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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-10 異界と歩む者

「……もう、奴に土下座した方が良いのではないか?」


 グランボース聖教国、聖教都ラジュベルの宮殿の深奥。

 聖なる円卓に着いた一人が酒をあおってぶっちゃけた。


 円卓の上にあるのは酒、つまみ、そしてゴミ。

 囲むのは酔っ払いと頭を抱えた者達だ。


 聖教国を繁栄に導いた厳粛さと神聖さはどこにもない。

 円卓は今、ひどい有様だ。


 まあ無理もない。相手の非常識さが半端無い。


 報告者曰く、あったかご飯の人だと叫んで輝き土下座懺悔。

 報告者曰く、えうと叫んで異界服従。

 報告者曰く、異界経由でエルフが逃亡。

 報告者曰く、私もこれからは額に汗して地を耕し生きて行こうと思います。


 こんな報告を聞かされ続ければ円卓も荒れるというものだ。

 やけっぱちになった一人が酒を持ち込み、つまみを持ち込み、現実逃避に酒盛りが始まり……そして今の有様だ。


 実績を積み上げるのには時間がかかるが堕落は一瞬。

 何とも切ない有様である。

 着席者は互いに秘蔵の酒を持ち込み、互いに杯を満たして乾杯し、互いに悲しい顔で笑う。


「あれは一体、何なんだ」「聖樹様でもここまでの力はお示しにならなかったぞ」「お前もそう思うか」「当然だ」「一体、奴の後ろ盾は何なのだ?」「聖樹様以上の力を示すとなると……」「竜皇ベルティア?」

