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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-11 俺の滑舌が今、試される時!

『ここじゃな』


 カイ達はイグドラの導きで馬車を走らせ、目的地である壁に到達した。

 門の前で馬車を止め、降りてその威容を見上げる。


「でかいえう」「む。まさかの壁沿い一泊二日コース」「これまでも大きいと思っていましたがこれは格が違いますわ。中にはどれだけのエルフが閉じ込められているのでしょうか……」

『これは食べ応えがありそうですねぇ』

「「「ぶぎょーっ」」」『オークスペシャル大車輪!』

「そうだな。これは相当でかいな」


 ひひーん、ぶるるるるっ。

 皆の言葉といななきの後、カイも呆れて呟いた。


 壁はこれまで以上に高く、そして地の果てまで続いている。

 昼に壁の端に到達したのに、夕方になっても延々と壁が続いたので途中で一泊した程である。

 数時間で門まで到達していたこれまでの壁とは明らかに格が違った。


 そして壁の中の区画も田の字の四分割どころでは無い。

 地図に描かれた形は方眼紙のようなマス目。

 最初見た時は地図の下書きかと思ったが、願いで得た地図に下書きなどある訳がない。

 この中は実際に細かく区分けされているのだ。


「細かいえうね」「ややこしい」「まったくですわ」

「まあ、この地図は古いから今も同じとは限らないがな」


 カイは周囲を見渡した。

 平坦な地である。

 そして平坦過ぎる地でもある。


 地図上には山や丘などの多少の起伏が記述されているのに、周囲はとてものっぺりしている。

 地図を願ったのが何年前かは知らないが、地形が明らかに変わっているのだ。


 そして、それだけの事をしているのに何かに使った様子もない。

 山を削るなど一大事業だ。そのまま放置するなどありえない。


 きっと何かに使う予定だったのだろう。

 壁を新たに作るつもりだったがイグドラが還って頓挫したのかもしれないな……


 と、カイは一面の草地を前に考え、手にした地図をカイスリーに押しつけた。


「更新される地図を願えば良かったえう」「確かに」「そうですわね」

「そんなのダンジョンの主にでも願わないと手に入らないぞ。効果範囲を考えると俺以上だからな」


 カイの意識を常にコピーするカイスリーが妻達に言う。

 カイスリーもダンジョンの主を討伐した際にアレクが願い生まれた戦利品。

 アレクの話を信じるならば、カイスリーも階層の主程度ではダメらしい。


 一人の意識を常にコピーするだけでもダンジョンの主のマナに願わなければ作れないのだ。

 更新する地図なんか、存在しても門外不出だろう。


『ちょっと上から見てきますね』

「頼みます」


 とりあえずマリーナに空を飛んで見て貰うと、天井があるらしい。

 この壁もすでに地図とは違っているのだ。


『食べますか?』


 と、飛びながら聞いてくるマリーナに「待て」と首を振るカイである。


 天井がある壁なんて初めてだな……


 そう思いながらカイは門の前に立った。

 ここを守る兵は馬車で近付くカイ達を見て、悲鳴を上げて逃げている。

 既に悪評が限界突破しているのだろう。


 まあ、気持ちは分かる。

 謎の光で人生変えられるのは誰だって嫌だろう。

 そして逃げていく相手にまで輝くつもりはカイにはない。

 エルフさえ解放できれば良いのだ。


 人の都合は俺が去った後で好きなだけやってくれ……


 カイは巨大な門の開け方を探り、わからんとマリーナに頼んだ。


『食べますねもっしゃもっしゃまずい』

『私もやりますぞ……こ、これは願いがうまく通りませんな……』

「「「ぶぎょー」」」


 マリーナは扉にかじりつき、老オークは願いで扉を崩そうと頑張る。

