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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-12 カイ、聖軍と戦う

 グランボース聖教国、聖教都ラジュベルの宮殿の深奥。

 円卓に着いた皆は、今日も頭を抱えていた。


「奴め……異界から抜いて来るとは」


 領主の一人が呟く。

 ガルダーノの壁の一件以降、あったかご飯の人は聖教国への対応を切り替えた。

 自ら出向く事をやめ、壁の内側を異界で貫くようになったのだ。


 いくらエルフを逃がさない強固な壁があっても異界の顕現は止められない。

 あったかご飯の人は壁の中に異界を顕現させ、エルフを奪って去って行った。

 あとに残るのはマナに乏しい土地と無駄な壁ばかり。


 故に今、グランボース聖教国にエルフはいない。

 いや、グランボース聖教国だけではない。

 残り六つの聖教国全ての国土からエルフが綺麗さっぱり消え失せたのだ。


 おかげで聖教国を繋ぐ外交用通信魔道具も悲鳴とあったかご飯の人を止められぬグランボースへの罵詈雑言が半端無い。


 やれエルフが消えた。やれ異界が顕現してエルフをさらっていった。


 そしてあったかご飯の人を止められぬお前らのせいだと怒鳴られ、お前らで何とかしろとわめく。


 他の聖教国もあったかご飯の人の情報をつかんでおり、グランボース聖教国が蹂躙されている事もよく知っている。

 異界を収穫していた頃の戦利品をもってすれば、そのような事は筒抜けなのだ。


 エルフかそれに代わる何かを賠償しろ。

 出来なければ領土を割譲しろ。


 そんな事を言われ続けて一ヶ月。円卓の面々の精神もそろそろ限界であった。


「……あったかご飯の人、とうとう自ら動く事をやめたか」

「それはそうだろう。異界を渡れるなら出向く必要など無いのだからな」

「奴はどうやって狙った場所に異界を顕現させているのだ?」

「聖樹様ですらなされなかった神をも超越した所業なぞ、わかるはずもない」

「あんなもの、どうしようも無いぞ……皆で土下座した方が良いのではないか?」

「奴が我が領地に来るのであれば喜んで土下座する……が、エルフが居なくなった地など奴は歯牙にもかけんだろうよ」

「それもこれも……そこのジジイのせいだ」

「「「「……」」」」


 呟きに皆沈黙し、円卓の隅を睨む。

 そこにいるのはにこやかに談笑する二人のジジイだ。


「あ、ほーれっ!」

「おおガルダーノ殿、なんと若々しい鍬の振り」

「いやはや、私もこの歳になってようやく土いじりの楽しさがわかりましたわい」

「身体を動かし実りを得る。いやぁ、良きかな良きかな」

「まったくでございます。これからもご指導ご鞭撻のほどを」


 わっはっはっは……

 笑う二人の老人を、皆は何とも不快な表情で見つめていた。


 ……うまいことやりやがって。


 皆が抱いているのは羨望である。

 エルフを餌にしてあったかご飯の人を釣り上げ、兵と民を報酬で釣り上げて敵対させて輝きに晒し、自らも輝きに浴する。


 勝ってもよし、負けてもよし。


 まあガルダーノ自身はぺっかーを受ける気などさらさら無かっただろうが、今となっては細かい事だ。


 今や領民も領主も笑って土地を耕す幸せ者。

 時々やって来て農作業を助けるエルフや壁を食わせてもらった礼だと地を富ませる幼竜など、あったかご飯の人のサポートもばっちり。


 以前は政も出来ぬお人好しと酷評していたが、今や羨望すさまじい有能領主。

 国土からエルフが消えた今となっては超絶優良物件。他の聖教国からよこせと言われる有様であった。

 そんな要求を受けるたび、円卓の皆は思うのだ。


 ぺっかーに晒されただけのくせに……と。


「あったかご飯の人……余所の国でもぺっかーしてくれないかなぁ」

「そうだな。我が国だけが割を食えば他の聖教国にいいように食い荒らされる」

「なぜ我々だけが割を食うのだ?」「たまたま奴の出身地に近かった不運だな」「運かよ……勘弁してくれ」「輝いてくれと頼んでみるか?」「エルフがいないのに?」「ぐっ……」