「「「いやぁ、あれはさすがに眉唾だろ」」」「「「だよなぁ」」」


 あははははは……はぁ。

 悲観を笑いで吹き飛ばそうとするがそれも長くは続かない。

 それだけ皆は追い詰められているのだ。


 聖樹様は天に還り、貯め込んだ富を使って閉じ込めたエルフには逃げられ、あったかご飯の人の輝きで土下座洗脳。

 さらに異界はえう服従だ。


 こんなのに領地を蹂躙されて強気でいられる訳がない。

 カイ一行と異界にエルフを奪われた領地はもはや凋落するしかない。

 これまでエルフ搾取により甘い汁を吸いまくっていた皆は、自らの力で繁栄させる手腕など持ち合わせてはいないのだ。


 これならばまだ、こいつの方がマシだ……


 皆は円卓でのほほんとしている一人に視線を送る。

 かつての冷徹な姿など見る影も無くなったお人好しのじじい領主。

 あったかご飯の人の輝きに人生を塗り替えられてしまった哀れな男だ。


 いや、今となっては幸せな男と言うべきか……


 メリダの里をあったかご飯の人に開放されたお人好しは荒れた面々の視線に気付き、にこやかに笑った。


「ほっほっほ。エルフの皆様にひどい事をなさるからです」

「「「……」」」


 お前が言うな。


 皆はそう思ったが口にはしない。

 あったかご飯の人が訪れる事もなくエルフを奪われてしまった領主にとっては、彼の方がはるかにマシだからだ。


「皆もあったかご飯の人の導きで幸せになれば良いのです」「「「……」」」

「私も時折訪れるエルフの皆様の指導のもと鍬で地を耕しております。額に汗して地を潤わせる喜びは疲れも吹き飛ぶものですぞ。いやぁ、健康健康」

「「「……」」」


 彼の言葉に皆、言葉もない。

 そう。彼の領地はあったかご飯の人のアフターケアのもと、新たな道を歩み始めているのだ。


 光にヤられた領民も彼と共に額に汗して働いているらしい。

 エルフの指導で領地は開墾され、今は一面の芋畑だそうだ。


 皆は自らの領地と領民を思い、うちの領民では無理だと暗い顔で首を振る。

 生まれた時から搾取にあぐらをかいていた者達が額に汗して働くとは思えない。

 財を放出して今までと変わらない生活をさせていたから、領民も役人も兵も反乱を起こさないでいてくれるのだ。


 しかし変わらぬ事も限界だ。

 囲った壁の中にはもう、誰もいないのだから。


「おい……」「あぁ……」「……」


 エルフを失った皆は互いの顔を見て、頷いた。


 そう、もはや限界なのだ。

 富がある内に歩みを変えねば本当に未来は無い。

 領主でもある皆の思考はもはやどのようにエルフを従えるかではなく、どのように領民の不満をなだめながら道を変えるかに移っている。


 そして目の前でにこやかに笑うお人好しは、道の一つを皆に示している。

 このお人好しのおこぼれに預かる事ができればと、皆が自らの未来を案じて声をかけようとしたその時……


 一人が傲然と叫んだ。


「奴を叩かねば我らに未来はない!」


 叫んだのは大領主の一人だ。

 広大な領地を持つ彼は、一部の壁でエルフを奪われてはいたもののまだ多くのエルフを囲い、兵も精強を維持している。

 これまでに貯め込んだ富の桁が違うのだろう、まだまだ抗う余裕があるのだ。


「何があったかご飯の人だ! あれと異界の主と何が違う! あれは聖教国の国土を蹂躙して我らのエルフを奪っている侵略者なのだぞ! そのような者に屈するなど、天に還った聖樹様がお許しにならぬわ!」


 実際はあったかご飯の人であるカイに聖樹様ことイグドラは味方しているのだが、信仰に神の都合は関係無い。

 神と人は道が違うのである。


「しかし、我らはエルフから力を奪う事などもう……」

「だから力がある内に、叩かねばならぬのだ!」


 呟きに大領主が叫び、出口に向かい歩き出す。


「汝ら腑抜けはここで酒盛りでもしておるが良いわ。我は領地で奴を討つ」


 どうやって?