 子供達が愉快そうに回りをコロコロ転がる中、マリーナは瞬く間に扉を食い破って自分が通れる位の穴を開けた。


『マナの流れる壁とは違い、楽なものですねぇ』

『ぐぬぬ、さすがにこの手の金属は願いだけでは簡単には奪えませぬか……』


 マナが流れていないとはいえ、ミスリルすらペロリ平らげる竜の恐ろしさよ。

 対して悔しげに呟く老オークはミスリルに願いがほとんど届かなかったらしい。周囲に異界の石コロを数個転がすだけに終わっていた。


 異界の者の願いでもそう簡単には奪われない。さすがはミスリルだ。

 まあ願いで何でもかんでも奪われたらたまったものではない。

 カイは開いた穴の中からマナを眺めてただの通路だという事を確認して、中に入る事にした。


『馬車で通れるようになるまで食べますか?』

「フランソワーズとベアトリーチェだけ連れていこう」


 中で何かあった場合、馬車に繋がれていては二頭が困るだろう。


 ひひーんっ、ぶるるっ……

 カイは甘えいななく二頭を馬車から外して連れていく。

 二頭は乗ってけとカイとカイスリーに身体をこすり付けるがまだ大丈夫だと首を撫で、一行はマリーナが食い破った扉から中へと入った。


「「「ぶぎょ!」」」


 子供達が尻尾からマリーナの背に転がり上がる。

 壁を貫く通路は暗く、ひんやりとしていた。

 カイが先程見た通り妙なマナの流れは無い。

 この通路の先にある内側の扉にエルフを閉じ込めるため流れているだけだ。


 あれもマリーナに食べさせるとして、少し時間がかかりそうだ。

 中も相当広いだろうし、ここは時間がかかるかもな……


 カイはそう考え、ふと気付いた事を老オークに聞いてみる。


「そういえば、この中にはお前らの異界は開通しなかったんだな」

『顕現する先など我らには狙える訳もありませぬ故』

「まあ、そうだよな」


 顕現する世界と場所を選べるのはこの世界の外の存在、神だけだ。

 それにしてもこれだけ広いのに一箇所も突き抜ける場所がないとは驚きだ。

 カイが感心していると天から話を聞いていたのだろう、イグドラが会話に割り込んできた。


『破れぬ事も無いぞ。余が手を貸そうか?』

「どうしようもなくなったら頼む」

『相変わらずカイは渋ちんじゃのぉ。神が協力してやろうと言うのに』

「だってお前ら、ロクな事しないじゃんか」『ぐぬ!』

「俺が今やってる事だって、ほとんどお前の尻拭いだからな」『ぐぬぬ!』


 そう、ほとんどがイグドラのせいである。

 そしてそれも、元々はエリザらいじめっこ神のせい。

 そしてそしてそれも、ベルティアが仕事上手で妬まれたせい。


 神の世界も、付き合い大変なんだなぁ……


 と、しみじみ感じるカイである。

 人の世界も世知辛いが神の世界も世知辛い。

 しかし、だからといってこれ以上神の都合で振り回さないで欲しいカイである。

 大き過ぎる神々の祝福は呪いと大して変わらないのだ。


『し、しかし汝が危なくなったら手を出すからの』「わかったわかった」

『いや、危なくなる前に余を頼るのじゃぞ? 何かあったらベルティアが、ベルティアの作る余の幸せなふかふか寝床がぁ……』「はいはい」


 ふかふか寝床の為に頑張らねばならんのか……


 げんなり気分のカイである。

 カイは壁を貫く通路を歩き、マリーナに再び扉を食わせて壁の中へと入り込んだ。


「……平らだ」「ああ」

「平らえう」「外も中も素晴らしいのっぺり感」「ですわね。いかにも整地しましたって感じの壁の中ですわ」

『あらまぁ』「「「ぶぎょー」」」

『これはまた殺風景ですな』


 一面に広がる真っ平らな野原に皆は呆れて呟いた。

 何かしらの魔力刻印が稼働しているためだろう、天井はあるが空は青く、陽光が地を照らしている。


 そして照らされた地面はどこまでも平ら。恐ろしいまでの真っ平らである。

 これまでの壁は地からエルフが逃げないようにする為の自然に合わせた囲いであったが、ここは明らかに整地されており障害物は草とまばらに生えた樹木のみ。