 円卓の皆はやけ酒をあおり、再び頭を抱える。

 内側からはあったかご飯の人。そして外側からは他の聖教国の圧力。

 グランボース聖教国は内外共にボロボロだ。


 かつては聖樹様頼り。

 そして今はあったかご飯の人頼り。

 まったく情けない有様だった。


「あったかご飯の人は、今どこに?」

「ガルダーノ領の外れで聖軍と対峙しているはずだ」

「あの没落勇者共は、まだやる気なのか……」


 聖軍。

 かつては聖樹様の力を宿した武具を用いて異界を収穫した聖教国の勇者達だ。

 しかし武器が力を失って、残ったのは素手のエルフにも劣る戦士達。

 円卓の一人が呟いたように、まさに没落勇者である。


 そんな者達がエルフと竜と異界を擁するあったかご飯の人に勝てるはずもない。


 しかし経験していない者が見誤るのは世の常だ。

 聖軍はガルダーノが語った戦いから、あったかご飯の人の弱点を見出したと意気揚々と出陣していった。

 今頃はあったかご飯の人との戦端が開かれている頃だろう。

 円卓の一人が呟く。


「弱点を見つけたからといって、勝てるものでもあるまいに」


 と。






「なあ、ベルガ」「何だ?」


 円卓の一人が呟いていたその頃、ガルダーノ領。

 カイは平ら過ぎる地の先を睨み、農作業の指導に訪れたベルガを呼んだ。


 ホルツの里の長老ベルガは輝きに晒された者達が地を耕して実りを得られるよう、カイに頼まれ時々グランボース聖教国を訪れている。

 今はガルダーノ領の民に地を耕す事を教えている最中だ。


 祝福を持つエルフは願えば実りを手に出来る。

 しかし、エルフは食への執着半端無い。

 地を耕して富ませばより美味しい作物が出来ると知ったエルフは嬉々として地を耕し、人間の農家に指導を受けて今では願わずとも実りが手に出来るほどに成長している。


 エルフの祝福と人間の農業技術の融合。

 今はまだエルネ、ボルク、エルトラネ、ホルツといった人との付き合いを持つエルフの里だけだが、いずれは他のエルフの里にも広がっていく事だろう。

 食べ物方向への努力は本当に半端無いのである。


 作物を育てるエルフの祝福とぺっかーに晒された人々の努力は地を富ませ、ようやく実りを得つつある。

 これを何年か繰り返せば、彼らだけで実りを手に出来るようになるだろう。


 が、しかし……カイがベルガを呼んだのは農作業の話ではない。

 睨む先にいる旗と鎧姿の集団の事で意見が聞きたくて呼んだのだ。

 カイはベルガが近くに来たのを確認し、視線の先に蠢く集団を指差し聞いた。


「あれ……何だと思う?」

「……土下座だな」「だよなぁ、やっぱり土下座だよなぁ」


 目の良いベルガの答えにカイは頷き、大きくため息をついた。

 謎の土下座鎧集団。


 いや、謎でも何でもない。

 聖教国の軍だろう。


 何千もの重厚な鎧に身を包んだ者達がカイを前に土下座しているのである。

 それもジリジリと接近しながら、だ。


「カイ、何をしているんだあれは?」

「戦う気なんじゃないか?」「土下座でか?」「そうだよ」「エルフ相手に土下座で勝てると思っているのか彼らは?」「まあ土下座しなければ輝き一発だしな」「あぁ、ぺっかー回避か」


