に奪う者への憤りと自らの無力への嘆き、そして命すら捨てる覚悟だ。


 カイが断ればシスティは軍を率い、聖教国と命を賭して戦うだろう。

 頼りながらも自らがそれを行う意思と覚悟も心に秘めているのだ。


「マリーナ、俺を聖教国の上まで運んでくれ」

『私では遅いのでとーちゃんを呼びますね』「頼む」


 カイは歩きはじめる。


 なぜ聖教国は、これが出来ないのだろうか。

 助けてくれと頭を下げればカイも手を差し伸べたのだ。


 それが出来る者もいたのかもしれない。

 しかしカイはそんな者に出会っていない。

 エルフを異界から救い出した事で出会いが失われたからである。

 カイは去り、頭を下げる機会は永遠に失われた。


 残されたのは異界とエルフで奪い続けた荒れた土地と無意味な壁。

 そして消費しか出来ない民。

 消費しか出来ない彼らは消費するしかないのだ。

 他の国家を、他の人間を、やがては全てを。


 カイが訪れずともやがて聖教国は窮し、このような事態へと突入しただろう。

 それは数十年後だったのか、それとも数百年後だったのか……

 カイはエルフを導く事で、聖教国の甘ったれた本性を暴き出したのだ。


「バルナゥ!」

『ヴィラージュから空を渡るぞ。どこへ行く?』

「全ての聖教国に輝きが届く地へ」

『ほぅ……それならうってつけの地がある』


 食べるだけの甘ったれなぞに世界を食われてなるものか。


 バルナゥの背に飛び乗ったカイはヴィラージュの爆ぜる音と共に空を渡る。

 渡った先は山も雲もはるか見下ろす天空の極みだ。


「ここは?」


 流れる雲の合間に不毛の荒れ地が見える。

 当たり前だがカイの知らないどこかだ。

 バルナゥは背に乗るカイに答えた。


『ここは全ての聖教国の始まりの地、聖樹教聖都ミズガルズ。我ら竜を食らい尽くした欲望の臓腑のなれの果て。全ての聖教国はこの地を囲んでおるのだ』

「つまり、聖教国全ての中心って事か」

『そうだ』


 バルナゥの瞳がマナに輝き、いくつもの映像が空に浮かぶ。

 そこには進軍を続ける聖教国の軍隊が、異界から搾取した強力な魔道具を手に進む甘ったれ共の姿がある。


 世界樹の枝を使った武器より劣るだろうが国宝級の業物だろう。彼らはそれらの武具の力で世界を貪るつもりなのだ。

 さながら異界の怪物のように。


「さぁ、やるか」

『我が滅ぼして回っても良いのだがな』

「お前は世界を守る盾だろうが。あまり世界を荒らすとアホな天罰が下るぞ」

『おおーふっ……あやつら汝には甘いが我には厳しいからなぁ』

「何を言う。あいつらのせいで俺はこのザマだ。あいつらは自分に甘いんだよ」

『おおーふっ、違いない』


 バルナゥは笑い、カイは叫ぶ。


「イグドラ!」

『何じゃ』

「俺はこれから輝くが、その輝きを甘ったれ共にくれてやる気はない」

『ほぉ、では何に輝く』

「奴らの築いた無数の壁に、だ」

『どれ……くくっ、それは良い。実に良い』


 カイの心を読んだイグドラが笑う。


『じゃが、汝はやはり甘いのぉ』

「俺は戦いを何とか出来ればいいんだよ。命の責まで負わせるな」

『よかろう。元は余の不始末。汝と共にこやつらの性根を叩き直してやろうぞ』

「うまくやれよ」『任せるのじゃ』


 カイは眼下を睨み、深く息を吸い込んだ。

 放つのは最大最強の輝き。

 作り上げるのは至高の逸品。

 カイは叫ぶ。



「あったか、ご飯の、人だーっ!」



 べっかーっ!!!!



 カイの叫びに空が輝き、聖教国に無数に残るミスリルの壁が土下座した。

 そして土下座から戻った壁は大地を走り、空を飛び、川を泳いで聖教国の国境へとたどり着く。

 聖教国の軍が唖然とする中で国境にたどり着いた壁達は次々と繋がり、やがて聖教国すべてをぐるりと囲む壁を構築した。


 聖域『心の芋煮鍋』。


 聖剣『心の芋煮鍋』を参考に築き上げたカイの心の芋煮鍋だ。


 彼らはここから出られない。

 よそわない限り何人たりともこの鍋から逃れる事は出来ないのだ。


「さぁ、祭りの続きだ」

『我とソフィアもいいか?』

「当たり前だろ。皆で楽しく芋煮風呂だ」

『おおーふっ』


 たまにはかき混ぜに来てやろう。

 俺の芋煮鍋で額に汗して地を耕し、地道に美味しく煮込まれやがれ。

次でこの章終わりです。

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