 地面には山も谷もなく、川も水場も無い。


「こんな事にマナ使う余裕があるなら普通に地面を耕せよ」


 あんまりな景色にカイは呆れて呟いた。

 マナの走る壁と天井に、整地された大地。

 これだけの資源を使ってやっている事はエルフを逃がさない事だけである。

 資源を将来性の無い事業につぎ込んで浪費しまくっているのだ。

 まさしくアホか、であった。


「まあとりあえず輝いとくか……あったかご飯の人だ」


 ぺっかー……


 カイからほとばしるまばゆい光に世界が輝く。

 神の呪いもとい祝福が、全てがひれ伏し懺悔する輝きが壁の中に満ちていく。

 そして輝きが収まった頃、妻達はよっこらしょと土下座から立ち上がった。


「これで一安心えうね」「む。素早く土下座はカイの妻なら楽勝」「私達はカイ様のお心を誰よりも理解しておりますから気兼ねなく輝いてくださいませ」

「「「ふぎょー!」」」『あらあら』


 さすがはエルフ、土下座のプロである。

 ミリーナ、ルー、メリッサ、そしてマリーナはカイが輝く直前に流れるように土下座へと移行し、輝きの影響を免れている。


 先日アリーゼとノルンが苦しめられた読経の成果。

 輝く前に土下座すれば影響を回避できるのだ。


 しかし大好きな言葉に子らが喜びコロコロ転がるその中で、今も土下座している者もいる。


『ぐぬぬ、我もまだ土下座がたりませぬな……えう』

「あ、すまん」

『えうがえうえうえうえう……あぁ、我のえうのふがいなさよえうえう……』


 老オークだ。

 エルフほど土下座上手ではない彼はカイの輝きに対応出来なかったのである。


 まあ、それはそれとして……


 えうえう懺悔する老オークの回復を待ちながらカイは周囲を観察する。

 幸いな事に見える範囲の世界は輝く前と何も変わらない。罠とかは無いようだ。



 ……と、思っていたのだが。



『カイよ! 下から来るのじゃ!』

「は?」


 ズゴン!

 イグドラの言葉と共に地から壁が生えてきた。


「うわっ」

「えうっ!」「ぐぬっ」「ふんぬっ!」

『あらあら』「「「ぶぎょー」」」『えうえうえう……』


 ひひーん、ひひひーんっ。

 なんというピンポイントな壁だろうか。

 カイ一行を分断するように発生した壁は皆を引き離すように天へと伸びていく。

 壁に押しのけられながらカイは叫んだ。


「イグドラ! なんだこれは!」

『ど、どうしようも無くなったら頼むと言うたではないか』

「限度ってもんがあるだろうが!」

『細かい事言われてもわからぬわ! 大丈夫じゃ。本当にどうしようもなくなったら余が華麗に助けてやるわい』「このやろう!」


 ああ駄目だ。

 こいつらしょせんは部外者だ。住む世界が違うから危機感がまるで違う。

 これでうちの超可愛い嫁と子供に何かあったらタダじゃ済まんぞ……


 カイはそう毒づくが一番ヤバいのは実はカイだ。

 壁は明らかに狙ったのだろう、うまくカイ一行を三つに分断させている。


 ミリーナとルーとメリッサ。

 マリーナと子供達とフランソワーズとベアトリーチェの馬二頭。

 そしてカイとカイスリーと老オーク。


 強靭なエルフ三人。幼いとはいえミスリルすら食い尽くす竜。

 それにひきかえ輝くだけの男とそのオマケ、そして異界の老オークだ。


 さっきカイが輝いてもこんな事が出来るのだから、首謀者は輝きの届かない場所で壁を動かしているのだろう。

 カイの輝きは対策されているという事だ。


「ど、どうする?」「どうするって言われてもな」『えうえうえう……』


 カイはカイスリーと顔を見合わせるもせり上がる壁が止まるわけもない。

 土ぼこりを舞い上げながら地から生えた壁はやがて天に達し、天井に激しくぶち当たってようやく停止する。


 そして、ガコン……天井から音が響いた。 


「おい」「なんだ?」「天井、落ちてきてないか?」「げっ!」


 こんな事が出来るマナがあるなら真面目に働けよ!