 ベルガはなるほどと頷き、カイは再び大きくため息をつく。


 おそらく情報源はここの領主だろう。

 土下座したエルフが懺悔しなかった事を聞いて出陣してきたに違いない。

 そうでなければ、誰が土下座で戦うなどというアホな作戦を立てるものか。


『余が抑えるのを止めようか?』

「本当に困ったら頼む」

『汝はいつもそう言うて余がその通りにすると怒るのじゃ。理不尽なのじゃ』

「言っておくがこの国の有様は全部お前のせいだからな?」

『ぐぬっ!』


 そして、その作戦もイグドラが抑える事を止めただけで終わりだ。

 身内の土下座懺悔が切ないカイがイグドラに頼んで何とかしてもらっているだけで、弱点でも何でもないのである。


 諦めて剣を農具に持ち替えろよ……


 土下座しながらにじり寄る鎧共にカイは思わずにはいられない。

 そこまでまっとうな努力をするのが嫌なのか。であった。


『では我らが異界に引きずり込んでやりましょうか』「「「ぶぎょ」」」

「それはやめてくれ」

『『じゃあ俺らのブレスで』』

「それはもっとやめてくれ」

『では私が美味しく「やめれ」あらあら。まあ冗談ですけど』


 子供をあやす老オークと首をもたげるルドワゥ、ビルヌュ、マリーナの言葉にカイは首を振る。


 輝けば一発だ。


 しかしそれでは崇める相手がイグドラからカイに変わるだけの事。

 今は畑で笑う聖教国の民達も、ただカイの輝きに変えられたに過ぎない。

 彼ら自身が考えてそれを選んだ訳ではないのだ。


 もうこの国にエルフはいない。

 それどころか聖教国全てのエルフはカイが異界を通してビルヒルトとアトランチスに導いた。

 輝きに変えられた彼らのアフターサポートがなければ、とっとと我が家に戻っていたはずなのだ。


 もはやエルフを従える事も出来ないのだから、素直に諦めてくれればいいのに。

 どこまでも面倒を押しつける奴らだな……


 と、カイが土下座鎧を睨んでいると妻達がカイを呼びにくる。

 ご飯の時間なのだ。


「カイ、ご飯えう」「むふん。今日も芋煮は絶品」「カイ様、本日もこのメリッサ渾身の芋をふんだんに使った自信作でございます。耕した地での芋の出来は格別ですわ」

「あ、すまん。いま取り込み中……」


 ザザザザッ……

 呼びにきたミリーナ、ルー、メリッサの声に振り向いたカイの背後で鎧が走る。


「ん?」


 ババババッ……

 音にカイが視線を戻すと再び土下座の鎧共。


「……」

「えう?」「動いた」「彼ら、動きましたわね」


 カイと妻達が見つめる先、ひたすら土下座の鎧共である。

 試しにもう一度視線を外すとザザッと動き、戻すとババッと土下座する。


 あー、子供の頃によく遊んだわ。

 動いている間に見られたらアウトって奴だ……


 何ともバカらしい戦いにカイはため息をつく。

 しかし鎧共は大真面目だ。

 カイの意識が自分達から外れる隙を虎視眈々と狙っているのだ。


 これはうかつに動けんな。

 しかし、このままでは妻達のご飯が冷める。

 ついでに子供達が俺より老オークに懐いたら寂しくてたまらないぞ。

 面倒だからもう輝こうかしら。

 あの位ならまだ世話できるしな……


 カイがそんな事を考えていると、ベルガが前に進み出た。


「では、我らが行こう」

「ベルガ?」

「我らエルフも異界と戦わねばならぬ頃合いだ。神の力が去った今、人間ばかりに任せる訳にもいくまい」

「だが奴ら、殺る気だぞ?」

「今回は訓練中のエルフ勇者も連れて来ている。ちょうど良い訓練になるだろう」


 ベルガはカイに笑うと手を上げ、風の魔法を紡ぐ。

 何かしらの合図だったのだろう、瞬く間に鍬を手にした帯剣エルフ数十名がベルガの前に集合した。


「ベルガ様、全員集合しました」「よし」


 彼らがエルフの勇者らしい。

 手には鍬、首には手ぬぐい、姿は土まみれ。

 呼ばれるまで地を耕していたのだろう、勇者でもエルフは食に夢中だ。


「今から訓練を行う。土下座戦、用意!」

「「「「はっ!」」」」


 ベルガの号令でエルフ勇者が土下座する。

 カイがあんぐりと口を開ける前で勇者達は自らの土下座の調子を確認し、ベルガに叫ぶ。


「「「「土下座、よし!」」」」

「よし!」

「よし、じゃねーよ!」


 たまらすカイはツッコミを入れた。


「ベルガ。土下座で戦うなんて想定してるのか?」「そうだ」「なんで?」「お前みたいなダンジョンの主がいたら厄介だと、システィがな」「えーっ……」


 そんな事まで考えてるのかよ勇者は……


 呆れると同時に今度アレクに聞いてみようと思うカイである。

 まあ、ダンジョンは特殊空間。

 そんな事もあるかもしれないとカイは思い直し、勇者とは大変なんだなぁと改めてアレクの偉大さに感心する。


 とても奇妙に見えるがこれは勇者の戦いなのだ。

 これ以上ツッコミを入れるのはやめよう。


 と、カイが鎧共を睨むかたわらで、ベルガは土下座勇者に語り始めた。


「これは訓練だが敵は本気。我らを殺す気で襲ってくる。隊員は仲間との連携を、隊長は他の隊との連携を忘れぬように。土下座戦が我らエルフの独壇場であっても決して相手を土下座素人と侮るな。侮った時は死ぬ時と心得よ!」

「「「「はい!」」」」

「よし。土下座抜刀!」

「「「「はっ!」」」」


 皆が鍬を脇に置き、鞘から剣を引き抜いた。

 ミスリルの刀身が陽光に輝き、何かしらの文様にマナが踊る。

 魔力刻印を持つ魔力剣だ。

 ベルガは魔力に輝く刀身に頷き、号令した。


「全隊、突撃!」


 ギュルルンッ!