 という言葉を皆がかける前に男は円卓の間から退出した。

 ガゴン……

 大き過ぎる扉が閉じる。

 去り行く足音が聞こえなくなった頃、皆はようやく口を開いた。


「あの方はどうなさるおつもりなのだ?」

「言葉の通り、領地であったかご飯の人を討伐なされるのだろう」

「ぺっかーをどうするのだ?」

「そこのお人好しに色々と聞かれていたからな。打開の目処が立ったのだろう」

「すでに何かしらの対策を打たれている、という事か」

「あの方の領地は広く、壁をいくつも所有されているからな」


 皆は多少の期待を込めて扉を見つめる。

 討伐出来ればあの方に、出来なければそこのお人よしに頭を下げておこぼれに預かる事にしよう。


 エルフを失った領主達は再び円卓に着き、互いの杯に酒を注ぐ。


「それにしてもあの方はさすが大領主だな。我らと余裕が違う」

「それなんだがな……少し余裕があり過ぎないか?」


 円卓の一人が首を傾げて呟いた。


「しこたま貯め込んでおられたのではないか?」

「聖樹様が還られる事を見越してか? 誰があのような事を予見するというのだ」

「それもそうか……我らは皆、この繁栄が永遠に続くと思っていたのだからな」

「我らと同じようにエルフを囲み、同じように壁に力を注ぎ、同じように奪われてもあれだけの力を維持出来るのならば……」

「我らとは違う、何かをしておられたという事か」


 円卓の誰かが呟く。


「そういえば、あの方の領地は土木工事が盛んだな」

「この間は山を崩して平地にしておられた」

「何かを建築なされたのか?」

「いや……そのまま放置だ」

「崩した土砂でどこかを埋め立てていたとかは?」

「それもない。土砂は壁の一つに運び込んでおられた」


 閉じた扉は壁のように静かにそそり立っている。

 その先に続く廊下を足早に去り行く者を思い、誰かが呟く。


「あの方はこれまで、領地で何をしておられたのだ……」






 ひひーん。


「どうしたフランソワーズ。かゆい? このあたりか?」


 ぶるるるんっ。


「そうかそうか。それは良かったな」


 かっぽかっぽ……

 壁に挟まれた街道を、カイ一行はのんびりと進んでいた。

 分割したカイスリーが手綱を握り、カイが走る馬と会話し世話をする。

 御者台に座るカイは時折いななく馬の背を風魔法でかいたり撫でたり回復魔法をかけたりと馬にサービス半端無い。


 馬は気持ちよくいななき、のんびり走る。

 カイは騎士達が置いていった地図を広げ、今の位置を確認した。


「もうすぐこのあたりか」「だな」


 地図は王国のものとは比較にならない程、詳細で正確なものだ。


 たぶん怪物を討伐して願い得た戦利品だろうなぁ……


 カイはそう思いながら地図を丸めて荷台に転がした。

 戦利品は魔法の品だけではなく、このような物品も獲得出来る。

 願えば何でもアリだからだ。

 まあ、正確な地図はまだわかる。

 地図は作るのにものすごい技術と手間がかかるからだ。


「焦げ付いてもすぐ取れる鍋えう」「汚れないスプーン」「痛くなーいひげそりですわ」「インクの尽きないペンえう」「動く孫の手」「水をよく吸うタオル……」

『何とも贅沢な戦利品ですねぇ』


 荷台でくつろぐミリーナ、ルー、メリッサは騎士が置いていった他の物品を珍しそうに眺めていた。


「そのくらい自分でやりやがれ。みたいな品物ばかりだな」

「まったくだ。全部マナ使う戦利品だもんなぁこれ」

「こんなのにわざわざマナを使うなどアホなのか」

「……カイワン、お前さっき馬の背を魔法でかかなかったか?」

「動いてるんだから危ないだろ。あとワン言うな」


 カイとカイスリーも呆れ半端無い。

 まあそれはそれとして、何でも願えば得られる戦利品でこんなものを願えるほどに贅沢だったという事だ。


 所変われば品変わる。

 王国の常識で生きるカイには聖教国はまったく常識外れの国である。


 何でもかんでもエルフと戦利品とマナで解決。

 そんなだからマナが尽きれば凋落していくしかない。エルフを従えられないどころか留めておく事も出来ないのだ。


「カイ、これ使うえう?」「使う訳ないだろそんな無駄なもの」「む。確かにもったいない。焦げ付きとかご飯が超もったいない」「そうですわ。ひげそりが痛くとも私の回復魔法ですっきり爽快「それはあまり変わらん」あうっ……」