 迫る天井にカイとカイスリーは同時に叫ぶ。


「「アホかこいつら!」」






 カイ達が壁に叫んでいた頃……


「やはりか」


 地下にある秘密の部屋で、この地を治める大領主ガルダーノ・ジュールは部下からの報告を聞き呟いた。


 光を完全に遮断してしまえば影響を受けることは無い。

 推測した通りだった。


 あの壁の中には多くの観測兵を潜ませてある。

 最初の輝きで三分の一が土下座謝罪を始めてしまったが、完全に光を遮断した場所にいた者が交代して輝いた後の一行を観測している。


 壁の出現位置も彼らが指定したものだ。

 観測兵は多くが輝きにやられてしまったがそれはそれ。

 円卓のボケじじいと同じく幸せであろう。


 うまいこと口減らしができた……


 ガルダーノはほくそ笑む。

 これまで繁栄を謳歌してきた兵も民も贅沢だ。

 与えるものを与えなければ指一つ動かそうとはしない困った輩共。

 それをあのあったかご飯の人は輝き一つで根こそぎ変えてくれる。


 輝きを受けた幸せな者達は、円卓のボケじじいの所に送って畑仕事でもしてもらう事にしよう。

 そしてまだ無事な者は輝きに晒されるまで目と耳として、あったかご飯の人を討伐する力となってもらおう。


 手段は問わない。

 あれを討伐できれば報酬は思うがままだと兵達には言ってある。


 聖樹様が天に還りエルフ達が従わなくなってからは、ガルダーノ領も他の領同様余裕は無い。

 蓄えた富やマナを放出してエルフを閉じ込めているのはガルダーノも他領とまったく同じだ。


 しかし、ガルダーノの先祖は慧眼だった。

 異界をより効果的に利用する手段を思いついたのだ。

 ガルダーノは先祖の成果に言い放つ。


「もっとマナが必要だ」

『わかりました』


 答えたのは異界の者達だ。


 この壁を動かすマナは全て、この異界の者達が作っている。

 ガルダーノが地を削っているのは彼らを使ってマナを手に入れるため。

 ここに運び込んだ土砂は彼らの願いで異界の何かに変わり、ガルダーノらの願いでマナや魔道具に変えられる。


 対価は山や丘などの世界を構成する何か。

 異界の者達はダンジョンが顕現した際に捕らえた者達だ。

 彼らに豊かな生活を約束して世界を食わせ、使い道のない土砂を力に変える。

 ガルダーノは世界を食い潰しているのだ。


 異界の者と部下達がマナを手に入れる中、ガルダーノは観測兵の報告を待つ。

 しばらくして、魔道具経由で声が届いた。


『竜が壁を食い破りました』

「さすがに竜は壁では仕留められぬか」


 仕方ない。

 相手は幼いとはいえ竜だ。聖樹様が還られた今となっては幼竜とてかなりの強者。ミスリルの壁程度でどうにか出来る相手ではない。


『三人のエルフは樹木で天井を支えました』

「む……」


 まあ、これも仕方ない。

 相手はエルフだ。強固な樹木をすぐさま育てられるエルフなら助かる位の隙間を作る事など造作もない。


 しかし……あったかご飯の人はただ輝くだけの者。

 輝いたところで従う者などどこにもいない。


 あったかご飯の人の輝きに比べれば、エルフも竜も大した事はない。

 輝きさえどうにかできれば幼竜もエルフも数で圧倒できる……


 ガルダーノは静かに報告を待つ。

 しばらくして、感極まった報告が届いた。


『すばらしい。あったかご飯の人すばらしい……』

「……何があった?」

『なんと心洗われる輝きなのだ。あぁ、あの光こそ我が人生の新たな幕開け』

「とっとと報告せんか!」


 苛立つガルダーノに魔道具からの声が響いた。




『壁と天井が土下座したのです!』

「はあっ?」




『あの尊き輝きの前には壁や天井すらひれ伏し懺悔する。ああ! あったかご飯の人の素晴らしさよ! 全てがあなたにひれ伏すのです』

「意味が分からぬ!」


 ミスリルで作られた壁や天井が、土下座?