 土下座が地を蹴りエルフ勇者達が疾走する。

 鎧共があまりの土下座速度に慌てるのも一瞬。すぱーんとエルフの振り抜いた剣に鎧共の土下座が宙を舞う。


 鎧共は土下座迎撃するがエルフの土下座は圧倒的だ。

 剣の振りに合わせてくるりと土下座で回り込んで背後に回り、剣ですくい上げるように鎧共を投げ飛ばす。


 ぴょーん、ぴょーん。


 と、そこら中で土下座鎧共が飛ぶ様はさながら蹴鞠のようである。

 あまりにも一方的であった。


「相変わらずエルフの土下座はすげえな」

「まあ、人間は土下座で戦えるようには出来ていないからな」

「……いや、それはエルフも一緒だろ」

「何を言う、数百万年にも及ぶ呪いにより我らエルフは土下座に特化したのだ。見ろ、我らの流れるような土下座機動を」

「あぁ……自在だな」「そうだ」「姿形は人間とほとんど変わらないのにな」「お前らの土下座修行が足りんのだ」「いや、俺ら土下座そこまで必要ないし」「だからあのザマな訳だ。土下座に見放された者共め」「えーっ……」


 常識が違えば会話が噛み合う事は無い。

 ベルガとカイは何とも奇妙な土下座談義をしながら、為す術なく鎧が土下座で宙を舞う姿を眺め続ける。


 エルフの土下座は三次元。

 対する鎧共の土下座は限りなく点に近い二次元だ。

 ろくに動けず、回れず、下がれず、エルフの土下座に圧倒され続けている。


 鎧共の武器も魔力を帯びた魔法剣だが当たらなければ意味がない。無理な土下座姿勢で振られた鎧共の剣は全て空を切り、無意味に草を刈っていた。


「器用に避けるもんだなぁ」「隊長はハーの族の者だからな」「あぁ、心読んでるのね」「異界を討伐する為に編成したのだからな。心が読めて回復魔法が使える上に眠りなどの精神干渉にも強い。さらに魔力刻印にも詳しく武器の補修や臨機応変な強化に長けている。走攻防全てに優れた勇者の要となる者達だ」「武器もハーの族が作ってるのか」「エルトラネ製だ」「あいつら凄まじいなぁ」「惜しむらくは次世代にピーが残せない事だな。何とか残せないものだろうか」『汝の里を再び呪ってやろうかの?』「申し訳ありませんでした!」


 イグドラの声にベルガが見事な土下座を見せる。

 さすがベルガ。

 エルフ勇者とは土下座のキレが違う。


 が、しかし……エルネにこの人ありと言われたマリーナは手厳しい。


『まだまだですねぇ』

「くっ……さ、さすがは土下座で食を呼び寄せたマリーナ殿」

「ひいばあちゃんはすごかったえうよ」「む、土下座でご飯を分け与えたエルネ伝説の人」「ああっ! エルトラネにマリーナ様のような方がいらっしゃれば、ほとんどピーな私達の人生も半分ピーくらいで済みましたのに!」

「いやそれイグドラが頭かち割ろうとしてただけだから。イグドラのせいだから」

『ぐぬっ!』『あらあら』


 土下座ぴょんぴょん跳ねる勇者と鎧共を眺めてのんびり会話の皆である。

 すでに大勢は決している。

 縦横無尽に土下座疾走するエルフ勇者に土下座鎧共は総崩れだ。

 付け焼き刃の土下座でエルフの土下座に勝とうなぞ百年早いのだ……が。


「妙なマナの流れがあるな」


 そうベルガが呟いた直後。


 ズドン!


 と、一人の剣を構えた鎧が土下座突撃を敢行した。


「撃ち出して来たえう!」「むむむ超速土下座!」「カイ様、お下がりを!」


 ミリーナ、ルー、メリッサが叫び、カイを守ろうと動き出す。

 が、剣を構えた超速土下座の鎧の方がそれより速い。

 そしてカイがあったかご飯の人だと呟くよりもはるかに速い。

 剣の切っ先はミリーナ、ルー、メリッサの間を抜けてカイの喉元に迫り……

 ベルガの鍋がそれを受け止めた。


「な、鍋だと?」

「貴様を撃ち出すための囮土下座か……人間もなかなかやる」


 驚愕に叫ぶ鎧にベルガが笑う。

 ベルガが手にしているのは剣が姿を変えた鍋。

 さすがはエルトラネ製の剣である。その姿は自在なのだ。


「鍋ごときがなぜ貫けぬ!」

「我らエルフは戦いの中でも食を決して忘れない。貴様の剣ごときで我らの聖剣『心の芋煮鍋』の鍋底が貫けるものかよ」

「べ、ベルガ……」


 格好いいのかアホなのかわからん……


 感謝と同時に呆れ半端無いカイである。


「この鍋の中のもの、よそうまで失う事など決してありえぬ!」

「ぐっ……」


 ギュルルリンッ!