 魔光灯の屑魔石だって一粒銀貨三枚するんだぞ……


 と、相変わらずの金銭感覚なカイである。

 自分で出来る事など自分でやれば良いのだと妻達が手にする物品を眺め、アレクとシスティへの土産にしようと決める。


 元の持ち主である騎士達は、異界のオークと談笑しながら出て来たカイを見て悲鳴を上げて逃げていった。


 気持ちはカイにもよくわかる。

 漁夫の利を狙ったら結託されましたなど、彼らにとっては最悪の展開だろう。

 そして異界経由でエルフを逃がすなど予想外の結果であったに違いない。


 オーク達エリザ世界の皆はエルフを案内してオルトランデルに導き、聖教国から撤退した。


 ちなみに異界からオルトランデルに続く通路はオーク達のたっての希望で巡礼地である『あったかご飯の子供達、命を育むの芋畑』の真下である。

 今もオーク達は芋畑をえうえう訪れえうえう崇め、えうえう耕して芋を育てている事だろう。


 この間壁を食べにやってきたルドワゥとビルヌュが『もうあいつらにえうえう守護させようぜ』と言っていた位の熱心な信仰にカイも思わず苦笑いだ。

 そしてその信仰は当然、芋煮神の生まれ変わりがいるここにも及んでいる。


「「「ぶぎょーっ」」」

『えう! 我らが尊き幼き神が我を転がっておられる……素晴らしいえう!』


 老オークである。

 システィを淫蕩恐妻システィと称した命知らずの老オークである。

 勇者オークがお連れ下さいとわざわざ異界から連れてきたのだ。


「……お前、なんでいる?」

『当たり前ではありませぬかカイ様。我は芋煮神を崇める神殿の長。神の座す所にいるのは当然でございますえう』

「お前がいるだけで世界が食われていくんだよ……」

『我一人程度のマナなら異界の通路で帳尻が合うではございませんかえう』

「……お前、もうちょっとえうを修行しろ」『えうーっ』


 エルネの長老の『ミリーナえう』を思い出すカイである。

 ミリーナとは比べものにならないえうにカイはツッコミを入れ、ため息をつく。


 老オークが存在するだけで世界のマナが異界に奪われるのだ。

 正直、こいつらにはあまり出歩いて欲しくない。

 移動するカイ達について回るならそこら中でマナが食われていくという事だ。


 大丈夫なのかよ、これ……


 カイはそんな事を思いながら、喜び転がる子らに視線を移す。


「ぷぎょ」『ループですな、オーク海老反りブリッジえう!』

「ぶぎょ」『ジャンプですな。オークジャイアントスイングえう!』

「ぶぎょーっ」『申し訳ありませぬ、我ら尻尾は短めでございまして……えう』

「「「ぶぎょ」」」『誠に申し訳ありませぬえう!』


 お前、子煩悩だな……

 マリーナも認める大サービスっぷりにカイは呆れ、そして苦笑する。


 子が懐いていなければオークが望んでもカイは追い出しただろう。

 しかし三人の子は異界の者である老オークを怖がる事なく転がり続け、老オークは老体にも関わらず元気に子らの希望に応えている。


 きゃっきゃと笑うイリーナ、ムー、カインは可愛い。超可愛い。

 その様に子供が喜んでいるならいいか、と思ってしまうカイである。


 奪われたマナの穴埋めは後でイグドラと相談する事にしよう。

 所詮は老オーク一人。どうとでもなる……


 と、のんびり老オークの仕草を眺めていたカイは彼の所業に目を剥いた。


『尻尾は無理でございますが……そぉれえう!』


 老オークが腕を振り、馬車の荷台に捻れた異界の木を出現させたのだ。


「えう!」「ぬ!」「ふんぬっ! 回復回復!」


 メキメキメキメキ……悲鳴を上げる馬車に皆は叫び、メリッサが馬車の木材に回復をかける。


「「「ぶぎょーっ!」」」


 子らは大喜びだ。

 馬車に生まれた新たなコースにきゃっきゃと笑い、ころころと異界の木の上を転がり始めた。


「お前、いま何をした?」

『マナに願ったのでございます。奪い、願えばこの位は朝飯前でございますえう』

「なんつー便利な……」


 その様に呆れるカイである。

 老オークからすればこの世界は全てが異界のマナである。

 奪って願えば何にでも変えられるのだ。


「ん? すると俺がその木を奪って願えば何でも手に入るのか?」

『その通りでございますな。ほれえう』


 老オークは頷き、願って石ころを一つ手に出しカイに差し出した。


『さぁそれを手に願ってみなされえう』


 それを手にしたカイが願うとカイの手の中で石ころは崩れ、小粒の屑魔石がカイの手に現れる。


「マジかよ……」

『我らとカイ様が手を組めば、世界の全ては我らの願うままでございますえう』

「「いや、それ俺らの世界を食ってるだけだよな?」」


 自慢げに胸を張る老オークに、カイとカイスリーがツッコミを入れる。

 完全に変換されているなら損得は無いだろうが願いなんて曖昧なものだ。マナの一部が世界を渡れずに残るのではないだろうか……


「これを願ってお前らの何かにして俺に戻してくれ」『えう』


 カイは老オークと戦利品のキャッチボールを行い、明らかに小粒になっていく屑魔石を確認する。

 予想した通り、完全には変換出来ないのだ。

 カイは老オークに言った。


「許可無く願う事は禁止な。元となる俺らの世界が絶対損するから」『えうーっ』「あ、ご飯くらいは構わんぞ」『えうっ、それでは芋煮三神の遊び道具は……』「手で作りやがれ」『えうーっ』「うるせえ、願うだけの信仰なんて横着もいいところだろうが」『それはごもっともですなえう』「あとお前、俺らの前ではえう禁止な」『えうっ?』「「紛らわしいんだよ!」」


 カイとカイスリーは老オークにダメ出しをして、嫌な予感に顔をしかめる。

 これ、どこかで悪用している奴はいないよな……と。

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