 ガルダーノはあまりの不可解さに頭を抱えた。






「いやーっ、輝きすげえなオイ」「ホントホント。壁すらひれ伏す脅威の輝きだわ」「あの輝きには壁も土下座懺悔だわなぁ」「心を入れ替えた壁の素直な事。ミスリルも納得の奪われだわ」

『お二方……語られている意味がわからないのですが』

「「俺らも全くわからんわ!」」


 壁に開けた穴の中、老オークのマジレスにカイとカイスリーが叫んだ。

 落下してくる天井に危機を感じたカイがとっさに行ったのが、壁に輝きをぶつけることだ。


 あったか、ご飯の、人だぁっ!


 生物は危機に直面した時、新たな扉を開くという。

 カイのやけっぱちの叫びと輝きはミスリルをも動かし、壁と天井の土下座懺悔を勝ち取ったのだ。


「いやー、謝罪したミスリルに穴を開けてくれて本当に助かったわ」

『いやはや、命拾いしましたな』

「「いや、またキテレツな祝福をされる所だった」」『……』


 あっはっは。

 せっかく減らしたのにあぶねーあぶねー。


 狭い穴倉の中で笑うカイとカイスリーに冷や汗を流す老オークである。

 カイ達は謝罪したミスリルを老オークに奪わせ穴を開け、その中に逃げ込んだ。

 天井のミスリルが謝罪しながら落下してきたのはその直後の事である。


 謝罪したミスリルとかさっぱり意味不明だが、まさに危機一髪。

 一瞬でも遅ければ天上で固唾を呑んで見守る神々がここぞとばかりに祝福をぶち込んできただろう。


 これ以上人外にならなくて良かった。壁と天井の謝罪を勝ち取って良かった。


 と、胸を撫で下ろすカイである。


「よし、この調子で壁を掘り抜くぞ」「おう」

「「あったかご飯の人だ!」」


 ぺっかー。


『えうえうえうえう……』

「「土下座はいいから掘りやがれ」」

『えうーっ!』


 カイとカイスリーは叫び、輝き、老オークを担ぎ上げて輝きに謝罪するミスリルに押し付け削っていく。

 オーク使いの荒いやけっぱちな二人だ。


 あったかご飯の人だ、ぺっかー、えうえう、掘れ。あったかご飯の人だ、ぺっかー、えうえう、掘れ……


 老オークが願いで得た異界の石ころを袋に入れながらカイ達はミスリルの壁を掘り進み、やがて外に躍り出る。


 そして空を駆ける無数の矢に向かい叫ぶ。


「あったかご飯の人だ!」


 ぺっかー。


 ヘロヘロポトン。

 射手も土下座謝罪なら弓も矢も土下座謝罪である。


 ええい襲ってくるんじゃねぇ。

 これ以上、妙な祝福がついたら面倒なんだよ。


 と、カイ達は輝き謝罪を強要する。 


「こいつら俺らを研究してやがるな」

「さっきからセコい手ばっかり使ってくるからな。輝きを何とか回避してこちらを殺る気マンマンだわ」


 しかし無駄である。

 もし攻撃が届いたとしても、さらなる祝福がカイを襲うだけの事。


「俺らも、もう容赦できんな」

「ああ。もう許せん。絶対許せん」


 カイとカイスリーは思いきり息を吸い込み、静かに素早く呟いた。


「「あったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だー……」」


 ぺっかぺっかぺっかぺっかぺっかぺっか……


「「「「おおっ、我らは何と罪深き所業を……!」」」」


 カイとカイスリーはお経のように呟いて輝きを遮断するミスリルの謝罪を獲得して中を暴き、伏兵達の謝罪をぺっかぺっかと獲得していく。

 相手が殺る気ならカイも容赦する気は無い。


 お前ら謝れ。

 俺を殺ろうとした事を。

 家族にひどい事したことを土下座懺悔で謝罪しやがれ。


 ひと段落ついたところでカイは叫ぶ。


「ミリーナ、ルー、メリッサ、無事か!?」