 鍋を構えたベルガが土下座鎧を押し返す。


 剣は鍋から離れない。

 よそわれていないのだから当然だ。何があろうとよそうまでは中身を決して失わないエルフの願いと技術の結晶。


 それが聖剣『心の芋煮鍋』。


 聖剣と呼んでいるが本質は鍋。絶対に鍋!

 剣などおまけに過ぎないのだ。


「ぐぅおおおおおっ!」

「そしてエルフに土下座で挑もうなど百年早い!」


 押し返しながら土下座姿勢に移ったベルガの瞳がマナに輝く。


 ズゴン!


 鍋に剣を入れたままベルガは鎧共に逆突撃を敢行した。

 その速度は鎧の突撃よりもはるかに速く、そして力強く。


 次土下座の射撃準備をしていた鎧共が唖然とする中に突撃したベルガは鍋から剣をよそい、持ち主の鎧もろとも鎧共に撃ち返した。


 着土下座。そして爆土下座。

 土下座弾ける鎧共を背にベルガは叫ぶ。


「捕獲せよ!」

「「「「おう!」」」」


 エルフ勇者が剣を鍋に変え、鎧共を鍋の中にポイポイと入れていく。

 鎧共を入れるほどに鍋は大きくなり、素材のミスリルは薄く引き伸ばされる。

 しかし聖剣の鍋底が抜ける事は決して無い。


 お前ら、鍋の方が圧倒的に強いじゃん。


 と、カイが呆れるなかエルフ勇者達は手際良く鎧共を鍋で捕らえ続け、ものの数分で戦いは終了した。


「ぐおっ……」「で、出られぬ」「こんな鍋に」「くそおっ」


 数十の鍋の中には数千の鎧がひしめき合っている。

 叫ぶ鎧達は鍋からは出られない。

 よそわれていないのだから当然だ。何があろうと中身を決して失わない聖剣『心の芋煮鍋』は捕らえた者も逃さないのだ。


 なんだろこれ。

 煮込むのか?


 何とも嫌な光景に冷や汗のカイである。


「心配するな。鍋は洗えばすっきりクリーンのマナコーティングだ」

「いやそんな心配はしていない」


 ベルガの言葉にカイはツッコミを入れ、鍋に囚われた鎧共の長とおぼしき男の前に立つ。

 このまま放置しておく訳にもいかないからだ。


「俺達の勝ちだな」

「……」

「諦めてくれるとありがたいのだが、どうする?」

「……諦めるものか」


 静かに問いかけるカイの言葉に、男が答える。


「我らは聖軍、神の遣わした勇者なり。我らは決して諦めぬ」

「諦めろ!」

「ならば輝きで我らを変えるがいい! さもなくば我らは何度でも貴様を狙い、必ず滅ぼしその魂を聖樹様に捧げるだろう」

「甘えるな!」

「「「我らは聖軍、神の遣わした勇者なり! 我らは決して諦めぬ!」」」

「戦う相手は俺じゃないだろ。神にすがる自分と戦え!」

「「「我らは聖軍、神の遣わした勇者なり! 我らは決して諦めぬ!」」」


 カイの叫びを鎧共の狂気が塗りつぶす。


 何が勇者だ。

 自分で改める勇気も持たない者が勇者を名乗るなぞ、ちゃんちゃら可笑しい。


 カイの知る勇者達は神の祝福を持つ武器であろうと手放す勇気を持つ者達だ。

 自らと仲間の力を信じ、世界を守るために異界と戦い抜いた者達だ。

 そして自らの意思と覚悟で未来を切り開いていった者達だ。


 神や輝きにすがる者では決してない……決して!


「「「我らは聖軍、神の遣わした勇者なり! 我らは決して……」」」

「あったかご飯の人だ!」


 ぺっかー……


「「「おおぉ我ら、何と罪深き所業を……」」」

「……」


 カイはひれ伏し懺悔する勇者達を無言で鍋からすくい上げる。

 その日、カイ一家はグランボース聖教国を出国した。

 神の代わりにアテにされるのが、嫌だったからだ。

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