「カイ!」「むむむカイよく頑張った!」「カイ様、ああカイ様! メリッサは信じておりました。幾多の苦難を乗り越えたカイ様のへなちょこな強さを!」

「なんだそりゃ」


 妻達の言葉に苦笑するカイである。 


「こっちは大丈夫えうよ」「強い味方きたこれ」「そうですわ。私達は今、三人ではありませんの」

『『『『『えうーっ!』』』』』


 壁の向こうから届く妻達の声に続き、オーク達の雄叫びが壁を震わせる。

 怒りの神々が世界をぶち抜いたのだ。


『うぉらぁ! うちの御母堂様方をヤろうとしてる奴ぁどいつだぁ!』

『ナメた真似しやがって!』

『我らが神の母君に手を出してタダで済むと思うなよ!』

「えう!」「こらしめておやりなさい」「ふんぬっ!」

『『『御母堂尊い超尊いえう!』』』

「「……」」


 おぉおおおおえうえうえうえうえうえう……


 壁の向こうから響く怒号にカイとカイスリーは顔を見合わせ安堵の息を吐く。

 オーク達はこれ以上無いほど妻達を丁重に扱うだろう。

 彼らは異界の怪物だが恩は決して忘れないのである。

 ともあれこれで妻達は一安心だ。


「マリーナ、子供達は……」

『とーちゃーん、助けてーっ!』


 次は子供達……


 と、声をかけようとしたカイにマリーナの咆哮が届く。


 ベギン……バキバキバキバキ……


 空間が裂け、聞き慣れたヴィラージュの爆ぜる音が壁をビリビリ震わせる。


『どうした我が子よ』


 ずぉう……

 破った空間から現れたのは大竜バルナゥ。


『こいつらがいじめるー』


 背に子らを乗せたマリーナは巨大な父に駆け寄った。

 子供の特権、すねかじりだ。


『なるほどおおーふっ、マリーナ本当にすねをかじるでない』

『もっしゃもっしゃまずい。すね超まずい』『おおーふっ!』

「「「ぶぎょーっ」」」

「「……」」


 あぁ、こりゃ絶対大丈夫だ。ブレス一発で解決だわ。


 カイとカイスリーはバルナゥと戦う何者かに同情する。

 かつては倒せていた竜も今となっては不可侵存在。人間の武器や魔法なんぞへのかっぱなのである。


 かたや異界。かたやバルナゥ。

 妻も子供も絶対安心。


 となれば心配なのは我が身である。

 頑張ってミスリルや飛来する矢の謝罪を勝ち取ったカイ達だが輝かなければ謝罪しない。

 全てがひれ伏す威力があろうと輝かなければ意味が無いのだ。


「やるか」「ああ」


 せっかく減らした祝福をまた増やされても困る。

 カイとカイスリーは今や障害物だらけとなった周囲を前に頷いた。

 相手は不意打ちで殺る気マンマン。


 ならば、こっちは輝き続けるだけの事。


「「あったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だー……」」


 ぺっかぺっかぺっかぺっかぺっかぺっか……


『えうえうえうえう……』


 一歩進んではあったかご飯の人だ。

 右を向いてはあったかご飯の人だ。

 振り返ってはあったかご飯の人だ。


 ぺっかぺっかぺっかぺっか。


 カイの周囲を輝きが満たし、全てがカイにひれ伏し謝罪する。

 近くにあった障害物がカイに土下座し、隠れていた兵が土下座し手にした武器が土下座する。


 そして老オークはひたすら土下座謝罪である。どうあっても土下座謝罪になってしまう彼はすでに歩く事を諦めていた。


「「あったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だー……」」


 ここまで来るともはや相手との勝負では無い。

 自らの滑舌との勝負だ。

 カイは回復魔法をかけながらなめらかに口を動かし、輝きを維持する。

 とちったら輝きが失われ、相手に反撃のチャンスを与える事になる。


 なにこの戦い?


 読経行脚にカイもカイスリーも心で涙。

 まさに自分との戦い。

 それだけ圧倒的であり、アホらしい戦いである。


 この広い壁の中、カイとカイスリーはあったかご飯の人だとぶつぶつ呟きながらひたすら歩き回ってエルフを土下座救出し、二十四時間後に壁を完全に制圧した。


「「つ、疲れた……」」

「さすがカイえう」「この壁はカイが土下座制覇した」「カイ様の尊き説法に感謝の土下座が半端ありませんわ」

「「「ぶぎょーっ!」」」


 二十四時間あったかご飯の人と言いまくり。

 妻達と救出したエルフは土下座しながらカイについて回り、ご飯を食べ、くつろぎ、寝る。


 このあたりはさすが土下座のプロである。

 土下座であらゆる事が出来る位に、土下座が生活の一部となっているのだ。


『ふむ、我が来るまでもなかったか』

「いや、助かったよバルナゥ。ありがとう」

『ありがとうございますとーちゃん』


 圧倒的な有様にバルナゥは土下座しながら呆れ、土下座するエルフを連れて空間を土下座で渡っていく。


 聖教国はバルナゥ不可侵条約に調印していない。

 だからカイもバルナゥにただ感謝し頭を下げるだけだ。

 バルナゥが去り、頭を上げたカイは地面の底に蠢くマナを見る。

 ガルダーノ一味と異界の者のマナだ。


 カイは敵を見定め、叫ぶ。


「「あったか、ご飯の、人だっ!」」


 ずごごごご……

 地面が土下座謝罪しカイに道を開いた。






「な、何なのだ……」


 地の底でガルダーノは頭を抱えていた。

 魔道具からもたらされる感動の便りはガルダーノが頭を抱えるに十分なものだ。


 光に晒された兵が謝罪するのはまだわかる。

 しかし壁や天井が謝罪する、武器が謝罪する、障害物が謝罪する……見ていないガルダーノにはさっぱり理解できない。


『アッタカゴハンノヒトスバラシーッ』


 そして兵との連絡に使っていた魔道具もすでに絶賛土下座謝罪。

 異界のマナに願い得た逸品ももはやガラクタである。

 理解不能のすさまじい力であった。


「剣を渡せ」「はっ……」


 ……こいつらの土下座とは一体どのようなものなのだ?


 兵が差し出した剣を手にガルダーノは首を傾げる。

 見てみたいと思う気持ちもあるが、それを目にした時は我が身の破滅だ。

 ガルダーノは剣を兵に返し、異界の者と兵達に告げる。


「まあ良い、撤収する」


 ガルダーノは大領主だ。

 壁はここだけではない。

 そしてエルフもここだけではない。

 まだまだエルフも壁もマナもある。


 ここはまだ小手調べ。ここで終わりにする必要は無いのだ。

 しかし、異界の者と共に去ろうとしたガルダーノは、兵の叫びに止められた。


「と、扉が土下座謝罪しています!」

「なにっ!」


 見れば扉が不思議に歪み、どこかに頭を垂れている……


 扉の頭とは何なのだ?


 アホな事を考えるガルダーノに、さらなる喜劇が襲う。


「こ、今度は天井が……!」

「なんだとっ!」


 見上げるガルダーノの眼前で天井がぱっくりと開いていく。


 これが、天井の土下座謝罪か!


 ミスリルをふんだんに使った強固なそれが勝手に変形する様に、ガルダーノはただ驚愕するしかない。


 天井は謝罪に謝罪を重ね、やがて地上と地下を結ぶ。

 空の輝きを背に立つ人影は、ガルダーノが討伐しようとしていた者だ。


「き、貴様は……」

「あったかご飯の人だ」


 何者なのだ。

 と、問おうとしたガルダーノの言葉はカイの言葉に潰される。


 ぺっかー。


 隙あらば討伐。

 そんな相手をへなちょこなカイが待つはずもない。

 輝きが地下を満たし、ガルダーノは感涙と共にひれ伏した。


「あぁ、あったかご飯の人よ、我らの傲慢を正す神の使いよ……」

「心を入れ替え自らの力で国を豊かにするんだな」

「「「ははーっ」」」


 地下にひれ伏すガルダーノと部下、そして異界の者にカイは告げる。

 ここまでして殺ろうとした者には、さすがのカイも怒り心頭であった。

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